どんな本?
『ふつつかな悪女ではございますが 2』は、中村颯希による中華ファンタジー小説である。本作は、五つの名家から選ばれた姫君たちが次代の妃を目指して競い合う後宮を舞台に、入れ替わった二人の姫君の波乱万丈な物語を描く。
主要キャラクター
• 黄 玲琳(こう れいりん):黄家の姫君で、美しく優雅だが虚弱体質。「殿下の胡蝶」と称され、次期皇后の最有力候補と目されている。
• 朱 慧月(しゅ けいげつ):朱家の姫君で、周囲から「雛宮のどぶネズミ」と蔑まれている。玲琳への嫉妬から道術を用いて彼女と身体を入れ替える。
物語の特徴
本作は、身体が入れ替わった二人の姫君が、それぞれの立場で困難に立ち向かい成長していく姿を描く。玲琳は慧月の強靭な身体を得て、これまでの制約から解放される一方、慧月は玲琳の立場で新たな視点を得る。入れ替わりによる逆転劇や後宮内の陰謀、そしてキャラクターたちの複雑な人間関係が物語の魅力となっている。
出版情報
• 出版社:一迅社
• 発売日:2021年6月2日
• レーベル:一迅社ノベルス
• ISBN:978-4758093705
また、本作は尾羊英によるコミカライズも行われており、『月刊コミックZERO-SUM』にて連載中である。
読んだ本のタイトル
ふつつかな悪女ではございますが 2
著者:中村颯希 氏
イラスト:ゆき哉 氏
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あらすじ・内容
悪女と呼ばれる嫌われ者の雛女、朱 慧月と、身体を入れ替えられてしまった愛され雛女の黄 玲琳。
しかし
「あなた様が……玲琳様なのですね!?」
ついにその正体に気づいた者が現れる。玲琳付きの女官、冬雪だった。
そこから一気に慌ただしくなる玲琳の周囲。
次第に尭明、辰宇たちも、自分たちが感じていた違和感の正体に気づきはじめ……。
胸が躍る入れ替わりの生活も、そろそろ終わり。
玲琳たちを陥れようとする金家の女官、その裏に見え隠れする”ある”人物。すべての真相を明らかにすべく、玲琳が動き出す――!
WEB版から大幅加筆&新エピソード大量投入の第二巻!
主な出来事
慧月、見破られる
• 高熱にうなされる慧月は、幼少期の記憶と悪夢に苛まれる。
• 冬雪が慧月の言動に疑念を抱き、彼女を問い詰める。
• 道術を使い反撃を試みるも、冬雪に封じられる。
玲琳、許す
• 冬雪が玲琳に謝罪し、忠誠を誓う。
• 莉莉も玲琳の変化を察していたが、沈黙を守っていた。
• 玲琳は慧月への復讐を否定し、冷静に状況を整理する。
幕間
• 黄玲琳の回復に宮廷が沸き立つが、一部の妃は彼女を引きずり下ろそうと画策する。
• 朱慧月の献身が評価される。
• 皇后と朱貴妃の間に決定的な溝が生まれる。
玲琳、目覚める
• 長時間の昏睡から目覚め、身体の異変に気づく。
• 朱貴妃の陰謀を疑い、呪詛の正体を探る。
• 皇后が玲琳と同じ症状で倒れ、後宮に緊張が走る。
玲琳、乗り込む
• 黄麒宮の封鎖を乗り越え、皇后を救うため行動を開始。
• 呪詛の元凶が朱貴妃にあると確信する。
• 慧月と協力し、蟲毒返しの準備を進める。
玲琳、戦う
• 朱貴妃が玲琳を人質に取るが、玲琳の機転で反撃。
• 呪詛返しが発動し、朱貴妃は錯乱。
• 尭明が玲琳を抱きしめ、彼女を「殿下の胡蝶」として迎え入れることを決意。
エピローグ
• 玲琳と慧月の関係が新たな形に落ち着く。
• 尭明の訪問が増え、朱駒宮の立場が強化される。
• 辰宇が玲琳に対する興味を深める。
特別編:弓を競いて
• 尭明と辰宇が玲琳を巡り弓試合を行う。
• 玲琳は観戦中に倒れ、尭明に運ばれる。
おまけ:倶理須益の思い出
• 皇后が玲琳に「倶理須益(クリスマス)」の話をする。
• 幼少期の玲琳と尭明の微笑ましいエピソードが描かれる。
特典SS:ささやかな違いではございますが
• 黄家の女官たちが玲琳の「芋好き」について語り合う。
• 玲琳の微妙な違いを見抜く女官たちの観察眼が描かれる。
感想
入れ替わりの真相と皇后への呪い
慧月と玲琳の入れ替わりは、単なる嫉妬心からではなく、皇后を呪殺しようとする妃の策略によるものだった。
玲琳が行っていた何気ない習慣が、呪いを防ぐ働きを持っていたため、それを排除するために慧月と入れ替えたのである。
しかし、慧月の体に入った玲琳が破魔の弓を引いたことで、妃の呪いは逆流し、最終的に自らの身を滅ぼすこととなった。
妃は後宮を追われ、地方へ送られることになった。
玲琳の強さと慧月の変化
