どんな本?
坂口孝則の著作「買い負ける日本」は、国際市場での日本企業の「買い負け」の現状を描いている。かつて、水産物の争奪戦で中国に敗れた「買い負け」が問題となったが、現在では半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材など、あらゆる分野でその問題が顕著である。
日本企業が買価を低く抑え、購買量を少なくし、かつ購入スピードも遅いにも関わらず、過剰に高品質を要求することが原因とされている。過去の成功体験に固執するあまり、日本企業は顧客にとってメリットのない存在になってしまったと指摘されている。
この著作では、調達のスペシャリストが目撃した絶望的な物不足と現場の悲鳴、生々しい事例を通じて、機能不全に陥った日本企業の惨状が暴かれている。本書は2023年7月26日に幻冬舎から発売された。全248ページの新書判である。
読んだ本のタイトル
あらすじ・内容
かつては水産物の争奪戦で中国に敗れ問題になった「買い負け」。しかしいまや、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったあらゆる分野で日本の買い負けが顕著になっている。日本企業は、買価が安く、購買量が少なく、スピードも遅いのに、過剰に高品質を要求するのが原因。過去の成功体験を引きずるうちに、日本企業は客にするメリットのない存在になったのだ。調達のスペシャリストが目撃した絶望的なモノ不足と現場の悲鳴。生々しい事例とともに、機能不全に陥った日本企業の惨状を暴く。
買い負ける日本
感想
毎日のようにいろいろなサイトを見ているなかで、「買い負ける日本」という本のタイトルに目がとまった。
その名前だけで、なんとなく日本が直面している問題について書かれているのではないかと、あらすじを読んでみたら面白そうと感じた。
特に、最近はコロナウイルスの影響で世界中が大変な状況にある。
そんななかで、日本がどのように立ち向かっているのか、また、どんな問題に直面しているのかを知りたくなった。そのため、この本を読んでみることにした。
この本のお話のあらすじを読むと、日本が世界の中でどういう立ち位置にいるのかがよくわかる。
まず、かつて日本が強かった水産物の市場で中国に負けたことから、「買い負け」という現象が始まった。
そして、その「買い負け」は、半導体、LNG(液化天然ガス)、牛肉、人材といったさまざまな分野に広がっていることが書かれている。
日本企業が、高品質を求めすぎる一方で、価格や量、スピードにおいて競争力を失っていることが大きな問題として指摘されている。
そして、この問題は、過去の成功体験に固執するあまり、時代に適応できなくなった日本企業の姿勢にあると著者は語る。
物事の結末については、日本の産業が今後も「買い負け」を続けることになるのか、それとも新たな対策を講じて立ち直ることができるのか、という二つの可能性を示している。
しかし、解決策は簡単ではなく、モノ作りの産業から価値作りの産業へとシフトする必要があるとも述べられている。
そのためには、ただ技術を高めるだけでなく、市場や消費者のニーズを正確に捉え、迅速に対応する体制を整えることが重要だと著者は提言している。この本を読み終わると、日本が直面する問題の深刻さと、それを乗り越えるために私たち一人ひとりが考え、行動することの重要性が強く印象に残る。
備忘録
はじめに
2021年初頭から、機器装置メーカーの調達関連責任者などを通じて、深刻なモノ不足の声が上がってきた。電子部品をはじめ、材料、ハーネス、基板、労働者、物流まで、すべてが不足しており、供給連鎖の混乱が顕在化していた。新型コロナウイルスの流行に始まり、グローバルサプライチェーンの脆弱性が露呈し、企業は納期の大幅な遅延や未定に直面していた。
2020年初めに発生したコロナ禍は、ダウ・ジョーンズ工業株価平均の急落を引き起こし、その後の回復にもかかわらず、供給面の制約により限られた資源を巡る競争が激化した。この状況は、自動車メーカーが工場の稼働停止に追い込まれるなど、産業全体に広がった。
しかし、コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻などの外因だけでなく、日本企業の内因も深刻な影響を及ぼしている。日本経済全体の凋落、企業の多層構造、過剰な品質要求、決断の遅さなどが、日本企業が「買い負け」する原因となっている。
