- どんな本?
- 読んだ本のタイトル
- あらすじ・内容
- 感想
- その他ノンフィクション
- 備忘録
- 序論 それでもなぜ、トランプは支持されるのか
- 第 1章 忘れ去られた異端者らの復権──トランプ政権誕生の思想史
- 第 2章 ジェームズ・バーナム思想とトランプ現象
- 第 3章 よみがえる「美しき敗者たち」──トランプ政権誕生の思想史
- 第 Ⅱ部 現代アメリカの思想潮流
- 第 4章 保守思想とアメリカ政治の現在──ポピュリズムとの相克
- 第 5章 トランプ政権の外交思想を考える
- 第 6章 トランプ政権を取り囲む思想潮流
- 第 Ⅲ部 地殻変動の後景
- 第 7章 福音派はなぜ政治を動かせるのか──アメリカの「政教分離」が意味するもの
- 第 8章 アメリカ白人社会の格差と病──アン・ケース、アンガス・ディートン著『絶望死のアメリカ──資本主義がめざすべきもの』など
- 第 9章 ハイデガー「技術論」でアメリカ公共宗教を読み直す──藤本龍児著『「ポスト・アメリカニズム」の世紀』
- 第 10章 トランプ現象は終わらない──建国にさかのぼる孤立主義
- 第 Ⅳ部 文化戦争と「キャンセル・カルチャー」
- 第 11章 アメリカに吹きすさぶポリコレの嵐
- 第 12章 『ニューヨーク・タイムズ』が突き進んだ歴史歪曲
- 第 13章 国民を分断する歴史教育と左翼意識の「目覚め」
- 第 Ⅴ部 思想の地政学
- 第 14章 バイデン政権が抱えた課題
- 第 15章 ウクライナ侵攻の「思想地政学」
- 第 Ⅵ部 思想家ラッセル・カーク再考
- 第 16章 『保守主義の精神』出版七〇年とアメリカの分断
- 第 17章 保守思想家ラッセル・カークと「死者たち」
- 第 18章 近代に見失われた共時性が貫く共同体
- 第 19章 E・マクレランと江藤淳の『こころ』
- あとがき
どんな本?
書籍『それでもなぜ、トランプは支持されるのか―アメリカ地殻変動の思想史』について
本書は、ジャーナリスト・思想史家である会田弘継氏が、ドナルド・トランプ前大統領の支持基盤とアメリカ政治の変動を思想史的観点から分析したものである。
著者は、トランプ現象を単なるポピュリズムとして捉えるのではなく、アメリカ建国以来の保守思想の流れや、現代における社会的・経済的格差の拡大といった背景を踏まえ、トランプ支持の根底にある要因を探求している。
特に、ジェームズ・バーナムなどの思想家の影響や、福音派の政治的役割、文化戦争と「キャンセル・カルチャー」の問題など、多角的な視点から現代アメリカの地殻変動を解明している。本書は、2024年7月10日に東洋経済新報社より刊行された。
読んだ本のタイトル
それでもなぜ、トランプは支持されるのか―アメリカ地殻変動の思想史
著者:会田 弘継 氏
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あらすじ・内容
南北戦争以来の「内戦」は起こるのか。
ウクライナは見放されるのか。
日米安保は破棄されるのか。
第一次トランプ政権の終焉、バイデン当選、「Qアノン」による連邦議事堂襲撃から約4年。
次期大統領選に向けた皮切りとなるアイオワ州共和党予備選(24年1月)で大差の勝利を得たトランプ。
日本から見ていると信じられないかもしれないが、アメリカ共和党内では依然として圧倒的支持を得ており、共和党大統領候補として選ばれることが確実視されている。
一方で前回大統領選後の議事堂襲撃を扇動した罪などで司法からは多数の刑事訴追をされており、このまま何事もなく選ばれていくのかを疑問視する声もある。
それでもなぜ、彼はこれだけ支持を集めているのだろうか。
トランプ現象の本質を最も早く見抜いたアメリカ・ウォッチャーの第一人者が、アメリカ政治に起きている地殻変動と、建国以来の保守思想がその源流にあることを明らかにしていく。
感想
本書は、現代アメリカにおけるトランプ支持の背景と、その根底にある思想史を解き明かすものである。
第一次トランプ政権が終わり、再び共和党の大統領候補として支持を集める彼の人気がなぜ続くのかを、アメリカ特有の社会的問題や政治的な分断を通じて探求している。
アメリカ経済の恩恵を受けられず疎外された人々が抱える不満と、過去から続く保守思想が交錯し、彼らの不安や怒りが「トランプ」という媒体に結びつく現象を分析している。
本書を通じて、なぜ多くのアメリカ国民がトランプを支持するのか、その理由がより鮮明に見えてきたである。
アメリカでは格差の拡大やキャンセルカルチャー、宗教的価値観の対立が深まる中、トランプは新時代の「革命」の象徴として支持されている。
従来の共和党や民主党が国民の不満に十分応えられていない状況や、トランプ現象が単なるポピュリズムの枠を超えていることを知ることができる。
筆者は、長年アメリカの思想史を研究してきた観点から、現代の分断が思想的な背景にどう根ざしているのかを明確に伝えている。
ジェームズ・バーナムの思想やアメリカ型ポピュリズム、白人中産階級の疎外感がどのようにトランプ支持と結びつくのか、その詳細な分析は、新たな視点を与えてくれるものであった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
その他ノンフィクション
備忘録
序論 それでもなぜ、トランプは支持されるのか
ゴジラとトランプの現象
ゴジラの繰り返しの象徴
ゴジラが日本を幾度も襲来する意味を文芸評論家が問い、古代恐竜が南太平洋での核実験によって変異したことに由来すると指摘した。映画制作時、核への抗議がテーマとされたが、戦後の日本社会における未解決の戦争犠牲者の「亡霊」としてのゴジラの役割を強調している。この「亡霊」としての存在が、戦後処理の不十分さを観客に訴えかける要素となっている。
トランプの「亡霊」としての役割
トランプのアメリカ大統領選への再登場も、ゴジラ同様にアメリカ社会の未解決な問題を象徴する「亡霊」であると論じられた。トランプが破壊的な存在として登場した背景には、民主主義や国際秩序が壊れたためであり、アメリカ社会が抱える経済的、政治的課題の結果とされる。
アメリカ社会の分断
経済格差と階級社会の実態
アメリカの知識層において、今日の民主主義が抱える根本的な問題として経済格差が挙げられている。特に世帯資産の不平等が顕著であり、大卒者とそれ以下の学歴層、都市と地方といった間でも格差が拡大。階級的な固定化が進行し、中間層の崩壊を招く要因として指摘されている。
二大政党の分断と「上下の分裂」
アメリカの政治は表面上は左右の対立であるが、実際にはエリート層と低所得層の「上下の分裂」が激化している。二大政党が共犯的に進めたネオリベラル政策により、富裕層と低所得層の間に深い溝が生まれ、共和党が労働者層の受け皿となる一方、民主党は富裕層の支持基盤として変質していると分析される。
トランプ現象と中間層の反発
中間層の崩壊とオバマ政権の影響
オバマ政権期において中間層の崩壊が顕著となり、多くの労働者が経済政策の影響で苦境に立たされたことが指摘される。この失政が原因となり、左右両方からのポピュリズムが勃興し、トランプとサンダースのような異端の政治家が支持を集めることとなった。
陰謀論の発生と疎外感
アメリカの中下層の間では、エリート支配への疑念が根強く、陰謀論が広まる土壌が形成されている。エリート政治に自らの声が届かないと感じる層は、民主主義から疎外されているとし、トランプの支持基盤が一部でこれを反映しているとされる。
第 1章 忘れ去られた異端者らの復権──トランプ政権誕生の思想史
知識人によるトランプ肯定の動向
トランプ現象と知識人の視点
2016年の米大統領選において、ドナルド・トランプの躍進がもたらした社会的・政治的影響が知識人たちの注目を集めた。特に「Journal of American Greatness」(JAG)という匿名サイトが登場し、トランプ現象に対する肯定的な立場からの論評が展開された。このサイトは、トランプ個人の支持というよりも、トランプ現象そのものにアメリカ思想史的意義を見出そうとする姿勢が特徴的であった。
トランプ現象の思想史的背景
英紙『ガーディアン』において、トランプ現象の背景にジェームズ・バーナムやサミュエル・フランシスの思想が影響を及ぼしていると分析された。バーナムの「経営者革命」におけるエリート支配の理論が、フランシスのポピュリスト的な政策提案を通じて、トランプの政策に反映されているという。フランシスは、アメリカの保守主流派から離反し、経済ナショナリズムや「アメリカ第一」を主張することで、トランプ現象の基盤を形成したとされる。
オルタナ右翼とトランプ支持者
オルタナ右翼との関連
