小説「魔導具師ダリヤはうつむかない 12」感想・ネタバレ

小説「魔導具師ダリヤはうつむかない 12」感想・ネタバレ

どんな本?

本作は、異世界ファンタジーのライトノベルシリーズ第12巻である。主人公の魔導具師ダリヤが、他国の大商会とも取引を行い、人々との縁を広げていく物語である。  

主要キャラクター
• ダリヤ・ロセッティ:本作の主人公。赤い髪と翠の瞳を持つ魔導具師。前世で過労死した経験から、転生後は魔導具作りに情熱を注ぐ。婚約者トビアスから一方的に婚約破棄を告げられるが、それを機に自らの商会を立ち上げ、自由な職人生活を始める。家事や料理も得意で、特に前世の知識を活かした料理は周囲を驚かせるほどである
• ヴォルフレード・スカルファロット:スカルファロット伯爵家の四男で、王国騎士団魔物討伐部隊の「赤鎧(スカーレットアーマー)」として知られる騎士。長身痩躯、黒髪に金色の瞳を持ち、その美貌から「見ただけで魅了される」と評される。討伐部隊では「死神」や「魔王」という異名を持つが、ダリヤとの出会いをきっかけに、彼女と深い友情を築いていく。
 •  ヨナス・グッドウィン:グイード・スカルファロットの護衛を務める騎士であり、彼の親友でもある。実家は子爵家だが、家族との関係は良好ではない。かつて炎龍を討伐した際、その呪いを受けて腕に竜の鱗が生える「魔付き」となった。対人戦闘においては、ヴォルフレードをも凌ぐ実力を持つ。  
 •  ユーセフ・ハルダード:イシュラナ国の大商会「ハルダード商会」の会長。砂色の髪と黒い目を持つ。 多くの身寄りのない者や元奴隷を雇用し、彼らに新たな生活の場を提供している。 部下からの信頼も厚く、特にミトナからは深い敬愛を受けている。 

物語の特徴

本作の魅力は、ダリヤが魔導具師としての技術を活かし、人々との関係性を深めながら成長していく点にある。特に、ヨナスとユーセフの親子関係や、ダリヤが彼らの運命にどのように関わっていくかが見どころである。  

出版情報
• 出版社:KADOKAWA
• 発売日:2025年3月24日 
• 判型:B6判 
• 商品形態:単行本
• ページ数:324ページ 
• ISBN:9784046846488

読んだ本のタイトル

魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~12
著者:甘岸久弥 氏
イラスト:駒田 ハチ  氏

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あらすじ・内容

他国の大商会とも取引をするなど、縁をさらに繋げていく魔導具師のダリヤ。
彼女は、武具工房長のヨナスが、その身分を理由にスカルファロット次期当主に仕えることへ反発を受けていると知る。それはヨナスの生母と再婚した、イシュラナ国の大商会の長・ユーセフとも関係の浅からぬことであった。
彼はヨナスを案じイシュラナに来てくれるよう望むが、反して他人行儀なヨナスとの関係に、周囲は心配を募らせる。ダリヤも二人を案じつつ、ヨナスがこの地を離れることはないと確信していた。
「グイード様の『右腕』ですから――」
ある日、ダリヤはロセッティ商会を訪れたユーセフの体調に、何か異変が起きていると気づき――!?
魔導具師ダリヤのものづくりストーリー、運命が交わる第十二弾、開幕!
小説12巻に、「甘岸久弥書き下ろし短編」「公式4コマ『まどダリ』」「アニメ放送中応援イラスト」などを収録した、豪華フルカラー小冊子付き特装版!

魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~12

感想

ヨナスの過去と家族への思い

  • 本巻の中心人物はヨナスであり、彼の出生の秘密が明かされた。
    • ヨナスの母は身体を壊しており、その思いをヨナスは強く受け止めていた。
    • ヨナスはユーセフの養子となり、ルチアの兄となる提案がなされた。
    • 靴下を縫うという試練に挑み、結果として「兄」として認められる。
  • ヨナスの背景にはイシュラナ国の大商会との繋がりがあり、身分の問題からスカルファロット家の当主補佐となることに反発があった。
    • しかし、周囲の支えやユーセフの真剣な思いにより、ヨナス自身も向き合う決意を固めた。
    • 最終的にマルチェラの祖父であるベルニージ侯爵の養子となり、数奇な運命を歩む。

ユーモアと静かな感動

  • 閑話では、ヨナスが意外にも編み師の才能を見せた場面が印象的であった。
    • 真面目な人物が突如として家庭的な一面を見せるギャップに読者の興味が引きつけられた。
    • 父上の感情表現や「半月もにじむ」ほどの思いが描かれ、家族間の心の交流に温かみがあった。

番外編で描かれる過去と成長

  • 番外編ではヴァネッサ視点の物語が描かれ、幼きヴォルフの姿が回想された。
    • ヴォルフの幼少期の姿は、現在の彼の在り方に通じる素直さと芯の強さを示していた。
    • 過去の描写が現在の関係性に繋がることで、物語全体の厚みが増していた。

ダリヤの人間性と調和の力

  • ダリヤは周囲とぎこちない関係を解きほぐす「聖女」のような存在として描かれた。
    • 見返りを求めぬ行動と純粋な好意が、他者を変化させる力となっていた。
    • しかしながら、その影響力が大きくなるにつれ、物語が彼女頼みの構成になっているという印象も生まれていた。

物語の進行に対する読者の思い

  • 前巻では物語が終盤に差しかかっているように思えたが、本巻においても続編への布石が見られた。
    • この世界が続いてほしいという期待と、引き延ばしすぎることへの懸念が読者の中に交錯していた。
    • 続きを望みつつも、物語の締めくくりが近いことを意識させられる一巻であった。

総括

本巻では、ヨナスが物語の中心に据えられ、自身の出自と向き合いながら、護衛騎士としての将来に備えて一歩を踏み出す姿が描かれた。
グイードの王城入りに同行するため、侯爵家の養子となる決断を下す過程には、血のつながりではなく信頼と覚悟によって結ばれる新たな「家族」の形があった。
主人公のダリヤは、変わらぬ温かさで周囲を支え、人々の心をほどいてゆく存在として描かれたが、その影響力の大きさに物語構造の偏りも感じさせた。
次巻への期待を強く抱かせる一冊であった。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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備忘録

魔物討伐部隊鍛錬見学

魔物討伐部隊の訓練場での交流

ダリヤは王城騎士団・魔物討伐部隊の訓練場を訪れ、隊員たちの鍛錬を見学していた。彼女は前世で過労死した家電メーカーの社員であり、転生後は魔導具師として生きている。現在はロセッティ商会の会長であると同時に、討伐部隊の相談役として魔導具を提供していた。その働きが評価され、男爵位の叙爵も控えている。訓練後、赤鎧と呼ばれる騎士ヴォルフと戦闘靴の使用感について会話を交わし、彼の信頼を感じ取っていた。

新型戦闘靴の性能と開発背景

ヴォルフが試用している戦闘靴は、魔導具制作部と靴工房が協力して製作した改良品である。強化魔法と革、スライム素材を用いた構造により、防水性と耐久性に優れていた。以前の靴と比べて強度は一・五倍から二倍に増し、鉄板を仕込むなど個別の強化も施された。隊員たちは試用時に木板を粉砕し、煉瓦の壁に穴を開けるほどの威力を示しており、効果は十分に確認されていた。

衝撃吸収材の検証と改良提案

赤鎧の一人ランドルフは、大盾の裏に張られた衝撃吸収材の劣化についてダリヤに相談した。この素材は彼女が関わって開発したもので、スライム粉末や薬液を用い、無属性魔法を付与していた。形状の変化と吸収力の低下が確認され、ランドルフは張り増しを提案したが、ヴォルフは張り替えの方が実用的であると指摘した。ダリヤは予算や補給体制を含め、対策の優先順位を検討していた。

