小説「ふつつかな悪女ではございますが 7 ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~」感想・ネタバレ

小説「ふつつかな悪女ではございますが 7 ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~」感想・ネタバレ

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どんな本?

この作品は、後宮を舞台に、雛女たちの策略や陰謀が渦巻くファンタジー作品である。第7巻では、邑に発生した痢病の被害を抑えるため、玲琳たちが看病を続ける中、雲嵐が郷との交渉で薬を得ようと山へ向かうが、口封じのため郷長の手の者に襲われる。一方、慧月は自身にかけられた悪評を晴らすべく、玲琳不在の茶会で雛女たちとの情報戦に挑む。ついに事件の黒幕が明らかになる、怒涛の展開が描かれている。  

主要キャラクター
• 黄 玲琳(こう れいりん):黄家の雛女で、病弱ながらも優雅で聡明な人物。本巻では、痢病の蔓延する邑で看病に尽力する。 
• 朱 慧月(しゅ けいげつ):朱家の雛女で、かつて玲琳と身体が入れ替わった経験を持つ。自身の悪評を晴らすため、雛女たちとの情報戦に挑む。 
• 雲嵐(うんらん):郷との交渉で薬を得ようと山へ向かうが、郷長の手の者に襲われる。

物語の特徴

本作は、後宮内の陰謀や策略が巧みに描かれており、各キャラクターの成長や人間関係の変化が見どころである。特に、玲琳と慧月の関係性や、それぞれの試練に立ち向かう姿勢が物語に深みを与えている。また、美麗なイラストや緻密な描写が、読者を物語の世界へ引き込む魅力となっている。

出版情報
• 出版社:一迅社
• 発売日:2023年10月3日発売
• レーベル:一迅社ノベルス
• ISBN:9784758095877

読んだ本のタイトル

ふつつかな悪女ではございますが  7 ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~
著者:中村颯希 氏
イラスト:ゆき哉  氏

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あらすじ・内容

「今、雛宮内で、入れ替わりを解消してはならぬ」――『鑽仰礼』がひと段落した後、玲琳は尭明にそう告げられた。
慧月が『道術』使いだと、決して周囲に気づかれてはいけない。万全を期して、城外で入れ替わりの解消をすることに決めた玲琳たちは、城下町で落ち合う約束を交わし、バラバラに雛宮を発つのだが……。
初めての屋台に目を輝かせる玲琳と、お目付け役の莉莉&尭明。
仲良く(?)お土産選びをする慧月と景彰と、なぜか酒で潰しあおうとする冬雪と景行。
そんな中、辰宇は市場で、王都を観光していた雲嵐に声をかけられて――。
誘拐、窃盗、乱闘騒ぎ……目の前で起こるトラブルを、彼らが見過ごせるわけもなく!?
果たして全員約束の時間に集まることができるのか? 大逆転後宮とりかえ伝、第四幕は「お忍び城下町」編!

ふつつかな悪女ではございますが 7 ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~

皇帝誕辰祭と町歩き
皇帝・弦耀の誕辰祭が続く中、玲琳と莉莉は町を巡っていた。玲琳は屋台で奇跡の壺に興味を示すが、莉莉に止められる。粽子を買うために人混みをかき分け、庶民の暮らしを学んでいた。

尭明との再会と酒房での説教
玲琳は約束より早く酒房に着き、大道芸を見ようとするが、尭明に止められる。酒房では尭明から不用心な行動を注意され、二人は火鍋を巡って意地を張る。莉莉は呆れつつ見守っていた。

借金取りとの遭遇
酒房では借金取りが少女を蹴りつけていた。少女は美雨を取り戻そうとしていたが、男たちは耳を貸さなかった。尭明が怒り、男を制圧する。

賭場『三界楽』への誘い
借金取りは玲琳たちに、美雨を取り戻したければ賭場で勝てと言う。賭場の者は役人まで買収していたが、玲琳と尭明は迷わず賭場へ向かう。

慧月と景彰の外出
慧月は景彰とともに王都を巡る。景彰は玲琳への贈り物を探し、慧月はその丁寧さに呆れる。やがて景彰は、賭場の裏に関わる違法な商売を発見し、介入することを決意する。

賭場『三界楽』の支配
賭場は「天」「地」「人」の扉で区切られ、勝者は天国、敗者は地獄へ送られる仕組みだった。九垓が支配し、用心棒が取り立てを行っていた。

九垓との対峙と賭けの開始
九垓は玲琳たちを賭けに誘い込み、負ければ容赦なく搾取すると脅した。尭明と玲琳は短刀を投げて威嚇し、賭博に乗ることを決める。

玲琳の策略と不正の発見
玲琳は賽子賭博を試し、胴元が勝たせる仕組みを作っていることに気づく。舞い女たちが胴元へ合図を送り、篝火の熱で賽子の目を操作していた。

賭場の崩壊と決戦
九垓は不正を暴かれたことで激怒し、用心棒たちに玲琳たちを襲わせる。しかし、尭明が圧倒的な力で敵を制圧する。戦いの末、賭場は崩壊し、九垓の支配が終わる。