トランプ陣営は、白人民族主義的な傾向を持つ「オルタナ右翼(Alt-Right)」と呼ばれる集団と公然と結びつくこととなり、スティーブン・バノンが選挙対策の最高責任者として登用されたことで、その結びつきが明確になった。オルタナ右翼は従来の保守主義から距離を置き、エリート・テクノクラートへの批判を強調することで労働者階級の支持を獲得している。
トランプ支持とエリート批判の連動
戦後アメリカの保守思想運動が、トランプとオルタナ右翼による大衆運動へと移行しつつあると指摘される。JAGの論客たちは、エリート層がもたらす経済的な不平等と抑圧に対抗するため、経済ナショナリズムや国益優先の政策が必要であると主張した。
文化的反動とトランプ現象
価値観の変容に対する反動
ハーバード大学の調査報告書によると、トランプ現象や英国のEU離脱は、経済的な不安と共に「文化的反動」が大きな要因となっている。特に、高年層や教育水準の低い層が、多様性や国際協力といった進歩的価値観の広がりに対して反発を抱き、トランプの政治的に正しくない発言に共鳴しているという。
思想的対立の再編成
保守思想内部の変革
トランプの登場により、東海岸のエリート的な保守主義とは異なる、西海岸のシュトラウス派を中心とする保守知識人たちがトランプ現象を肯定的に評価するようになった。彼らは、現代の知識社会が失った「共通の善」の意識を取り戻すことが必要と考え、トランプ現象をその契機と捉えた。
トランプ現象の未来とアメリカの行方
保守とリベラルの知識人による評価
リベラル側の批評家は、トランプ現象がアメリカ社会に有害な影響を与える可能性を指摘し、今後もこの現象が残ることを懸念した。対して、保守派の中でも一部の知識人は、アメリカのエリート主導の政治に対する庶民の怒りがトランプ現象を生んだとし、その意義を強調した。
フクヤマの主張とトランプ現象の分析
知識人によるトランプ現象の肯定
知識人による匿名サイト「Journal of American Greatness(JAG)」が、トランプ現象の政治的・思想的意義を肯定的に評価した。彼らは、トランプ支持者を単なる反知性主義者とみなさず、アメリカの知識層から疎外され続けた大衆の声に耳を傾ける必要があると論じた。フクヤマもJAGと同様に、トランプの登場をアメリカの民主主義の再生の一環として捉えている。
アメリカの社会階層問題と白人労働者層
フクヤマは、2016年の米大統領選挙を通じて、アメリカにおける社会階層の問題が浮上したと指摘した。経済格差と停滞の中で、特に白人労働者階級が大きな影響を受けている。彼らは長年放置されてきたことで「絶望死」に追い込まれたとし、この階層の苦境に対処する必要性を訴えた。
民主党の政策と白人労働者層の反発
フクヤマは、民主党が黒人や女性、環境保護団体に重きを置くアイデンティティ・ポリティクスを推進する一方で、白人労働者層を無視したことで、彼らが共和党支持に転向したと述べた。この変化が、2016年のトランプ支持層を形成する一因となった。
経済政策とナショナリズム
フクヤマは、アメリカ経済の再生には「ナショナリスト経済政策」が必要であると主張した。不法移民に依存する企業に対する規制や、国内インフラ再整備による雇用創出などがその具体策として挙げられている。彼の提案は、JAGにおけるシュトラウス派の主張と一致する部分が多い。
白人労働者層の絶望と社会の変遷
白人労働者層の歴史的背景
フクヤマの指摘する白人労働者階級の問題に対して、J・D・ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』がその苦境を描写している。白人労働者階級が抱える貧困と薬物依存の問題は、単なる現代の問題ではなく、植民地時代から続く歴史的なものであるとされた。
都市と地方の格差拡大
都市部の高所得層がグローバル経済の恩恵を受ける一方で、地方の白人労働者階級が経済的困難に直面している現状が浮き彫りにされた。この格差は、アメリカの二大政党の支持基盤の変容にも影響を与えており、民主党が高学歴のホワイトカラー層を支持基盤とし、共和党が白人労働者層を支持基盤とする構図が形成された。
オルタナ右翼とトランプ現象
オルタナ右翼の影響
2016年8月にトランプ陣営の最高責任者にスティーブン・バノンが起用されたことで、オルタナ右翼とトランプ陣営の関係が注目を浴びた。オルタナ右翼は人種差別主義と結びつけられることが多いが、JAGやフランシスらの思想はそれを超えたアメリカ右派思想の再編成を意図していたとされる。
保守思想の再編成
シュトラウス派とネオコンサーヴァティヴの対立が再燃し、アメリカ保守思想の中でシュトラウス派がJAGを通じて再び影響力を持ち始めた。シュトラウス派は、政治思想の中で「人民主権」の重要性を強調し、現代のグローバル化に対抗するナショナリズムを支持する姿勢を示した。
第 2章 ジェームズ・バーナム思想とトランプ現象
ジェームズ・バーナムの再発見と思想的意義
バーナム思想のよみがえり
ジェームズ・バーナムは、20世紀の思想家であり、彼の思想がトランプ政権の成立に際して再評価された。バーナムと彼の後継者であるサミュエル・フランシスの思想は、忘却されていたが、現代の政治的潮流、特にポピュリズムとナショナリズムの高まりの中で再び注目を浴びた。彼らの思想には、エリート支配と民衆の対立、公共知識人と民衆の交差という構図が反映されている。
オルタナ右翼と思想潮流の再編
トランプ政権が発足する前後、アメリカの保守派内部で「オルタナ右翼」の興隆が見られた。これは単なる白人民族主義の高まりではなく、戦後保守思想の再編の兆しとも言えた。思想史家ジョージ・ナッシュは、トランプ現象により保守派が「自由」と「安全」のジレンマに直面し、思想的再編を迫られていると分析した。これはアメリカ保守主義の根底を揺さぶり、バーナムとフランシスの思想が象徴するエリート支配への批判が再び浮上する背景となった。
バーナムの生涯と思想的背景
バーナムはシカゴで生まれ、トロツキズムを経てネオコンサーヴァティヴへと思想転向した。彼の最も代表的な著書『経営者革命』では、資本家支配に代わる新たな支配構造として、官僚やテクノクラートの「管理社会」を論じた。バーナムは、資本主義から脱却する新たな支配構造が「テクノクラート革命」によってもたらされるとし、この支配層が、資本家に代わり生産手段を事実上管理することになると見ていた。
再評価の仲介者フランシス
サミュエル・フランシスは、バーナム思想の継承者として、アメリカの中間層(特に白人労働者階級)の不満を政治的に具現化することに力を入れた。彼の思想は一部の知識層に留まっていたが、トランプ現象の登場によって再び注目され、白人労働者階級のポピュリズム的反応を理論的に支えるものとして評価されるようになった。
バーナムとフランシスの思想の現代的意義
バーナムとフランシスの思想は、エリート支配に対する民衆の反発といった構図で現代社会に投影されている。彼らの思想は、ポピュリズムの中でエリート支配を批判し、民衆が支配構造に対抗する力として再評価された。この思想的再評価は、バーナム=フランシスの思想が現代においてどのように蘇り、アメリカの保守思想に再び組み込まれたかを示す一例であった。
第 3章 よみがえる「美しき敗者たち」──トランプ政権誕生の思想史
思想史の枠組みと現実の関係
思想史は現実の政治や経済と密接に関連し、単なる理論的考察に終始してはならなかった。竹岡敬温はアメリカ政治思想において、ルイス・ハーツの『アメリカ自由主義の伝統』がジョン・ロック的自由主義の支配を描く一方、南北戦争期に異彩を放つ「反動的啓蒙」を第六章で詳述したことを指摘した。
「反動的啓蒙」とジョージ・フィッツヒューの思想
フィッツヒューは、南北戦争を「南部革命」と位置づけ、アメリカ独立戦争を単なる「改革」に過ぎないとし、ロックやペインの自由主義思想に対する批判を展開した。彼は奴隷制度を擁護し、啓蒙思想に基づく自由主義を「反動的」に転覆しようとした。
トランプ現象と思想的影響
現代アメリカの分断は、2016年のトランプ現象を通じて表面化した。トランプ支持者にはバーナムのテクノクラート支配批判とフランシスの「マネジェリアル・エリート」に対する反発が根底にあり、これが新たな政治思想の萌芽と見られる。
保守思想家たちと反自由主義的視点
1950年代にラッセル・カークが『保守主義の精神』で、アメリカの自由主義伝統を批判し、ロック的自由主義を脱却しようとする動きが続いた。カークらの思想は近代産業社会批判の一端を担い、思想史における異端的な流れを形成した。
ポスト・リベラルとカトリック思想の復権
ポスト・リベラルの思想潮流は個人主義と自由主義の限界を指摘し、共同体を基盤とする社会を志向する。カトリック思想の影響も強まり、アメリカの思想環境における個人主義批判が顕著となっている。フィッツヒューの反動思想は、現代においてもアメリカの思想史に新たな視点を提供しうるとされた。
第 Ⅱ部 現代アメリカの思想潮流