隊員との信頼関係と情報収集

訓練後、隊員たちから感謝と質問が寄せられ、ダリヤは丁寧に対応しながらメモを重ねていった。彼女は服飾魔導工房での仕事にも向かう予定であり、遠征夜着の改良について打ち合わせを控えていた。携帯温風器の配置など、実用性を高めるための調整も予定されていた。

ヴォルフとの関係と次なる約束

ヴォルフとの会話では、翌日に別邸で再会する約束が交わされた。そこではヴォルフの兄グイードと護衛騎士ヨナスが新たな魔導武具の実演を行う予定であり、ダリヤもその開発に携わったことから関心を寄せていた。彼女はヴォルフと同じ表情で楽しみにしており、素材の話をしながら馬車へと向かっていった。

周囲の視線と温かな空気

ヴォルフとダリヤの関係は、隊員たちにも微笑ましく映っていた。ランドルフと先輩隊員が二人の様子を眺めつつ語り合っていたが、若い騎士カークが口を挟み、現代の若者の進展ぶりを示唆した。カークは結婚を控えており、先輩との会話の中で準備の忙しさや楽しさを語っていた。彼の笑顔と純粋な想いが、その場に穏やかな空気をもたらしていた。

護衛騎士と魔付き

スカルファロット家の夕べと魔導武具の披露

別邸訪問と書庫での静寂


ダリヤはスカルファロット家の別邸を訪れ、武具工房での打ち合わせ後、グイードの招きで書庫に案内された。書庫は壁二面を本棚に囲まれ、古い魔導具関連の文献が並び、彼女にとって小さな図書館のように映った。ヨナスとグイードは彼女の希望を汲み、静かな読書の時間を提供した。

書庫に響く密談とヨナスの覚悟

隣室では、グイードと執事が護衛騎士としてのヨナスについて議論していた。執事は魔付きであるヨナスを交代させるよう提案したが、ヨナスは自らの意志で神殿との「上位契約」を結び、万が一の暴走時には命すら差し出す覚悟を語った。グイードは執事の忠誠に感謝しつつも、退任と領地行きを命じ、執事の息子を後継と定めた。

ダリヤの思いとヨナスへの信頼

密談の後、気まずさを感じたダリヤは、あえて自分の言葉でヨナスの存在を肯定した。彼女の言葉に、ヨナスは無表情ながらも目に光を宿し、グイードも護衛としての彼の資質を冗談交じりに語った。幼少期から努力を重ねてきたヨナスの過去が語られ、彼の多彩な能力と信頼が改めて浮かび上がった。

家の将来と相談役の役割

会話は当主の「相談役」という役職に及び、グイードが水の魔石の流通や家の経営を支えるために必要な存在であることを語った。彼は領地経営を父と叔父に任せつつ、水の伯爵として魔石事業に専念する意志を示した。また、ヴォルフにも将来的に家の仕事に関わってほしいと伝えたが、彼の迷いを汲み取り、無理強いはしなかった。

温熱座卓の食卓と四人の交流

夕暮れ時、ダリヤは客室の温熱座卓でヴォルフ、グイード、ヨナスと共に食事をとった。料理は豪華で、ピザやムース、マリネなどが彩りよく並んだ。ヨナスには彼の体質に配慮した特別な料理が用意されており、料理人の気遣いが感じられた。会話は和やかに進み、ヴォルフの兄エルードの近況や、当主の相談役の制度、家の縛りといった政治的な話題も交えられた。

家族としての距離と信頼の輪

グイードはダリヤに、ヴォルフの相談役として支えてほしいと願い出た。ダリヤは戸惑いつつも了承し、ヴォルフは安心した笑みを浮かべた。グイードはこの願いに私情を交えず、家と武具工房の未来を見据えた言葉として語った。ヴォルフの選択を尊重しつつ、支え合う姿勢が強調された。

魔導武具の試運転と夜の演舞

食後、四人は屋敷裏で魔導武具の試運転を行った。グイードは氷蜘蛛の短杖を使い、氷の蓮やかすみ草のような繊細な造形を披露し、優雅さを見せた。ヴォルフは氷翅刃の魔剣で透明な刃を長く伸ばし、その魔力制御の巧みさを示した。最後にヨナスが魔剣闇夜斬りを用い、天へ燃え上がる火柱を操った。その圧倒的な魔力に場は静まり返り、彼の実力の高さが改めて明示された。

和やかな結びと信頼の余韻

演舞後、グイードはヨナスの髪を心配するダリヤに笑みを浮かべ、熱に強い魔導具的なカツラを用意するという冗談を口にした。笑顔と無表情が交差する中、ダリヤはこの夜の穏やかな空気と三人の信頼関係に胸を打たれた。貴族という立場にあっても、真摯に人を想う姿がそこにはあった。

氷翅刃と温熱座卓の夜

温熱座卓と酒の香り


ダリヤはスカルファロット家の別邸で再び温熱座卓を囲み、ヴォルフやグイード、ヨナスと共に湯割りを味わっていた。梅酒の香りに前世を思い出しつつも、彼女は礼儀を意識しながらも思わず早く飲み進めてしまった。グイードは猫舌のため、ヨナスが水を加えて調整する場面もあった。貴族には猫舌が多いという話も思い出され、ダリヤは静かに香りを楽しんでいた。

揚げ芋と庶民の味覚

次に供されたのは、ドリノの家の名物「揚げ芋」であり、塩味と砂糖味の二種が用意された。ヨナスの手で配られた小皿とフォークにより、丁寧に味わわれたその芋は、庶民的でありながら酒に合う逸品であった。加えて骨煎餅やグリッシーニなども供され、下町の味覚を通じて会話はさらに和やかに進んだ。

魔導具の危険性と視点の違い

ヨナスはダリヤとヴォルフに対し、氷翅刃の魔剣の潜在的な危険性を指摘し、暗殺にも応用できる可能性を示した。二人の認識との落差は大きく、ダリヤが「刃型製氷機」と考えていたのに対し、ヨナスは暗器としての使用を想定していた。グイードはその意見を受け止め、魔剣の扱いにおける情報管理と報告体制の重要性を確認した。

魔法至上主義と王城騎士団の風土

ダリヤが魔導具と魔導師の力関係について問うと、グイードは王城騎士団の内情を語った。そこには、魔法至上主義を掲げる者たちが存在し、武具型魔導具に否定的な風潮も根強いという。彼らの多くは高位貴族出身で、魔導部隊には特にその傾向が強いとされた。

魔力制御の工夫と氷の薔薇の試み

ダリヤは、魔封銀を塗った金属板を用いた魔力制御の方法を紹介し、それを基に氷魔法の造形に応用できるか提案した。グイードは試行し、回転を加えた氷の花を生み出すが、完成には至らなかった。その過程で彼の探究心と向上心が垣間見え、ヴォルフがダリヤの魔力制御法を紹介したことで、グイードも「先生」として彼女を敬う姿勢を見せた。

魔封板での練習と魔力の実演

ヨナスが持ち出した魔封板を使い、三人は筒状に加工して魔力制御の練習を始めた。水や氷、火を用いた実演が行われ、ヨナスは見事に細く絞った炎を制御してみせた。その様子にヴォルフが素直な賞賛を贈り、周囲に笑いをもたらした。

夜更けの別れと護衛の配慮

夜が更け、ダリヤは帰宅の意を伝える。グイードは護衛の馬車を手配し、過去の襲撃事件への警戒から安全を最優先とした。ダリヤはその配慮に感謝しつつも、彼の優しさと真剣さに心を打たれた。

深夜の策略と貴族社会への布石

その後、グイードとヨナスは、今回の送迎が外部への牽制として働くことを語った。ロセッティ商会とスカルファロット家の関係を周囲に印象づけ、見合い話や商会への干渉を防ぐ意図があった。グイードの策略は巧妙であり、保護の名を借りた防衛線として機能する構えであった。