本文は、グローバル経済の中での日本企業の位置づけとその問題点を検証し、日本企業が直面している危機を浮き彫りにしている。これらの問題は、個別の商品やサービスの調達が可能かどうかを超え、日本企業の根本的な体質と宿痾に関わるものである。
第一章 売ってもらえない国、日本
1 半導体を売ってもらえない半導体不足と日本
半導体不足による産業の停滞は、2021年初頭から顕著になり、トヨタやホンダ、日産をはじめ、世界の主要自動車メーカーが生産停止や生産台数の減少を余儀なくされた。この背景には、ロジック半導体をはじめとする半導体の入手困難があった。この状況は、自動車産業だけでなく、パソコン、スマートフォン、家電、オフィス機器など、幅広い産業に影響を及ぼし、混乱を招いた。2021年には自動車メーカーが2100億ドルの損失を被ったとも推計される。
この半導体不足の原因は多岐にわたる。新型コロナウイルスの流行による生産と物流の停滞、米中経済戦争による台湾のファウンドリーへの委託量増加、さらには日本国内の半導体製造工場での火災などが挙げられる。また、半導体メーカーと自動車メーカーとの商習慣の違いや、半導体の確保に向けた日本企業の反応の遅さも問題とされた。
日本の半導体産業の世界的地位の低下も、買い負けの背景にある。かつては「日の丸半導体」として強い存在感を示していた日本の半導体メーカーも、現在では世界のシェアの10%も占めていない。この状況は、日本企業が半導体を確保する力にも大きな影響を与えている。
米国は半導体の確保に積極的に動いており、バイデン大統領が半導体のCEOサミットを開催するなど、政府と企業が一体となって半導体の供給を確保しようとしている。これに対し、日本は政府が台湾当局に対して自動車用の半導体の増産を要請するなどの努力をしているが、米国ほどの積極性は見られない。
このように、半導体不足は単なる供給問題にとどまらず、日本の産業構造や国際的な立場に関わる深刻な問題として浮き彫りになっている。
2 木材を売ってもらえない
2020年から2022年にかけて、住宅市場は建設資材の遅延や価格上昇に直面し、建設プロジェクトが遅れ、見積もり費用が膨らんだ。キッチン用品や給湯器の納期遅延は日常的になり、住宅を建てる人々は仮住まいを長引かせることを余儀なくされ、コスト増加に直面した。また、バイオマス発電所は木質バイオマス材料の高騰と入手困難さにより稼働を停止した例もあった。
この状況は、米国発のウッドショックとロシアのウクライナ侵攻が引き起こした世界的な資材不足によるもので、日本を含む多くの国で木材やその他の建設資材が不足し、価格が上昇した。日本では特に、国内での木材生産が追いつかず、外国からの輸入に頼る状況が続いている。日本の木材自給率は20世紀半ばには96.1%だったが、2000年代前半には20%弱に低下し、2010年以降は40%強に回復しているものの、生産量は横ばいであり、日本の林業は補助金なしでは成り立たない状況にある。
日本の住宅産業では、外国産の木材が品質と価格の面で好まれており、国内材の使用が難しい状況が続いている。一方で、日本企業の高い品質要求が海外の供給者との間で課題となっており、ウッドショック時には日本向けの生産が減少する原因となった。さらに、住宅市場の先行き不透明さや人手不足、機械化の遅れなどが日本の木材産業の課題として挙げられる。
このような状況下で、日本の住宅市場と関連産業は、価格上昇を抑える文化や、海外依存のリスク、そして国内の林業や木材産業の活性化の必要性に直面している。自国の森林資源の活用や、消費者の意識変化、そして国内外のサプライチェーンの多様化が、これらの課題に対処するための鍵となる。
3 貿易船に寄ってもらえない
日本への外航船の寄港数が減少しており、特に北米西岸コンテナ航路では2021年以降、横浜港や大阪港、神戸港を含む多くの港で前年比マイナスが目立つ。この減少は、新型コロナウイルスの影響による世界的な荷動きの停滞、巣ごもり需要の高まりによる貨物の伸び、港湾の混雑、コンテナ不足などによるものである。日本は国際物流の中で優先度が低く、経済的に利益を生み出すルートとして見られなくなっている。
