小説「ふつつかな悪女ではございますが  4」感想・ネタバレ

小説「ふつつかな悪女ではございますが  4」感想・ネタバレ

どんな本?

本作は、中華風の架空の世界を舞台にしたファンタジー小説である。五つの名家から選ばれた姫君たちが集う「雛宮」で、次期皇后の座を巡る物語が展開される。美しくも病弱な黄玲琳と、容姿や性格から疎まれる朱慧月が、ひょんなことから身体が入れ替わり、それぞれの立場で試練に立ち向かっていく。第4巻では、外遊先での試練や陰謀が描かれ、二人の成長と絆が深まっていく。 

主要キャラクター
• 黄 玲琳(こう れいりん):黄家の雛女で、美しく聡明だが病弱。入れ替わり後も前向きに状況を乗り越える。 
• 朱 慧月(しゅ けいげつ):朱家の雛女で、容姿や性格から「雛宮のどぶネズミ」と呼ばれる。道術の才能を持つ。
• 詠 堯明(えい ぎょうめい):皇太子で、玲琳の従兄妹。
• 辰宇(しんう):後宮の風紀を取り締まる鷲官長。 

物語の特徴

本作は、入れ替わりという古典的なテーマを用いながらも、キャラクターの心理描写や人間関係の複雑さを丁寧に描いている点が特徴である。特に、病弱でありながらも鋼のメンタルを持つ玲琳のキャラクターが物語に深みを与えている。また、後宮の陰謀や権力争いといった要素も盛り込まれ、読者を飽きさせない展開が続く。 

出版情報
• 出版社:一迅社 
• レーベル:一迅社ノベルス 
• 発売日:2022年4月4日
• ISBN:978-4-7580-9453-5 

また、本作はコミカライズもされており、『月刊コミックZERO-SUM』にて連載中である。 

読んだ本のタイトル

ふつつかな悪女ではございますが  4 ~雛宮蝶鼠とりかえ伝 ~
著者:中村颯希 氏
イラスト:ゆき哉  氏

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あらすじ・内容

なぜ……わたくしは止められなかったの……」
嫌われ者の雛女、慧月と入れ替わったまま邑の民に攫われた玲琳。
邑を襲った疫病が一段落した頃、頭領の雲嵐が凶刃に倒れた。
死の淵をさまよう彼の姿を見て、玲琳は激しく動揺し、消沈する。
その様子は辰宇や景行から見ても危ういものだった。
一方、慧月は闘志を燃やしていた。
尭明や景影らの心配をよそに、雛女たちが集まる『茶会』を決行!
女同士の腹の探り合いの中、慧月を貶めようとする藍 芳春の毒牙をくぐり抜け、反撃に出るが……!?
外遊先で起こった、慧月への執拗な嫌がらせ、祭りの妨害に伝染病。
その大きな悪意は玲琳と慧月の心に、否応なしに変化をもたらしていく――。
大好評シリーズ第二幕、終結! 涙と決意の第四巻。

ふつつかな悪女ではございますが   4

主な出来事

藍芳林の策略と後宮での影響力
• 皇后・絹秀との将棋対局で、意図的に負けることで信頼を得た。
• 自身を無邪気な妃に見せながら、後宮の勢力図を冷静に分析していた。
• 玲琳の優秀さを認めつつも、後見する雛女ではないことに複雑な感情を抱いた。
• 皇后・絹秀は、芳林の策略を見抜いていたが、あえて静観する道を選んだ。

玲琳、外遊先での試練
• 捕縛された邑で、病に苦しむ人々の看病を通じて信頼を得た。
• 雲嵐が刺され、命の危機に瀕する。
• 景行と協力し、外科手術を行い雲嵐の命を救った。
• 玲琳は雲嵐の命を助けたことが、新たな争いを生む可能性に苦悩する。

慧月、茶会を開く
• 藍芳春の策略により、慧月の評判が悪化する。
• 景彰に挑発され、冷静さを失うが、誤解を晴らすため奮闘する。
• 茶会で、皇后から贈られた食前酒を利用し、芳春の嘘を暴いた。
• 誤解を払拭し、自らの立場を守ることに成功する。

玲琳、雲嵐を救うために涙する
• 重傷を負った雲嵐を看病しながら、彼の未来について思い悩む。
• 苦しみを和らげるため、毒を使うことを考えるが、辰宇に制止される。
• 皇太子・尭明が現れ、玲琳の心情を理解し、慰める。
• その直後、雲嵐が目を覚まし、玲琳は涙を流しながら安堵する。

慧月、策略を巡らす
• 川を渡り、病が広がる邑に到着する。
• 江氏の陰謀を暴き、皇太子を動かすための情報を整理する。
• 玲琳の葛藤を見て、彼女の戦いに協力することを決意する。
• 二人は藍家の策略に対抗するため、慎重に準備を進める。

玲琳、江氏を打ちのめす
• 豊穣祭の舞を利用し、江氏の計画を覆す。
• 尭明の権威を借り、邑の人々の支持を得る。
• 江氏の罪を暴き、証拠を提示して逃げ場をなくす。
• 最後は、道術を用いて江氏に罰を与え、完全なる勝利を収める。

慧月、玲琳を監視する
• 外遊から帰還し、静養を命じられるが、玲琳の動向を見張る役目を負う。
• 玲琳が藍芳春への報復を考えていることに気付き、説得を試みる。
• 皇帝が藍家に下した処分を伝え、玲琳に思いとどまるよう促す。

玲琳、藍芳春と対峙する
• 芳春を呼び出し、策略を暴きながら心理戦を仕掛ける。
• 柳雲の土地の権利をめぐり、芳春を追い詰める。
• 最後に罠を仕掛け、芳春自身の手で証拠を破棄させる。
• 玲琳は勝利を確信し、今後も後宮で生き抜く覚悟を固める。