魔導具の危険性と予期せぬ発動

談笑の中、グイードは軽く魔力を通しただけで氷の針を放ち、壁に穴を開けてしまった。その威力と速さにヨナスも驚きを見せ、武具としての魔導具の危険性が改めて認識された。最も警戒すべきは、知識と技術を持ち、好奇心と行動力に満ちた主自身であるという結論に至った。

最新魔導義足と予期せぬ来客

魔導義足の改良と実戦復帰

改良型義足の紹介と性能向上


スカルファロット家別邸の魔導具制作工房にて、ベルニージは王城魔導具制作部で改良された最新の魔導義足を披露した。従来品と比較して強度と可動性が大きく向上しており、緑馬の高密度な骨や金属補強が施されていた。膝部分にはイエロースライム由来の衝撃吸収材が使われ、ズレや違和感も抑えられていた。空蝙蝠による魔力付与も施され、紺色の仕上がりは高魔力の証であった。

ベルニージの復帰と実力差への焦燥

ベルニージはこの義足で騎士としての実戦復帰を果たしており、その姿勢には年長者らしからぬ焦りも見受けられた。自身の魔力に振り回されていることを明かし、復帰隊員との実力差を意識する発言もあった。義足の色が衣服と合わないという理由から装飾の相談が持ち上がり、ルチアが喜んで対応を引き受けた。

ユリシュアの成長と新しい義足への期待

ユリシュア・グッドウィンの背が伸びたことも話題に上がり、将来的に新しい魔導義足の製作が必要になるとされた。彼女は現在ベルニージの屋敷でリハビリ中であり、魔導具師を目指して勉強を進めていた。ダリヤとは、ひとりで馬車に乗り降りできるようになったらお茶をする約束をしていた。

義足装飾の対応者と王城会議の影響

装具装飾に詳しいフォルトは、王城での大会議に出席していたため不在であった。会議は寄付の予算配分に関わるものであり、各ギルド長が招集されていた。このため、グイードの護衛であるヨナスはその任から一時外れていた。彼は爵位取得前の微妙な立場にあり、王城内での行動に制約があることも明かされた。

ハルダード商会の訪問とヨナスの対応

打ち合わせの最中、ハルダード商会の会長ユーセフがヨナスの安否を気遣い訪ねてきたが、ヨナスは対応を断った。過日の訓練中にベルニージと激しい打ち合いを行ったことで、怪我を心配された可能性があった。実際には服が汚れただけであり、誤解に基づく訪問であった。

打ち合いの真相と商会との関係性

ベルニージは打ち合いが軽いものだったと語るが、ヴォルフの話では激しい戦闘であったとされ、感覚の違いが浮き彫りとなった。商会との関係を重視するグイードは、ヨナスに面会を促し、自らも相談役として同行を申し出た。信頼と責任の両面から、商会との関係維持に尽力する姿勢が示された。

音集めと養子話

魔導具と遠征任務を巡る一日

遠征用魔導具への反応と改善提案


ダリヤは納品済みの魔導具に関する報告を受けるため、王城の魔物討伐部隊棟を訪問していた。隊長グラートから渡された羊皮紙には、遠征用コンロや携帯温風器に対する使用感が記されていた。概ね好評であったが、さらなる火力や鍋の容量拡大、風のくすぐったさ軽減など具体的な要望も寄せられていた。また、弓騎士からの依頼として、指先の冷えを防ぎつつ射撃の妨げにならない手袋の温熱化についても相談があった。

看護馬車の実績とエラルドの関与

今回の遠征では、衝撃吸収マットや温熱座卓、救急用品を備えた看護用馬車も導入されていたが、怪我人がすぐに治癒されたため使用機会はなかった。治療を一手に担ったのは副神殿長エラルドであり、彼は馬車を私的に使用していた。馬車のレポートには「最高!」の一言があり、彼の満足ぶりが窺えた。また神殿長までもが温熱座卓を気に入り、裏部屋に設置したとの情報が寄せられた。

寄進による神殿との連携と発想の転換

エラルドの遠征参加に便乗する形で、ダリヤは神殿廊下の寒さを理由に携帯温風器の寄進を提案した。この発想は隊員らに笑いを誘いつつも評価され、神殿への高位神官分からの順次寄進が検討された。グラートは相談役に弟を任せていることもあり、その話題からダリヤは貴族家における相談役制度や王城会議での出席条件について学ぶこととなった。

王城訪問とウロス部長との対話

王城魔導具制作部への訪問では、部長ウロスに感謝の意を伝えるため、借りていた魔導書を返却した。ダリヤはそれを日々書き写し、内容を自身の設計に活かす決意を固めていた。ウロスは彼女の努力を労い、質問にも応じる姿勢を見せた。加えて、彼は難聴を補助するための新たな魔導具「音集め」を披露し、その有用性を実演してみせた。

偶然耳にした貴族間の縁談と影響

音集めの試用中、廊下を歩く者の会話が聞こえ、その内容がヨナスに関する縁談のものであった。養子縁組をめぐり「魔付き」の扱いや母方の出自が話題となっており、ウロスは耳にした二人に配慮しつつも、貴族社会の制約について言及した。ヨナスの兄ハディスが金貨や武具を条件に養子先を探していることも明かされ、グイードがその事情を知らなかったことも示唆された。

スカルファロット姓を巡る提案と混乱

その夜、ヴォルフは別邸にてグイードとヨナスを前に、ヨナスへ「スカルファロット」姓の名乗りを願い出た。しかし、貴族の慣例においては婚姻の意思表示と解釈される言い回しであり、ヨナスは激しく動揺した。グイードも戸惑いながらも真意を確かめ、ヨナスは拒絶の意思を明確にした。自身は護衛であり弟になることは望まないと断言した。

養子案の是非と家門の事情

グイードは過去にもヨナスに養子の話を打診していたが、ヨナスはそれを一貫して拒んできた。ハディスによる条件付きの養子縁組は、誰かの利害が背後にあるとグイードは推測したが、真相は不明であった。グイードはスカルファロット家の名を名乗る案を再び提案するが、ヨナスは主従関係を重んじ、養子になる意思はないと応じた。

模造剣による鍛錬と応酬

提案に端を発した一連の会話を受け、三人は裏庭にて鍛錬を始めた。模造剣を手にしたヨナスとグイードは冗談混じりの言い争いを続けながらも、互いに本気で打ち合い、やがて魔力を用いた訓練に移行した。戦いの最中、グイードはヨナスを配偶者に迎える案にまで言及し、ヨナスも皮肉を込めて返したことで応酬が激化した。

言葉遊びと魔力の応戦

イシュラナ語による応酬も繰り広げられ、互いの信頼関係をベースにした冗談が激しさを増した。ヨナスは過去の思い出を引き合いに出し、グイードもそれに応じて応戦した。剣を振るう中、緊張が高まるが、ヴォルフの制止によって大事には至らず、鍛錬は終了となった。

帰宅と妻の怒り

その後、三人は別邸を出発しスカルファロット本邸へ戻ったが、鍛錬の報告はすでに本邸へ届いていた。玄関で出迎えたのはグイードの妻であり、強力な氷魔法の使い手であった。彼女は怒りを微笑みの中に隠しながら、夫へ問い詰めを開始した。この夜、本邸の一室は暖炉があるにもかかわらず、氷のような空気に包まれていた。 

叩き肉のパン粉焼きと雑談

叩き肉と夜の語らい

ヴォルフの訪問と疲労の理由


ダリヤは緑の塔でヴォルフを迎え、彼の疲れた様子から厳しい鍛錬があったと察していた。魔導回路の縮小化に失敗した後の気分転換として料理を準備し、黒エールと共に夕食を共にすることとなった。ヴォルフはスカルファロット姓の名乗りに関する誤解を語り、養子申し出が求婚と受け取られた経緯を説明した。