玲琳は後宮の陰謀に巻き込まれながらも、持ち前の知恵と精神力で乗り越えた。
その過程で、慧月もまた変化していった。
これまで他人を信用せず、自分の力で生き抜こうとしていた彼女が、玲琳の影響を受け、次第に人を信じることを学び始めたのである。
最初は敵対していた二人だったが、最終的には互いを認め合う関係へと変わっていった。
倶理須益の思い出と玲琳の魅力
物語の中で描かれた「倶理須益(クリスマス)」のエピソードは、玲琳の純粋さが際立つ場面であった。
皇后が即興で作り上げた「紅紅老人」の話を信じ込み、兄たちの罪が許されるかどうかを真剣に気にする玲琳の姿が微笑ましかった。
また、尭明が紅紅老人になりきって玲琳を喜ばせようとする場面は、物語に温かみを与えていた。
このような軽快なエピソードが、重厚な宮廷ドラマの中で良いアクセントとなっていた。
今後の展開への期待
入れ替わり事件は解決したものの、新たな登場人物が現れ、後宮の権力争いはさらに激化しそうである。
玲琳の母に隠された秘密や、皇太子との関係の行方も気になるところである。
さらに、辰宇の玲琳に対する関心や、慧月のこれからの生き方も見どころになりそうだ。
物語は完結したように見えながらも、新たな波乱の予兆が残されており、次巻への期待が高まる内容であった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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備忘録
1.慧月、見破られる
高熱の苦痛と悪夢
慧月は、激しい熱に苛まれながら寝台の上で息を荒げていた。体内を暴れ回る熱と吐き気に耐えることしかできず、意識が途切れるたびに闇の中へと沈んでいった。夢の世界では、果てしない闇に閉じ込められ、出口を求めて必死に手を伸ばした。しかし、それは幼少期の記憶でもあった。
母の神経質な性格は彼女の幼少期に深い傷を残した。母は慧月を疎み、何かと理由をつけては閉じ込めた。父もまた、家族を顧みず、煩わしい現実から目を背けていた。両親の無関心と虐待に晒された彼女は、無視されることを何よりも恐れるようになった。そして、炎と対話し、それを操る力を得たことで、自身の存在を守る術を身につけた。
歪んだ生存戦略と嫉妬
慧月は道術を学ぶことで、かつての怯えた自分を脱し、攻撃的な性格へと変わっていった。彼女は、自分を救う者などいないと悟り、傷つけられる前に攻撃することを選んだのである。
そんな彼女を迎え入れたのが朱貴妃であった。慧月は、初めて信頼を寄せられるかもしれないと感じた。しかし、朱貴妃の優しさは表面的なものであり、雛宮で嘲笑や嫌がらせを受ける彼女を救うことはなかった。貴妃が本当に求めていたのは、黄玲琳のような完璧な雛女であり、慧月ではなかった。
この事実に気付いた彼女の心はさらに歪み、黄玲琳への嫉妬と憎悪が募った。玲琳が美しく、才能に恵まれながらも周囲に関心を払わないことを許せなかった。そして、彼女と入れ替わることで、理不尽に受けた不幸を終わらせ、輝かしい未来を手に入れようとしたのである。
病魔との戦いと弦音の救い
慧月の体調は悪化の一途を辿った。中元節の儀に出られず、尭明に訴えたときはまだ意識があったが、昼過ぎからは座ることすら困難になった。高熱にうなされる中、彼女は暗闇に閉じ込められ、無数の目玉に囲まれる悪夢を見た。出口を求めても、闇が四方から迫り、彼女の腕を飲み込もうとした。
そのとき、澄んだ弦音が響き渡った。その音は闇を弾き、目玉を閉じさせた。徐々に暗闇が薄れ、指先には光が集まり始めた。そして、誰かが呼ぶ声が聞こえた。それは彼女を導く、明るく温かな世界への呼び声だった。
慧月は目を覚ました。周囲には涙ぐむ女官たちがいた。自分が黄玲琳の室にいることを理解し、未だに熱に苦しみながらも、生きていることを実感した。
女官たちは、彼女が薬を飲めずにいたため、あとは体力次第だと薬師に言われていたことを話した。そして、朱慧月が夜通し破魔の弓を引き続けていたことを告げた。その行動に女官たちは感服し、口々に彼女を称賛した。
慧月は、黄玲琳が自分を救ったという事実を受け入れられなかった。憎しみを抱いていたはずの相手に命を救われたことが、彼女の心に大きな動揺をもたらした。
冬雪の疑念と正体の露見
冬雪が薬湯を持って現れた。彼女は冷静な態度で慧月に薬を勧め、それが朱慧月が煎じたものであることを伝えた。慧月は一瞬ためらったものの、玲琳の薬草の腕前を知っていたため、迷わずそれを受け取った。