皇后・絹秀の観察と後宮の均衡
• 玲琳の成長と変化を見守りながら、彼女の新たな強さを認める。
• 後宮内の雛女と妃たちの間に生じた対立を冷静に分析する。
• 雛女たちの増長が、やがて妃たちの怒りを買うことを予測する。
• 鑽仰礼の準備を進める中、玲琳の次なる動きを警戒する。

感想

慧月と玲琳、それぞれの成長
本巻では、慧月と玲琳の成長が印象的であった。
慧月は、これまでの後宮での立場を超え、自らの意志で困難に立ち向かい、策略を駆使して問題を解決した。
茶会では藍芳春の罠を見破り、巧みに返すことで自らの名誉を守ることに成功した。
さらに、玲琳の危機に際しても冷静に判断し、助けるために行動した姿は、以前の彼女とはまるで別人であった。
一方の玲琳は、これまで無邪気な笑顔の裏に秘めていた苦悩を露わにし、弱さを見せる場面が増えた。
しかし、それは決して後退ではなく、彼女が本当の意味で強くなるための過程であった。

外遊編のクライマックス
本巻は外遊編の後編となっており、これまでの伏線が回収され、壮大な結末へと向かっていった。
邑の病と江氏の不正、それに絡む藍家の策略が交錯し、玲琳たちは絶体絶命の状況に陥った。
しかし、豊穣祭の舞と慧月の機転により、見事に逆転し、敵を打ちのめした展開は痛快であった。
特に、皇太子・尭明の活躍が光り、これまでの存在感の薄さを一気に払拭するものとなった。
辰宇派が多かった中、尭明の魅力が増したことで、玲琳との関係に新たな可能性を感じさせるものとなった。

後宮と五家の権力争い
後宮だけでなく、五家や皇太子を巻き込んだ権力争いが本格化した点も興味深い。
慧月と玲琳は、それぞれ異なる立場で戦い、陰謀を暴きながらも、単なる駒ではなく自らの意志で行動する者として成長を遂げた。
後宮の均衡が揺らぎ、雛女たちの勢力争いが激しさを増す中、次巻ではどのような展開が待っているのか期待が高まる。

黒幕への決着と今後の展開
黒幕である江氏は失脚し、藍家の思惑も頓挫したが、玲琳の復讐心は完全には晴れなかった。
彼女は藍芳春に対する疑念を抱き続けており、後宮での新たな戦いが始まる予感を漂わせていた。
さらに、皇后・絹秀も玲琳の変化を興味深く観察しており、今後の展開に大きな影響を与える存在となることが示唆されていた。

総括
慧月と玲琳の成長、外遊編の完結、後宮と五家の権力争いの深化と、見どころの多い巻であった。
特に、慧月の活躍はこれまでの彼女の印象を大きく変えるものであり、今後の展開がますます楽しみになった。
一方で、玲琳が抱える苦悩や、後宮での新たな戦いの幕開けも示唆されており、次巻への期待が高まる内容であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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備忘録

プロローグ

藍芳林の策略と仮面

遊戯室での対局

藍芳林は、皇后・絹秀との将棋対局に臨んでいた。彼女は、無邪気で愛らしい妃を演じつつ、計算された敗北を選ぶことで皇后の機嫌を取ることに成功していた。金淑妃や玄賢妃が他の用事で席を外している今、自分だけが特別に皇后の相手をしているという事実が、芳林の優越感を満たしていた。彼女は、派手に振る舞うことなく、しかし確実に後宮での影響力を高めることを狙っていたのである。

藍家の血と策略
芳林は、藍家の者として、本性を隠しながらも周囲を巧みに操る術を心得ていた。小物と思われることこそが都合がよく、無邪気な妃が裏で後宮を動かしているという状況を楽しんでいた。彼女は、皇后の寵愛を受けることよりも、皇后自身の油断を引き出し、そこから自らの計画を実行に移す機会を狙っていたのである。

雛女たちへの評価
対局の最中、絹秀が玲琳たちの外遊について言及すると、芳林は玲琳の優秀さを持ち上げながら、慧月との協力を評価する言葉を口にした。玲琳の美しさや才覚を認めつつも、自分が後見する雛女でないことに複雑な感情を抱いていた。一方で、芳林が後見する藍芳春については、引っ込み思案であることに半ば呆れつつも、従順さを利用できる駒と見なしていた。

策略の予告
芳林は、芳春が持つ「優しさ」が、皇太子の心を動かす日が来ることを予言めいた言葉で絹秀に伝えた。これは単なる期待ではなく、すでに仕掛けた計画が動き出していることの示唆であった。彼女は、玲琳の勢力が揺らぐ未来を確信し、内心で勝利の喜びを噛みしめていた。

皇后・絹秀の観察
芳林が退室した後、皇后・絹秀は彼女の動向を静かに分析していた。藤黄女官が芳林の浅はかさを指摘するも、絹秀は彼女の言葉や行動を決して軽視していなかった。彼女は、芳林の策略を察知しつつも、今はまだ泳がせるべき時だと判断していた。

策略の裏にある陰謀
絹秀は、芳林が金家の祭祀用の衣に関わる動きを見せていることを把握していた。彼女は、藍家の思惑と金家の動向が交錯する中で、慎重に策を巡らせていた。将棋の駒のように、芳林の行動を観察しながら、彼女が動き出した時に備えていたのである。

皇后の冷静な対応
藤黄女官は、芳林への対処を急ぐべきではないかと提案したが、絹秀はあえて静観する道を選んだ。彼女は、芳林を「身の丈に合わぬ餌を詰め込みすぎた小動物」に例え、最終的には自滅するだろうと考えていた。しかし、単なる無害な存在ではなく、後宮の均衡を乱す可能性があることも理解していた。