貴族の礼儀とヨナスの立場

ヨナスは養子になる申し出を断っていた。養子縁組が可能となれば相談役の地位も得られるが、それでも護衛騎士としての立場を貫いた。ヴォルフはその経緯で鍛錬が始まり、グイードとヨナスが魔剣を交えて争ったことを語った。周囲が止められず、夜遅くまで続いた鍛錬は、近隣への配慮でヴォルフ自身が制止することとなった。

貴族の言葉と誤解の危険性

貴族の会話では言葉選びが極めて重要であり、無意識に言質を取られる危険性があるとヴォルフは警告した。結婚を示唆する言葉には遠回しな表現が多く、過去に受けたプロポーズの逸話や贈り物の例も交えてその複雑さが語られた。

叩き肉の調理と庶民の食卓

ダリヤが準備した叩き肉のパン粉焼きは、香ばしさと食感が特徴的で、ヴォルフの口にも合っていた。料理中、過去の女性からの贈答品にまつわる恐ろしい話題が続き、空気を変えるためにイシュラナ語学習の話へと移った。ヴォルフの語学力や魔剣への興味から勉学に励んだ過去も明かされた。

ハンバーグへの展開と和やかな時間

ヴォルフが調理に挑戦する中、肉を叩きすぎた結果、ハンバーグへ変更することとなった。浅鍋で焼かれるハンバーグを待つ間、二人は再び話に戻り、妖精結晶の眼鏡作成や予定の調整について語り合った。

魔付きの養子と過去の事件

ヨナスが養子に迎えられない背景には「魔付き」の存在への偏見があった。過去には魔付きの冒険者が暴走し仲間を傷つけた事例があり、貴族が責任を負うことを避けたがる傾向が強い。さらには、他国で魔力を持つ子供を作るために魔核を与えた人身売買組織の存在も語られ、深い怒りと哀しみが共有された。

会話の切り替えと婚約腕輪の話題

重苦しい空気を変えるため、ヴォルフは結婚腕輪に関する部隊内の議論を持ち出した。鍛錬中に外すか否かという話題では意見が割れ、酔った勢いで独身者にまで話が波及した。ヴォルフもその場で苦労し、別のテーブルへ移動したことを明かした。

プロポーズと結婚の形

ダリヤはプロポーズの言葉を受けた経験がないと語り、自身の婚約が形式的なものであったことを述べた。現代では結婚にも多様な形があり、婚姻届を出さずに同居するケースも増えているという。庶民の中には女性からの提案も多く、恋愛における積極性の違いも話題となった。

庶民のプロポーズと生活の確認

庶民のプロポーズは分かりやすく、相手本人に直接求婚する形が主流である。「お試し同居」によって相性を確認することも一般的であり、仕事や親族関係に配慮して結婚届を出さない選択もあることが紹介された。貴族社会との違いが浮き彫りとなる中、ハンバーグが焼き上がり、話題は静かに終息していった。

副ギルド長による解説と養子の話

囲いと庇護の裏側にある思惑

温熱座卓と茶会の再会


午後、ダリヤは商業ギルド副ギルド長室でガブリエラとお茶を共にしていた。部屋には温熱座卓が設置され、東ノ国の緑茶とオレンジケーキが用意されていた。仕事で多忙な日々を過ごしてきたダリヤは久々の会話に緊張しつつも、茶の温かさと甘味に癒されていた。

囲い込みの自覚と保護の実態

ガブリエラは、ダリヤが複数の貴族家に囲い込まれている事実に気づいていないことを指摘した。スカルファロット家の御者や運送人がすべて騎士であること、ディールス家のお披露目での並び、バルトローネ家との容姿や衣装の類似、さらにはベルニージのドラーツィ家との交遊などから、侯爵家三家が彼女を守る動きを見せていると説明した。

恩返しと利のバランス

ガブリエラは、ダリヤが無自覚に三家の関係性を修復したことが庇護の背景であると述べた。魔物討伐部隊長と王城財務部長の交友復活、元隊員ベルニージとの連携により、三家の結びつきが強まったという。ダリヤの行動は各家にとって利益をもたらしており、恩返しとして保護されているのだと説いた。

貴族家の力学と恐れの対象

ガブリエラは、スカルファロット家が八つ目の侯爵家となれば、その影響力は大きく、他の家はそれに対抗しうる立場を維持しようとするであろうと語った。魔物討伐部隊長と財務部長の同盟は国政上でも影響を及ぼしかねず、裏方の思惑は複雑であると指摘された。

受け取る覚悟と庶民の感覚

ガブリエラは、恩返しの行動を素直に受け取るようダリヤに勧めた。守りの動きが無言で行われている現状では、受け取る側の覚悟も必要だと諭された。過保護とすら言える対応に、ガブリエラは「せめて説明があれば胃にも優しい」と庶民的な本音を漏らした。

過去の庇護と自覚の重要性

自身の経験として、夫の保護を「網」と表現し、それに呆れたと語ったガブリエラは、自覚していた方が安心できると訴えた。貴族の考え方に馴染めないダリヤを励まし、今はまだ「ほどほど」でよいと諭した。

養子縁組の実情と上層の干渉

話題はヨナスの養子縁組へと移り、商業ギルドにも打診があったことが明かされた。養子は貴族社会では特別ではなく、利権やつながりを築く手段でもあるという。にもかかわらず、ヨナスの縁談が決まらないのは、誰かが止めているからだと語られた。背後にある「上」の意向に探りを入れるのは避けるべきとも忠告された。

ロセッティ商会の立場と支援の意思

ガブリエラは、ロセッティ商会が商業ギルドに貢献していることを理由に、望むなら支援する用意があると述べた。ダリヤはヨナスが望んだときには相談すると応じた。支援は利権の見返りでもあり、庇護に恩を返す姿勢が示された。

身内扱いの意味と覚悟の確認

ガブリエラは、夜遅くヴォルフの屋敷から馬車で送られた件を指摘し、それが「身内扱い」であると断言した。ダリヤはヴォルフの子供時代の襲撃事件への配慮だと考えていたが、それだけでは済まされない暗黙の扱いが含まれていた。

お見合いの減少と意図的な噂操作

お見合い話が減った背景には、各家がダリヤを囲い込もうとする意図があると説明された。見合い候補を遠ざけるために、貴族間では意図的に噂を流すこともあるという。お見合いの手紙を部下に断らせていたダリヤは、その対応が不要になったことに安堵していた。

縁談の紹介と真意の一言

最後にガブリエラは、結婚を考えることがあれば自分がぴったりの男性を紹介すると語った。表面上は冗談交じりのやり取りで終わったが、立ち去るダリヤの背に、ガブリエラは「今すぐまとめたい」と本音をそっと漏らした。

目眩と恩人

救われた命と語られた真実

岩塩の届け物とユーセフの体調変化


ダリヤがロセッティ商会の部屋に戻ると、ユーセフとミトナが訪れていた。彼らはイシュラナの岩塩を届けに来ており、ダリヤは感謝の意を示して受け取った。その後、二人を部屋に招き、和やかな空気の中で交流が始まったが、突然ユーセフが目眩を起こし、壁に手をついて倒れそうになった。

異変への察知と迅速な対応

ダリヤはユーセフの激しいいびきと手指の震えに強い違和感を覚え、即座に医師と神官の呼び出しを指示した。彼女の不安は、前世で脳卒中を経験した上司の記憶から来るものであり、自身の父も類似の症状で亡くなった過去があった。躊躇なく行動したその判断は、命を救う結果へとつながった。

治癒の成功と神官エラルドの活躍

急行した神官エラルドの治癒魔法により、ユーセフは一命を取り留めた。医師によって診断された病は「頭づまり」、現代の脳卒中に相当するものであった。エラルドは自身の昼食すら取っていない状態で即座に駆けつけ、的確な治療を施した。彼の要望で馬車や医療書などへの手配も迅速に行われた。