冬雪は、慧月の言動に違和感を抱いていた。そして、突如として彼女を寝台に叩きつけ、「おまえは誰だ」と問い詰めた。慧月は取り繕おうとしたが、冬雪は容赦なく髪を掴み、次々と矛盾を指摘した。
ついには短刀を喉元に突きつけ、「玲琳様の名を騙るな」と言い放った。冬雪の鋭い観察眼は、慧月が黄玲琳の体を奪ったことを見抜いていたのである。
追い詰められた慧月
慧月は、道術を用いて炎を操り、自らの優位を示そうとした。しかし、冬雪は冷静に水を浴びせ、火を封じた。さらに、彼女は玲琳の体を傷つけずに慧月を拷問する方法を語り、恐怖を与えた。
慧月は必死に策を巡らせ、冬雪の忠誠心を揺さぶることにした。彼女は、冬雪が自らの失態を認めたくないがために過剰に攻撃していると指摘し、その言葉に冬雪は動揺した。そして、怒りに駆られた冬雪は部屋を飛び出し、本物の黄玲琳のもとへ向かった。
慧月は、これで全てが終わったと絶望した。冬雪が真実を暴けば、尭明の逆鱗に触れるのは時間の問題だった。恐怖に震えながら、彼女は思った。
たとえ黄玲琳の体を手に入れても、彼女には敵わない。雛宮のどぶネズミは、どこまで行ってもただのネズミなのだ。
呪いの正体と疑惑
慧月は、今回の病が尋常ではないことに気付いた。弦音によって病魔が退散したという事実は、単なる病ではなく呪いの類であることを示していた。
そして、部屋にある一つの品に目を留めた。それは金家からの贈り物である香炉だった。
彼女は慎重に香炉に近づいた。そのとき、不意に影が飛び出し、壁を這い、室外へと消えていった。その影は蜘蛛の形をしていた。
慧月は、全身から血の気が引くのを感じた。影の蜘蛛――それは、呪術の中でも禁忌とされる「蟲毒」によるものだった。
この術を使える人間は限られていた。そして、彼女の脳裏に、一人の人物の顔が浮かんだ。
朱雅媚――かつて、自分を優しく受け入れ、道術の才能を褒め称え、後継者として迎えようとした女。
「嘘でしょう……」
慧月は、震える声でそう呟いた。
2.玲琳、許す
冬雪の懺悔と玲琳の戸惑い
冬雪は蔵の前で跪き、玲琳に向かって強く呼びかけた。玲琳は無言のまま彼女を見つめたが、言葉を発することができなかった。入れ替わりが起こってから、あまりに多くの出来事があり、どこから説明すべきかわからなかったのである。
冬雪の涙に滲む後悔を見て、玲琳は微笑を浮かべながらゆっくりと立ち上がり、膝立ちになって彼女と向き合った。冬雪は自らの愚かさを嘆き、朱慧月を玲琳だと信じていたことを悔いた。彼女は慧月の態度や品のなさに違和感を覚え、ついに真実に気付いたのである。
莉莉の察しと戸惑い
冬雪とのやり取りの最中、莉莉は驚くことなく、真剣に玲琳の話を聞いていた。彼女は以前から薄々異変に気付いていたが、それを確かめることで今の関係が壊れてしまうのではないかと恐れていたのである。
玲琳は莉莉の心情を理解し、彼女が沈黙を守っていたことに感謝を伝えた。しかし、冬雪は莉莉の態度に厳しい視線を向け、女官としての心得を説こうとした。だが、玲琳が冬雪の過去の言動を持ち出して牽制すると、冬雪は動揺し、ひたすら謝罪を繰り返した。
冬雪の誓いと玲琳の制止
冬雪は自らの過ちを悔い、玲琳への忠誠を示すために自害を申し出た。しかし、玲琳はそれを止め、「贖罪の手段として安易な死を選ぶべきではない」と諭した。冬雪はその言葉に沈黙し、しばらく考え込んだ末、玲琳の命に従うことを誓った。
しかし、彼女は朱慧月への怒りを抑えきれず、「餓死するほど見捨てることも、周囲に真実を漏らすことも、玲琳の命令には違反しない」と暗に示唆した。玲琳はそれを察し、彼女に厳しく釘を刺した。
別れの兆しと莉莉の想い
冬雪が黄麒宮へ戻ると、莉莉は改めて玲琳と向き合った。彼女は玲琳が「朱慧月」ではなく、本物の黄玲琳であると認めながらも、その事実を直視することを避けていた。
玲琳はすでに冬雪と莉莉が真実を知った以上、入れ替わりの解決が近いことを感じ取っていた。彼女は、ここで過ごした日々を「宝物のような時間」だったと語ったが、その言葉には、すぐに訪れる別れへの寂しさが滲んでいた。
莉莉もまた、それを悟りながらも、冗談めかした言葉で雰囲気を和らげようとした。しかし、その直後、彼女は玲琳の異変に気付いた。
限界を迎えた体と強制的な休養
徹夜続きの疲労、大弓を引いた影響、そして負傷。すべての無理が積み重なり、玲琳の体は限界を迎えていた。彼女は立ち上がろうとしたが、莉莉はそれを制し、強引に寝台に押し戻した。
