どんな本?
『役目を果たした日陰の勇者は、辺境で自由に生きていきます』は、ファンタジー小説である。王子が率いる勇者パーティーの荷物持ちとして参加していたクレイは、実際には【鑑定】と【模倣】のスキルを駆使し、魔王を討伐した真の勇者であった。しかし、その功績を王子に譲り、辺境の地「辺獄」で自由な生活を始める。彼は辺獄の開拓を進め、魔道具の製作やドラゴンの撃退などで活躍し、次第に仲間たちも彼のもとに集まってくる。一方、王都では王子の魔王討伐の功績が疑問視され始める。
主要キャラクター
• クレイ:主人公。勇者パーティーの荷物持ちとして参加していたが、実際には魔王を討伐した真の勇者。辺境での自由な生活を求め、辺獄の開拓を始める。
物語の特徴
本作は、主人公が表舞台から退き、辺境でのスローライフを追求する異色のファンタジー作品である。従来の勇者物語とは異なり、功績や名誉を求めず、自らの理想とする生活を築く姿が描かれている。また、辺境の地での開拓や仲間との交流、隠された力を持つ主人公の活躍など、読者を引き込む要素が満載である。
出版情報
• 出版社:スターツ出版
• レーベル:グラストNOVELS
• 発売日:2023年9月21日(木)
• ISBN:9784813792659
• コミカライズ:comic グラストにて連載中
本作は、書籍版だけでなく、電子書籍やコミカライズ版も展開されており、さまざまな媒体で楽しむことができる。
読んだ本のタイトル
役目を果たした日陰の勇者は、辺境で自由に生きていきます
著者:丘野優 氏
イラスト: 布施龍太 氏
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あらすじ・内容
王子が率いる勇者パーティーに荷物持ちとして参加していたクレイ。しかし、【鑑定】と【模倣】スキルを駆使することで異次元の強さを見せるクレイは、実は魔王を倒した張本人で…!?
魔王討伐後、功績はいらないとあっさり辺境へ向かったクレイ。「好きな場所を自分の力で思うままに開拓したい」と望んだ彼は、そこが辺境の地獄――辺獄と呼ばれる場所であることも介さず気ままにスローライフを謳歌する。さらに近くの村のために魔道具を作って発展させたり、エルフを襲うドラゴンもあっさり撃退してしまったり、正体を隠しているはずなのに、ついつい規格外スキルで活躍してしまうクレイ。ついにはパーティーのメンバーもクレイを追って辺境にやってきてしまい…!?
クレイたちが辺境で開拓生活を楽しむ一方、王都では勇者が魔王討伐の功績を疑われていて…
引退した真の勇者の自由気ままなセカンドライフ、開幕!
魔王討伐と隠された功績
魔王との戦いの末、クレイは聖剣を突き立て、ついに魔王を討伐した。魔族との戦争を終わらせる決定的な瞬間でありながら、彼の名は英雄として讃えられることはなかった。魔王が最期に口にしたのは、人間社会では真実が覆されることへの嘆きであった。クレイはその言葉を聞きながらも、自らの功績を隠し、第二王子ユークに討伐の名誉を譲ることを決意した。彼の望みは名声ではなく、自由な生き方だった。
辺境の地への旅立ち
王都での報酬を受け取ると、クレイは静かに辺境へと向かった。旅の途中で商人のグランツと娘のリタを助け、エメル村という小さな集落へとたどり着く。村には魔導具がほとんどなく、生活の利便性が低かった。クレイはかつて賢者テリタスから学んだ知識を活かし、《魔導コンロ》や《保存庫》を作り、村の生活を豊かにする。彼の手によって少しずつ村の環境は改善されていった。
辺獄の開拓と新たな出会い
クレイは辺境の地「辺獄」を開拓することを決意した。強力な魔物が潜むこの地で、安全な拠点を築くために動き始める。そんな中、村の少年キエザが彼を警戒し、対立する場面もあった。しかし、キエザが魔物に襲われた際、クレイは迷わず救出に向かい、その後、彼の師として剣術を教えることとなる。また、辺獄を監視していたエルフのシャーロットとも出会い、彼女の助言を受けながら未知の土地の調査を進めていった。
世界樹の危機と黒竜の討伐
クレイが辺獄の開拓を進める中、エルフの集落ヴェーダフォンスでは、長年黒竜によって世界樹が蝕まれていた。エルフたちは黒竜の力に圧倒され、手を出せずにいた。しかし、クレイはその黒竜を偶然討伐し、世界樹を救うことになる。エルフたちは彼の力を認め、辺獄の開拓を正式に許可した。これにより、彼は自由に生きるだけでなく、新たな未来を築く道を手に入れたのだった。