ミトナの感謝と魔付きの顕現

ユーセフの命が救われたことで、ミトナは深い感謝の念を示し、涙ながらにダリヤへ感謝を述べた。その際、喜びの感情により魔付きの兆候が現れ、目の色が変化するという一幕もあった。ダリヤはその姿を恐れず受け止め、ミトナは彼女を生涯の恩人として深く敬うことを誓った。

王城への報告と神殿への見舞い

神殿からの使者が王城に到着し、ヨナスとグイードへユーセフの容態を報告した。ベルニージは見舞いの必要性を訴え、ヨナスと共に神殿へ向かった。ユーセフはすでに書類を読むほどに回復していたが、ミトナの心労は深く、部下たちもまた大きな負担を抱えていた。

スカルファロット家からの贈り物と対話

見舞いとして届けられたのは、ヨナスの私室と同じ素材で揃えられた寝具一式であった。ユーセフは軽口を交えながらも回復しており、ヨナスに向けて母ナジャーとの過去、そして自分の過ちを語り始めた。

ナジャーの過去と名前の由来

ユーセフは、若き頃に毒蛇に噛まれ、ナジャーとの結婚を諦めた過去を明かした。ナジャーはその後、貴族の宴でヨナスの父と出会い、自ら奴隷となって金を送り、ユーセフを救った。ヨナスの名は、ナジャーがユーセフを救えた記念と愛情の証として付けたものであった。

親子の対話と決別の和解

ヨナスは母の苦しみと愛情の真意を悟り、ユーセフの真摯な思いに触れて心を揺らされた。ユーセフは、自らを「二番目の父」と語り、ヨナスの幸せと母ナジャーの笑顔を願った。ヨナスは涙を堪えつつ、自身の願いとして「母を泣かせず、共に笑って生きること」を約束するよう求めた。

交錯する過去と未来への願い

ユーセフは、イシュラナに帰らぬ母の選択の理由、己の過去の罪、そして父グッドウィン子爵の寛容を語った。ヨナスはそのすべてを受け入れ、過去の痛みと和解しつつ、新たな絆として母の幸せを優先する道を選んだ。その想いの交差点に立つ二人の男の間に、静かで確かな理解と敬意が築かれた。

ミトナとの対話と決意の夜

謝罪と嫉妬の告白


ヨナスはミトナと二人きりで向かい合い、彼女から過去の嫉妬と非礼に対する謝罪を受けた。ミトナは、ヨナスがユーセフを父、ナジャーを母、ファジュルを祖父とする立場にあることに羨望と嫉妬を抱いていたと明かし、それが無礼な態度につながっていたと頭を下げた。ヨナスはその言葉に納得し、怒りよりも理解を示した。

イシュラナの価値観と家族の絆

ミトナは、イシュラナにおいては血よりも絆が重視される文化があることを伝えた。ファジュルが赤い剣を鍛えたのも、ヨナスを孫と見なしてのことだったと語り、またグッドウィン子爵やユーセフもヨナスの養子先を本気で探していた事実を明かした。これまで兄に対して抱いていた不信が少しずつ揺らいでいく中で、ヨナスは子供の頃の兄との思い出をふと回想した。

帰郷の拒絶と現地での覚悟

ミトナは、ナジャーと再会してほしいという願いを伝えるが、ヨナスはこれを断った。母に会いたい気持ちはあれど、彼女を再びオルディネへ呼び戻すことの危険性や心の負担を考え、自らイシュラナへ赴く選択も取らないと明言した。そして、自身が生きる場所はオルディネであり、スカルファロット家を守る決意をすでに固めていた。

主への忠誠と立場の明確化

ヨナスはユーセフを父とは呼ばず、バルディス・グッドウィンこそが父であると断言した。ミトナはその言葉に深く謝罪し、ユーセフからヨナスのことを「右腕」と呼ばれていたことを伝えた。これは深い信頼の証であり、またダリヤ・ロセッティも同様の言葉でヨナスを評価していたことが明かされた。

甘味と過去の記憶

会話の中で、ミトナが食べていた菓子には酒が含まれており、彼女の言動の柔らかさはそれによるものかもしれなかった。ヨナスは自身が魔付きになってから甘味を避けていることに触れ、ミトナが物心ついた時から魔付きであったことを知って驚いた。

魔付きとしての過去と救い

ミトナはオルディネ王国の貴族が関与した魔付きの人工製造により生まれ、砂漠に捨てられた過去を持っていた。彼女は屍を喰らい生き延び、魔物となる寸前でユーセフに救われたと語った。その恩から、命を捧げても悔いのない主としてユーセフに仕えていた。

ヨナスの立場と感謝の伝言

ヨナスは母へ伝えてほしい言葉として、オルディネで幸せに暮らしていること、そして母もイシュラナで幸せに生きていてほしいという願いをミトナに託した。ミトナはそれを深く感動しつつも、涙をこらえるように微笑みながら了承した。

ドラーツィ家からの申し出

神殿から帰る馬車の中、ベルニージはヨナスにドラーツィ家の養子になるよう提案した。それは名義上のものであり、負担はなく、多少の支度金や馬、装備が提供されるものであった。ヨナスはこれを驚きつつも、グイードに相談する意向を示したが、ベルニージはそれを制し、最終的にスカルファロット家の相談役として推挙する意図を明かした。

推薦の真意と貴族社会への布石

ベルニージは、ヨナスの才能を高く評価し、魔付きのままで相談役として公式に立てる地位を与えようとしていた。この行為は、派閥間での力関係を考慮し、スカルファロット家およびロセッティ商会を守るための布石でもあった。

夫婦の覚悟と守りたいものたち

ベルニージは妻と共に練り上げたこの策をもって、ヨナスを自らの孫とすることで守るべき者たちとの絆を強めようとしていた。貴族社会に再び足を踏み入れ、残りの人生をかけて、関係者すべてを守る覚悟を固めていた。

受諾と新たな関係の始まり

ヨナスは最終的にベルニージの申し出を受け入れ、ドラーツィ家の一員となることを誓った。彼は自分が本当に騎士であると認め、与えられた道をまっすぐに進む覚悟を新たにした。ベルニージもその決断に満足し、新たな孫としての成長を見守る決意を深めていた。

夜遊びと暴露大会

曇り空の下で交わされた温もり

魔封板の失敗とヴォルフの訪問


ダリヤは魔封板の細工に失敗し、疲労と不調から作業を中断していた。そこにヴォルフが訪ねてきた。彼は王城での魔導具制作会議に出席しており、終了後すぐに彼女の様子を見に来たのであった。ヴォルフは自分が帰らないとダリヤが無理をすると思い、時間を見つけて訪れたことを明かした。

味噌雑炊と変わらぬ日常の共有

ふたりは夕食に味噌雑炊をとることとなり、ダリヤは残り食材を使って準備を進めた。ヴォルフは当たり前のように手伝い、日常の延長にあるような時間を共に過ごした。味噌の香りが立ち込める中、雑炊は彼にとっても馴染みのない料理ながら、彼の好みに合い、心身ともに温まるひとときとなった。

日常の守りと距離のあり方

食後、ふたりは何気ない会話を交わしながらも、自然とお互いを気遣う言葉が増えていった。ヴォルフは、自身が公私ともに貴族の立場にあることから、ダリヤとの関係を線引きしなければならないと感じていた。一方で、彼女と過ごす時間に癒やされている自分を自覚し、その葛藤を内に秘めていた。

眠気と甘味の誘惑

ダリヤは会話の最中、心地よさから眠気に襲われ、ウトウトと舟をこぎはじめた。ヴォルフは彼女を休ませようとするが、彼女は眠ることを惜しみ、甘味を求めて起き上がる。そんな中でふたりは白玉を作ることになり、ヴォルフが手を動かしながら過去の鍛錬について話すなど、落ち着いた時間が流れた。