玲琳は「せめて米を研ぐ」などと主張したが、莉莉はそれを許さず、「何もするな」と厳しく命じた。玲琳はしょんぼりとしながらも、その厳しさの裏にある温かさを感じ、静かに微笑んだ。そして、彼女の心を和ませるように感謝の言葉を紡ぎ、眠りについた。
莉莉はそんな彼女の寝顔を見つめながら、入れ替わりの終わりが近いことを改めて実感した。しかし、それでも――。(もう少しだけ、この日々が続けばいいのに)
そう願わずにはいられなかった。
3.幕間
雛宮の騒乱と権力の駆け引き
黄玲琳の回復と宮廷の歓喜
黄玲琳の危篤から一夜明け、雛宮には夏の陽光が差し込み、爽やかな風が吹き渡っていた。彼女の生還により、黄麒宮の空気は歓喜に包まれ、皇太子からの見舞いの品が次々と届けられた。藤黄の女官たちは誇らしげに品々を運び、まるで皇子の誕生を祝うかのような騒ぎとなった。しかし、その賑わいを快く思わない者もいた。金麗雅は回廊を渡りながら、不機嫌そうに顔を顰めた。
清佳と麗雅の対立
麗雅の不満を受け流すように、清佳は軽口を交わしたが、その言葉には鋭い棘が込められていた。叔母と姪という関係でありながら、二人の間には深い確執があった。麗雅は側室の娘でありながら、正室の娘である清佳の母を押しのけ、金家の実権を握っていた。その過去を清佳は許せず、麗雅の野心と拝金主義を軽蔑していた。金家の歴史が、この対立をさらに深めていた。
金家の因縁と対立の根源
金家は、かつて白家と呼ばれ、祭祀を担う高潔な家系であった。しかし、現実に適応できず、金を貨幣として扱うようになると、民の支持を失った。その隙を突いたのが傍流の金家であり、やがて実権を掌握した。だが、彼らの統治は貧富の差を拡大し、疫病が流行した際には上層部が薬を独占するなどして、民の反発を招いた。皮肉なことに、白家が植えた薬効のある花が人々を救い、白家の価値が再認識されることとなった。この経緯が、金家内の対立構造を生み、正統派と実利派の軋轢が今なお続いていた。
後宮の権力闘争と雛女の立場
妃たちの間での権力闘争は熾烈であり、今日の見舞いの席もまた策略が渦巻く場となった。玲琳の回復を祝う表向きの茶会でありながら、その実、妃たちは玲琳の病弱さを揶揄し、彼女を雛宮から引きずり下ろそうと画策していた。金麗雅は玲琳の地位を脅かし、自らの影響力を拡大しようと目論んでいた。
朱慧月の意外な存在感
そんな中、朱慧月という存在が注目を集めた。彼女は黄玲琳を心から気遣い、看病に尽くした唯一の人物であった。普段は目立たぬ彼女が、弓を引き、薬を煎じ、誠実に行動する姿に、多くの者が心を動かされた。彼女の不在が、今日の茶会の不穏さを際立たせることとなった。
朱貴妃と皇后の因縁
朱貴妃はかつて雛宮の筆頭であり、優雅で奥ゆかしい存在だった。しかし、皇后の座には彼女ではなく絹秀が就いた。彼女は寡黙にその立場を受け入れたが、皇后との距離は冷え切っていた。かつての友情が、後宮の権力争いの中で、いつしかすれ違いへと変わっていた。
金淑妃の失言と皇后の怒り
茶会の席で、金淑妃は皇后を称賛するような言葉を口にしたが、その発言には重大な問題があった。彼女は、朱貴妃がかつて皇子を死産した事実を無視し、皇后だけが皇子を産んだことを強調したのである。これに対し、皇后は茶器を床に投げ捨て、茶会を強制的に終わらせた。その冷酷な対応に、周囲は驚愕した。
皇后の過去と決意
皇后は、自らの過去を思い返していた。雛女時代、彼女は刺繍や詩歌に興味を示さず、他の雛女たちとは異なる存在だった。しかし、皇太子が病に倒れた際、ただ一人看病に名乗りを上げ、その献身的な世話によって皇后の座を勝ち取った。彼女にとって、雛女とは単なる美しい存在ではなく、皇太子を守る者であるべきだった。
朱貴妃とのすれ違い
皇后はかつて、朱貴妃の死産を知りながら、一度も見舞いに行かなかった。その理由は、何を言っても彼女の傷を癒せないと考えたからである。しかし、それがかえって朱貴妃との決定的な溝を生んだことに、彼女は気付いていた。二人の間には、もはや修復しがたい距離が生まれていた。
皇后の突然の異変
茶会を終えた皇后は、玲琳のもとを訪れようとした。しかし、その途中で胸に異変を感じ、その場に倒れ込んでしまう。女官たちの悲鳴が響く中、彼女の意識は急速に薄れていった。
不穏な影
皇后が倒れる直前、微かな音が耳をかすめた。それは、まるで蜘蛛が足を動かすような、不吉な気配だった。
4.玲琳、目覚める
目覚めと時間の喪失