景彰と慧月の合流
景彰と慧月も賭場の異変に気付き、駆けつける。彼らは玲琳たちと合流し、賭場の闇を完全に暴くための行動を開始する。

辰宇と雲嵐の動き
辰宇は名刀を購入し、玲琳への贈り物を考える。雲嵐と再会し、茶楼で玲琳について話す中、美雨の危機を知る。二人は救出のため行動を起こし、賭場の陰謀に迫る。

最終決戦と賭場の崩壊
玲琳は舞台上で賭場の不正を暴き、九垓の悪行を明らかにする。怒った九垓が攻撃を命じるが、尭明と景彰が応戦し、賭場の支配が終わる。

入れ替わりの危機
尭明たちは馬車で移動するが、皇帝の隠密が動いている可能性を警戒する。入れ替わりが発覚すれば危険なため、当面の間は解消を控えることが決まる。

未来への決意
玲琳たちはそれぞれの役割を再確認し、新たな戦いに備えることを誓った。賭場の一件は終わったが、さらなる試練が待ち受けていた。

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感想

物語の魅力
本作は、玲琳たちが雛宮を離れ、城下町で繰り広げる賑やかな騒動が描かれている。表向きはお忍びの散策であるが、実際は借金取りや賭場との戦いに発展し、大活劇となっていた。これまでの展開とは異なる組み合わせの登場人物たちが、それぞれの役割を果たしながら動くことで、新鮮な面白さを生んでいる。特に冬雪と景行の掛け合いが印象的で、互いに反発しながらも息の合ったやり取りを見せていた。

キャラクターの成長
玲琳は、賭場『三界楽』の仕組みを冷静に見極め、不正を暴くという知略を発揮した。一方で、尭明とのやり取りでは、まだまだ子供っぽい部分も垣間見える。そのギャップが彼女の魅力となっていた。慧月と景彰の関係もまた、興味深い展開を見せた。慧月が我を張る場面が多い中で、景彰がそれを包み込むような対応をしており、二人の距離が少しずつ縮まる様子が微笑ましい。

物語の構成と展開
各キャラクターの視点が交互に描かれ、それぞれの行動が最終的に一つに収束する構成が見事であった。賭場の戦いがクライマックスとなるが、そこに至るまでの伏線が巧妙に張られていたことも印象的である。市場でのお忍びがいつの間にか危険な駆け引きに発展し、緊張感を生み出す流れは、読者を引き込む力があった。

新キャラクターと今後の展開
新たに登場した人物たちが、今後の物語にどのように関わるのかが気になるところである。特に、九垓が支配する賭場の背景や、それを裏で操る者の存在が示唆されていたことから、さらに大きな陰謀が潜んでいる可能性が高い。伏線が張られたことで、次巻への期待がより高まる内容であった。

総評
本作は、これまでのシリーズの中でも特に賑やかで、ユーモアと緊張感が程よく交じり合う一冊であった。キャラクター同士の関係性がより深まり、それぞれが成長していく様子が丁寧に描かれている。また、戦いや駆け引きの場面が多く、テンポの良さが際立っていた。物語の終盤に向け、新たな展開が始まる予感がする今作は、シリーズの転換点としても重要な役割を果たしていると感じる。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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備忘録

1.玲琳と莉莉と尭明

皇帝誕辰祭と都の喧騒

詠国皇帝・弦耀の誕辰祭は、祝日五日目に入っても熱狂が続いていた。城下では人々が宴を楽しみ、商人たちが賑やかに商品を売りさばく。裕福な者も貧しい者も、この祭りの期間だけは等しく歓楽に浸るのが恒例であった。

そのような賑わいの中、商家の娘風の女性がとある屋台で霊験あらたかな壺を勧められていた。彼女は壺の持つ奇跡の効果――知恵が回り、友が百人増えるという触れ込みに興味を示した。しかし、付き添いの少女がすぐにそれを制止した。

玲琳と莉莉の町歩き

この商家の娘の正体は、黄玲琳であった。彼女は笠を深く被り、正体を隠しながら町を歩いていた。付き添う莉莉は、玲琳の世間知らずな言動に呆れながらも、彼女を導いていた。

玲琳にとって、町歩きは新鮮な体験だった。人混みの中で足を踏まれたり、不味い豆汁に挑戦したり、商人のごまかしを見抜いたりと、普段なら経験できない出来事を楽しんでいた。やがて、粽子の屋台にたどり着き、そこで玲琳は庶民の生活を学ぶかのように、人混みの中を器用にすり抜け、無事に粽子を手に入れた。

慧月との約束と尭明の登場

町歩きを満喫していた玲琳だったが、待ち合わせの時間よりも早く酒房に着いてしまう。時間を持て余していると、大道芸の呼び声が聞こえ、興味を引かれて裏通りへと向かおうとした。その瞬間、背後から笠を戻され、腰を支えられる。

それをしたのは、皇太子・尭明であった。彼は玲琳の不用心な行動を咎め、彼女が約束の時間を大幅に早めて行動していたことを指摘する。玲琳はしょんぼりとしながらも、己の迂闊さを痛感していた。

酒房での説教と二人の対立

酒房に落ち着いた玲琳は、尭明から厳しく説教を受ける。彼は彼女の無計画な行動を戒め、もっと慎重に行動すべきだと諭した。しかし、玲琳も反論し、自分なりに町歩きの準備をしてきたと主張する。