波紋の広がり
絹秀の指が触れた茶器の水面に波紋が広がるように、後宮の静かな戦いもまた、ゆっくりと広がりつつあった。彼女は、芳林の動きを見極めながら、必要な時が来れば対処するつもりでいた。後宮の権力闘争は、表面上の静けさとは裏腹に、着実に激しさを増していたのである。

1.玲琳、治療する

運命に翻弄される日々

玲琳は、外遊を楽しみにしていたが、友の危機、賊襲、そして捕縛と、目まぐるしい変化に直面した。捕らわれた邑では敵意を向けられたものの、頭領の息子と交流を深め、やがて病に苦しむ民の看病を通じて信頼を得る。しかし、希望が見えた矢先に、最悪の事態が起こる。

雲嵐の重傷

朝の静寂の中、雲嵐が倒れ、玲琳は必死に呼びかけるが、彼は意識を失っていた。腹部には深く刺さった短刀があり、景行が冷静に検分すると、その傷は致命的であった。玲琳は、雲嵐が江氏の使者と密かに交渉し、薬草を得ようとした結果、逆に口封じを図られたのだと推測する。

迫る危機

景行は、江氏が雲嵐だけでなく邑全体を消し去ろうとしている可能性を指摘する。辰宇もまた、病を口実に邑が焼き払われる危険性を認識し、江氏の真意を探る必要があると判断した。彼らは、尭明殿下が状況を見極めるまで時間を稼ぐ可能性に賭けることにした。

雲嵐を救う決意

辰宇は雲嵐の命が尽きることを前提に、死に水を取る準備を申し出るが、玲琳は治療を強く望む。景行は、戦場での経験から負傷者を救う技術を持ち合わせており、玲琳は彼の助力を求める。辰宇は女である玲琳が治療に関わることを懸念するが、彼女は毅然として、雲嵐の命を繋ぐことを決意する。

治療の準備

備蓄庫を清め、湯や布を用意し、針と糸を煮沸するなど、治療の準備が整えられる。景行は、痛みを和らげる手段として薬物の使用を考えるが、玲琳が持っていた麻酔効果のある毒薬を用いることになる。景行は彼女がそれを常用していないかを問い、玲琳は否定するも、彼の目には彼女の隠された疲労が映っていた。

血と戦う治療

景行が短刀を引き抜くと、大量の血が溢れ出る。玲琳は動揺しつつも、兄の指示に従い、出血を止めながら縫合を進めた。血管を絞り、焼き鏝で止血し、裂けた臓腑を縫い合わせ、最後に皮膚を閉じる。彼女は疲労を感じながらも、雲嵐の命を救うために針を動かし続けた。

命を縫い止める

雲嵐の過去の言葉や表情が脳裏に浮かぶ中、玲琳は彼の命を繋ぎ止めようとした。彼が邑人に受け入れられたことを伝えたくてたまらなかった。治療を終えた彼女は、景行に褒められるが、気を抜くことなく雲嵐の容態を見守った。

景行の気遣いと玲琳の葛藤

治療後、景行は玲琳の疲れを見抜き、休息を勧める。しかし彼女はそれを拒み、淡々と片付けを進める。景行は彼女の負担を案じ、雲嵐の負傷に自責の念を抱かぬよう言葉をかけるが、玲琳は自らの行動が雲嵐を死の危機に追いやったのではないかと深く思い悩む。

折れた針

玲琳は、雲嵐の命を救おうとした自らの行為が、彼を「王」として戦いに巻き込んだ結果ではないかと考え、その罪悪感に苛まれる。強く握りしめた針が、ぽきりと折れる音が響く。その音は、彼女の心の中で深く響き渡り、決して消えぬ傷となっていた。

2.慧月、茶会を開く

慧月の動揺と藍芳春の策略

藍芳春の言葉により、慧月は自身への悪評が広まることに恐怖を感じた。黄家での印象は最悪であり、ようやく築いた関係が崩れるかもしれないという焦りが彼女を襲った。景彰が冷静に反応したことにより、慧月はさらに追い詰められた。彼女は感情的に否定を試みたが、逆に罪を自白するような形になってしまった。

景彰の挑発と慧月の反応

景彰は慧月の動揺を楽しむかのように、彼女の純情さを指摘した。慧月は怒りと恥ずかしさのあまり声を上げたが、それは彼の思う壺だった。景彰はさらに、彼女の反応を試すように距離を詰め、強引に顎を持ち上げるという行動に出た。慧月はその接触に耐えきれず、狼狽した。景彰は彼女の反応を観察しながら、彼女が本当に男好きであるかのような印象を与えようとした。

賎民の投げ文と礼武官たちの介入

突然、礼武官たちが緊迫した様子で現れ、賎民からの投げ文について報告した。その文には、賎民が「朱慧月」を攫い、人質として薬と医官を要求しているという内容が記されていた。景彰は事態を冷静に分析し、投げ文の内容と実際の出来事が食い違っていることに疑念を抱いた。彼はこの情報が誰かによって操作されている可能性を指摘し、藍家が関与しているのではないかと推測した。

慧月の決意と景彰の懸念

景彰は慧月に、明日の茶会を中止するよう提案した。藍家が情報戦に長けており、彼女が太刀打ちできないと考えたためである。しかし、慧月はそれを拒否し、自分の名誉を守るために戦うことを決意した。彼女は今までとは違い、ただ守られるだけではなく、積極的に動こうとしていた。その強い意志に、景彰は困惑しながらも慎重に対応することを決めた。