第 4章 保守思想とアメリカ政治の現在──ポピュリズムとの相克
トランプ政権と保守思想の背景
トランプ政権の評価には賛否があり、アメリカ保守思想の流れを振り返ることでその登場がもつ時代的意義が明らかになるとされた。保守主義の定義は多様で、ナショナリズムやポピュリズムとの混同がしばしば生じるが、これらは別個の概念である。
戦後アメリカ思想史の転換期
戦後アメリカの思想史は、大きな転換点を迎えていた。これにより、共和党内部ではトランプが影響を与え、民主党ではサンダースら左派の勢力が台頭した。アレクサンドリア・オカシオ=コルテスが社会主義の象徴として浮上し、アメリカで社会主義支持が若年層と高年層に分かれて展開されていた。
アメリカ保守思想運動の始まり
アメリカ保守思想運動は1950年代に意識的に始まり、ジョージ・ナッシュの著書『1945年以降の米国における保守思想運動』によって広く知られるようになった。レーガン政権の誕生も、この運動が原動力であった。また、ルイス・ハーツとラッセル・カークは、それぞれリベラルおよび保守の視点からアメリカ思想史を体系化し、思想の発展を示した。
保守思想の変容とリバタリアニズム
1970年代半ばからの社会・経済的な変化と2001年の同時多発テロは保守思想に大きな影響を与え、トランプは「主権」の回復を訴えた。リバタリアニズムはアメリカ保守の原点であり、経済自由主義を求める思想運動として展開された。フリードリヒ・ハイエクがその思想を精緻化し、リバタリアニズムの理論的支柱を築いた。
ラッセル・カークと伝統主義の成立
ラッセル・カークはヨーロッパ的な保守思想をアメリカに持ち込み、エドマンド・バークに依拠して「伝統主義」を確立した。これは権威主義と宗教的特徴を備えた保守思想であった。彼の著書『保守主義の精神』は、伝統的社会と近代的思想への批判を含み、保守思想界で大きな影響を与えた。
融合主義の登場と保守統合
冷戦下、アメリカ保守思想は共産主義に対抗するための統合が求められ、「融合主義」が提唱された。フランク・マイヤーらが一致点を見出し、保守勢力の結束を図った。この運動から、ゴールドウォーターが初の本格保守候補として大統領選に出馬する動きが生まれた。
ネオコンの誕生と背景
ネオコンの思想は20世紀後半のアメリカで中核的な問題として台頭した。多くのネオコン支持者はユダヤ移民の二世であり、両親がロシア帝政時代の迫害を逃れてアメリカに渡ってきた背景をもっていた。この世代はアメリカ人とユダヤ人の二重性を持ち、反スターリニストとしてリベラルな社会主義政策を支持するようになり、言論分野で圧倒的な影響力を持つに至った。代表的な人物には、アーヴィング・クリストルやダニエル・ベル、ネイサン・グレーザーがいた。
ネオコンの思想と内部対立
ネオコンの思想は革新としてのリベラリズムと近代性への強い信頼を基盤としていた。しかし、伝統保守主義者であるラッセル・カークが近代性に対して強い懐疑を抱くなど、ネオコンと伝統主義者との間で確執が生じた。また、ネオコンの思想は「大変貌」と呼ばれるアメリカ思想史上の転換期に生まれ、欧州から逃れてきたユダヤ系知識人の影響を受けた。
ニュー・ライト運動の台頭とレーガン政権
1950年代から始まったアメリカ保守思想グループは、1970年代には宗教右派を含む「ニュー・ライト」による大衆運動を展開した。ニュー・ライトはダイレクトメールを活用し、白人中産階級を中心に支持を拡大、レーガン政権に至るまでの保守運動の基盤を築いた。
冷戦後の混迷とネオコンの台頭
冷戦終結後、共産主義に対抗して結束していた保守勢力が分裂し、1990年代にはネオコンが思想界で支配的な地位を確立した。この時期の共和党内の争いでは、右派評論家のパトリック・ブキャナンがネオコンに挑むも敗北した。クリントン政権期にはネオコンが優位を保ち、雑誌を通じて知識層に影響力を及ぼした。
大衆運動とポピュリズムの発展
アメリカの思想には大衆の宗教的熱狂が影響を及ぼしてきた。18世紀から4度の「大覚醒」を経験し、各時代の政治的変化を促した。ポピュリズムはその中で発展し、中央政府やエリートに対する反感、排外主義、革新性などが特徴であった。これらの思想的要素がアメリカ型ポピュリズムの基盤を形成し、サイレント・マジョリティやティーパーティー運動、現代のトランプ支持層に受け継がれている。
疎外された下層中産階級の台頭
ドナルド・ウォレンは、右でも左でもない疎外された下層中産階級がアメリカ政治を動かす「ラディカル・センター」であるとした。この層は自らの生活の維持と小さな政府を求める矛盾した立場にあり、トランプ支持層として注目を集めた。
ネオコンと保守運動の内部対立
保守主義思想運動は大衆運動との関係で悩まされ、バックリーは過激派や排外主義を排除して保守主義運動の尊厳を守ろうとした。しかし、近年では大衆運動が知識人運動を飲み込みかねない状況となり、トランプ現象の中でオルタナ右翼が再び台頭した。
ネオコンの終焉と批判
冷戦末期から思想界を主導してきたネオコンは、冷戦後に伝統主義者やリバタリアンと対立を深めた。ラッセル・カークはネオコンの追求する標準化された世界観を批判し、文化の多様性を守る伝統主義の視点から警告を発した。
経済格差の拡大と中間層の凋落
民主党の変容と経済格差の進行
20世紀後半に思想的に主導していたネオコンは、9.11、アフガン・イラク戦争、リーマン危機など21世紀初頭の一連の出来事により衝撃を受け、影響力を失っていった。その背景には、1970年代からアメリカ社会で進行していた「構造的な変化」があった。オバマ政権は「Change!」「Yes, we can!」と庶民の切実な叫びに応え、誕生したが、経済格差の拡大により、中間層の所得は特に低学歴層で下がり続け、人種間の経済格差も解消されていなかった。オバマは「法的に平等にはなったが、経済的格差は拡大している」と述べた。
オバマ政権とアイデンティティ・ポリティックスの影響
オバマ政権の誕生は一部で人種間対立の解消への期待をもたらしたが、むしろ人種関係が悪化する結果となった。民主党の変容がその背景にあり、1970年代後半から産業構造の変化が始まり、1980年代には共和党がレーガン革命を起こし、民主党も労働組合やブルーカラー層の支持を失い、経済ではなくアイデンティティ・ポリティックスに焦点を移し、外交ではネオコン、経済ではネオリベラルの影響を受けた。
新たな左派の台頭と経済的格差の悪化
リーマン危機以降、経済的困窮が広がる中で、民主党内の左派勢力が台頭し、サンダースがその象徴となった。2016年の大統領選挙ではトランプとサンダースがそれぞれポピュリズムの支持を受けた。経済の不均衡に対する不満が高まり、「政府は金持ちと大企業を優遇している」と感じる人が増加したことが背景にあった。
若者層の社会主義志向とアメリカン・ドリームの崩壊
リーマン危機後、若者層の間で社会主義に対する肯定的な意識が広がった。調査によれば、多くの若者が社会主義国での生活を希望する結果となり、彼らの求める社会主義は北欧の福祉国家的なイメージに基づくものであった。これは、アメリカン・ドリームが崩壊し、80年代生まれ以降の若者が親の所得水準を超えることが難しくなった現実が一因であった。
中産階級の所得停滞とグローバリゼーションの影響
アメリカの中産階級の所得はグローバリゼーションの進展に伴い停滞し、トップ層の所得のみが増加する結果となった。特に高学歴層の失業率が低い一方、低学歴層の所得は全く伸びていない。このような不均衡を是正するために、富裕層やグローバル企業への課税が課題として浮上した。
富の集中と若者の経済苦境
現在、アメリカにおける資産格差は20世紀初頭の水準に戻り、上位10%が富の80%を独占する状況となった。高額な学費負担に苦しむ若者は「新ニューディール」を求める動きを見せている。この経済格差の広がりが、アメリカ社会の新たな課題となっている。
第 5章 トランプ政権の外交思想を考える
第二次トランプ政権構想の始動
第二次トランプ政権構想の準備
トランプ再選を想定し、保守系シンクタンクのヘリテージ財団とその下の「プロジェクト2025」が中心となり、次期政権のための政策提言書『指導者らへの委任書』が発表された。これは約900頁に及び、政権交代時の人事任用を念頭に置き、4,000人の政治任用者名簿や、さらなる5万人の人材選定を進めた。前回のように準備不足で開始した第一次政権とは異なり、今回は計画的な人事構想を整え、トランプ個人への権力集中を図ろうとする姿勢がうかがえた。
選挙モードと統治モードの二極性
歴代政権同様、トランプ政権も選挙中のポピュリズム的な政策が、実際の統治に移行する際には現実主義的な方向へ修正された。当初、アナウンス効果の高いポピュリズム的政策が進められたが、実際には国内外に深刻な影響を及ぼさない範囲で実行され、例えばTPP離脱のように、実質的な影響が限られるものにとどまった。ポリティファクトによれば、就任から1年以上が経過した時点での公約実現率は16%とされ、三権分立や連邦制度も急激な変化の抑制に寄与していた。