阪神・淡路大震災時に始まった日本の港を避ける傾向は、その後も続いており、国際競争力の低下が深刻な影響を及ぼしている。日本からのコンテナ輸送量は世界全体の1%程度に過ぎず、中国や韓国、ベトナムなどの港が主役となっている。日本の国際基幹航路の寄港回数は他国と比較して著しく少なく、特に地方港の取扱量の減少が日本全体の地位低下につながっている。
日本は製造コストの追求による製造拠点の海外移管(空洞化)や、マザー工場としての役割に重点を置きつつも、輸出減少や物流の効率化に必要な投資が不十分である。国際物流をサポートするための具体的な改善策や、国際競争力を回復するための行動が急務である。日本の行政はアメリカのような迅速な対応を示しておらず、国民も国際物流の重要性に対する認識が低い状況である。日本が「寄ってもらえない」国になることの深刻な結果と、その改善のためには日本の港の利便性向上や国際競争力の強化が求められる。
4 LNG(液化天然ガス)を売ってもらえない
カタールで開催されたワールドカップは日本国民に大きな熱狂をもたらしたが、エネルギー調達の観点から見ると、カタールは日本にとって非常に重要な国である。日本は早くからカタールのLNG開発に注力し、これがカタールの経済発展に貢献したとされる。日本のLNG調達国ランキングではカタールは上位に位置し、特にロシアからの調達が不透明な現状ではその重要性がより高まっている。
しかし、2021年に発表された2030年度の電源構成計画では、LNGの比率が低下することが示された。この計画により、国際的には日本のLNG需要が減少すると見られ、日本のエネルギー調達戦略に関する懸念が高まっている。特に、中国や欧州諸国がLNG市場で活発に動いている中、日本がLNGの「買い負け」をする可能性が指摘されている。
日本のLNGに対する政策や戦略の変化は、国際エネルギー市場における日本の位置づけに影響を及ぼし、将来的なエネルギー調達の難しさを増している。エネルギー調達における長期的な視野と戦略の不在、さらに国家としての一体感の欠如が問題とされている。また、カタールとの長期契約を更新しない決定は、エネルギー調達先としての日本の地位を弱める結果につながっており、国際競争が激化するLNG市場において日本が後れを取る可能性が示唆されている。
5 食料を売ってもらえない
年始の豊洲市場でのマグロ初競りでは、高額での落札が注目されるが、中国人バイヤーの存在感が増している。中国ではマグロの解体ショーが人気で、質の高いマグロを求めて中国人バイヤーが日本へ来ている。中国人は大量に購入し、金払いも良いため、日本の水産業界にとっては大きな影響を与えている。また、中国の魚介類消費量は過去50年で約9倍に伸びているのに対し、日本は減少しており、マグロだけでなく、ズワイガニや牛肉でも中国に買い負ける状況が生じている。牛肉に関しては、中国の輸入量が急増し、アジアの国々が競争しており、日本は価格で競争できない状況にある。
中国の影響は養殖業にも及んでおり、魚粉の価格上昇によって養殖コストが高騰している。また、肥料や飼料の調達にも影響があり、日本は国際市場での競争力を失いつつある。食料自給率の低下とともに、日本の食料調達は不安定さを増しており、経済力の低下と相まって、国際的な食料調達戦争で不利な立場に立たされている。これに対し、中国は自国での食料生産強化に努め、遺伝子組換え技術の活用や養豚場の建設などで自給率の向上を図っている。日本は品質に対する過剰な要求が買い負けの一因となっており、戦略的な対応が求められる状況である。
6 労働力を売ってもらえない
2022年末に韓国に出張した際、サムギョプサル店でベトナム人留学生に遭遇したことから、外国人技能実習生の現状について考察する。日本で働く外国人労働者は2017年の128万人から2021年の173万人へと増加したが、増加率は減少し頭打ち状態にある。特に技能実習生の数は中国からベトナムへと変遷し、円安や他国への就業機会増加により日本への魅力が低下している。日本政府は特定技能ビザを導入し受け入れを試みたが、予想に達していない。労働環境や賃金の問題、円安の影響でベトナムからの候補者が減少し、日本を選ばなくなっている。日本の技能実習生制度の厳しい実態や、他国との比較で見劣りする賃金水準が問題とされ、高度人材の獲得にも後れを取っている。シンガポールなど他国は高度人材に対する有利な政策を打ち出し、日本の人材流出を加速させている。日本は製造現場の空洞化や人材不足を外国人技能実習生に頼ることで一時的に解決しようとしたが、長期的な視点での人材育成と待遇改善が急務である。