玲琳は見えない手に導かれるように目を覚ました。陽光が差し込む中、射場で倒れた記憶が蘇り、自身の状況を整理する。しかし、成長の速い細竹を見て、自身が丸一日眠り続けていたことに気づく。身体の回復の早さに驚き、さらに空腹を感じたことで、健康を実感した。
冬雪の暴走と莉莉の疲労
玲琳が目を覚ますと、莉莉が疲れ果てた様子でいた。話を聞くと、玲琳が気絶した後、冬雪が夜中に現れ、傷の手当てをすると言い張った上、蔵に高級な調度品を持ち込み、模様替えを強行したという。その結果、莉莉は夜通し作業を強いられ、睡眠時間を削られていた。さらに、冬雪は蔵を「公共空間」にするために壁を移動し、それを理由に頻繁に出入りするようになった。
見舞い客の殺到
冬雪の影響で、鷲官長や宦官、清佳など、多くの人々が見舞いに訪れるようになった。中には朱慧月の動向を探る者もおり、莉莉は一人で対応に追われた。見舞いの品も次々と届き、その中には金家の清佳が持参した葡萄があった。玲琳は、それを見て清佳の性格を思い返し、簪の件に彼女が関与していない可能性を考える。
辰宇の追及
鷲官長辰宇が見舞いに訪れ、玲琳の変化について問い詰める。特に、弓の腕前や態度の変化に疑問を抱いており、彼は玲琳を「何者か」と問いかける。玲琳は沈黙を保ち、核心を突かれることを避ける。しかし、辰宇の視線は玲琳の変化を見逃さず、彼女の正体に強い関心を持つようになった。
朱貴妃の陰謀
慧月との炎術を介した会話の中で、玲琳は入れ替わりの背後に朱貴妃の陰謀があることを知る。朱貴妃は蟲毒を使い、慧月を病に追いやっただけでなく、玲琳をも消そうとしたのだった。簪の一件も、貴妃が金家の仕業に見せかけた罠である可能性が高かった。
皇后の危機
辰宇が急報を持ち込み、皇后が玲琳と同じ症状で倒れたことが伝えられる。玲琳は、それが呪いによるものだと直感し、破魔の弓を借りて皇后を救おうとする。しかし、尭明はこれを許さず、玲琳の申し出を拒否する。玲琳は強く食い下がるが、尭明は玲琳に休息を命じた。
玲琳は、朱貴妃の目的が皇后の暗殺であると確信し、呪いに対抗する方法を模索し始めるのだった。
5.玲琳、乗り込む
黄麒宮の封鎖と玲琳の決意
黄麒宮の門は固く閉ざされ、朱色の「封」の文字が掲げられていた。これは宮内に穢れや病があることを示している。息を切らして駆けつけた玲琳は、事態が悪化する前に動く必要があると考えた。その背後では莉莉が追いつき、玲琳の行動の速さに驚いていた。彼女は塀を越える計画を立て、莉莉に協力を求めたが、莉莉は不法侵入を危惧し反対した。それでも玲琳は、「わたくしの場所ですもの」と言いかけたが、その言葉は空気に消えた。彼女は「かの方」に会うため、一刻も早く行動しなければならないと決意を固めた。
莉莉の迷いと忠誠
莉莉は玲琳に対し、彼女が「黄玲琳」に戻ることを拒んだ。自分にとって初めての主人であり、心から仕えたいと思えた存在だからである。しかし、黄玲琳に戻れば、彼女の立場は危うくなり、最悪の場合、一家が処刑される可能性すらあった。それでも玲琳は、「そんなことはさせません」と強く言い放った。その力強さに莉莉は一瞬たじろいだが、玲琳が彼女を守ると誓ったことで、わずかに心が揺れた。最終的に莉莉は観念し、塀を越えるための足場となることを了承した。
玲琳の跳躍と莉莉の祈り
莉莉は玲琳のために膝をつき、彼女を塀の向こうへ送り出した。玲琳は軽やかに跳躍し、黄麒宮へと消えていった。彼女の姿が見えなくなると、莉莉は静かに祈った。初めて心から何かを願った気がした。黄麒宮に漂う不穏な空気は、後宮で重大なことが起ころうとしていることを予感させた。やがて彼女は身を隠しながら、駆け寄る人影を認めた。それは皇太子・尭明であった。
尭明の焦燥と入れ替わりの露見
尭明は門を叩き、「母を見舞うのに何が悪い」と宦官たちを押しのけた。彼は黄麒宮に向かった玲琳を探していた。「玲琳!」と彼女の名を呼ぶ声を聞き、莉莉は動揺した。彼は「黄麒宮の雛女」ではなく、「今、黄麒宮に向かった雛女」に向けて呼びかけていた。つまり、入れ替わりがすでに知られてしまったのだと莉莉は悟った。
黄麒宮の混乱と皇后の容態
玲琳が黄麒宮に足を踏み入れると、そこには異様な空気が満ちていた。皇后・絹秀の寝室では、女官たちが混乱しながら看病に追われていた。彼女は高熱で意識が朦朧としており、呪いの影響を受けていると見られた。玲琳は即座に対処を始め、症状を緩和するための指示を出した。冬雪も彼女の言葉を支え、女官たちは次第に落ち着きを取り戻した。
慧月との対峙と入れ替わりの解消