現実主義の揺らぎと人事の入れ替え
2018年に入り、国家経済会議委員長ゲーリー・コーンや国務長官レックス・ティラーソンらが相次いで辞任・解任され、政権は再びポピュリズム色を強めた。現実主義的な高官たちは、当初トランプ政権のバランスを取る役割を担っていたが、彼らが去ったことで通商政策や対北朝鮮政策が変動し、選挙モードへの揺り戻しが起こった。
外交におけるレトリックの影響
トランプの外交政策は、当初こそ伝統的な現実主義に沿うように見えたが、エリオット・コーエンらの分析によれば、トランプの頻繁な発言が国際的には害を及ぼすとされた。特にSNSでの発信が、トランプの「怒り、不安、妄想」を露呈し、指導者としての権威を損なうとみられた。各国はトランプの発言を警戒するか、または利用する姿勢を取っていた。
ポピュリズムの根深さと「アメリカ・ファースト」の思想
トランプ政権のポピュリズム的なナショナリズムの衝動は、冷戦終結直後のブキャナンによる「アメリカ・ファースト」のスローガンと類似し、時代を超えて底流に根付いていると考えられる。バノンらが掲げたポピュリスト・ナショナリズムは、政権内部の深層に残存し、トランプの内面に強く影響を及ぼしていた。
現実主義、ポピュリスト・ナショナリズム、シュトラウス派知識人の三重の潮流
トランプ政権の認識には、少なくとも以下の三つの思想潮流が存在していたとされる。
1. 実践的現実主義 – 安全保障や経済のエスタブリッシュメントによる政策指向。
2. ポピュリスト・ナショナリズム – バノンらが煽動した大衆迎合的な衝動。
3. シュトラウス派知識人の思想的誘導 – 知識人が政権内外から政策理論を構築する動き。
特に③のシュトラウス派知識人は選挙モードでの支持者動員に利用され、統治モードで政権にとって障害になる場合もあった。外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』には、政権が「アメリカ・ファースト」というポピュリズム的スローガンを掲げつつも、「原則に基づいた現実主義」として再定義されている状況が示されていた。
ポピュリスト・ナショナリズムの世界観
バノニズムとポピュリスト・ナショナリズムの展開
スティーブン・バノンが首席戦略官として推進したポピュリスト・ナショナリズムは、トランプ政権発足直後のTPP離脱などで具体化した。この思想潮流は、経済グローバリゼーションがアメリカの下層中間層に悪影響を与えているとの認識に基づき、主権の回復を強調した。これにより、TPPやNAFTAの見直し、WTO脱退の可能性など、アメリカの指導力と信頼性に疑問を投げかける政策が展開された。
現実主義との対立とバノンの離脱
トランプ政権が統治モードに移行する中で、現実主義が優位に立つとバノンは政権を離脱し、トランプとの決別に至った。しかし、ポピュリズムは中間選挙や大統領選挙で再び高まる傾向がある。エリオット・エイブラムスはトランプ政権を現実主義に戻ったとみなしたが、エリオット・コーエンは長期的にはアメリカの外交に根本的な転換が進んでおり、トランプの発信がその加速要因と評価した。
バノンの思想と宗教右派との連携
バノンの思想には、現代資本主義がユダヤ・キリスト教の倫理基盤から逸脱した危機意識があり、宗教右派との連携も見られた。また、グローバリゼーションへの反発に加え、中国やロシアの国家資本主義に対する嫌悪が強調され、「文明の衝突」やイスラム過激派との対立を想定した思想も含まれていた。バノンは、ウィリアム・ストラウスの『フォース・ターニング』に影響を受け、アメリカが破局に近づいていると考えた。
シュトラウス派と『アメリカン・アフェアーズ』の思想潮流
バノンの離脱後、ポピュリスト・ナショナリズムの影響は伏流化し、シュトラウス派の一部が影響力を持ち続けた。2016年にトランプ支持を標榜したオンライン論壇誌『ジャーナル・オブ・アメリカン・グレイトネス(JAG)』は、その後『アメリカン・アフェアーズ』として再編され、トランプ時代の新思想を掲げた。同誌は「小さな政府」「規制緩和」「自由貿易」などのネオリベラル政策を否定し、新たな保守主義への転換を主張した。
ネオコンと保守派メディアの再編
2018年末、ネオコン系の『ウィークリー・スタンダード』が廃刊となり、保守派メディアの再編が進行した。ネオコン主流派の反トランプ姿勢が廃刊の一因となり、親トランプ路線を掲げる『ワシントン・エグザミナー』が台頭した。この変化は、トランプのポピュリスト・ナショナリズムが保守派内で新たな影響力を得たことを示し、その背後にはバノンの思想的影響が存在していた。
バノン的存在の繰り返しとポピュリズムの復活
バノンのようなポピュリスト・ナショナリズムの担い手は、グローバリゼーションに対する反発と主権回復への動きの中で再登場する可能性があった。アメリカ保守思想は、1970年代以降の構造変化による影響を受け続け、シュトラウス派知識人が思想整理と政策立案に関わる可能性が示唆された。また、論壇での議論が政府の政策文書と同等に重要視され、思想潮流の変化を把握する必要が強調された。
第 6章 トランプ政権を取り囲む思想潮流
「レーガン主義」を全否定した国民保守主義の台頭
アメリカの変革とトランプ政権の登場
トランプ政権は、長引くアフガニスタン・イラクでの軍事行動やリーマンショックを背景に出現し、オバマ政権以上にアメリカ社会の変化を印象付けた。オバマ政権が民主党の伝統的な改革を目指したのに対し、トランプ政権は共和党保守路線から大きく転換し、急激な変化をもたらした。その変化は政策のみならず、国民向けに示されたスタイルやレトリックに反映され、アメリカが新しい方向に向かっている印象を国内外に与えた。
国民保守主義の思想的背景
トランプ政権の誕生前からアメリカ民衆の間には社会思想の変化が見られ、経済や政治、さらには宗教思想にも変動が生じていた。特に2016年と2020年の大統領候補選で民主社会主義者バーニー・サンダース氏が善戦したことは、アメリカの構造的な変化を象徴していた。
レーガン主義の否定と国民保守主義会議の開催
トランプ政権の3年目に、1950年代から続いた「戦後保守思想運動」としての「レーガン主義」を否定する動きが保守思想界で表面化した。2019年7月には新たな保守思想形成を目指す「国民保守主義会議」が開催され、約500人の保守系知識人が参加した。戦後保守思想史研究の第一人者ジョージ・ナッシュ氏は、2016年時点で保守思想界が再編過程に入ったと指摘し、これがさらに加速した形となった。
タッカー・カールソンによる市場原理主義批判
2019年1月、保守系FOXニュースの政治トーク番組でタッカー・カールソン氏が市場原理主義を激しく批判し、保守思想界の再編が加速した。彼は市場経済が格差を生み、アメリカの家族が崩壊する一因であると指摘し、リバタリアニズム的な経済政策を糾弾した。カールソンはさらに著書『愚者の船』で対外介入政策も「愚かな戦争」と非難し、共和・民主両党の指導層を批判した。
保守派内部の対立と左右ポピュリズムの共鳴
カールソンの発言は保守派内部で大きな反響を呼び、彼の意見に共鳴する形で「国民保守主義会議」にも合流した。左派のサンダース支持層と右派のトランプ支持層は、リバタリアニズムやネオコンの対外介入政策を共に批判し、労働者階級を重視する点で共鳴していた。こうした左右のポピュリズムの共鳴は新たな政治的潮流を示していた。
「無効なるコンセンサス」と保守派の分裂
2019年3月、保守カトリック系論壇誌『ファースト・シングス』に「無効なるコンセンサスに抗して」という声明が発表され、アメリカ保守思想の分裂が明らかとなった。声明は2016年の大統領選をきっかけに保守派知識人間で思想的分断が生じたとし、「旧来の保守主義には戻らない」と断言した。声明はレーガン主義の要素である「小さな政府」や「自由貿易」への批判を強調し、新たな保守主義の形成を提唱した。
新たな保守思想の理論的支柱となる書籍の登場
2018年、タッカー・カールソンの『愚者の船』に続き、ヨラム・ハゾニー氏の『ナショナリズムの美徳』とパトリック・デニーン氏の『リベラリズムはなぜ失敗したのか』が出版され、保守思想界に衝撃を与えた。ハゾニー氏はナショナリズムを支持し、グローバリズムを「現代の帝国主義」とみなす一方、デニーン氏はリベラリズムの弊害を指摘し、共同体主義の復権を主張した。
「小さな政府」の終焉と新型コロナによる変革
新型コロナウイルス感染症の拡大により、「小さな政府」理念が再検討された。共和党は従来「小さな政府」を推進してきたが、経済低迷と失業者増加の中で「大きな政府」への支持が高まった。この動きは、2016年のトランプ現象によって始まっていた「小さな政府」見直しが加速した結果であった。