やがて二人のやり取りは、火鍋の取り分けへと発展した。尭明と玲琳は、それぞれのやり方で鍋を取り分けようとし、まるで意地の張り合いのような状態になる。二人の掛け合いに、莉莉は呆れ果てていた。

借金取りとの遭遇

そんな折、酒房の一角で、借金取りが少女を足蹴にしている場面が目に入る。少女は美雨という令嬢を取り戻すため、必死に抵抗していたが、男たちはまるで相手にしていなかった。

それを見た莉莉は即座に介入しようとするが、玲琳が冷静に制止する。しかし、男たちは彼女たちをも嘲笑い、侮辱の言葉を投げかけた。これに怒った尭明が、男の腹に肘を叩き込む。

賭場への誘いと玲琳の決断

借金取りの男たちは、玲琳たちを賭場「三界楽」に誘い込み、そこで賭けで勝てば少女を取り戻せると言う。彼らは役人まで買収しており、正攻法では解決できない状況だった。

しかし、玲琳と尭明はためらうことなく賭場へ向かうことを決めた。彼らの目的は単純である。騒ぎを起こすのではなく、敵地へ乗り込み、迅速に問題を解決することであった。莉莉は二人の大胆な決断に驚愕しつつ、彼らの後を追うのだった。

2.慧月と景彰

快適な馬車の旅と黄景彰の騒がしさ

黄家の馬車は見た目こそ地味であったが、座面にはたっぷりと綿が詰められ、快適な作りであった。黄家の雛女の姿をした慧月は、その乗り心地を堪能していた。しかし、向かいに座る黄景彰の存在だけが問題であった。彼は市の様子を楽しげに語り、窓の外を覗き込むたびに慧月の空間を侵してくる。彼のあまりの距離の近さに、ついに慧月は大声で注意したが、彼は軽く受け流し、「護衛のため」と言い訳を重ねるばかりであった。

城下への外出と慧月の不本意

慧月は、本来望んでいなかった外出に付き合わされる形となった。玲琳の強い要望によって、仕方なく町に出ることになったが、景彰には「本当は楽しみにしていただろう」と茶化された。彼女は即座に否定したものの、心のどこかで市の賑わいに興味を持ってしまっていた。

入れ替わり解消の計画と黄玲琳の後悔

二日前、玲琳は慧月に「雛宮が皇帝の監視下にあるかもしれない」と打ち明け、城下で入れ替わりを解消することを提案した。彼女は自身の策略によって皇帝の注意を引いてしまったことを悔い、真摯に謝罪した。その決意の強さに驚きながらも、慧月は「なぜ自分の道術の責任を玲琳が負うのか」と疑問を抱いた。玲琳は、慧月が以前に自分を呪い殺しかけたことなど気にせず、すべての責任を負おうとしていた。その態度に、慧月は複雑な思いを抱えながらも、彼女の意図に従い、町へ出ることを決めた。

市の賑わいと景彰の策略

慧月は、祭りで賑わう王都の様子に興味を引かれながらも、それを認めたくなかった。景彰に誘われ、彼の「正巳の刻ではなく、正午が本当の待ち合わせ時間」という策略に気付いたとき、彼女は激しく抗議した。しかし、景彰は軽く受け流し、余った時間で市を巡ることを楽しもうと提案した。

芝麻球の店と慧月の失態

慧月は、世慣れた風を装い、王都で評判の芝麻球の店を選んだ。しかし、その店は人気のため予約制を取っており、彼女の順番は一刻半後となってしまった。激怒した慧月は、勢いよく木簡を地面に叩きつけたが、景彰はそれを見て大笑いした。慧月の真剣な様子と空回りぶりが、彼には滑稽に映ったのである。

贈り物選びと慧月の苛立ち

市を巡る中、景彰は玲琳への贈り物を熱心に選び続けた。その丁寧な選び方に、慧月は「なぜそこまでするのか」と呆れるが、景彰は「玲琳には日常を彩る贈り物が必要だ」と言う。その一方で、慧月は「自分には贈り物がなかった」と無意識に考え、さらに苛立ちを募らせた。そして景彰に対し、彼の身長を話題にからかい始めたが、逆に彼に顔を近づけられ、「ちょうど口づけしやすい」と囁かれ、動揺して腰を抜かしてしまう。

不穏な発見と逃走

景彰が選んだ腕輪の購入後、慧月は偶然、店の在庫から「百年好合」と刻まれた婚礼品の腕輪を発見する。それが借金の担保として売られたものであると察し、店が非合法な商売をしていることに気付いた。その場から逃げ出そうとするが、店主に捕まり、細い路地へと追い詰められる。男は彼女の美貌に目をつけ、不吉な意図をほのめかしながら近づいてきた。

慧月の決意と景彰の救出

慧月は、道術で火を操り反撃しようとするが、「黄玲琳」としての身分を守るために思いとどまる。しかし、景彰が間一髪で駆けつけ、暴漢を瞬時に制圧した。彼は怒りを露わにし、「どうして自発的に攫われに行くんだ」と慧月を叱責した。その言葉に慧月は思わず涙を流し、景彰はその姿に困惑しながらも、優しく慰めた。