茶会の開始と慧月の策略

茶会が始まると、慧月は優雅に立ち振る舞いながら、藍芳春の発言を誘導した。芳春は慧月を貶めるため、「朱慧月は男好きで、媚薬を使おうとしていた」との噂を広めようとした。しかし、慧月はその話を逆手に取り、「媚薬」として紹介されたのが実際には皇后から贈られた食前酒であることを明かした。これにより、芳春の策略は崩れ、彼女が意図的に慧月を陥れようとしていたことが浮き彫りになった。

慧月の勝利と新たな決意

茶会が終わると、慧月は極度の疲労を感じた。しかし、彼女の策略は成功し、少なくとも「朱慧月が悪女である」という印象を払拭することができた。莉莉と冬雪は慧月の機転を称賛し、彼女の成長を実感した。慧月自身も、今までとは異なる方法で戦えることを自覚し、さらなる戦いに備える決意を固めた。

3.玲琳、涙する

薄暗い備蓄庫での看護

玲琳は、薄暗い備蓄庫で意識を取り戻さぬ雲嵐を看病していた。彼の傷を縫ってから半日が経過し、熱は上がり続け、呼吸も乱れていた。玲琳は冷静に水を用意し、汗を拭いながら、彼が少しでも楽になるよう努めていた。景行や辰宇の心配をよそに、彼女は自ら看護を買って出た。死の気配に慣れた自分が、この程度で動揺するはずがないと己に言い聞かせながらも、心の奥底では焦りを感じていた。

郷からの遣いと迫る危機

邑には、郷からの遣いがやってくる予定であり、景行と辰宇はその対応を考えていた。もし郷の手の者が病を口実に邑を焼こうとするなら、事態は深刻である。玲琳も炎術を使って慧月に呼びかけたが、応答はなかった。状況は差し迫っているはずだったが、彼女の心は奇妙に穏やかであった。痢病は収束に向かい、病人たちは帰宅し始めていたが、玲琳の足は無意識に備蓄庫へと向かっていた。

雲嵐のための決意

玲琳は、彼を苦しみから解放することを考え始めた。彼を罵り、石を投げた者たちは物理的に制裁を受け、反省していた。だが、そんな謝罪を受け取るために、彼が生き続ける必要はあるのかと自問する。彼の苦しみが続くことを考えると、せめて楽に死なせてあげるべきではないかという思いが頭をもたげた。手元には、乾燥させた青い花とその根――猛毒の附子があった。

辰宇の制止と衝突

玲琳が雲嵐の唇に附子を近づけた瞬間、辰宇が飛び込んできて彼女を押し倒した。彼は彼女の手の中の毒を奪おうとするが、玲琳は強く拳を握り締め、渡そうとしなかった。辰宇は彼女の行動の意味を悟る。彼女は、雲嵐を救うために殺そうとしていたのだ。しかし、それを許せば、玲琳自身も壊れてしまう。辰宇は「殺しは武官の役目だ」と言い、彼女から毒を奪い取った。

尭明の登場と玲琳の涙

そこへ皇太子・尭明が現れた。彼は景行から邑の状況を知り、自ら駆けつけたのだった。辰宇に備蓄庫を出るよう命じ、玲琳と二人きりになる。尭明は玲琳の顔を挟み、「ひどい顔をしている」と告げた。強がり続けてきた彼女は、この言葉に心を揺さぶられる。ついに涙が溢れ、嗚咽が漏れた。玲琳は、雲嵐を助けたかったこと、楽にしてあげたかったことを吐露する。尭明は彼女を抱きしめ、共感しながらも「まだ諦めるな」と諭した。

雲嵐の目覚めと希望の復活

その時、筵の上でぐったりとしていた雲嵐が、薄く目を開けた。苦しみながらも、意志を持って戦おうとしていたのだ。玲琳は驚き、彼の名を呼びながら縋り付いた。雲嵐のかすれた声が響く。「こえ……う、せぇ」――うるさい、という彼なりの返答だった。玲琳は涙を拭い、笑顔を取り戻した。「うるさいほどに、声を出していかねば、どうするのです」と、彼の回復を信じて励ました。

尭明への願いと反撃の決意

玲琳は尭明に深々と詫びた。だが、すぐに笑みを浮かべ、「謝罪ではなく行動で示すべきだ」と切り出した。そして、「邑を救うために力を貸してほしい」と大胆に願い出た。尭明は呆れつつも、彼女の真剣な瞳に押されるように、その申し出を受け入れた。こうして、郷からの脅威に対し、反撃の準備が始まることとなった。

4.慧月、案じる

川渡りの危機と慧月の疲弊

慧月は川を渡る経験がなく、水を吸った髪が重く感じられた。冬雪の背にしがみついて渡ったものの、長時間の水中滞在により疲労困憊し、岸に上がると貧血を起こしてしまった。黄景行の用意した古着に着替えたが、虚弱な体は容易には回復しなかった。ようやく木陰に腰を下ろし、辺りの粗末な家々を眺めると、病に倒れた人々が多く横たわっていた。景行の説明では、半数は回復の兆しを見せているが、依然として状況は深刻であった。

病の拡大と藍家の関与

慧月はここまでの経緯を振り返り、江氏が「朱慧月」の誘拐を企てたのは、自身の悪事を隠蔽するためであると理解した。彼は人口を偽り、余剰の税を蓄えていた。江氏は朱慧月を不作の元凶に仕立て、領民の関心を逸らし、皇太子の追及を避けようとしたのだ。尭明は江氏の行動に不審を抱き、誘拐事件の背景を探るうちに、江氏が玄家の組綬を持ち、さらには藍林熙と密かに接触していることを突き止めた。景行もまた、賊が賎民であり、江氏の指示で動いていたことを確認した。さらに、病の原因は祭典用の衣装に仕込まれた病原体であり、それを仕掛けたのは藍家である可能性が高いと判断した。こうして慧月たちは、藍家こそが事件の黒幕であると結論づけた。