第 Ⅲ部 地殻変動の後景
第 7章 福音派はなぜ政治を動かせるのか──アメリカの「政教分離」が意味するもの
ティーパーティー × 福音派
福音派の政治的台頭とクリスチャン・ナショナリズム
2020年アメリカ大統領選挙では、トランプ前大統領の支持者であるプロテスタントの福音派信者たちが「クリスチャン・ナショナリズム」として注目され、主要メディアからの非難を受けた。彼らはトランプ氏の勝利を信じ、妊娠中絶やLGBTQの権利拡大に反対、コロナワクチンにも懐疑的であった。また、神から特別な使命を与えられたキリスト教国家としてのアメリカを回復することを目指し、政教分離に反対した。
共和党保守派による福音派の政治動員
1970年代以降、福音派と呼ばれるキリスト教徒は共和党保守派により政治的に動員され、大きな投票ブロックを形成し、アメリカ政治に影響を及ぼしてきた。福音派はアメリカの総人口の25%にも達し、1973年の連邦最高裁による妊娠中絶容認判決への反対運動を通じて、共和党保守派と「宗教右派」として連携するようになった。
ティーパーティー運動とトランプ支持
2008年のリーマンショック後、ティーパーティー運動が起こり、福音派も「小さな政府」を求めるこの運動に加わった。この運動の中で、トランプ氏が大統領選挙に出馬し、福音派の支持を得ていくこととなった。ティーパーティー × 福音派の支持基盤はその後もトランプ支持へと続き、彼らは「嘆かわしい人々」(ヒラリー・クリントン)と称された。
福音派の歴史的背景と社会的影響
福音派はアメリカ建国以来の信仰に根差し、近代的な世俗化の圧力が強まるほど信仰を守ろうとする傾向が強まった。20世紀初頭に「原理主義」という運動が生まれ、福音派は世俗化に抗う形で信仰を続けた。福音派は公民権運動など社会改革の原動力ともなっており、その影響力は現在もアメリカ政治や社会に根強く残っている。
「大覚醒」とアメリカの宗教的な改革の歴史
アメリカの歴史には「大覚醒」と呼ばれる信仰復活運動がいくつか存在し、これが社会や政治の大変革に影響を与えてきた。18世紀半ばの大覚醒はアメリカ独立革命に、19世紀前半の第二次大覚醒は南北戦争や奴隷解放に結びついた。20世紀末から21世紀にかけての動きも、この「大覚醒」の流れに連なるものと考えられた。
宗教と政治の関係性の意義
アメリカの政教分離は「信教の自由」を重視しており、多様な信仰が競い合い、活発に信仰活動が行われている。自由市場のような競争の中で福音派は広まり、特に「進化論 vs 創造説」など単純化された選択肢を提示することにより、大衆の支持を得た。
第 8章 アメリカ白人社会の格差と病──アン・ケース、アンガス・ディートン著『絶望死のアメリカ──資本主義がめざすべきもの』など
バイデン政権とアメリカの再構築
バイデン政権の発足と1月6日の連邦議会襲撃
バイデン政権が発足し、アメリカ社会は安定を取り戻しつつあったが、その二週間前にはトランプ前大統領の支持者が連邦議会を襲撃し死者が発生した。この事件を受けて、主流派メディアや知識人はトランプ支持者を冷笑する傾向が強まった。
ディートン夫妻の「絶望死」の発見とその衝撃
2015年末、経済学者のディートン夫妻が発表した論文により、アメリカ白人中年層の死亡率が上昇していることが明らかとなった。この現象は「絶望死」と呼ばれ、自殺や薬物中毒、アルコール依存症によるもので、特に高卒以下の低学歴層に顕著であった。この発見は、アメリカ社会の深刻な格差と未来への希望喪失を浮き彫りにした。
アメリカンドリームの消失と格差拡大
ディートン夫妻はアメリカンドリームの基盤であった「世代間移動性」が失われていると指摘した。親の所得を上回るアメリカ人は半数以下に減少し、格差の壁が未来を閉ざしていた。また、学歴格差が「絶望死」の主因であることが明らかとなり、特に低学歴層の白人が苦境に立たされていることが示された。
製造業の衰退と労働組合の崩壊
1979年以降、製造業の雇用が大幅に減少し、労働組合も崩壊した。この過程で、かつて誇りを持って中流生活を営んでいた「高級ブルーカラー階級」が消失し、低賃金の非正規雇用が増加した。これにより、職業への誇りやコミュニティが失われ、多くの人々が家庭生活を維持できない状況に陥った。
オピオイド禍と医療制度の問題
アメリカでは製薬会社パデュー・ファーマが1995年にオピオイドを商品化し、多くの人々を薬物中毒へと誘い込んだ。2017年には薬物中毒死者が7万人を超え、その多くが医師による過剰処方に起因した。ディートン夫妻は、この「企業犯罪」と呼べる状況と、高い医療費を強いる医療制度を厳しく批判した。
「絶望死」とトランプ支持者の関連
2016年の大統領選挙では、「絶望死」の増加がトランプ支持者の動向と一致することが明らかとなった。特に高卒以下の白人層の間でトランプ支持が多く、経済的・社会的に疎外された人々の反発が背景にあったとされる。
第 9章 ハイデガー「技術論」でアメリカ公共宗教を読み直す──藤本龍児著『「ポスト・アメリカニズム」の世紀』
アメリカニズムの動因としてのアメリカ資本主義
著者の背景と九・一一テロの影響
著者は『アメリカの公共宗教』を通じて、現代アメリカの宗教や政治、特に宗教右派や新保守主義の影響を探った。九・一一テロがもたらした衝撃がその論考の基盤となり、アメリカニズムに対する新たな視点をもたらした。新著でもこのテーマは踏襲され、アメリカニズムの成り立ちとその矛盾が深く探求された。
「技術論」に基づくアメリカニズムの再解釈
本書はハイデガーの「技術論」を通じて、アメリカ資本主義と宗教性の結びつきを新たに整理し、アメリカニズムの意味を解釈した。特に、技術がもたらす「総かり立て体制」という概念がアメリカの社会構造を支配し、宗教的要素と結びつく様相を明らかにした。
アメリカニズムとキリスト教的精神の関係
著者は、アメリカニズムの根底にキリスト教的価値観、特に創造論が作用していることを指摘した。これにより、アメリカ社会における技術と宗教が一体化し、「大量生産・大量消費」を基盤とするリベラル・デモクラシーが形成されたと主張した。
グラムシとハイデガーによるアメリカニズムの批判
グラムシはフォーディズムに潜む「不気味な力」を見出し、それをハイデガーの「技術論」と関連付けてアメリカ資本主義の拡張性を批判的に捉えた。アメリカニズムの本質が「計画経済組織」に通じるものであり、欧米社会に広がる危機を生み出していると考察した。
新自由主義とアメリカン・ドリームの崩壊
著者は、1970年代以降のアメリカ社会で新自由主義が隆盛し、金融資本主義やIT産業が支配的となったことを指摘した。この過程で「アメリカン・ドリーム」は崩壊し、格差と貧困が増大。キリスト教的終末論が新自由主義の背景に影響を与え、合理主義への疑問が生じた。
トランプ現象とポスト・アメリカニズムの到来
最後に、著者はトランプ現象をはじめとする現代のアメリカ社会の動向を「ポスト・アメリカニズム」の兆候として捉え、技術と宗教がこれからのアメリカにおいてどのような役割を果たすかを探求する姿勢を示した。この新たなフェーズにおける技術と宗教の結びつきに注目した。
第 10章 トランプ現象は終わらない──建国にさかのぼる孤立主義
日米安保「廃棄」発言の背景
トランプ大統領のシリア撤退表明
2019年10月、トランプ大統領は突如シリアからの米軍撤退を表明し、クルド人勢力を支援から外す判断を下した。この行動は国内外で驚きをもたらし、アメリカの盟友を見捨てる姿勢が批判された。トランプは「アメリカ・ファースト」を標榜し、米軍の国際的な関与を最小限に抑える姿勢を明確に示した。
日米安全保障条約に対する懐疑的な見解
トランプは、日米安保条約についても不満を抱き、2019年6月には私的な場で「破棄」に言及し、日米安保体制に再考を促す発言を行った。また、アメリカが攻撃を受けた際に日本が戦う義務がないことを「不公平」と表現した。さらに、大統領選挙時には在日米軍撤退や日本の核武装容認についても述べるなど、アメリカの軍事的負担の軽減を求める姿勢を見せた。
ブキャナンの「アメリカ・ファースト」思想の継承
トランプの対外政策は、1992年大統領選におけるパトリック・ブキャナンの主張を踏襲していた。ブキャナンは、アメリカの対外関与を大幅に縮小し、日米安保条約やNATOからの離脱、核武装容認を掲げた。また、彼は国内産業保護や移民規制に重きを置き、白人労働者階級の救済を訴えた。この「アメリカ・ファースト」路線はトランプに影響を与え、2016年の大統領選で成功を収めることとなった。
冷戦終結後の保守派内の思想闘争とネオコンの台頭