第二章 日本はなぜ「売ってもらえない」国になったのか
買い負けニッポンの印象的なエピソード
2000年代後半から、日本が水産物をはじめとするさまざまな商品で外国の競争相手に負けている「買い負け」現象が広がっている。この買い負けに共通する理由を探る中で、日本の杓子定規な対応が一因であると考えられる。東日本大震災時の仮設住宅建設のエピソードから、緊急事態においても柔軟性が欠ける日本の対応が示される。このような杓子定規な姿勢は、時代や環境の変化に迅速に対応できず、日本企業や産業の魅力を低下させている。
買い負けの背景には、「日本産業の没落」を示す上部構造と、「日本型システムの限界」を示す下部構造が存在する。これらの構造には、日本企業特有の組織体質である「多層構造」「品質追求」「全員参加主義・全員納得主義」が関わっている。これらの体質が、時には強みとなり得たものの、現在では逆効果となり、日本の経済力や産業の魅力の低下につながっている。買い負け現象の背景を深く理解するために、上部構造と下部構造、そしてそれらを構成する企業体質について考察することが重要である。
1 上部構造:日本産業の没落
かつて世界を牛耳った日本企業が、現在は海外企業から低く見られる状況に陥っている。これは、日本企業の地位の低下と、経済力の弱体化によるものである可能性が高い。特に半導体を中心とした外国企業の対応が厳しくなり、発注に対する回答がなかったり、納期が3年後という非現実的な回答がされることがある。このような状況は、日本企業が世界市場での競争力を失っている証拠である。
日本のGDPは相対的に下落しており、経済成長が停滞している。これにより、購買力が低下し、海外からの商品を高く買い集める力が弱まっている。さらに、日本の製造業は「モノづくり」には成功しているものの、「価値づくり」には失敗している。これが日本企業が低く見られる一因である。
日本産業の没落は、日本企業の発言力の低下も引き起こしている。地政学的な問題や国際的な法律の影響を受け、日本企業は米国企業からの圧力に対しても無力である。中国との取引に制限がかかることで、日本企業はさらに調達先を失い、買い負けが加速している。日本がこのような没落を迎え、買い負けが生じている原因は、日本型システムの限界にあると考えられる。
2─( 1)
下部構造:多層構造日本を支えている下請構造の障害
日本の企業構造は、裾野が広く、多層の下請け構造を特徴としている。このピラミッド構造は、大企業を頂点とし、無数の中小企業がその下に位置し、日本経済を支えている。しかし、この構造は、発注企業による仕入先への過度な負担や「あうんの呼吸」を期待する業務進行方法など、多くの問題を引き起こしている。緊急時には、この構造が柔軟な対応を妨げ、経済活動に弊害をもたらすことがある。
また、この多層構造は、下位仕入先の状況が上位企業に伝わりにくく、国内のみならず外国企業との関係構築にも支障をきたしている。日本企業の慣習や文化は、海外企業との直接的な関係構築を困難にし、結果として、日本企業は世界市場において競争力を低下させる要因となっている。また、外国企業とのコミュニケーション不足や、語学力の問題も、日本企業が直面する課題である。
垂直統合の文化や「すり合わせ」の技術はかつては日本企業の強みであったが、現代のビジネス環境においては、その効果が逆効果になることもある。さらに、契約書の不在や「あうんの呼吸」に依存するビジネススタイルは、国際的な取引において問題を引き起こすことがある。
このような状況の中で、日本企業は変革を迫られている。外国企業との直接的な関係構築や、言語能力の向上、さらには多層構造を見直し、より効率的なサプライチェーンの構築を図る必要がある。日本企業がこれらの課題にどう対応していくかが、今後の競争力を左右することになるだろう。
2─( 2)
下部構造:品質追求品質追求に起因する調達難