静かな夜と感情の波

白玉を煮る間、ヴォルフはかつての戦地や実戦訓練での出来事に触れ、現在の穏やかな生活がどれほど貴重かを噛み締めていた。自身の不器用さや葛藤にも言及しつつ、ダリヤとの距離感を測りかねている心情がにじんでいた。ふたりは黙って湯気を見つめ、言葉にならない想いを共有していた。

白玉の完成と甘味のやさしさ

やがて白玉が茹で上がり、きなこと黒蜜で仕上げられた。ヴォルフはその味を楽しみつつ、どこか物思いにふけった表情を浮かべていた。ダリヤは彼に無理をさせたのではないかと気遣いながらも、温かな甘味がふたりの距離をわずかに縮める役割を果たしていた。

去り際の言葉と交錯する想い

食後、ヴォルフは帰路につこうとしたが、ダリヤは彼を心配し、見送りを申し出た。曇り空の下、ふたりは言葉少なに歩き、別れ際には温かな感謝と名残惜しさが交差した。ヴォルフは彼女の優しさに救われつつ、自身の気持ちに整理がつかぬまま馬車へと乗り込んだ。ダリヤはその背を見送りながら、胸に残る温もりを感じていた。

暴露大会と重なる想いの夜

魔封板作業の失敗とヴォルフの訪問


ダリヤは緑の塔で魔封板の細工に失敗し、作業を切り上げようとしていた。その直後、ヴォルフが訪れ、王城での魔導具制作会議の報告とともに、彼女の体調を気にかけていた。ヴォルフは以前から彼女の無理を気にしており、顔を見ることで安心したいという気持ちを素直に伝えていた。

エールと甘味で始まる夜の語らい

ふたりは黒エールを片手に、互いの仕事や最近の出来事について語り始めた。ダリヤは自作のイカの燻製を用意し、ヴォルフはその味を楽しみながら日常を報告した。仕事や貴族との関係、神殿長との面談など、互いの生活に起きた出来事を自然に共有し合った。

腹痛と悩みの暴露大会へ

和やかな雰囲気の中、ふたりは酔いとともに次第に本音を吐露するようになった。ヴォルフは神殿長との面談における気疲れと胃痛を語り、ダリヤは仕事の細部へのこだわりからくる作業の停滞と自信喪失を打ち明けた。お互いに「抱えすぎ」と指摘し合いながらも、笑いと共感がその場を包んでいた。

自分自身との向き合い方

ヴォルフは「真面目すぎて潰れやすい」と言われた過去を明かし、自身の性格とどう向き合うかに悩んできたことを吐露した。一方、ダリヤもまた無理をする癖があり、休むことに罪悪感を抱いていた。ふたりはそれぞれに「自分を大事にする」ことの難しさを語り、互いの生き方を肯定しあった。

鍛錬と痛みの記憶

ヴォルフは訓練中に起きた足の捻挫について触れ、それが過去の魔物討伐で負った傷の再発であることを明かした。騎士として戦場に立つ覚悟と、その中で抱えてきた痛みを言葉にし、ダリヤは彼の無理に気づかなかったことを悔やんだ。彼女は彼の負傷に対する対策として、改良型の戦闘靴を提案し始めた。

魔導具と優しさの融合

ダリヤはヴォルフの足を守るために、足袋型の衝撃吸収材や軽量素材の活用を考え、彼のためにできることを模索した。ヴォルフはそれを照れくさそうに受け止めながらも、彼女の優しさを嬉しく思い、黙って感謝の意を示した。ふたりの会話には、表現されない思いやりがにじんでいた。

夜更けの別れと互いを想う気持ち

深夜、ヴォルフは帰宅のために立ち上がった。ダリヤは彼に体調を気遣い、少し休んでから帰るよう勧めたが、彼は「顔を見られただけで安心した」と言って笑った。見送るダリヤの背を後にして、ヴォルフは馬車へと向かい、塔の前には静かな夜風が吹き込んでいた。互いに言葉にはしきれない想いを抱えたまま、温かなひとときは静かに終わりを迎えた。

ハルダード商会の御礼

贈答と商談、そしてワイバーンの行方

贈り物と過剰な提案の連続


ユーセフの快復から数日後、ロセッティ商会にはイシュラナ支部からの贈り物が次々と届けられていた。イヴァーノとメーナは提案内容に驚愕し、八本脚馬や沼蜘蛛の心臓、珊瑚の箱詰めなど異様なラインナップを共有した。ダリヤは恩返しの文化に戸惑いを覚えるが、イシュラナでは倍返し以上が常識であり、窮地を救われた者は最大限の礼を尽くすのが当然であった。

恩と恨みが交差する文化背景

ヴォルフとイヴァーノは、イシュラナの気候や歴史、魔物との戦い、治癒手段の乏しさにより、その文化が形成されたと分析した。水や命に対する感謝が深く、ユーセフが身寄りのない者や元奴隷を雇う背景にもその信念が息づいていた。ミトナの忠誠もまた、この文化の中で育まれたものであると、ダリヤは理解を深めていった。

過剰な贈答とワイバーンの衝撃提案

新たな提案として現れたのは、生きたワイバーンの幼体であった。その破格の贈り物に一同は困惑し、特にダリヤは王都で飼育する不可能性を訴えた。イヴァーノは冗談交じりにヴォルフがワイバーンに乗って「ロセッティ付き龍騎士」になる案を出すが、さすがに実現困難との結論に至った。

最適な落とし所の模索

過度な贈り物を避けるため、イヴァーノはハルダード商会の支店にロセッティ商会の魔導具を展示させてもらう提案を思いついた。これは恩返しを受け入れつつ、両者にとって利益を生む現実的な案であった。ヴォルフとメーナも賛同し、イヴァーノはその交渉のため、神殿への見舞いに向かうことになった。

神殿での商談とお見舞いの風習

見舞いに赴いたイヴァーノは、イシュラナの文化に倣い、ユーセフの象徴色であるサフラン色のタイを着用していた。タイを結びながら、彼はこの取引が商会にもたらす利益と将来的な展望を再確認した。ロセッティ商会にとって、ハルダード商会との関係は他国進出の布石ともなり得る重要な機会であった。

ベルニージとヨナスの関係を知る衝撃

移動前にスカルファロット家でグイードとベルニージから、ヨナスがドラーツィ侯爵家の養子になる予定であると知らされ、イヴァーノは驚愕した。魔付きのままスカルファロット家に置いたまま孫とするという決断は、貴族社会の常識を覆すものであり、ベルニージらの強い意志を感じさせた。

商談成立と破格の条件提示

神殿ではミトナとユーセフが温かく迎え、イヴァーノは魔導具の展示を提案した。その見返りとしてミトナから提示されたのは、破格ともいえる取引条件であった。ロセッティ商会の魔導具は買い取り、管理・輸送は全てハルダード商会が担い、さらに利益率はロセッティ側が優位に設定されるものであった。

商人の覚悟と信頼の証明

あまりに好条件であるため、イヴァーノは自ら利益が過剰であることを訴えた。これに対しユーセフは「商人の命はそれほど安くはない」と強い笑みを浮かべて応じた。その言葉に、イヴァーノはイシュラナの信頼と覚悟を受け止め、自身もまた商人としての矜持を改めて心に刻んだ。

中家の代価と三銅貨芝居

祝宴の知らせとそれぞれの決意

養子縁組の報告と馬車内の静けさ

スカルファロット邸へ向かう馬車の中、ヴォルフはダリヤに「ヨナスがベルニージの養子になる」ことを報告した。ダリヤは驚きつつも、その選択がヨナスにとって悪いものでないと感じていた。ヴォルフは「祝宴の前に自分から伝えておきたかった」と語り、彼女もまた静かにそれを受け止めていた。