冷戦後、保守派内で伝統保守と新保守(ネオコン)の間で外交政策のあり方について激しい論争が行われた。ブキャナンら伝統保守派は冷戦の終結をもってアメリカが「本来の姿」に立ち返り、対外関与を縮小すべきと主張した。一方、ネオコンは湾岸戦争や9・11後の中東介入を支持し、民主主義の拡大を主張していたが、イラク戦争の泥沼化でその影響力は次第に衰退していった。
トランプ現象とパレオコンの台頭
ネオコンやネオリベの失敗が明らかになる中、伝統保守の系譜である「パレオコン」が再び支持を集め、トランプがこの思想を引き継ぐ形で「アメリカ・ファースト」を掲げた。2016年以降、アメリカ全体がこの内向き志向を強め、共和党内でネオコンの影響力は縮小し、アメリカ第一主義が定着する兆しを見せた。
孤立主義の歴史的系譜と国民保守主義の勃興
トランプの「アメリカ・ファースト」は、孤立主義を掲げたボラーやリンドバーグの系譜に連なるものであった。建国期以来、アメリカは外部の戦争に巻き込まれることを避け、国内統一と安定を優先してきた。こうした「初期設定」に回帰する動きがトランプ現象で表出し、国内では「国民保守主義」として定着しつつある。この動きはトランプが去った後も続く可能性が高いとされた。
第 Ⅳ部 文化戦争と「キャンセル・カルチャー」
第 11章 アメリカに吹きすさぶポリコレの嵐
『ニューヨーク・タイムズ』で起きた二つの「事件」
キャンセル・カルチャーの台頭と『ニューヨーク・タイムズ』紙の事例
2021年2月11日、『ニューヨーク・タイムズ』紙(以下、NYT)に掲載予定だったコラムが、ライバル紙『ニューヨーク・ポスト』に掲載されるという事件が発生した。コラムの筆者は、NYTの科学記者が過去に人種差別的な表現を使用したとして辞職に追い込まれた背景について批判していたが、サルツバーガー社主の指示で掲載が見送られた。そのコラムは、差別の意図がない発言が問題視される現状に疑問を投げかけていた。
科学記者の辞職とその背景
問題となった科学記者は、NYT紙と私立進学高校の共同主催で参加したペルー見学旅行中に、学生からの質問に対し差別的とされる表現を引用した。その際、記者は差別意図がないと報告したが、社内から抗議が相次ぎ、結果として辞職に追い込まれた。この事件は、キャンセル・カルチャーがもたらす言論規制の問題を象徴するものとなった。
コットン議員寄稿とベネット編集長の辞職
2020年6月、NYT紙は、警察による暴力事件に対する抗議デモが各地で暴徒化する中、コットン上院議員が寄稿した、軍の出動による治安回復を提案する意見を掲載した。しかし、この掲載に対して社内で抗議が起こり、オピニオン編集長のベネットは辞任を余儀なくされた。この事件により、NYT内部での言論自由に対する圧力が浮き彫りとなった。
キャンセル・カルチャーに対する知識人の反発
NYTでの一連の出来事に対し、2020年7月には総合誌『ハーパーズ』に150人以上の著名知識人が署名した「公正と開かれた議論についての書簡」が掲載された。この書簡は、アメリカ社会でキャンセル・カルチャーが言論の自由を脅かしていると警告し、広範な支持を集めた。しかし、これに対してもポリティカル・コレクトネス支持派からの批判が続いた。
アイデンティティ政治と民主主義の危機
1990年代以降、アメリカではポリティカル・コレクトネスが社会を分断する要因となり、思想の自由が制限される事態が続いていた。民主党が推し進めた多文化主義やアイデンティティ政治は、ITや金融産業などグローバル企業に適応したものだったが、それは逆にグローバル化から取り残された層の怒りを助長した。オバマ政権下での格差拡大も影響し、結果としてトランプ政権の登場を招いた。
バイデン政権への期待と課題
バイデンはネオリベ政策やアイデンティティ政治を推進してきた人物であり、彼の大統領就任がアメリカの「正常化」に貢献するか、グローバル企業と結びつき続けるだけに終わるかが注目されるとされた。
第 12章 『ニューヨーク・タイムズ』が突き進んだ歴史歪曲
一線を越えた歴史キャンペーン
「1619プロジェクト」の概要と発表の背景
2019年、米紙『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)は「1619プロジェクト」を発表し、アメリカ史の「読み替え」を試みた。このプロジェクトは、アメリカの建国が1776年ではなく、1619年に黒人奴隷がバージニア植民地に連れてこられた年に始まったとし、アメリカの歴史を黒人迫害の軸で再解釈するものであった。この特集は広く議論を呼び、2020年にはピュリッツァー賞を受賞した。
プロジェクトの影響とBLM運動の拡大
「1619プロジェクト」は、2020年のブラック・ライブズ・マター(BLM)運動に影響を与え、BLM運動の思想的支柱として利用された。結果として、歴史上の人物や銅像が次々に標的となり、米国や欧州においても広がりを見せ、運動の一部が暴徒化し社会に混乱をもたらした。
歴史改竄への批判と社内の反応
プロジェクトの内容については、左派メディアや著名な歴史学者らからも事実誤認の指摘や批判が相次いだ。2020年には、NYT内部の中道派コラムニストのブレット・スティーブンスが「1619プロジェクト」に対する全面批判を展開し、社内の論争が再燃した。
言論統制とジャーナリズム倫理の問題
NYT内部では「1619プロジェクト」への異論がほとんど受け入れられず、進歩派の価値観が支配する環境が生まれていた。社内で異を唱える記者に対し激しい中傷が加えられ、キャンセル文化の風潮が強まった。この状況下で、NYTはプロジェクトの一部内容を密かに書き換え、ジャーナリズム倫理の欠如が問題視された。
ジャーナリズムの未来と社会への影響
NYTの姿勢は、トランプ大統領や右派からの批判を受け、アメリカ社会の分断を深める一因となった。エコノミスト誌など海外メディアからも、NYTを含むアメリカのリベラルメディアが非リベラル化しているとの指摘が寄せられ、ジャーナリズムの未来と社会への影響が懸念されている。
この要約は、出来事を段階ごとに整理し、問題点とその影響を明確に示す形で構成されている。
第 13章 国民を分断する歴史教育と左翼意識の「目覚め」
アメリカにおける内戦と文化戦争の兆し
議会襲撃事件と内戦の可能性
2022年1月、トランプ支持者による議会襲撃事件から1年が経過し、『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)や主要メディアが、バーバラー・ウォルターの著書『How Civil Wars Start』を軸にアメリカが新たな内戦の危機にあるかどうかを議論した。ウォルターの内戦理論は民主主義と独裁の中間状態で内戦が起こりやすいとされ、アメリカの現状がその状態に近いとした。
内戦論争と右派・左派の分断
NYTの保守派コラムニスト、ロス・ダウサットは、ウォルターの議論を「リベラル特有の偏見」と指摘し、アメリカの分断の要因が一部左派メディアによって過度に右派批判に偏向していると主張した。彼は、この偏見が「内戦」の論点を過剰に強調し、アメリカの現状を一面的に捉えていると批判した。
キャンセル・カルチャーの拡大と黒人女性指名問題
2022年1月末、バイデン大統領が最高裁判事に黒人女性を指名する方針を示したことが議論を呼んだ。ジョージタウン大学の法学者イリヤ・シャピロがSNSで異議を唱えたことで「キャンセル・カルチャー」の標的となり、彼の就任は棚上げされた。この事件はキャンセル・カルチャーが大学の中でも深刻化していることを示した。
市民とリベラルメディアの意識の乖離
米国民の多くは、黒人女性を優先するという決定に反対し、候補者を公正に選ぶべきだと考えている。しかし、シャピロの発言が炎上し、大学が対応に追われたことは、リベラルメディアや大学が一般市民感覚と乖離している現状を反映している。
文化戦争の激化と教育現場でのCRT教育の影響
「批判的人種理論(CRT)」が学校で教えられ、学生が肌の色や人種に基づく「特権」を評価される状況が続き、教育現場での分断が激化している。2021年のバージニア州知事選挙ではCRTに基づく教育への反発が選挙の結果を左右し、CRT教育が文化戦争の焦点となった。
伝統的リベラルと新左翼の対立
伝統的リベラル派の人権団体FIREがキャンセル・カルチャーの標的とされた大学教員らの支援を行い、新しい左翼の暴走に対抗する姿勢を見せている。彼らはキャンセル・カルチャーが大学教育に及ぼす影響を問題視し、言論の自由と多様な意見の尊重を訴えている。
今後の政治への影響と懸念
CRT問題は、2022年の中間選挙および2024年の大統領選挙まで影響を及ぼすと見られている。教育現場でのCRTに関する政策は共和党と民主党の対立の一因となり、左右の文化戦争が経済的格差や社会分断を一層深める要因として注目されている。
この要約は、出来事ごとに区分し、アメリカの内戦論争と文化戦争の影響を明確に伝える形で整理されている。