腕輪の真実と新たな計画

景彰は、慧月に贈った腕輪が質草だったことに気付き、自分の失態を恥じた。彼はその腕輪を手放すよう求め、慧月も未練なくそれに従った。しかし、慧月は「埋め合わせをするべきだ」と迫り、景彰は「必ず落とし前を付ける」と宣言した。その直後、景彰は捕らえた暴漢に短刀を突きつけ、「このまま元締めのもとへ案内させる」と言い放つ。こうして、二人は王都の闇に踏み込むこととなった。

3.幕間

賭場への到着とその異様な雰囲気

玲琳たちは、柄の悪い男たちに連れられ、歓楽街にある賭場「三界楽」へと足を踏み入れた。その建物は妓楼ほど派手ではなく、土壁と小窓が特徴的であった。門は異常に小さく、容易には入れず、出ることも困難な構造となっていた。賭場の内部に入ると、異様な雰囲気が漂い、酒と歓声に満ちた空間が広がっていた。

美雨の父の過ちと鈴玉の苦境

玲琳は同行する鈴玉から、美雨の父親の事情を聞いた。彼は貿易商の息子であったが、田舎での農民生活に耐えられず、王都に戻った末に賭場の罠にかかった。短期間のうちに借金を膨らませ、ついには娘を妓楼に売る契約書に血判を押してしまったという。賭場の用心棒たちは力を背景に理不尽な取り立てを行い、反抗する者を暴力で黙らせていた。

賭場の支配構造と異様な賭博の仕組み

賭場の主である九垓は、負けた客を容赦なく搾取し、銀子や娘だけでなく、命すらも賭けさせていた。賭場の内部には「天」「地」「人」の三つの扉が存在し、勝者は「天」へ、敗者は「人」の扉の向こうで過酷な仕打ちを受ける仕組みとなっていた。玲琳たちは、用心棒たちが町を牛耳り、役人すら買収されていることを知る。

九垓との対峙と賭けの開始

九垓は、玲琳たちに賭けを強要し、負ければ容赦なく搾取すると脅した。しかし、尭明と玲琳は冷静に対応し、短刀を投げて威嚇した後、賭場の流儀に則ることを決めた。二人は、時間を無駄にしないため、そしていかさまを暴くため、賭博に乗ることを選択した。

賭場の不正を探る玲琳

玲琳は賭場の内部を観察し、賭博の仕組みを探った。初めに賽子賭博を試すと、胴元が意図的に誘導し、勝たせる仕組みがあることに気づいた。賽子には明らかな細工はなかったが、何らかの方法で出目が操作されている可能性が高かった。

いかさまの手口の発見

玲琳は丹という男の何気ない発言をきっかけに、いかさまの仕組みに気づいた。賽子は篝火の近くに置かれ、壺振り女は必ず手を冷酒瓶で冷やしていた。篝火の熱で特定の面を暖め、冷えた手で触れることで目を固定する仕掛けがあると推測した。さらに、舞台の上の女たちが胴元へ密かに情報を伝えている可能性が高いと判断した。

賭場の摘発に向けた準備

玲琳は、短刀に仕込まれた鳥笛を使い、兄である景行へ密かに連絡を送っていた。賭場の全貌を把握し、いかさまの証拠を掴んだ彼女は、あとは適切なタイミングで動くのみであった。玲琳は賭場を歩き回りながら、その腐敗した実態を冷静に見極めていた。

4.冬雪と景行

黄家の旅籠での休息

冬雪は、朱慧月に扮して旅籠の一室に身を置いた。部屋は質素ながらも清潔であり、彼女は外衣を寝台に掛け、まるで姫君が休んでいるように装った。外では午の初刻を告げる鐘が鳴り、冬雪は肩の凝る雛女の衣装にぼやきながら、自らの上級女官の装束を整えた。その時、黄家長男・景行が現れ、気さくに話しかけながらも、旅籠の食事や市場の話題で気を緩めていた。

身代わりの計画と冬雪の不満

二日前、黄玲琳と皇太子・尭明は道術露見の回避のため、一時的に身代わりとなる計画を立てた。冬雪は雛女が城下に出る危険性を懸念しながらも、主の命には逆らえなかった。玲琳は女官姿で酒房へ向かい、慧月は黄家祠堂へ向かうふりをして移動し、その間に冬雪が「朱慧月」として城下を巡る役割を担った。だが、なぜ景行まで同行するのか、その点に冬雪は強い不満を抱いていた。

景行との対立

冬雪は景行を快く思っていなかった。彼が玲琳に豪快な価値観を植え付けようとすることに苛立ちを覚えていたのだ。冬雪は玲琳に品格ある皇后としての教育を施したいと願っていたが、景行は野性的で力任せな考え方を持ち込み、それを玲琳に影響させようとしていた。景行もまた、冬雪が玲琳に与える影響を快く思わず、二人は常に対立していた。