日本企業と消費者は品質に対する過剰な追求が特徴であり、これが「自己目的化」し、冷静なコスト計算を難しくしている。結果として、調達品の種類の増加と固定化を招き、購入量の減少や納期の遅延などを引き起こしている。この品質追求の自己目的化は、新機能の追加や既存の品質基準の踏襲により、調達品の点数が増える一方であり、冷静なコスト計算の欠如や技術伝承が進まないことも問題を深刻化している。さらに、仕入先にも変化を求めず、製造場所の変更などに過敏に反応する傾向があり、これが納期遅延を加速させている。また、型式証明制度などの業界規定が柔軟性を失わせ、変更に対する圧力が働くことも指摘されている。日本企業は品質維持の名の下に、実質的には消極的な品質維持に終始し、新しい提案や変更への抵抗感が強い状態にある。
2─( 3)
下部構造:全員参加主義・全員納得主義動かない国ニッポン
2019年にイスラエルに出張した際、日本企業が「Not Action Talk Only」と揶揄される理由を知った。日本企業の意思決定プロセスが全員参加と全員納得を要求するため、決断までに時間がかかり過ぎるという。これは日本文化や組織構造の特性に根ざしており、変化に対する柔軟性の欠如や横並び意識を強化している。多層承認や全員納得のプロセスは、調達難や納期遅延に直結し、値上げ交渉や新技術の導入においても、同様の問題が顕著になっている。相見積もりの過度な依存は、判断力や競争力を低下させ、人材の賃金体系においても横並び主義が顕著になっている。また、新サービスや製品の開発においても、完璧主義や他社の動向を過度に意識する傾向があり、革新的な取り組みが進みにくい環境が生まれている。これらの要因が相互に作用し、日本が買い負ける国になっている背景を形成している。
第三章
日本が「売ってもらえない」国になるまでの歴史的系譜
かつての日本企業は、高度成長期における終身雇用、年功序列、企業内組合という「三種の神器」によって、全員参加主義・全員納得主義、多層構造、品質追求の文化を形成し、世界市場において成功を収めた。しかし、これらの特性が現代に逆作用する形で問題を引き起こし、日本企業の強みが弱みに転じた。具体的には、誰も責任を取らない文化、決断の遅れ、革新の欠如、人材の固定化などが挙げられる。これらの問題は、過去の成功体験に固執することで強化され、日本企業が変革を遂げる上での障壁となっている。今後、日本企業が再び成長の道を歩むためには、過去の成功体験から脱却し、新たなビジネスモデルや組織文化の構築が求められる。
第四章
「売ってもらえない国」から脱出するための 12の提言
日本企業が直面する複数の問題に対して、その解決策を提案する。具体的には、「多層構造」による下位仕入先への慢心とブラックボックス化、「品質追求」の自己目的化によるコスト計算の失われ、「全員参加主義・全員納得主義」による意思決定の遅さと横並び文化が挙げられる。これらの要因が、魅力的な商品の生産停滞、経済の地盤沈下、そして日本産業の没落という形で、日本の買い負け状況をもたらしている。解決策としては、単一の施策に依存するのではなく、複雑系としてのアプローチが必要であることを指摘している。
提言1では、日本企業が仕入先と対等で平等な関係を築くために、早期に具体的な数量予測を提供し、必要に応じてフォーキャストからのズレを買い取る契約を結ぶことが求められる。これにより、仕入先は安心して供給できるようになる。
提言2では、下位仕入先への積極的な関与と情報開示の重要性が説明される。これには、仕入先トップに会いに行く、市場の情報提供、直接購入の可能性の追求が含まれる。また、仕入先に対して技術提供を行い、供給を確保することも提案されている。
提言3では、日本企業のトップが仕入先トップと積極的に交渉を行い、人間関係を構築することの重要性が強調される。これは、納期交渉時や供給が逼迫した場合に有利に働く。
提言4では、品質を売るのではなく価値を販売することの重要性が指摘される。これは、価格設定を原価に基づくものから価値に基づくものへとシフトすることを意味する。また、サービスの価格を上げることで、質の高いサービス提供を可能にすることが強調される。