第 Ⅴ部 思想の地政学
第 14章 バイデン政権が抱えた課題
新冷戦の起点
2021年3月18日、アンカレッジでの米中外交トップ会談において、米中間の体制間競争が鮮明になり、アメリカ国内での問題解決が競争の勝敗を左右するとの見方が強まった。ケナンの「封じ込め」戦略を参考に、バイデン政権には対中政策に向けて国内問題の解決が求められた。
アメリカ国内の社会問題
アメリカ国内では、富裕層と中間層の資産格差が深刻化し、特に中間層の資産は減少傾向にあった。この背景には、クリントン、オバマ政権期の経済政策があり、政治的決定が一部の富裕層に偏り、民主党は「企業政党」としての姿勢を強めていた。また、刑務所国家と呼ばれるように受刑者数が増加しており、アメリカ社会の「病弊」が浮き彫りとなっていた。
アイデンティティ政治と社会の分断
アメリカではアイデンティティ政治が広がり、右派の「オルタナ右翼」、左派の「アイデンティティ政治」によって社会は分断されていた。旧冷戦期の人権拡大の動きとは対照的に、格差や社会的な分断が深まり、サンダースらの「社会主義」支持層が若者を中心に増加していた。
民主党と共和党の思想的変容
民主党では「ニューデモクラッツ」が主流派として経済政策を進めていたが、サンダースやオカシオ=コルテスらの左派勢力が勢いを増し、民主党内部での分裂が起きつつあった。他方、共和党ではレーガン以来のネオリベラル政策が失われ、トランプの登場によって保守思想の再編が求められ、「国民保守主義会議」がその象徴とされた。
バイデン政権への課題
バイデン政権は、国内の政治経済問題を打開し、「健全性と力強さ」を取り戻すことが求められていた。ケナンが提唱したように、国内問題の解決がアメリカの体制間競争の勝敗を左右するとされ、バイデンには巨大IT企業や金融資本との癒着を断ち切ることが課題となっていた。
この要約は、出来事ごとに区分し、米中間の対立やアメリカ国内の社会問題が複雑に絡む現状を示している。
第 15章 ウクライナ侵攻の「思想地政学」
ウクライナ侵攻と反自由主義工作
ウクライナ侵攻直前まで、アメリカのトランプ前大統領とその支持層は、プーチン大統領を称賛していた。しかし、侵攻開始後、トランプやFOXニュースのタッカー・カールソン、作家のJ・D・ヴァンスなどは批判を受けた。ウクライナ侵攻により、反自由主義を推進していた右派ポピュリズムの勢力が弱体化する兆候が現れ、自由と民主主義の拡大を主張する米欧の政治家や知識人の影響力が増大した。
ロシアの反自由主義の背景と動機
ウクライナ侵攻の本質は、NATO拡大による安全保障の脅威ではなく、西側の自由主義思想への反撃であった。ロシアは、反自由主義的な影響工作を長年行い、米欧の右派勢力の台頭を後押ししたが、ウクライナでは逆に民主主義が拡大していた。プーチンはこの流れを力ずくで止めるため、ウクライナに侵攻するという決断を下した。
自由主義に対する反発とその広がり
冷戦終結後、経済や文化のグローバル化が進む中、自由主義の行き過ぎによる経済格差や金融危機が世界各国でポピュリズムの台頭を引き起こした。ロシアの反自由主義的影響工作は、米大統領選や欧州各国の右派勢力に影響を及ぼし、自由主義への反発が広がった。
ロシアの保守主義イデオロギーとその影響
プーチンは保守主義を体制イデオロギーとして掲げ、反自由主義的な政策を国内外で推進した。ロシアの保守主義は、自由主義に対する反動として生まれ、西側諸国の反自由主義的な右派勢力と共鳴し、各国のナショナリズムやポピュリズムに影響を与えた。
米国における思想潮流の変化とトランプの登場
アメリカでも、自由主義への反発として「国民保守主義」が台頭し、トランプがその象徴となった。彼の登場はレーガン時代以来のネオリベラル政策への批判として捉えられ、新たな保守主義運動が進行していた。アメリカの新しい保守思想は、ロシアの保守主義と近似しており、個人主義やグローバリゼーションに対抗する方向へと向かっていた。
思想地政学の複雑な絡み合い
アメリカではドナルド・トランプ政権の誕生が、ロシアの反自由主義的な影響工作と絡み合っていた。ロシアの思想家アレクサンドル・ドゥーギンやトランプ支持者であるスティーブン・バノンは、共に「反自由主義」を掲げ、欧州大陸での保守思想の広がりを図っていた。ドゥーギンのユーラシア主義とバノンのナショナリズムは異なる側面を持つが、アメリカとロシアの自由主義批判という共通点で結びついていた。
アメリカ国内の思想対立と自由主義の再興
ウクライナ侵攻後、アメリカでは自由主義と反自由主義の対立が激化した。バイデン大統領は孤立主義の影響を引きずりつつも、ポーランドでの演説でプーチン体制への転換を示唆する発言を行い、ネオコン戦略の再評価を進めていた。この思想的対立は、アメリカ国内の自由主義の再興に向けた試みと、反自由主義的勢力の対立構造を反映していた。
第 Ⅵ部 思想家ラッセル・カーク再考
第 16章 『保守主義の精神』出版七〇年とアメリカの分断
保守思想家ラッセル・カークの影響と思想の確立
ラッセル・カークの主著『保守主義の精神』が出版されてから2023年で70周年を迎え、記念行事がアメリカで行われた。カークの著作は、革命国家アメリカに保守思想があるのかという根本的な問いに応え、バークらの思想系譜を辿りながら、リバタリアニズムだけでは説明できない「保守主義」の存在を示した。カークの登場によって、アメリカの思想風景が大きく変わり、保守思想が深い系譜を持つものとして再認識されるきっかけとなった。
カークの影響とその限界
カークの思想は伝統主義的な保守潮流の基盤を形成し、レーガン政権にも思想的影響を与えた。しかし、現実政治においては、リバタリアンやネオコンの影響が強く、カークの思想は短期的な政策の場から遠ざけられていた。80年代末、カークはネオリベラル経済やネオコンの民主化拡大政策を批判し、これらが文化的多様性を否定するものとして懸念を示した。
カークの保守思想の核心
カークの保守思想は、超越的秩序への信頼、多様性の尊重、身分秩序の重要性、自由と財産の不可分性、古き定めへの信頼、深慮に基づく社会変革の六つの要点から成り立っていた。彼の思想は、合理主義的な近代思想に対抗し、階級や信仰、伝統の重要性を説くものであり、保守思想の核とされる。
カークの戦争批判と平和への志向
カークは戦争と革命を忌避し、戦時中にはアメリカの戦争政策に強い怒りを示した。彼は化学兵器実験場での経験から「民主主義を守る戦争」の矛盾に直面し、日系人収容や原爆投下にも批判的であった。このように、カークは一貫して人間性と平和を重視する視点を持っていた。
アメリカ現代政治におけるカーク思想の残響
今日のアメリカの混迷と分断においても、カークの思想の影響が見られる。ポピュリズムや「アメリカ・ファースト」の潮流には、カークが示した保守の影響が一部反映されていると考えられる。彼が支持した保守派のパトリック・ブキャナンは、「アメリカ・ファースト」を唱え、アメリカ国内の立て直しを主張したが、その後のトランプ現象にも通じる点が見られた。
ポスト・リベラリズムとカーク思想の再評価
カークの思想は近年、リベラリズムの行き詰まりを受けて生まれた「ポスト・リベラリズム」とも関連付けられている。リベラリズムがプロテスタント精神に基づく中、カトリック思想家らが中心となって宗教と政治の関係を再評価しようとしている中、カークはこの潮流の先駆者と見なされることも多い。
カークの霊と共同体思想
カークは、母方の地であるミシガン州メコスタ村で霊的な物語を書き続け、祖先とのつながりを強調していた。彼は現世と死者、未来の世代がつながる時間軸の共同体という感覚を持ち、人間はその中で生きていると考えていた。
第 17章 保守思想家ラッセル・カークと「死者たち」
カークと『雨月物語』の書簡
カークとの書簡の一つには、彼が『雨月物語』に興味を抱いた様子が記されていた。カークは日本を訪れたことはなかったが、深い洞察を持っていた。彼はアメリカ人の編集者による多弁な前書きや注釈が過剰であると指摘しながらも、説話そのものには価値を見出していた。これにより、彼の保守思想と怪異世界の関連が浮かび上がる。
カーク邸訪問とラフカディオ・ハーンへの言及
1991年の夏、筆者はカーク邸を訪れ、炉辺でカークの談話に耳を傾けた。カークはハーンを日本文化の理解において特異な存在として尊重し、その業績を熟知していた。特に、カーク邸に現れる亡霊についての話題では、ハーンの幽玄な世界観がカークと共鳴する点が強調された。
「敬虔の丘」と亡霊の存在
カークは「敬虔の丘」に現れる祖先の亡霊と共に過ごし、その存在を信じていた。彼は幼少期に見た二人の男性の亡霊の姿を成人後も心に刻んでいた。カークは死者との繋がりが生者の言葉を超える力を持つと信じ、祖先から受け継いだ精神的な伝統を重視していた。
古い建造物への愛惜と保守思想の象徴