玲琳の動揺と慧月の決意

慧月は備蓄庫に向かい、そこで黄玲琳の弱々しい声を耳にした。彼女はこれまでの自分の変化に戸惑い、死への恐怖を吐露していた。その姿は、いつも余裕を持って振る舞う玲琳とは別人のようだった。慧月は彼女の苦悩を目の当たりにし、心を揺さぶられた。玲琳は、いつも周囲に愛され、守られている存在だと思っていたが、実際には病と戦いながら孤独に耐えてきたのだと悟る。その上で、彼女が絶望に沈むことを許せなかった慧月は、復讐を望むなら手を貸すと宣言し、玲琳に立ち上がるよう促した。

慧月の提案と玲琳の覚醒

慧月の言葉を聞いた玲琳は、一転して明るくなり、復讐の決意を固めた。彼女は慧月の申し出に感謝し、「目には目を、どころか五臓六腑すべてを」と豪快に賛同した。その態度に慧月は困惑したが、玲琳の覚醒を促せたことには満足していた。一方で、玲琳は豪龍たちの協力を得て、明日の行動に向けた準備を進めていた。彼らはもともと罪人ではなく、江氏に差別され続けた無辜の民であり、今回の事件を機に団結して邑を守る決意を固めていた。

作戦前夜の静寂と決意

夜が更け、一行は備蓄庫で休息を取ることになった。尭明は景行や辰宇と共に警戒を続け、玲琳と慧月は別の備蓄庫で休んだ。慧月は次々と降りかかる事態に疲れ果てていたが、玲琳は彼女の助けに心から感謝していた。慧月はその言葉を素直に受け入れず、ぶっきらぼうな態度を取ったものの、玲琳は彼女の不器用な優しさを理解していた。

夜明け前の静寂と未来への覚悟

玲琳は、今までの経験を振り返りながら、慧月に「あなたは私のほうき星」と告げた。その言葉に慧月は動揺し、機嫌を損ねたかのように見えたが、その反応こそが彼女の真の心情を示していた。二人は違う形で支え合いながら、これからの戦いに向けて心を整えていた。夜の静寂の中で、玲琳は決意を新たにし、すべてを守り抜くことを誓った。

5.玲琳、打ちのめす

江氏と藍林熙の思惑

険しい山道を進む江氏は、皇太子を説得し先遣隊を邑へ派遣することに成功していた。彼は金子を隠した洞穴の存在を警戒しつつも、同行する藍林熙がすでに対策を講じていることを確認すると、不本意ながらも彼の手腕に頼らざるを得ない現実を噛み締めた。林熙は冷静かつ狡猾に事を進め、皇太子の焼棄の決断を引き出すため、慎重に誘導していた。江氏は、自らを悲劇の郷長に仕立て上げつつ、計画通り邑を焼き払うことを企んでいた。

予想外の光景

邑に到着した江氏たちは、想定していた惨状とは異なる風景に困惑した。病人の姿はなく、汚物の痕跡もない。さらに、稲田の方角から歌声が響き、そこには祭典用の衣をまとい、優雅に舞う朱慧月――の姿をした玲琳がいた。周囲には彼女に向かって祈るように膝を突く邑の民。さらに、その背後には皇太子・尭明が座していた。この圧倒的な光景に、江氏と礼武官たちは衝撃を受ける。

邑の民への説得

一方、玲琳は病から回復した邑の民に協力を求めていた。彼女は皇太子が自ら邑へ足を運んだことを告げ、江氏の不正を暴き、邑が口封じのために焼かれようとしている事実を説明した。民は恐怖しつつも、玲琳の言葉に引き込まれ、次第に希望を見出していく。

計画の立案と役割分担

玲琳は、邑の民に演技を求めた。病は広がっておらず、邑には敵意もないことを先遣隊に印象付けることで、江氏の計画を頓挫させる作戦である。杏婆には女性陣の取りまとめを、豪龍には別働隊の指揮を任せ、協力を取り付けた。そして、最も重要な仕上げとして、明日、この地で豊穣祭を執り行うことを宣言した。それは、江氏の計画を完全に覆すための決定的な布石であった。

舞と豊穣祭の始まり

玲琳は祭典用の朱い衣を風になびかせ、手放した。その衣はかつて泥に汚され、様々な場面で翻弄されたが、最終的にこの「豊穣祭」で本来の役割を果たすこととなった。彼女はこれを天の意志と感じ、舞台に立つ。女たちの田植え歌が高らかに響く中、先遣隊の江氏と武官たちが到着し、玲琳の舞に見入る。景彰だけは悪戯っぽく目配せを送り、先遣隊の動向を伝えていた。

舞を通じた示威

玲琳は、舞い手が民に慕われる存在であることを示し、雛女と邑の女たちの団結を誇示した。彼女の舞は、厳粛なる儀式の一部でもあり、土地の豊穣を祈るものだった。先遣隊の男たちは呆然と立ち尽くし、景彰は彼らの理解を促すように叫ぶ。尭明は豊穣祭の舞姫に礼を尽くすよう武官たちを促し、彼らは慌てて跪いたが、江氏だけは疑問を拭えずにいた。

皇太子の圧倒的な権威

江氏の戸惑いに対し、尭明は「俺は皇太子である」と豪快に言い放ち、すべての反論を封じた。さらに、黄景行からの報告を基に、朱慧月が邑の民と共に留まる決断をしたことを説明し、豊穣祭の場にふさわしい環境が整っていることを強調した。これにより、武官たちは状況を受け入れざるを得なくなった。