感想
静かに幕を下ろした英雄譚
魔王討伐を果たしながらも、名声を求めずに身を引くクレイの姿が印象的であった。多くの物語では、勇者は栄光を手にするものだが、本作ではその逆を描いている。彼が英雄の名を捨てる理由が明確であり、納得できる展開となっていた。
戦闘から開拓への転換
一般的な異世界ファンタジーでは、戦闘が主軸となるが、本作は魔王討伐後の生活に焦点を当てている。クレイが辺境で開拓を進める姿は、派手さこそないものの、ストレスなく読み進められる展開であった。彼の万能さによって困難が次々と解決されるため、読みやすさの点では優れている。ただし、物語の盛り上がりという点ではやや淡白な印象を受けた。
魅力的な人間関係
仲間との別れが円満であり、誰もがそれぞれの道を歩んでいる点が好印象であった。クレイを慕うキエザや、彼を監視するシャーロットとの関係も、物語の進行とともに変化していくのが興味深い。特に、キエザとの師弟関係が生まれたことで、今後の展開に期待が持てる要素となっていた。
続刊への期待
本作の1巻では、まだ辺境の村周辺の話が中心であり、本格的な開拓は始まっていない。魔導具の普及や村人の成長、さらにはエルフとの関係が今後どうなっていくのか気になるところである。続刊があるならば、より深く辺獄の秘密が明かされていくことを期待したい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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備忘録
第一章 魔王討伐、そして……
魔王との対峙
クレイ・アーズが聖剣を突き立てた魔王は、驚愕の表情を浮かべながらも最後の言葉を発した。魔王は世界征服を目論み、多くの魔族や魔物を従えて各国を侵攻した存在であった。しかし、彼の胸には聖剣が深く突き刺さり、敗北の時を迎えていた。
戦いの結末と価値観の衝突
クレイは魔王の行いを糾弾し、その力をただ破壊に費やしたことを指摘した。魔王は人族の迫害を理由に反撃してきたと主張したが、クレイはそれが全ての人族国家に当てはまるわけではないと諭した。種族間の対立は長い歴史の中で生まれたものであり、魔王のように一方的な殲滅を掲げることは間違いであると説いた。
魔王の最期
魔王はクレイの言葉に耳を傾けつつ、種族が絶滅することはないのかと問うた。死を目前にして、その口調からは次第に険が消えていった。人族ならば即死していたような致命傷を負いながらも、魔族特有の頑強さゆえに、なお言葉を交わす余裕があった。
名もなき戦士の正体
魔王は、自らを討ったのが勇者でも聖女でもなく、無名の戦士であることに驚きを示した。クレイは自らをただの平民と名乗ったが、魔王は彼の実力を認め、単独で勝利を収めた存在として讃えた。しかしクレイは、それは仲間たちが削った力の積み重ねによるものだと否定した。
功績の行方
魔王はクレイの実力を讃え、英雄として名を馳せることを促したが、クレイはそれを拒んだ。彼はただの平民であり、討伐の功績を自らのものとするつもりはなかった。魔王は最後の力を振り絞り、人族の在り方に嘆息しながら、その生涯を終えた。
討伐の完遂
魔王の体から魔力が流れ出し、空気に溶けていくのをクレイは見届けた。そして、最期の言葉を聞いた後、彼は魔王の首を切り落とし、その討伐を完遂したのであった。
魔王討伐の確認
ユーク・ファーガス・アルトニア王子が目を覚まし、魔王城の謁見の間の惨状を目の当たりにした。そこには魔王の首のない遺体と、激戦の跡が広がっていた。ユークは、魔王を討伐したのがクレイ・アーズであることを確認すると、彼に聖剣アロンズヴェールを返却された。聖剣は王族の血を持つ者しか扱えないはずだったが、クレイは戦闘中に使用することができた。
魔王討伐の功績の行方
ユークはクレイに、魔王を討伐した英雄として聖剣を譲ることを提案した。しかし、クレイはその申し出を断り、聖剣もまた拒絶するように痛みを発していた。魔王の首はクレイの《収納》に保管され、魔王の死によって魔国は崩壊の運命にあった。四天王のうち三人がすでに討たれており、残る魔族と魔獣は統率を失い、戦争の継続は不可能となっていた。