カークは焼失した曾祖父の邸宅を惜しみ、その後に建て替えられた家屋にも愛着を示していた。古いビルや都市の消失を嘆き、都市の衰退を描いた怪異譚を創作することで、彼の思想を表現していた。また、カークは自らの手で植林を行い、破壊された自然環境の再生を試みていた。
保守思想と原爆批判
カークは原爆投下に強い批判を抱いており、その影響で近代文明に対する疑念を深めた。彼は人道主義の名の下で行われた戦争行為を疑問視し、文明の荒廃を憂えていた。冷戦期には、自由主義と共産主義の画一性を批判し、両者の持つ「近代性」を問題視していた。
ネオコン批判と「アメリカ・ファースト」への懸念
カークはネオコンが主導する画一化された世界観に批判的であり、多様性の喪失を懸念していた。彼は湾岸戦争を含むアメリカの干渉主義を批判し、文化的多様性の保持を重視した。ネオコンが進めた経済成長戦略や民主化拡大の路線に対し、文化的帝国主義の側面を指摘した。
フラナリー・オコナーとの交差する精神
カークは南部作家オコナーと出会い、その独自の神秘的な作品に共鳴した。二人は一度だけ対面し、互いの文学と思想に深い影響を与え合った。オコナーの宗教的なミステリーと南部ゴシックの要素は、カークにとっても理解しがたいながらも、保守主義が持つ多様性と神秘に通じるものがあった。
第 18章 近代に見失われた共時性が貫く共同体
現代の分断と人間存在の在り方
社会における分断が大きな問題として認識されている。ロシア・ウクライナ戦争や米中対立だけでなく、先進国の内部でも深刻な分断が進んでいた。これを解決するためには、人間存在の在り方について再考する必要があると考えられた。
ラッセル・カークの思想とその背景
アメリカの保守思想家ラッセル・カークは、戦後の保守思想の基礎を築いた人物であったが、アメリカ近代主義に対する強い批判が込められていた。カークは保守思想と亡霊の物語を通じて、近代合理主義に対置される「神秘」の価値を見出しており、その思想は日本の柳田國男と共通する部分もあった。柳田もまた、日本の伝統文化の価値を守るために『遠野物語』を著し、近代の一面的な見方に対する警鐘を鳴らしていた。
ミシガンの故郷と祖先の霊の物語
カークは、大学の大衆化に対する不満から退職し、母の実家があったミシガン州の寂れた村に戻った。カークにとって最も大切な亡霊の物語は、この村で出会った祖先の霊であり、子供時代に経験した亡霊との邂逅は、彼の作品に大きな影響を与えた。カークは時空を共時的に捉え、信仰の時間感覚を基に作品を執筆していた。
カトリック信仰とニューマンの影響
カークは保守思想の一環として、神学的な要素を重視し、45歳でカトリックに改宗した。彼は特にジョン・ヘンリー・ニューマンの思想に強く影響を受け、神の視点で「過去も未来も同時に存在する」感覚を抱き、過去・現在・未来をつなぐ共同体としての人間の在り方を強調していた。
共同体復権の意義と時間軸の重要性
共同体の意義が見直される中、現代の共同体構築においても、過去・現在・未来を統合する視点が必要とされた。カークは、過去の人々や未来の世代も含めた共時的な視点で共同体を捉えることが重要であると訴え、その考え方がリベラリズムの限界に対する一つの解答とされた。
近代主義とフランシス・フクヤマの再考
フクヤマは、近代主義の基盤である個人主義に対する見直しを試み、『政治の起源』で人間存在を共同体的な視点から捉え直した。彼は、リベラリズムの限界と個人主義の行き過ぎが現代の分断や体制間対立の要因となっているとし、多様な文化や歴史が織り成す過程で近代が構築されたと論じた。
リベラリズムの欠陥とポスト・リベラルの動き
アメリカにおけるトランプ前大統領の登場など、リベラリズムの行き過ぎによる弊害が露呈し、ポスト・リベラルへの再考が進められていた。フクヤマもまた、『リベラリズムへの不満』でリベラリズムの問題を指摘し、その再構築の必要性を訴えた。
SNSとフィルターバブルの問題
現在のSNSは、情報が偏り、フィルターバブルの内部に閉じ込められる傾向が強く、リップマンが指摘した「社交界」の問題が加速されている。SNSによる偏向や匿名性の影響で責任ある言論が困難になり、社会的分断がさらに深まっている状況であった。
情報環境と思想戦の影響
現在の情報環境は、ナラティブによる戦いが中心となっており、フェイクニュースや偏向的な物語が人々の認知に影響を与えている。この状況を改善するためには、情報リテラシーを高め、社会的な議論の場を取り戻す必要があるとされた。
共同体の未来とリベラリズムの再構築
カークの思想を背景に、現代の共同体構築では共時性を持つ視点と、SNSなどの情報環境への対応が求められている。リベラリズムの再構築に向けて、人間存在や国家の在り方を時間軸を通して考え直す作業が不可欠とされた。
第 19章 E・マクレランと江藤淳の『こころ』
マクレランの母への思慕
エドウィン・マクレランは、母テルの写真を探し求め、親族である横堀家を訪問した。マクレランは二歳で母を失い、母の顔も記憶していなかったため、深い感慨を持って写真に見入っていた。これは彼が日本文化研究に携わる中での重要な心の一部であった。
戦時体験と日本研究
マクレランは、日英開戦に伴いイギリスに戻り、16歳でロンドン大学で日本語教授助手を務めた。戦後、情報将校としても勤務し、その後、日本文学研究に進んだ。彼は夏目漱石の『こころ』を英訳し、英語圏における日本文学の普及に貢献した。
江藤淳との交友
文芸評論家の江藤淳とは生涯を通じた親交があり、互いに信頼を寄せ合っていた。江藤は母を幼少期に失っており、亡き母への思慕がマクレランと共通のテーマとしてあった。二人は互いの家族と共に過ごし、深い友情で結ばれていた。
漱石『こころ』英訳の背景
マクレランが漱石の英訳に取り組む背景には、指導教官であったハイエクとグリーンの感銘を得るためであった。彼らは漱石『こころ』に深い感動を覚え、マクレランの研究を支持した。この英訳は、その後シカゴの出版社から出版され、多くの読者に読まれ続けている。
ハイエクとの思想的共鳴
ハイエクとグリーンは漱石の「孤独」と「淋しさ」のテーマに強く共感し、漱石の『こころ』が近代合理主義への懐疑に繋がる内容であると理解した。ハイエクは個人主義の危うさを見抜きつつ、漱石の作品を通じて日本の近代化における苦悩と共鳴した。
マクレランの博士論文
マクレランはシカゴ大学に「漱石序説」を提出し、漱石の孤独と淋しさを描いた『こころ』を中心に研究を進めた。彼の解釈では、漱石が伝統的な家族観と近代的な孤立感を対比させており、これは西洋の合理主義と共鳴するものだった。
漱石とハイエクの個人主義
漱石は『こころ』や『私の個人主義』で孤独な近代人の苦悩を描き、ハイエクもまた、自由主義と合理主義の対立における「真の個人主義」を訴えた。彼らが見出したのは、近代の資本主義と個人主義が内包する孤立と矛盾であり、これを互いに共鳴していた。
現代への影響と意義
マクレランが翻訳し、ハイエクが共感した『こころ』のテーマは、現代の資本主義社会が抱える問題と繋がる。自由主義と個人主義の行き詰まりが問われる今日、漱石の『こころ』が提示する「孤独と淋しさ」は再び意義を持つものとされた。
あとがき
トランプ現象とアメリカの革命的状況
会田弘継は、大統領選挙の投票日が迫る中、トランプの支持率が低下しない現象について驚愕していた。不倫疑惑や訴訟を受けながらも支持が強まる状況は、アメリカが革命的変化を経験している兆しと捉えられた。彼は、経済の格差が広がり、豊かな地域と取り残された地域が明確に分かれたことがトランプ支持の背景にあると指摘した。
トランプ現象の思想的背景と革命的変化
著者は、トランプ現象がただのポピュリズムでなく、思想的な「革命」であると考察した。アメリカが抱える現状は、大衆の不満や怒りが噴出した結果であり、トランプやサンダースといった存在がその媒介となったと分析した。
著作の構成と執筆意図
『破綻するアメリカ』以降に発表した論考を集約し、本書は構成されたと述べた。特に、アメリカの思想潮流を背景にした現状分析は、現実政治が巻き込まれる変化を追うもので、複雑な歴史の流れに立ち向かう挑戦的な試みと位置づけた。
思想的変遷と保守派再編の動向
著者は、アメリカにおける保守派がトランプによって変容し、共和党が再編成を迫られている現状を指摘した。一方、民主党はサンダース派の台頭を十分に受け止められず、混乱を招いていると述べた。オバマ政権の失政が中間層の崩壊を引き起こしたことが、現在の混乱の一因と見解を示した。
謝辞と協力者への感謝
本書に掲載された論考の執筆と転載に協力した編集者たちへの感謝を記した。また、思想史家ジョージ・ナッシュ博士や、編集を手がけた渡辺智顕氏への謝意も述べ、感謝の意を示した。
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