儀式の開始と江氏の疑念

尭明は豊穣祭を正式に執り行うと宣言し、雛女が清めの水を武官たちに分け与えた。しかし、江氏と藍林熙だけは手を差し出さず、ためらいを見せた。江氏は、水が帯を沈めたものであることを知っているため、飲むことを拒んだのである。玲琳はこれを見逃さず、二人に疑惑の目を向けた。

藍林熙の狡猾な対応

藍林熙は冷静に、衛生面を理由に水を飲むのをためらったと説明し、挑発的に清水を口にした。一方、江氏は動揺を隠せず、追い詰められていく。林熙は巧みに江氏を陥れ、郷長の異常な行動を指摘し、江氏への疑念を煽った。江氏は反論できず、状況は彼にとって不利になっていった。

証拠と証人の登場

玲琳は雲嵐を証人として呼び出し、彼が持っていた証文を公開した。そこには、江氏が朱慧月への制裁を命じたことが記されていた。これにより、江氏が邑の民を攫わせたことが明らかになり、武官たちは彼をさらに追及した。江氏は狼狽し、言い訳を重ねるが、もはや逃げ道はなかった。

邑の男たちの反乱と江氏の失墜

辰宇率いる邑の男たちが、禍森で発見した大量の金子と証拠を携えて戻ってきた。これにより、江氏が逋脱の罪を犯していたことが決定的となる。民は怒りに燃え、金子をつぶてのように江氏に投げつけた。彼は必死に反論するが、邑の人々はもはや彼の言葉に耳を貸さなかった。

皇太子による裁定と奇跡

尭明は豊穣祭の儀式を完遂させるため、祈りを捧げる。すると雷鳴が響き渡り、大雨が降り始めた。その瞬間、雲嵐の腹の傷が消え、代わりに江氏の腹に同じ傷が移った。民はこれを天罰と解釈し、皇太子と農耕神の偉大さを讃えた。尭明は江氏の郷長職を剥奪し、邑への差別的な制度を撤廃すると宣言。民は歓喜に包まれた。

藍林熙への最後通告

尭明は藍林熙に対し、「天はおまえを許したのではなく、見向きもしなかった」と告げる。さらに、彼の関与を藍家当主に報告済みであることを明かし、林熙の立場を揺るがせる。林熙は動揺しながらも表面上は冷静を装うが、その内心では恐怖と焦りが渦巻いていた。

新たな秩序の確立

江氏の失脚と藍林熙の追い詰められた状況を受け、邑の民は自由と平穏を手に入れた。雲嵐は邑の象徴として人々に慕われ、新たな時代の幕開けを予感させる存在となる。玲琳は祠の裏側へと向かい、ある人物と対話を交わすため、静かに歩を進めた。

慧月の疲労と玲琳の計画

慧月は祠の裏で息を整えていた。道術を使った後の疲労は甚大で、顔には疲れがにじんでいた。冬雪が気遣う中、玲琳が現れ、慧月の無事を確認し、世話を焼こうとする。しかし、慧月は短く制し、休息を求めた。彼女が先ほど行ったのは、雲嵐の傷を江氏に移し替えるという道術であった。これは玲琳の計画であり、彼女は皇太子・尭明の龍気を利用し、神の意志として江氏への罰を正当化する策を講じていた。結果的に、民は神の裁きを畏れ、尭明の立場も保たれた。

慧月の葛藤と玲琳の確信

玲琳の提案に慧月は驚いた。過去の会話で、自身が術の暴走について話していたことを思い出し、それを利用された形となったのだ。慧月は術の成功に懐疑的であったが、玲琳は豊穣祭と尭明の力を組み合わせれば、術を安定させられると主張した。慧月は不満を抱きながらも、道術を使う役割を担うことになった。玲琳の計画には確かな勝算があり、慧月は否応なくその流れに巻き込まれていった。

民の解放と慧月の自覚

道術の効果により、江氏は罰され、邑の民は自由を得た。歓喜する民の姿を見て、慧月の胸には不思議な充足感が広がった。自領の民を直接救ったことで、彼女は初めて雛女としての役割を自覚する。水たまりに映る己の姿を見つめ、自分が成し遂げたことの大きさを噛み締めた。道術の才を隠して生きてきたが、それが今、民を救うための力となったことに気づき、満足げな表情を浮かべた。

雲嵐の感謝と忠誠の誓い

雲嵐は慧月に礼を述べたかったが、彼女はそれを避けた。玲琳が代わりに雲嵐と話をすることになり、彼は邑の頭領を正式に継ぐ決意を伝えた。そして、邑を代表し、慧月に感謝を述べるとともに、彼女の行いを忘れないと誓った。さらに、雲嵐は父・泰龍の形見である黒い石を渡そうとするが、玲琳はそれを断った。その代わりに、景行から託された伝書鳩を贈り、邑と都の間で文をやり取りできる手段を提供した。

藍芳春への疑念と玲琳の決意

事件の収束が近づく中、玲琳はある疑念を抱いていた。藍林熙の背後には、もう一人の共犯者がいた可能性がある。それは、藍芳春であった。彼女は慎ましく振る舞いながらも、巧みに周囲を誘導し、慧月の誘拐を裏で画策していたのではないかと考えた。玲琳は、この件を王都に持ち帰り、確実に裁きを下す決意を固めた。彼女の瞳には、まだ解決すべき問題があることを示す、鋭い光が宿っていた。

エピローグ

将棋対局と慧月の嘆き

朱慧月は、黄玲琳との将棋対局で十連敗し、心を折られていた。指導対局と称しながらも、容赦なく追い詰める玲琳に、慧月は抗議したが、玲琳は意に介さなかった。慧月の隣にいた莉莉も、その圧倒的な敗北を見て驚きを隠せなかった。

しかし、慧月がこの場にとどまる理由は、将棋だけではなかった。彼女は、玲琳が藍芳春に報復しようとするのを監視するよう、景彰から命じられていた。玲琳が藍芳春に対して何か行動を起こすのではないかと、周囲は警戒を強めていた。