玲琳は慧月のもとを訪れ、入れ替わりを解消するよう求めた。慧月は躊躇いを見せたが、玲琳は状況の深刻さを伝え、もはや時間がないことを強調した。皇后を救うためには破魔の弓を引く必要があり、それを尭明に許可させるには「黄玲琳」としての立場が不可欠だった。慧月は一瞬考えた後、彼女の提案に納得した。
蟲毒への対抗策と新たな計画
玲琳は呪いを祓うために弓を引くことに固執していたが、慧月は「呪いには呪いを返すべき」と指摘した。呪い返しのためには、蟲毒を作る必要があるという慧月の説明を聞き、玲琳はある考えに至った。蜘蛛を捕食する虫が必要だと知ると、彼女は慧月の腕を掴み、「参りましょう!」と宣言した。彼女は慧月を引き連れ、新たな対策のために黄麒宮を後にしたのである。
6.玲琳、戦う
尭明の焦燥と決意
尭明は黄麒宮の正門で扉を叩き続けていた。彼の声には焦燥が滲み、空を見上げると、晴天だったはずの空が暗雲に覆われつつあった。彼は龍気をまとっているがゆえに、気の乱れを敏感に察知し、その原因が皇后・絹秀にあることを悟る。大地を司る黄家の女が揺らいでいることを、自然が恐れているのだった。しかし、皇太子として不安に飲み込まれるわけにはいかない。心配と動揺は異なり、彼には冷静でいる義務があった。
側仕えたちは尭明を宮に戻そうと説得する。世継ぎを忌まわしいものから遠ざけるべきという信念と、彼の強い龍気を本宮に留めておきたいという思惑があった。しかし尭明は、それに抗い、矢継ぎ早に指示を下していく。宮中の混乱を鎮めるため、祈禱を早め、医官たちに緘口令を敷き、女官たちの関心を逸らす策を講じた。すべては秩序を保つための処置だった。
黄麒宮の封鎖と冬雪の沈黙
門の向こうから、筆頭女官・冬雪の声が響いた。尭明は玲琳の行方を問うが、冬雪は沈黙を貫いた。彼女の態度から、尭明はすぐに事態を察する。玲琳は朱慧月と入れ替わったのではないか。しかし、冬雪は主の命に従い、何も語らない。彼女は玲琳の危機に気づけなかった己の罪を贖うため、今こそ手を差し伸べるべき場面で手を出さないことで自らを罰していた。
尭明は、冬雪の忠義心を理解した上で、皇太子としての権威を捨てることを決意する。冠を外し、髪を乱し、ただの男として懇願する姿に、冬雪はついに門を開けた。彼女の決断は、玲琳を陥れた者への罰を求める激情と、玲琳を守りたいという思いの狭間で揺れた末のものだった。
辰宇の決意と破魔の弓の異変
一方、鷲官長・辰宇は後宮の異変を感じ取り、破魔の弓を手に取る。かつて朱慧月がこの弓を引き、玲琳の病を退けたことを思い出し、彼もまた皇后のために矢を射る決意を固めた。しかし、弓を引いた途端、異常が起こる。数百年もの間、弦切れを起こしたことのない破魔の弓が、突然その糸を断ち切ったのだ。
辰宇は、この異変の原因を探るうちに、朱慧月の弓捌きに違和感を抱く。彼女がまるで弓を征服するかのように扱い、的を射たことを思い出し、それが土の気の力によるものではないかと考えた。そして、過去に目にした仕草や言葉から、彼女が玲琳と入れ替わっていることに気づく。驚愕した辰宇は、朱駒宮へと急ぎ戻った。
朱貴妃の陰謀と蟲毒返しの準備
その頃、玲琳と慧月は朱貴妃の呪いを打ち破るため、蟲毒返しの儀式を行おうとしていた。過去に偶然生き残ったムカデを使い、呪いを逆流させる計画だった。しかし、慧月が自らムカデを殺そうとする様子を見た玲琳は、彼女が術の反動を一身に受けるつもりであることに気づく。慧月は、自らの過ちを償うため、命を懸ける覚悟を決めていたのだ。
玲琳は、そんな慧月に手を差し伸べ、友になろうと告げる。対等な関係を築きたいという玲琳の願いに、慧月は戸惑いながらも、次第に心を開いていく。しかし、その場に朱貴妃が現れ、蟲毒返しを阻止しようとする。彼女は玲琳を人質に取り、慧月に刀を捨てるよう迫った。慧月は苦悩の末、短刀を置き、蟲毒返しは未遂に終わったかに見えた。
玲琳の反撃と朱貴妃の破滅
しかし、玲琳は隙を突き、朱貴妃を押し倒し、捕縛に成功する。さらに、彼女が踏み潰したムカデが蟲毒返しの鍵となり、朱貴妃への呪いが発動した。呪いが自身に返ったことで、朱貴妃は錯乱し、幻覚に怯えるようになる。彼女は最後の抵抗として玲琳に短刀を振り上げるが、その刃は辰宇によって阻まれた。そして、遅れて到着した尭明が、玲琳を抱きしめ、その無事を確かめる。
尭明の悔恨と玲琳の赦し
尭明は、玲琳の入れ替わりに気づけなかったこと、彼女を獣尋の刑に処したこと、そしてその間に玲琳が苦しんでいたことに、深い悔恨を抱く。彼の龍気が乱れ、天候をも狂わせるほどだった。しかし、玲琳は彼に優しく語りかけ、彼の過ちを責めるのではなく、和解の道を示した。