祝宴の準備と新たな立場の自覚

養子縁組を祝う場として、スカルファロット家の別邸で食事会が催されることとなり、ヨナスはベルニージ夫妻、ヴォルフ、グイードらと共に席に着いた。彼は正式な「孫」として初めての公の場に臨んでおり、無表情を崩さないまま周囲の祝福を受け入れていた。

ドライジー家の家風と伯爵家の覚悟

ベルニージは、自分たちが世間に魔付きの孫を受け入れたことを宣言したと明言し、これによりヨナスが貴族社会で生きていける基盤が整ったことを強調した。妻ルチアもそれを支え、彼らは家名と名声を賭けてヨナスを保護し、次世代の騎士たちの道を開く決意を固めていた。

相談役としての将来と役割の明示

グイードは、ヨナスを自らの相談役として紹介し、すでにロセッティ商会やハルダード商会との接点を築いていると述べた。ヨナス自身は、相談役として動くことに対する戸惑いを感じながらも、すでに役割を果たしつつある事実に思い至っていた。

食事と贈り物のやりとり

食事の終盤には、ヨナスからベルニージ夫妻に赤い魔剣が贈られた。これは彼自身が受け継いだ剣を加工したものであり、贈り主としての想いが込められていた。ルチアはそれを喜び、ヨナスの気持ちをしっかりと受け止めた。

孫としての初夜と騎士としての出発

祝宴後、ヨナスは別邸の客室で休むこととなった。彼にとって、それは「孫」として過ごす初めての夜であり、グッドウィン家とも、イシュラナとも異なる第三の家族の温もりを感じるひとときであった。そして彼は、新たな立場と役割を胸に刻み、騎士としての一歩をまた踏み出していった。

帰国と竜巻見舞い

災害と誓い──イシュラナへの竜巻見舞い

ユーセフの訪問と正式契約の成立

ユーセフとミトナは、回復後初めてロセッティ商会を訪れた。三週間前に倒れた当人の元気な姿に、ダリヤは安堵を覚えていた。イシュラナでは未婚女性が男性を見舞うには同行者が必要であったが、ダリヤにはそれがかなわず、今回は商会での再会となった。商談としては、ロセッティ商会の魔導具を各国支店に展開する契約が成立し、過分とも思える条件にダリヤは困惑したが、これはユーセフの命の代価とされるほどの感謝の証であった。

緊急報告とワイバーン出動の決意

契約を交わした直後、ハルダード商会の部下が魔鳩による緊急連絡を届けた。イシュラナでは大規模な大竜巻が発生し、都の復旧と砂漠地域の安否不明集落の存在、魔物の移動までが報告された。ユーセフはすぐさま帰国を決意し、港に待機しているワイバーンで帰還する方針を打ち出した。病み上がりの身体で高所を飛ぶ危険を案じて、ミトナと部下は反対したが、彼は毅然としてそれを押し切った。

商会長としての使命と迅速な命令

ユーセフは皇帝との盟約に従い、イシュラナが困難にあるときは自らが助けに行くと宣言した。さらに、各支店にワイバーンを出動させて避難民の捜索、八本脚馬と角駱駝による物資輸送、冒険者と傭兵の招集を命じた。その迅速な判断と行動は、商会長としての責任と覚悟に裏打ちされていた。

ロセッティ商会の支援と竜巻見舞いの申し出

ダリヤはその決断に心を動かされ、自分にできる支援を模索した。そして、夜間捜索用の魔導ランタンや火の魔石、防水布のテントや毛布を無償で提供する意志を示した。イヴァーノもこれに応じ、ロセッティ商会の在庫を全面的に差し出す構えを見せた。加えて、水の魔石の確保についても動き出し、グイードからの調達も視野に入れられた。

災害お見舞いとしての贈答と文化の交錯

支援の申し出に対して、ダリヤは「竜巻見舞い」という形での贈答であると説明した。前世の記憶に基づく発想であったが、イシュラナでは『竜巻見舞い』は一族に準じる者同士が返礼を求めずに行う特別な贈り物とされていた。ダリヤの言葉はミトナの通訳を通じてユーセフに伝えられ、彼からは改めてロセッティ一族との末永い付き合いを願う礼の言葉と握手が交わされた。

別れと温かな記憶の残像

別れ際、ダリヤは準備していたミトナへのバター飴の贈り物を忘れていたことに気付き、慌てて二人を追いかけて渡した。ミトナに喜ばれたものの、少々締まりのない見送りとなった。イシュラナの『竜巻見舞い』の真意──それが返礼不要で、困ったときに互いに助け合う盟約のようなものであることを、ダリヤが知るのはまだ先の話であった。

閑話  見送りとにじむ半月

父と子の名残、そして旅立ちの祈り

退屈な休暇とファーノ家での時間


ヨナスはルチアの家、ファーノ工房で短い休暇を過ごしていたが、一日半で読書にも飽きていた。庶民の家での静かな日々は退屈でもあり、少しだけ心安らぐものであった。周囲にはヨナスの移籍先について様々な憶測が飛び交っていたが、彼自身は期間限定の居場所に身を置いていた。

編み機の出会いと祖父との時間

暇を持て余していたヨナスは、ルチアの祖父マティアの編み機に興味を惹かれた。初めて触れた靴下編みに不慣れながらも没頭し、リズムと作業の心地よさに心を預けていた。マティアはその技術に感心し、編み師の才を称賛した。ヨナスは期間限定の弟子として編みの技術を学び始めた。

家庭的な日常と仮初の家族

ルチアやその家族とのやり取りの中で、ヨナスは自然と会話に溶け込み、庶民の食卓の温かさを知った。期間限定の「兄」として、彼は家庭のにぎわいに居心地のよさを感じていた。そんな穏やかな時間を過ごしていた中、騎士マルチェラの訪問が彼の前に現れる。

災害の報と見送りの決断

マルチェラからもたらされたのは、イシュラナでの大規模な竜巻と、ユーセフがワイバーンで帰国するという急報であった。その無謀とも言える決断に、ヨナスは動揺しつつも自らの立場では止めることができなかった。ルチアやマルチェラの言葉に背中を押され、彼は見送りを決意した。

港での再会と名乗りの決意

港でユーセフと再会したヨナスは、「ヨナス・ファーノ」として名乗り、これから「ヨナス・ドラーツィ」になると伝えた。そして、ユーセフを父と呼ぶことはできないと述べ、母ナジャーへの感謝の言葉を託した。ユーセフはそれを受け入れ、あくまで心の中では自分の息子だと言い切った。

告げられた一度限りの言葉

ヨナスは、去りゆく背に向けて「父上」と呼びかけた。それは彼が生涯で一度だけ発した、血のつながらぬ父への呼称であった。ユーセフは涙を流しながらも喜びを示し、ヨナスを強く抱きしめた。互いの立場を超えて、確かにその瞬間、父と子の絆が生まれていた。

月見の夜と遠くへの祈り

その後、スカルファロット家の離れに戻ったヨナスは、温熱座卓に入りながらマルチェラと共に月を見た。空にはワイバーンが飛ぶ影があり、ユーセフの無事を祈る気持ちを胸に抱いた。酒を酌み交わしつつ、マルチェラは父を三人持つと語り、ヨナスもまた自らの父の存在について思いを巡らせた。

それぞれの父と残された記憶

マルチェラが帰宅した後、ヨナスはひとり酒を飲みながら窓の外を眺めた。空にはもはやワイバーンの影はなく、白い半月がにじんでいた。彼は声には出さなかったが、その月の下でただひとつ、幸せを願いながら静かに祈りを捧げていた。

鷲獅子の素材と貴族試験

鷲獅子の素材と仲間からの贈り物

鷲獅子の素材の確認と感慨


ダリヤは緑の塔の居間で、鷲獅子の素材が収められた魔封箱を開封し、その貴重さと力強さを実感した。羽根と毛皮、そして爪はそれぞれに魔力を帯び、防御力と風魔法の力を示していた。これらはイヴァーノから渡されたものであり、素材の来歴が、かつて彼が語った「隣国で討伐された個体」であると知ったダリヤは、人生の不思議を噛み締めた。