静養期間の意味と玲琳の行動

外遊から帰還して七日間、慧月と玲琳には静養が命じられていた。これは表向きには心労を癒やすためだったが、実際には二つの目的があった。一つは、入れ替わりを解除した直後の慧月を隠すため。もう一つは、玲琳が即座に藍家へ報復しないよう、足止めするためであった。

玲琳は、この静養期間を監視と足止めと見なしながらも、自らの意志を変えることはなかった。藍芳春に対して何らかの行動を起こすつもりで、彼女の習慣を調べ、昼過ぎに梨園を散策することを知っていた。

藍家への処分と慧月の説得

慧月は玲琳に、事件はすでに終わったと説得しようとした。皇帝が裁きを下し、江氏は流刑、邑の民は放免された。また、皇太子・尭明の命により、邑への差別的な条例は撤廃された。藍林熙についても、藍家当主が関与を否定しながらも、更迭を決定し、彼は東領の辺境で静養することとなった。

これで藍家の脅威は消えたはずだったが、玲琳は納得していなかった。慧月は、これ以上の追及は不要だと説得したが、玲琳は依然として芳春への関心を捨てなかった。

藍芳春との対峙

藍芳春が現れ、玲琳は微笑みながら四阿へ招いた。冬雪や莉莉を使い、人払いをすることで、芳春と二人きりの状況を作り出した。芳春は、事件の経緯について語り始めたが、その語り口はまるで自分に責任がないかのようだった。

彼女は、藍林熙の行動はすべて江氏への忠告に過ぎず、それが誤解されて事件を引き起こしたと主張した。また、林熙の処罰を悲しむ態度を見せ、同情を誘おうとした。

しかし、玲琳はこれを見抜いており、芳春を追い詰める方法を考えていた。そして彼女は、藍家の東領にある柳雲の土地を黄家領としたことを告げた。これは、藍家の拠点を奪い、芳春の逃げ場をなくすための策だった。

藍芳春の本性

芳春は、初めて本性を露わにし、玲琳を「最高」と称して楽しげに笑った。彼女は、策略を巡らせる相手として玲琳に興味を抱き、今後も関わり続けることを望んだ。

玲琳は、芳春を追い詰めるための手段として、柳雲の沽券状を見せ、それを芳春に手渡そうとした。だが、その沽券状は病衣を漬けた泥水で作られた墨で書かれていたと告げると、芳春は反射的に手を引いた。その結果、書状は落ち、香炉が倒れて火がつき、燃えてしまった。

玲琳は、それを見届けると、芳春の前に立ち、「あなたのせいで柳雲は二度と取り戻せなくなった」と告げた。芳春は唇を噛みしめたが、玲琳の決意には抗えなかった。

玲琳の決意と周囲の反応

芳春は玲琳に「大好きになった」と告げ、雛宮での駆け引きを楽しみにしていると宣言した。玲琳は、それを聞きながらも、芳春を敵と見定めた。

その後、冬雪や莉莉が戻ってきたが、彼女たちの後ろには尭明、辰宇、景彰、景行までもが集まっていた。彼らは、玲琳の暴走を止めるためにやって来たのだった。

玲琳は、彼らの心配を受けながらも、「わたくしはまだまだ修行が足りません」と呟き、さらなる策略を巡らせる決意を固めていた。慧月は、それを聞いて「大悪女」とぼやいたが、玲琳は満足げに微笑んでいた。

皇后の書状と玲琳の企み

藤黄女官が皇后・絹秀に声をかけると、彼女は顔を上げた。机の上には、藍徳妃が記した「柳雲の土地を住民ごと譲る」という沽券状が広げられていた。絹秀は、そこに「この沽券状を破損した者はこれを償う」との制約を付け加えた。この追加の一文は、徳妃も特に警戒せず受け入れたが、絹秀は玲琳がこれをどう利用するのかを考え、興味を抱いた。

姪である玲琳は、後見人である絹秀にめったに頼み事をしない。しかし、今回は自ら「願いごと」を口にした。それを受けた絹秀は、筆や紙、墨に至るまで最高級の品を用意し、精魂を込めて書き上げた。玲琳がどのような策を巡らせているのかを思いながら、彼女の変化を楽しんでいた。

玲琳の変化と皇后の感慨

絹秀は、外遊先での出来事をすべて聞いていた。波瀾万丈の経験を経て、玲琳は絶望を知り、怒りを知り、人を嫌うことややり返すことを学んだ。道徳的には「悪」に近づいたかもしれないが、絹秀はそれを喜んでいた。

無害で善良なだけの存在ではなく、確固たる自我を持つ者として玲琳には生きてほしかった。彼女の中に生まれた怒りと復讐心を否定せず、それを制御しながらも活かすことが重要だと考えていた。

室内の棚には、玲琳が贈った香袋や手紙、刺繍の入った手巾が飾られていた。絹秀は、それらを眺めながら「最高だな、おまえの娘は」と呟き、続けて「そして、最低だ」と静かに付け足した。その言葉は、室に響く筆の音に紛れ、女官の耳には届かなかった。

藍芳春の独断と後宮の勢力図

絹秀は、窓辺に頬杖をつきながら、藍芳春の動きを思い返していた。彼女は、これまで徳妃に「引っ込み思案で使えない雛女」と思われていたが、今回の独断専行によって、その認識は変わるだろう。一方で、芳春自身も徳妃を「浅慮な妃」と軽視していたが、後宮を生き抜いてきた彼女のしたたかさを甘く見ないほうがいいとも感じていた。