提言5は、製品設計の柔軟性を高めること、特に「OR設計」の採用を推奨している。これは、半導体不足のような供給問題に対応するため、代替可能な部品やコントローラーを多用する設計手法である。テスラの事例のように、19種類の新しいコントローラーを開発して半導体不足に対応したような取り組みが好例である。このアプローチは、部品の入手困難さに柔軟に対応し、生産停止リスクを減らす。
提言6では、コスト評価の重要性を強調し、品質追求のための追加コストが費用対効果として妥当かどうかを冷静に評価することを勧めている。また、調達品の種類を限定し、コストを抑えるためには、初期段階からの統一された仕組み作りが必要であると述べている。
提言7では、日本企業の意思決定プロセスのスピードアップを促す。これは、海外拠点などでの即断即決を可能にするため、事前に交渉範囲や価格帯を内部で合意しておくことを提案している。これにより、交渉の効率性を高め、買い負けるリスクを減らすことができる。
提言8では、リスクを取った行動の重要性を訴えている。多段階の承認プロセスを見直し、必要な場合は承認ルートを簡素化することで、迅速な意思決定を実現することが求められる。また、新規事業を通じて、社員により多くの決定権と裁量権を与えることで、組織全体の柔軟性と対応力を高めるべきであると提言している。
提言9は、日本企業が横並びの思考から脱却し、より戦略的な企業運営をするべきであると提唱している。例えば、半導体を高価であっても積極的に調達し、市場でのシェア拡大を図る企業の戦略を挙げている。このような戦略は、一時的な赤字を覚悟してでも長期的な利益と市場占有率の向上を狙うものであり、日本企業が単品の利益追求に囚われず、大局的な視点での戦略立案が重要であると指摘している。
提言10は、日本企業が自己否定を恐れずに新たなビジネスモデルを探求すべきであると主張している。19世紀のゴールドラッシュ期にツルハシを貸し出すなど、流行に乗るよりもそのサポートをするビジネスモデルが成功した歴史的事例を紹介している。日本の企業も同様に、既存のビジネスモデルに囚われることなく、新しい市場やビジネスチャンスに目を向けるべきであると説く。
提言11では、人材の流動化と賃上げを促すことで、消費者の購買力を高め、それに伴って企業も高価な調達を可能にすることができるとしている。また、学習支援や税制面での優遇措置を通じて、労働者のスキルアップとキャリアアップを支援することで、日本経済全体の競争力を高めるべきであると提言している。
提言12では、外国人材を日本に引き寄せ、適切な待遇改善と学習機会の提供を通じて、日本の国際競争力を高めることが重要であるとしている。特に、技能実習生の扱いと彼らに対する学習機会の提供について言及し、日本企業にとっても、帰国後に彼らが自国で日本とのビジネス関係を構築することが、中長期的な利益に繋がると指摘している。
おわりに
本書は、日本経済の停滞や没落、特に「買い負け」現象をテーマに据えている。著者は未来調達研究所というコンサルティング会社を設立し、11年間企業の調達やサプライチェーンを支援する業務に従事してきた経験を基に、現場の生の声や実体験を通じて、日本企業の問題点や背景を探求している。著者は、経営評論家やジャーナリストではなく、実践者としての立場から、統計データだけに依存するのではなく、現場での直接的な体験や人々との交流を通じて、日本企業の現状を描出しようとしている。
本書の目的は、単に日本企業の問題を指摘するだけでなく、未来に向けた具体的な提言を行うことにある。著者は、日本企業が自然災害への対応では世界から称賛されるほどの能力を持ちながら、国際競争や地政学的リスクに対しては、適切な対応ができていないと指摘している。また、日本企業が過去の成功モデルに固執しすぎることが、現在の停滞の一因であると述べている。
著者は、日本企業の変革と成長のためには、旧来の方法に疑問を投げかけ、改善を図る必要があると強調している。また、現場の声に耳を傾け、実際に働く人々の視点から問題解決のヒントを得ることが重要であるとしている。
最後に、著者は、本書がビジネスパーソンや読者にとって、現状に満足せず、より良い未来を模索するための一助となることを願っている。
その他ノンフィクション
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