旅籠での口論と意地の張り合い

景行と冬雪は、玲琳に送られた香袋の数を巡り、意地の張り合いを始めた。景行は十個、冬雪は三個を受け取ったと主張したが、冬雪は期間あたりの密度を計算し、自分のほうが玲琳により親しまれていると反論した。景行は苛立ち、食事をすると言い残して部屋を出ようとしたが、冬雪も負けじと彼を追った。

酒房での勝負

酒房に降りた二人は、食事を巡る攻防を始めた。冬雪は酒で景行を潰そうと試み、景行は大量の料理を頼んで冬雪の動きを封じようとした。さらに、冬雪が先に食べたか否かを巡り、互いに食べ物を投げ合いながら激しい応酬を繰り広げた。最終的に、二人は互角の勝負を演じ、景行は冬雪の実力を認める発言をした。

用心棒との対決と旅籠の救済

酒房には「三界楽」の用心棒が居座っており、旅籠の主人を脅迫していた。冬雪と景行はこれを見逃さず、剣と箸を駆使して圧倒した。用心棒たちは逃げようとしたが、景行と冬雪の連携により完全に封じ込められた。旅籠の主人は二人に感謝し、景行と冬雪はこれを機に「鋭月堂」での武具の購入を決めた。

「三界楽」への対処と西市への急行

景行と冬雪は、「三界楽」を完全に潰すことを決意し、用心棒たちの雇い主に弁償を要求することにした。しかし、その矢先、景行のもとに緊急の伝令が届く。鳩の動きから、玲琳に関わる危機が発生していることを察知した二人は、急ぎ西市へ向かうことを決めた。冬雪は機転を利かせて馬を手配し、景行とともに出発する。

迫る危機と新たな戦い

景行は冬雪の判断力を高く評価し、互いに信頼を深めながら馬を走らせた。二人の目的は、玲琳の安全を確保することであり、そのために彼らは「三界楽」だけでなく、さらに大きな陰謀へと立ち向かう覚悟を固めたのであった。

5.幕間

賭場での策略と演技

玲琳は賽子賭博の卓につき、いかさまの手口を探っていた。その間、尭明は札賭博をしながら彼女の様子を見守る。彼は彼女の演技の拙さに内心で呆れつつも、彼女が根本的に嘘をつくことを好まない性格であることを再認識する。しかし、目的があれば狙い澄ますようだと天井の短刀を見て思い直す。彼女の変化が本性の露呈ではなく、朱慧月との出会いを機に引き出されたものと尭明は感じていた。

賭場の罠と玲琳の挑発

賭場の中央には舞台があり、女たちが舞いながら袖の動きで合図を送る様子を尭明は観察していた。壺振り女が賽子の目を操作し、舞い女がその情報を胴元へ伝えていると推察する。玲琳も賽子に注目しており、何かを探っているようだった。その間、控え席にいる莉莉と鈴玉は緊張しながら場を見つめていた。鈴玉は玲琳の世間知らずな振る舞いを見て不安を抱くが、莉莉は彼女を信頼しようとする。

九垓が現れ、玲琳を挑発してさらに高額の賭けに乗せようとする。しかし、玲琳は冷静に対応し、強引に賭けを勧める彼の意図を見抜いていた。だが、莉莉が屈辱的な扱いを受けたことで、玲琳の怒りが爆発し、杯を伏せて挑発的な態度を取る。ついには九垓が怒り、玲琳を最高額の賭け「三界楽」に引きずり込むことを決める。

三界楽の開始と玲琳の策略

「三界楽」は壺振り女が三つの賽子を振り、その目を予想する勝負であった。玲琳はぞろ目の「二」に賭けるが、九垓は安全策として「大」に賭け、結果は九垓の勝利となる。負けた玲琳は舞台へと送られることになり、尭明が次の賭けを続けることになる。しかし、彼女はこの状況を想定済みであり、舞台に上がることでいかさまの証拠を掴もうとしていた。

歓待室での攻防

一方、景彰と慧月は「三界楽」の歓待室に案内されていた。そこでは勝者へのもてなしと称して豪華な料理と酒が振る舞われたが、景彰はこれが時間稼ぎであることを見抜いていた。案の定、元締めの九垓の配下が大勢押し寄せ、二人を取り囲む。景彰は余裕の態度を崩さず、慧月を守りながら戦闘を開始する。慧月は景彰の悠長な態度に憤りながらも、迫りくる敵に備えるのだった。

決戦の幕開け

玲琳が舞台へと向かい、尭明は賭博場を観察し続けていた。彼女は勝負に負けることを見越しながらも、状況を有利に運ぶための布石を打っていた。一方、景彰は賭場の裏側で敵の動向を探り、慧月と共に新たな戦いへと身を投じていく。

6.辰宇と雲嵐

雑踏の中の武具購入

辰宇は店員の挨拶を背に受けながら、軽く頷き、笠を深く被り直した。馬を繋いだ場所まで、徒歩で四半刻ほどの距離。北の市を黙々と歩きながら、久しぶりに雑踏に紛れる。巳の終刻が近づき、昼食時を迎えようとする街は、食事の屋台を中心に活気づいていた。売り子たちは競い合うように声を張り上げ、栗や蟹、化粧品を売り込んでいる。辰宇は長身で均整の取れた体格をしていたが、黒髪と笠が幸いし、人混みに溶け込むのに苦労はなかった。売り子たちの呼びかけを流しつつ、彼は懐に収めた短刀を確かめる。名店「鋭月堂」の名刀であり、月に十本しか出回らない逸品だった。辰宇もまた、「鋭月堂」の名刀を心待ちにする一人であった。