王都での決断
王都に戻った後、聖女フローラ・リースはクレイの功績が正しく評価されないことに憤慨した。ユークもまたクレイに褒賞を受けるよう説得したが、彼は拒否した。クレイは平民が前に出ることで余計な混乱を生むことを避けたかった。ユークが英雄として扱われることで、第一王子との権力争いが激化する可能性があり、コンラッド公爵をはじめとする第一王子派がユークを貶める材料に使うことは明白であった。クレイはそうした軋轢を生まないために、魔王討伐の功績をユークのものとすることを選んだ。
英雄の称号の辞退
王宮での謁見の場では、ユークが魔王討伐の英雄として讃えられた。クレイには平民としての貢献が認められ、金貨一万枚と馬車が下賜された。表向きには荷物持ちとして貢献したことになっており、功績の詳細は吟遊詩人の物語として適切に脚色されることが決定した。クレイは自らが英雄として祀り上げられることを拒み、ひっそりと王都を後にする道を選んだ。
辺獄への旅立ち
クレイは自身の今後について語り、辺境の未開拓地「辺獄」での開拓を決意した。王国の古い法により、自力で開拓した土地は所有が認められることになっていたが、これまで成功した者は一人もいなかった。辺獄は強力な魔物が巣食う危険な土地であり、多くの開拓者が挑んでは失敗してきた場所である。クレイはこの地で自由に生きることを選び、王都を離れることを決意した。
勇者パーティーとの別れ
ユーク、フローラ、テリタスと最後の会話を交わし、それぞれが自身の役割を果たすための道を進むことを確認した。ユークは王位継承の争いに身を投じ、フローラは聖女として教会に戻り、テリタスは王立魔術学院へ戻ることとなった。クレイは彼らとの再会を約束し、王都を去った。こうして、勇者パーティーとしての旅は正式に終わりを迎えた。
旅の準備と王都での滞在
クレイは辺境へ向かう準備を始めた。滞在先はユークが手配した高級宿であり、宿代の心配をすることなく滞在できた。王都からの出発に備え、国王から授かった金貨と馬車もすぐに宿へ届けられた。旅の準備として、まず書籍を購入した。辺境には書店がなく、必要な知識を得るには王都で揃えるしかなかったためである。加えて、食料や作物の種、日用品、さらには戦闘用の武具や魔道具を整え、準備は万全となった。
宿の支配人との別れ
出発の日、クレイは宿の支配人に別れを告げた。支配人は深く頭を下げ、滞在を誇りに思っていると述べた。その言葉に疑問を抱いたクレイが問いただすと、支配人はユークから直接、クレイこそが魔王を討伐した真の勇者であると知らされていたことを明かした。クレイは周囲には秘密にしてほしいと頼んだが、支配人はすでにユークから口止めされていると約束した。そして、王都を訪れる際は、今後も無料で宿泊できると告げられた。クレイは戸惑いながらも申し出を受け入れ、宿を後にした。
王都を去る決断
クレイはユークやフローラ、テリタスに別れの挨拶をするべきか迷ったが、最終的にはやめることにした。ユークは魔王討伐の英雄として国民に支持され、第一王子を凌ぐほどの人気を得ていた。フローラは教会での務めに忙しく、テリタスも王立魔術学院で多くの弟子を抱え、教育に追われていた。彼らはすでに大きな地位を得ており、かつての仲間と気軽に会うことは難しくなっていた。クレイは彼らが遠い存在になったことを実感しつつも、再会を願いながら王都を発った。
辺境への旅路
馬車を操りながらクレイはひとり旅の寂しさを感じた。勇者パーティーの一員として過ごした日々では、仲間と共に行動し、役割を分担するのが当たり前だった。しかし今はすべてを一人でこなさなければならない。過去を振り返りつつも、これからの生活に思いを馳せ、旅を進めていた。
魔物との遭遇と救助
旅の途中、クレイは女性の悲鳴を聞き、声のする方へ向かった。そこではフォレストウルフの群れが馬車を襲っており、一人の男性が剣を振るいながら必死に抵抗していた。クレイは素早く魔術で馬車を守り、補助魔術を施して戦闘に介入した。魔王軍との激戦を経験したクレイにとって、二十匹程度の魔物は容易に討伐できる相手であった。戦闘を終えると、助けた男性から感謝され、護衛料の申し出を受けたが、クレイはそれを断り、代わりに辺境についての情報を求めた。
辺境の村と辺獄の情報