さらに、金家の清佳もまた淑妃を軽蔑している節がある。雛女たちは後見人の妃を軽んじ始めており、その傲慢さが妃たちの逆鱗に触れる日も遠くはなかった。もし、妃たちが「序列を弁えさせる」と決意した場合、雛女たちは手痛い報いを受けることになるだろうと、絹秀は冷静に予測していた。

鑽仰礼の計画と皇后のぼやき

女官が入室し、鑽仰礼の内容についての書状を差し出した。絹秀は「つい先日、起案書をまとめたばかりではないか」と不満を漏らしたが、藤黄女官は「提案された内容が不適切だから」と冷静に指摘した。

絹秀の提案は、「天下一武闘会」「飲み比べ」「滝修行」「写経千本打」「三徹農耕」など、まるで雛女の試験とは思えないものばかりであった。藤黄は、それらは他家の妃たちが猛反対するため却下すると告げた。

絹秀は仕方なく、再考することにした。歌や舞の競技では退屈だとぼやいたが、藤黄は「それを面白く仕立てるのが陛下の腕の見せ所」と促した。しぶしぶ卓に戻ると、名残惜しそうにもう一度窓を眺めた。

秋の花が静かに揺れている梨園。だが、その奥には、嵐の気配が忍び寄っていた。絹秀は、涼風を浴びながら「嵐が近いな」と独りごちた。

特別編  微笑と予言

兄の嫉妬と失われた誕辰

黄家の次男、黄景彰は、幼い頃から聞き分けの良い子として育った。だが、妹の玲琳が生まれてから、その立場は揺らぎ始めた。儚げな美しさと病弱な体を持つ玲琳は、家族全員から溺愛され、景彰の存在は次第に薄れていった。

十歳の誕辰の日、彼は晴れ渡る空を見上げながら、不機嫌に頬杖をついていた。本来ならば盛大な宴が開かれるはずだったが、玲琳の体調不良により延期となったからである。彼女がいなければ、自分だけの特別な日を祝うことができたはずだった。

分家の少年たちが、宴の延期を残念がりつつも「玲琳様の体調を優先」と話すのを耳にし、景彰の苛立ちはさらに募った。彼らは、自分の誕辰よりも、病弱な妹の回復を喜んでいたのである。

妹への憤りと母の不在

少年たちの会話の中で、景彰の長兄・景行の十歳の誕辰が話題に上がった。母がまだ生きていた当時、彼の祝宴は華やかで、舞や豪華な贈り物に彩られていたという。景彰は、その話を聞きながら、母が玲琳の出産によって命を落とした事実を改めて思い知らされた。

そんなとき、玲琳が部屋を訪れ、申し訳なさそうに「お詫びをしたい」と申し出た。しかし、彼女の無邪気な笑顔を見た景彰の怒りは収まらなかった。彼の中で、奪われたものへの悔しさと、妹への憤りが膨れ上がり、ついには「君のせいで死んだ母上を返してよ」と冷淡に言い放ってしまった。

玲琳は一瞬、固まったが、すぐにいつものように微笑んで立ち去った。景彰は、彼女の鈍さに呆れ、深く考えることなく、そのままこの会話を忘れようとしていた。

兄の怒りと真実の告白

十日後、玲琳は再び倒れ、黄家は大騒ぎとなった。今回は母の祠堂で祈りを捧げている最中に転倒し、腕を負傷していた。

その頃、景彰は何も知らず、部屋で過ごしていた。そこへ長兄・景行が乱入し、何の前触れもなく彼の頬を殴りつけた。そして「玲琳に今すぐ謝れ」と激しく詰め寄った。

景彰は困惑しつつも、妹が先日の発言を気にしているようには見えなかったと反論した。すると景行は、玲琳が母を生き返らせるために、祠堂で何日も祈り続けていたことを明かした。さらに、彼女はこっそり舞と刺繍の練習をしていたのだと告げた。

景彰はその事実を知り、言葉を失った。彼女は、自分に向けられた呪いの言葉を真に受け、母を取り戻そうと必死になっていたのだ。

涙の謝罪と兄の変化

景彰は、居ても立ってもいられず、玲琳の部屋へ駆け込んだ。寝台の上にいた彼女は、景彰の突然の訪問に驚いたが、すぐに姿勢を正して頭を下げた。そして「また倒れてしまい、ご迷惑をおかけしました」と謝罪した。

その言葉を聞き、景彰は胸が締め付けられた。彼女がどれほど無理をしていたのかが、今になって理解できた。

玲琳は、枕元から一枚の布を取り出し、それを差し出した。そこには、拙いながらも丁寧に「景彰」と縫われていた。「母を生き返らせることはできませんでしたが、そのぶん舞と刺繍を頑張ります」と、彼女は健気に微笑んだ。

その瞬間、景彰の目から涙が溢れた。彼は衝動的に水を頭から浴び、「僕は馬鹿だ!」と叫んだ。そして、玲琳の前に膝をつき、深く頭を下げて謝罪した。「君は、僕の大切な妹だ。世界一優しくて、頑張り屋で、素晴らしい子だ」と、震える声で伝えた。

この出来事を境に、黄景彰は、妹を溺愛する「妹馬鹿」へと変貌を遂げたのである。

外遊先での妹談議

外遊先で、玲琳の体に入った朱慧月は、景彰の妹溺愛ぶりに呆れ果てていた。「あなたたち黄家の殿方は暑苦しい」と毒づいたが、景彰はあっさりと「事実だから」と受け流した。

慧月は、「玲琳の呑気な態度が憎たらしい」とこぼしながらも、彼女を心配している様子を隠しきれていなかった。景彰は、その姿を見て微笑み、「君は玲琳のことを大好きになる」と断言した。

慧月は即座に否定したが、景彰には確信があった。彼自身が、かつては妹を妬み、憎んでいたことを思い出しながら――。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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