名刀と玄家の関わり

辰宇の家系である玄家は、水と戦を司る家柄であり、北領では武器の製造が盛んだった。「鋭月堂」の主人もまた北領出身であり、辰宇にとっては馴染み深い店だった。名刀の購入は早い者勝ちであり、雑談好きな黄景行を藤黄女官に任せ、一人で行動することで確実に手に入れた。短刀を手に入れた後、すぐに旅籠に戻ることもできたが、面倒を避けるために夕方に皇城近くで合流するつもりであった。「鋭月堂」の人気が王都で高まっていることを思い出し、辰宇は僅かに眉を寄せる。玄家の人間は、好きなものを独占したがる性質があり、広く知られることを快く思わなかった。

短刀の観察と贈り物の考慮

辰宇は懐から短刀を取り出し、満足げに眺めた。装飾はないものの、漆で仕上げられた鞘、握りやすいよう溝を入れた柄、刃紋の美しさなど、見事な作りであった。しかし、細身の造りは彼の手には少し小さく感じられた。標準的な詠国の男性や大柄な女性の護身用として適していると考え、ある人物の顔が思い浮かぶ。短刀を躊躇なく握る女性――黄玲琳であった。彼女が短刀を必要とする状況はほとんどないが、入れ替わった状態の彼女ならば、武具を喜びそうだと推測する。

贈り物の選定

辰宇は、贈り物として短刀を渡すことを考えたが、剥き出しのままでは無礼に当たるかもしれないと考え直す。贈り物とは、開封の瞬間を楽しむものであり、布や箱に包むべきだと結論する。雑貨商の屋台を見つけ、風呂敷や手巾、首布を物色する。刺繍入りの手巾は彼女の技量に劣ると判断し、絹の首布は求婚の品と誤解される可能性があるため、どれも選びづらかった。結果として、頑丈な風呂敷を選ぶことにしたが、色を決める際に迷いが生じる。黒は無難だが家色に結びつき、黄や朱色も象徴的すぎる。考え込むうちに、雑貨商の店主が声をかけてくる。

選択を阻む者の登場

辰宇が赤黒く汚れた紫色の風呂敷を手に取ると、後ろから男の声が響いた。旅装をこなれた様子で着崩した青年が、田舎の農民が使うような布に銀十匁を支払うことを批判する。軽やかな声としなやかな体つき、どこか芝居がかった仕草を見て、辰宇は目を見開いた。目の前の青年――雲嵐を知っていたからである。

雲嵐との再会と茶楼での会話

雲嵐は王都に来た理由を話し、辰宇を茶楼に誘う。王都の視察や皇帝への感謝の書状を届ける名目で来たものの、実際には冷遇され、すぐに追い払われたという。せっかくの機会だからと、辰宇に歓楽街への案内を頼むが、辰宇は代わりに格式ある茶楼「白炉」に連れて行った。個室に通された二人は、さっそく雛女――黄玲琳(朱慧月)の話題に入る。雲嵐は、彼女との文通について相談を持ちかける。

誤解と真相の発覚

雲嵐は、「朱慧月」からの手紙が恋の駆け引きではないかと勘ぐる。手紙の表現が意味深であり、帯の内に入れる云々という言葉から、情熱的な想いが込められていると考えた。しかし、辰宇は冷静に否定し、手紙の内容を兵法と解釈する。二人は言い合いを続けたが、給仕の少女・美雨の言葉により、手紙の内容が単なる農業に関する悩みであることが明らかとなる。

美雨の危機と行動の決断

美雨は農民出身であるにもかかわらず、楼主によって監禁され、虐待を受けていた。雲嵐は助けを求められない彼女に憤りを感じ、独断で楼主に対抗しようとする。辰宇は慎重な対応を勧めたが、雲嵐は直接行動を起こすことを決意。酒を大量に飲み、彼女の時間を買うことで救出の機会を作ることにした。

酒盛りと美雨の救出

酒を飲み交わしながら、美雨の信頼を勝ち取ることに成功する。やがて彼女は農民であることを明かし、楼主の罪を証明する材料となった。雲嵐は楼主を押さえつけ、短刀を突きつける。辰宇も加勢し、彼らは用心棒を排除。役人を呼び、茶楼の悪事を暴いた。

雲嵐の告白と辰宇の決意

事件が収束した後、雲嵐は辰宇に対し、黄景行からの密命を告げる。辰宇が雛女に特別な感情を抱いているかどうかを探るよう依頼されていたのだ。辰宇は短刀の贈呈をやめ、職務の一環として彼女を守るだけだと冷淡に答える。しかし、雲嵐は彼の表情や行動から、本心を見抜いていた。