夢の実現と冒険者ギルドからの提供

鷲獅子の素材は、冒険者ギルド副ギルド長のアウグストからの研究提供としてロセッティ商会にもたらされたものであった。スライム養殖や加工場の展開が、引退した冒険者の雇用機会を生み、素材提供は「一艘の船」の仲間としての贈り物とされた。かつて商会設立を夢見た際に語られた素材が、今こうして手元にあることで、ダリヤは確かな達成感を抱いた。

ヴォルフの料理と日常の温もり

昼食にはヴォルフが手料理のクレスペッレを用意してくれた。三種の具材が包まれ、チーズは二種類を使った本格的なものであった。彼は調理中に試作を重ね、部隊の仲間たちにも試食を頼んでいた。失敗作には蜂蜜や水で対応していたという話に、ダリヤは健康面を真剣に諭し、味付けの注意を促した。

イシュラナ到着の報せと安心感

昼食後、ヴォルフはユーセフが無事にイシュラナへ到着したという知らせを伝えた。彼は災害救助の指揮を取り、砂漠地域の復興に尽力しているとのことだった。人的被害は最小限で済んだが、生活インフラや農作物への影響は大きく、迅速な対応が求められていた。

ヨナスの叙爵と養子縁組の影響

ヴォルフは、ユーセフがヨナスの叙爵を見たかったこと、当日の姿絵を描かせる計画があることを語った。ヨナスはドラーツィ家の正式な養子となり、立ち振る舞いや装いにも変化が現れた。周囲の対応も「ヨナス様」へと変わりつつあり、屋敷内では呼称や礼儀に混乱が生じていた。

貴族社会の試験と周囲の対応

王城では、ヨナスとグイードの仲違いという虚偽の噂が流れていたが、これはベルニージによる貴族社会向けの試験であった。噂を受けた各家の反応から相手の力量を測るものであり、アルテア侯爵の反応は模範解答として高評価された。ヨナスのもとには複数の手紙が届いたが、彼はファーノ家での短い休暇中も工房を手伝い、手先の器用さで称賛されていた。

薬の用途と緊張の自覚

棚に置かれた薬に気付いたヴォルフに、ダリヤはそれが神経性胃炎用であると説明した。叙爵が近づくにつれ緊張が高まり、実感のなさに戸惑う気持ちを吐露した。ドレスや靴が整えば変わるのか、あるいは当日王城で実感するのかと、彼女は静かに思いを巡らせていた。

ヴォルフの言葉と支えの力

ヴォルフは正座で敬意を示しながら、ダリヤがすでに誇れる魔導具師であり、相談役であり、友であると告げた。真摯な言葉に、ダリヤは驚きと胸の痛みを覚えながらも、その言葉を宝物として受け取った。目の前にいるヴォルフの存在に支えられながら、彼女はようやく自然な笑顔を取り戻していた。明日も、これからも変わらず笑い合える日々を願いながら、二人は穏やかな時間を過ごしていた。

番外編  母と息子の鍛錬と魔剣話 ~氷の魔剣 ~

ヴァネッサの記憶と今──騎士の誇りと母の愛情

息子ヴォルフへの深い愛情

ヴァネッサは、自分の息子ヴォルフレードがこの世で一番かわいい存在であると心から信じていた。艶やかな黒髪と金の瞳を持ち、感情によって目の色が変わるその容姿は夫レナートに似ていたが、表情や雰囲気は母親譲りであった。五要素魔法を持たずとも、身体強化魔法があり、健康で快活な息子の姿は将来を楽しみにさせるものであった。

家族の中のかわいさ争奪戦

ヴォルフが初めて話した言葉は「かあたま(母様)」であり、次は「おだたま(伯母様)」であった。その発言に第一夫人と第二夫人は一喜一憂し、父レナートは呼ばれていないことに落胆していた。兄たちは「兄様」と呼ばれることを競い合い、結果的には三人並んだ中で「にいたま」と呼ばれ、争いは和解に至った。

貴族社会の中での違和感と居場所の実感

スカルファロット伯爵家での暮らしはにぎやかで、広大な屋敷と温かな人々に囲まれていた。ヴァネッサは男爵家の娘であり、本来ならば伯爵家の妻となることは困難とされる立場であったが、第三夫人としてこの家にいる自分を少し不思議に感じながらも、確かな居場所として受け止めていた。

山村での幼少期と騎士への憧れ

ヴァネッサは山際の村に生まれ、男爵である父や兄の巡回騎士としての働きを見て育った。祖母に育てられながら、剣の鍛錬を始めたきっかけは父と兄の姿への憧れであった。剣タコができるほど努力し、共に訓練を重ねた日々は、騎士としての礎を築いた。

魔力測定と王都への誘い


六歳のとき、巡回の神官によって高い魔力量と水・氷の魔法の適性が判明した。村には存在しなかった氷魔法の持ち主であったため、貴族や神官から縁談や養子の話が持ちかけられた。ヴァネッサ自身は騎士になりたいという意志を貫いたが、周囲はその能力を別の形で利用しようとした。

家族との別れと王都への旅立ち

父や兄の支えのもと、ヴァネッサは騎士を目指して王都行きを決意した。しかし、わずか半月後、父と兄は巨大な魔物との戦闘で命を落とし、村も移転を余儀なくされた。悲しみを乗り越えるため、彼女は素振りを重ね、強くなることを誓った。

護衛騎士から第三夫人へ

学院では騎士を目指して努力を重ね、護衛騎士となった後、第三夫人としてレナートと結ばれた。結婚を後悔していないが、自分の本分は今でも騎士であると認識していた。護衛される立場となった今、守るべき存在は子供たちであった。

氷の魔剣とヴォルフの憧れ

息子ヴォルフはヴァネッサの作る氷の魔剣に憧れ、自身も騎士になって持ちたいと語った。彼には氷魔法はないが、母はいつか使える魔剣を探し出してやりたいと願っていた。周囲の助けもあり、ゆっくりと探し続けていけばよいと心に決めていた。

日常の幸せと仲間との鍛錬

クッキーの時間、護衛騎士のソティリスや夫人たち、メイド、騎士たちとの和やかな交流が続いた。彼女にとって、今の生活は安らぎであり、同時に鍛錬の場でもあった。息子の兄たちとも剣を交える日々が楽しみであり、自らも騎士として研鑽を怠らなかった。

母としての願いと静かな誓い

レナートが多忙で不在がちであっても、ヴァネッサは孤独ではなかった。夫人たちからの支え、兄たちとの絆、そして何より息子の存在が、彼女にとって何にも代えがたい宝であった。今はただ、ヴォルフが一番大切であり、世界一愛しい存在であると心から感じていた。

同シリーズ

魔導具師ダリヤはうつむかない

928c6f792e2f77583c735d1bd787ee0d 小説「魔導具師ダリヤはうつむかない 12」感想・ネタバレ
魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~1巻
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魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~2巻
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魔導具師ダリヤはうつむかない 今日から自由な職人ライフ~3巻
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魔導具師ダリヤはうつむかない~今日から自由な職人ライフ~4巻
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魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~5巻
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魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~6 巻
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魔導具師ダリヤはうつむかない ~今日から自由な職人ライフ~7巻
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魔導具師ダリヤはうつむかない   ~今日から自由な職人ライフ~ 8
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魔導具師ダリヤはうつむかない   ~今日から自由な職人ライフ~ 9
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魔導具師ダリヤはうつむかない   ~今日から自由な職人ライフ~ 番外編
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魔導具師ダリヤはうつむかない   ~今日から自由な職人ライフ~ 10
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魔導具師ダリヤはうつむかない   ~今日から自由な職人ライフ~ 11
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魔導具師ダリヤはうつむかない   ~今日から自由な職人ライフ~ 12

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