玲琳は、慧月への罰を軽減すること、朱貴妃の処遇を皇后の意向に委ねることを条件に、尭明の償いを受け入れると告げる。そして、彼を翻弄するように微笑みながら、「この悪女め」と言われた過去を逆手に取り、尭明に従うよう求めた。
尭明は彼女の強さに驚きつつ、その言葉を受け入れる。そして、玲琳を二度にわたって愛したことを確信し、彼女を再び「殿下の胡蝶」として迎え入れる決意を固めたのだった。
エピローグ
盛夏の草むしりと雛宮の訪問者
朱駒宮の外れで、上級女官である莉莉が草をむしっていた。汗をぬぐいながら立ち上がると、意地の悪そうな声が響いた。振り向けば、そこには朱家の雛女が立っていた。彼女は莉莉に手ぬぐいを押し付け、冷やすよう促した。雛女の正体は黄玲琳であり、慧月と入れ替わっていた。彼女は入れ替わりを見抜かれぬよう振る舞ったが、莉莉には即座に見破られた。
入れ替わりの賭けと皇太子の挑戦
玲琳は尭明と賭けをしていた。彼が入れ替わりを見抜けたなら、玲琳は「お従兄様」と呼び、雛女であり続けると誓った。尭明はこの提案に応じ、彼女の正体を暴こうと頻繁に朱駒宮を訪れていた。慧月は入れ替わりが発覚することを恐れていたが、玲琳の計画には別の意図があった。それは、尭明の訪問によって朱家の立場を守ることである。
朱家の保護と玲琳の影響力
朱駒宮への頻繁な訪問により、朱家は他家からの攻撃を避けることができた。皇太子が敬意を示せば、他の者もそれに倣うしかない。玲琳の計画は、単なる遊びではなく、朱家の安全を確保するための策でもあった。その結果、慧月は皇太子の来訪に震えながらも、完全には断れないでいた。
後宮の動向と玲琳の影響
皇后は朱貴妃を後宮から追放したものの、入れ替わりの事実は秘されていた。慧月は謹慎処分を受けたが、それは軽いものであり、彼女の立場はむしろ強まった。朱駒宮の代表者として多忙な日々を送る中、時折玲琳と入れ替わることが彼女にとっての刺激となっていた。その間、黄麒宮では慧月の代わりに玲琳が厳しい指導を受けていた。
辰宇の観察と狩猟本能
辰宇は朱駒宮を見回る中、玲琳に対する尭明の執着を感じ取っていた。彼自身も玲琳に強く惹かれていたが、それを認めようとしなかった。彼女は捕まえたくても捕まらない蝶のような存在であり、彼の狩猟本能を刺激していた。
不審な訪問者の影
辰宇が朱駒宮の門をくぐろうとしたとき、不審な会話が耳に入った。黄家の縁者と思われる男たちが、朱駒宮に忍び込もうとしていた。彼らは玲琳のことを「可愛い妹」と呼び、朱駒宮を訪れた理由は、彼女を高楼から突き落としたとされる慧月の顔を見るためであった。彼らの目的が何かを探るため、辰宇は彼らの動向に注意を払うこととなった。
特別編 弓を競いて
黄麒宮の夜と玲琳の予定
黄麒宮の主・絹秀は、翌日の鍛錬の約束を楽しみにしていたが、玲琳が尭明との散策を優先することを知り、不満を漏らした。尭明が玲琳に執着する理由について、玲琳自身は「悪女素養が高すぎたせい」と評したが、その実、皇太子は彼女との交流を求め続けていた。入れ替わりの件で驚いたものの、絹秀は冷静に受け止め、玲琳からの信頼を深めていた。
辰宇の警戒と玲琳の誤解
絹秀は、最近辰宇が玲琳に接触する機会を増やしていることを指摘した。彼女は入れ替わり以降、辰宇の視線に特別な熱を感じていたが、玲琳は「破魔の弓を壊した大罪人として警戒されている」と思い込み、自らの立場を気にしていた。絹秀は、それを誤解と知りつつも否定せず、辰宇の本心を明かすことなく話を流した。
弓試合の発端
絹秀は、皇太子の激務と辰宇の過酷な鍛錬を理由に、玲琳の休日を確保するため、二人を競わせる策を考えた。彼女は玲琳の香袋を景品にすると提案し、尭明と辰宇の対決を巧みに仕向けた。玲琳は、皇后の思惑に気づかぬまま、それを受け入れた。
皇太子と鷲官長の競争
翌朝、尭明は急ぎ足で玲琳のもとへ向かっていたが、彼に随行する辰宇との間に火花が散った。辰宇は、尭明の頻繁な訪問を牽制するかのように、雛女への接触を職務として正当化した。互いに引かぬまま、二人は射場へと向かい、激しい弓の競技が始まった。
玲琳の観戦と倒れる予兆
競技が盛り上がる中、玲琳はその様子を見守っていた。しかし、長時間の炎天下での観戦が体に負担をかけ、次第に意識が遠のいていった。彼女は最後まで耐えようとしたが、ついに限界を迎え、尭明に抱き上げられる形で黄麒宮へ運ばれた。
香袋を巡る思惑と皇后の思索