雛女の危機と急報

そのとき、雲嵐の鳩が緊急事態を知らせる合図を送る。雛女が危険にさらされている可能性があった。辰宇は即座に立ち上がり、窓から外へ飛び出す。雲嵐もまた、彼に続いた。

7.全員集合

賭場での屈辱と嘲笑

玲琳は賭場「三界楽」で敗北し、観客たちから嘲笑を浴びていた。彼女は怯えているように見せかけながら、周囲の状況を冷静に観察していた。舞い女たちには二種類が存在し、前列の女たちは豪華な装飾を身にまとい、賭場と結託しているのに対し、後列の女たちは身売りを強要される素人娘たちであった。この違いを見極めた玲琳は、賭場の不正を暴くための糸口を見つける。

舞台上での観察と決意

玲琳は、舞台の前列に立つ舞い女たちが、賭場で使われる賽子の目を読み取り、胴元へ合図を送る役割を果たしていることに気付いた。彼女は、自らの負けを利用し、舞い女として舞台に立つことで、賭場の仕組みを詳しく探ることを決意する。そして、尭明へ密かに視線を送り、行動の準備を整えた。

対立と挑発

舞い女の一人が玲琳に敵意を向け、彼女を後列に追いやろうとする。玲琳は、挑発に乗らず、冷静に対応しつつも、相手の動きを利用して転倒させた。舞い女の体勢を崩したことで、場の雰囲気が変わり始めた。さらに、玲琳は自信に満ちた態度で、九垓を見下ろし、賭場の不正を明るみに出す計画を進める。

賽子の仕組みと不正の暴露

玲琳は、賽子が篝火の近くに置かれた際に温度で重心が変化し、その目が確定する仕組みを利用して不正が行われていることを指摘する。舞い女たちが振り付けを通じて賭けの結果を操作し、場主が確実に勝つ仕組みが存在していた。玲琳の指摘により、九垓は動揺し、場内に緊張が走った。

賭場の崩壊と戦闘

九垓は不正を暴かれたことで激昂し、用心棒たちに玲琳と尭明を襲わせる。しかし、尭明は巧みな戦闘技術を駆使し、圧倒的な力で敵を制圧する。玲琳も機転を利かせ、舞い女たちの衣装を利用して敵の動きを封じた。戦闘の末、九垓は打ちのめされ、賭場の支配が崩壊する。

思わぬ援軍の到着

戦いが終わった直後、黄家の兄弟や辰宇、雲嵐など、関係者が次々と賭場に集まる。彼らはそれぞれ異なる理由でここに辿り着いたが、結果的に玲琳たちの行動と一致し、賭場の悪事を追及することとなった。九垓の不正が明らかになり、賭場の終焉が決定的となる。

賽子の意味と新たな展開

玲琳は、尭明が九垓を倒すために投げた賽子を拾い上げ、それが自らの戦いの象徴となったことを実感する。そして、この一件が終わりではなく、新たな展開へと繋がることを予感する。彼女は、入れ替わりが終わる最後の瞬間を迎える前に、さらなる試練が待っていることをまだ知らなかった。

8.終幕

隠密の監視と入れ替わりの危機

尭明たちが馬車に乗り込んだ直後、辰宇は皇帝の隠密がすでに動き始めている可能性を警告した。最近、皇帝の手の者と思しき役人が地方で道術の痕跡を探っていたことが発覚し、王都にも監視が潜んでいる恐れがあった。玲琳たちの入れ替わりが発覚すれば、さらなる追及を受けることは必至であり、当面の間は解消を控えるべきとの判断が下された。辰宇は報告を終えると、役人との引き継ぎを進めるため、賭場へと戻った。

責任の所在を巡る動揺

馬車の中では、それぞれが責任を感じ、重苦しい雰囲気が漂った。玲琳は自分のせいで事態が悪化したと嘆き、慧月は市で術を使いかけたことを悔やんだ。景彰も護衛としての不手際を自責し、尭明もまた、軽率な判断が事態を招いたと詫びた。皆が一斉に俯くほどの落ち込みようであったが、景彰の一言で空気が変わった。責任を押し付け合っても仕方ないと、尭明とともに気を取り直し、事態の好転を図るための前向きな議論が始まった。

入れ替わりの解消策を模索

玲琳たちは、馬車内で入れ替わりを解消できるかを検討したが、術の発動による異変が監視の目を引く危険性を考慮し、断念せざるを得なかった。そこで、隠密を欺くための策として、龍気の発現と道術の影響を混同させる計画が立案された。尭明がひと月後の鎮魂祭で龍気を発現させ、道術の影響を覆い隠すことで、入れ替わりの解消を安全に行うという方針が決まった。これにより、隠密の監視が続く間は慎重に行動し、術の使用も極力控えることとなった。

頼もしい仲間たちの誓い

尭明と景彰の的確な対応力に、玲琳と慧月は改めて安心感を覚えた。二人だけで抱え込んでいた問題が、頼れる仲間の存在によって変わることを実感し、尭明は「雛女を守る」と誓い、景彰もまた「兄の名に懸けて」と約束した。その言葉を受け、慧月も初めて守られる立場を素直に受け入れることができた。馬車内の雰囲気は徐々に和らぎ、やがて市での買い物や芝麻球の話題に移ると、一同は朗らかな笑いを取り戻した。

賭場の包囲と役人たちの策略

一方、賭場「三界楽」では、大量の役人が包囲を強化し、賭場の経営者や関係者を次々と捕らえていた。皇太子直属の武官が動いたことで、役所と賭場の癒着を隠すためにも、役人たちは厳しい態度で捜査を進めた。その最中、一人の武官が内部から指示を出し、警備の解除と囚人の移送を命じた。彼は役人たちに対し、捜査の手が及ばぬよう、賄賂を多く受け取った者を犠牲にするよう助言した。その提案に役人たちは飛びつき、すぐに生け贄にする者の選定を始めた。

正体を明かす謎の男

武官を装っていた男は、実は賭場の客であった丹であった。監視の目をかいくぐるために変装し、役人たちを欺いて現場を抜け出した彼は、街角で姿を変えながら冷静に状況を分析した。玲琳が道術を使わずに機転で切り抜けた様子を思い出し、彼女が本当に道術使いなのか疑問を抱いた。そして、さらなる確証を得るため、新たな行動に移ることを決意し、街の中へと姿を消していった。

特別編  見て、見て、見せて

冬の早朝の訪問

冷たい空気の満ちた冬の朝、慧月は静かに足音を忍ばせながら黄麒宮を抜け出し、朱駒宮裏手の蔵へと向かった。そこは「朱慧月」の秘密基地として知られる場所であり、慧月は慣れた様子で塀を越えた。蔵の内部には、たすき掛けをして大掃除に励む玲琳の姿があった。慧月は驚きと苛立ちを隠せず、玲琳の手から手拭いを奪い取り、なぜこのようなことをしているのかと問い詰めた。

大掃除を巡る議論

玲琳は、長期間「朱慧月」として過ごすにあたり、住環境を整えることが必要だと説明した。彼女は「人物の整合性」を取るため、これまでの習慣を維持すると言い張り、土いじりや育苗を続ける意志を見せた。一方の慧月は、余計なことに時間を割くなと反論したが、玲琳は意に介さず、不要な物を次々と処分し始めた。その勢いに危機感を抱いた慧月は、自分の持ち物を必死に守ろうとするが、整理を進める玲琳に圧倒されていった。

捨てられなかった手紙

整理の最中、玲琳は焦げたり墨をかけられたりした手紙の束を見つけた。それはかつて女官たちが書いた意見書であり、慧月の素行を理由に朱家へ嘆願しようとしたものだった。慧月は、それを握り潰したものの、なぜか捨てることができずに保管していた。玲琳は、黄家では不快な手紙は焚き付けにするのが常だと述べ、慧月のやり方を不思議がった。

景彰への手紙の話題

会話が進む中、慧月はふと景彰が手紙を捨てるかどうかを気にし始めた。玲琳によれば、景彰は整理整頓を好む性格で、手紙もきちんと保管するとのことだった。その言葉に安心したものの、玲琳が「お礼状を送るのか」と興奮気味に尋ねると、慧月は反射的に否定した。さらに「景彰のような男は嫌いだ」と強がるが、玲琳は素直に受け止め、「意地悪で粘着質な男は嫌ですよね」とあっさり話を終えた。その対応に、慧月は妙な気持ちを抱きつつも、それ以上は何も言えなかった。

幼い日の添削用紙

整理の途中、玲琳は幼い日の慧月が母に添削してもらった書の練習用紙を見つけた。それには、小さな朱の印とともに「中」と書かれていた。慧月は、その紙に刻まれた記憶を思い出しながら、母の関心を得ようと必死だった幼い自分を振り返った。しかし、その努力は報われることなく、母は愛人にのめり込み、最後には借金漬けになって亡くなった。慧月は、そんな母の態度を「中程度の母だった」と皮肉りつつも、胸の奥に残る愛憎の感情を整理しきれずにいた。

捨てるべきか、残すべきか

慧月は「もう捨てる」と決意したが、玲琳は「捨てなくてもよいのではないか」と告げた。彼女は「捨てることは憎むこと、残すことは愛すること」と慧月が極端な思考をしていることを指摘し、愛と憎しみは共存できると諭した。そして、添削用紙を整理し、付札に「優」と書いて箱に収めると、慧月はその意味に驚いた。玲琳は「慧月様の書かれた文字だから万金の価値があります」と笑い、慧月は照れ隠しに「字が汚いから捨てろ」と騒いだ。

友情の証としての手紙

玲琳は、かつて慧月が送った手紙を大切に持ち歩いていることを明かし、慧月は顔を真っ赤にして「返せ」と詰め寄った。しかし、玲琳は「絶対に返さない」と笑いながら逃げるばかりだった。やがて、慧月は「もっとマシな手紙を書いてあげるから、それと交換して」と言ってしまい、玲琳は満面の笑みで「楽しみにしています」と約束を取り付けた。

「優」の箱と新たな始まり

こうして「優」の札が貼られた箱は、棚の上に大切に置かれることになった。それは慧月にとって、自らの過去と向き合う象徴となった。そして玲琳は、それ以降、毎日のように手紙の催促をするようになった。慧月はそのたびに苛立ちを見せつつも、どこか嬉しそうにしていた。もう、見てほしいと願う必要はなかった。玲琳が、自ら「見せて」と求めてくれるのだから。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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