尭明は玲琳の体調を案じ、競技を途中で棄権した。勝者となった辰宇も、香袋を受け取ることなく辞退し、結果として玲琳の贈り物は宙に浮いた。絹秀は、玲琳が徐々に感情を表に出し、周囲を動かし始めていることを察知しつつ、それが吉と出るか凶と出るかを静かに見極めていた。
おまけ 倶理須益の思い出
冬の贈り物と倶理須益の話
冬の深まるある日、皇后である絹秀は実家である黄家を訪れ、姪の玲琳に西域の祭り「倶理須益」の絵を見せた。絹秀はその祭りの様子に感銘を受け、玲琳の部屋にもその風習を再現しようと、大きな松の木を手配していた。玲琳はその贈り物を喜びつつ、飾り付けについても意欲を示した。
紅紅老人の伝承
絹秀は倶理須益の習わしに基づき、「紅紅老人」という仙人が子どもに贈り物を届けると説明した。しかし玲琳は「良い子に贈り物があるなら、悪い子には何か罰があるはず」と推測し、絹秀は即興で「悪い子は連れ去られる」と答えた。この話に驚いた玲琳は、自らの過ちを思い返し、不安を募らせる。
玲琳の告白と絹秀の反応
玲琳は、兄たちと投壺遊びに夢中になり、父から贈られた壺を傷つけてしまったことを告白した。絹秀は呆れるどころか、努力の結果としてその壺を損傷したことを称えた。そして、「壺を傷つけたことなど些細なこと」と励まし、むしろ兄たちの幼少時の悪戯のほうがひどかったと伝え、玲琳を安心させた。
尭明の奮闘
夜更け、絹秀は息子である皇太子・尭明を「紅紅老人」に仕立て、玲琳のもとへ忍び込ませた。尭明は絹秀に無理やり赤い衣を着せられ、裏口から屋敷に潜入する羽目になった。玲琳の寝室に忍び込むと、彼女はすでに正座して待ち構え、兄たちを連れ去られることを恐れながらも、毅然と対峙していた。
即興の言い訳と玲琳の信頼
尭明は咄嗟に「紅紅老人がこの男の体を借りている」と名乗った。玲琳はそれを信じ、彼の話に真剣に耳を傾けた。紅紅老人として、尭明は玲琳の品行を讃え、褒美として頬紅を授ける。しかし、玲琳は「兄たちの罪が許されるのか」を気にかけ、彼らの行く末を案じた。尭明は「兄たちは皇太子に忠義を尽くすことで贖罪とする」とし、玲琳を安心させた。
玲琳の贈り物
贈り物を受け取った玲琳は、紅紅老人に寒さをしのぐための首布や食料、さらには鹿のための芋まで用意していた。尭明はその周到な配慮に驚きつつ、全てを抱えて退出した。彼は玲琳が紅紅老人の存在を疑わぬよう、証拠として屋根に芋を引っ掛け、翌朝の彼女の調査心を満たすよう細工を施した。
夏の日の回想
時が経ち、朱慧月として雛宮にいる玲琳は、女官の莉莉とともに畑で芋を掘っていた。莉莉は皇太子・尭明が玲琳を冷遇しているのではないかと不満を漏らすが、玲琳は「殿下は情の深いお方」と微笑む。さらに、ふと「芋を生で食べること」について考え、笑い出した。それは、かつて紅紅老人が玲琳のために夜空に芋を残したことを思い出したからであった。玲琳の笑い声は、夏の空へと消えていった。
特典 SS『ささやかな違いではございますが』
琥珀の野心
琥珀は黄麒宮の新人女官であり、若輩ながらも家格と美貌に恵まれていた。彼女は上級女官である藤黄の衣を狙い、黄家の至宝・黄玲琳の世話をすることを望んでいた。しかし、休憩室で遊戯に興じる藤黄女官たちを見て、彼女は内心で憤りを覚えた。彼女ならば、玲琳のそばを片時も離れず、細やかな変化を見逃さぬ自信があった。
物真似問答の開始
琥珀が藤黄女官たちの様子を観察していると、依依という肥えた女官が微笑みながら「私は誰でしょう」と問いかけた。興味を引かれた琥珀は、その意図を測りかねていたが、隣にいた安安がひらめいたように答えた。「漂う匂いから、朝餉が好物の芋の羹と悟ったときの玲琳様」だと。
芋尽くしの玲琳
琥珀は驚愕したが、依依は満足げに「正解!」と歓声を上げた。さらに、同じ仕草を繰り返しながら、異なる問いを出した。安安も次々と答え、玲琳が「夕餉が大好物の芋の甘辛煮」や「おやつが大好物の蒸かし芋」と悟ったときの様子まで再現された。違いはわずかであったが、彼女たちの間では正解が成立していた。
琥珀の衝撃
琥珀にはその微妙な違いが全く理解できなかった。さらに、驚愕するべきはその内容が全て芋に関するものだったことである。彼女は、藤黄女官に求められる洞察力と表現力に圧倒されながらも、「すべて芋に関するものなのか」と動揺を隠せなかった。どうやら黄家の至宝にして「殿下の胡蝶」とも称される玲琳は、相当な芋好きであるようだった。
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