救った男性はグランツという名の商人で、辺境唯一の村であるエメル村へ向かう途中だった。彼の娘リタも同行しており、彼らから辺境についての話を聞くことができた。エメル村は薬草の採取を主な生業とし、王都にはほとんど情報が届かない場所であった。また、辺獄と呼ばれる未開拓の森は非常に危険な地帯であり、村の住人すら滅多に足を踏み入れることはなかった。森の境界は一目で判別できるほどの異様な雰囲気を持ち、過去に何度も開拓が試みられたが、すべて失敗していた。クレイは彼らの話を聞きながら、いよいよ迫る辺境の到着に期待を膨らませた。
ユークとコンラッド公爵の対話
アルトニア王国の王都フラッタにある王城の中庭で、ユーク・ファーガス・アルトニアは紅茶を楽しんでいた。そこへ第一王子派の筆頭であるコンラッド公爵が現れ、魔王討伐の祝辞を述べた。しかし、その言葉には皮肉が込められており、ユークが本当に魔王を討伐したのかを問いただした。
魔王討伐の疑念
コンラッド公爵は、魔王の首から魔力が失われていたこと、また魔王の顔を誰も知らないことを理由に、首が本物である保証はないと主張した。さらに、ユークが聖女フローラと親しい関係であることを引き合いに出し、教会の鑑定結果を偽造した可能性を示唆した。しかし、ユークは冷静に対応し、魔王を討伐した事実を改めて強調した。
コンラッド公爵の企み
コンラッド公爵はユークの実力を疑い、それを証明するよう求めた。ユークは魔王討伐の実力を証明するには新たな魔王が必要だと皮肉交じりに返したが、公爵はそれを無視し、もしユークが本当に強いのであれば、実力を示す場を設けるべきだと提案した。
実力の証明
コンラッド公爵は、ユークに対し、S級冒険者三人との戦いを通じて実力を証明するよう求めた。S級冒険者は王国最強の戦士たちに匹敵する存在であり、三人を同時に相手にするのは並の実力では不可能な試練であった。しかし、ユークはその提案を即座に受け入れ、試合の日取りを決めることとなった。
第二章 辺境到着
エメル村への到着
クレイは馬車から降り、エメル村の景色を見渡した。王都では辺獄の畔にある危険な土地と聞かされていたが、実際には長閑で美しい村であった。同行していたグランツも、この村の穏やかさを強調した。辺獄そのものは危険だが、村自体は他のどの村とも変わらぬ平和な場所であると説明した。
宿泊先の提案
村には宿がなく、旅人は村長の家や空き家を利用するのが通例だった。クレイは空き家を借りるつもりでいたが、グランツは自宅に滞在するよう提案した。クレイはリタの存在を理由に遠慮したが、リタ本人が安全だと断言し、グランツも賛同したため、最終的にクレイはその申し出を受け入れた。
新たな生活の始まり
翌朝、クレイはグランツの家で目覚め、リタとグランツに挨拶を交わした。彼らはクレイの滞在を快く受け入れ、村での生活を支援することを約束した。クレイは辺境での生活を始めるにあたり、辺獄開拓を目標にしていることを二人に明かした。グランツは辺獄開拓が過去に奨励されていた事実を知っており、計画の実現可能性について興味を示した。
スキルシードの話
グランツはクレイの戦闘能力に驚き、優れたスキルシードを持っているのではないかと推測した。しかし、クレイは持っているのが《鑑定》と《模倣》のみであり、戦闘向きではないと説明した。グランツはそれに驚きつつも、スキルシードがすべてではないことを理解した。クレイは、努力次第でスキルシードの有無に関係なく強くなれることを、自らの経験をもとに証明していた。
辺獄の探索
クレイは辺獄を視察するため村を出た。しかし村の少年に目をつけられ、グランツの家に取り入ったのではないかと疑われる。クレイは相手にせず、辺獄へ向かった。辺獄は普通の森とは異なり、巨大な樹木と濃密な魔力に包まれていた。中に入ると、通常のゴブリンよりも俊敏で強化された個体と遭遇した。クレイはそれらを討伐し、辺獄の魔力が生物の成長に影響を与えている可能性を考察した。
魔導具の製作
村に戻ったクレイは、リタとの会話で魔導具の流通が少ないことを知る。そこで、自ら魔導具を作ることを決意した。クレイは賢者テリタスから魔導具製作の技術を学んでおり、その知識を活かすことにした。彼は机に向かい、《魔導コンロ》の製作に取り掛かった。スキルシード《模倣》の効果もあり、クレイはテリタスの技術を完璧に習得していた。こうして、彼の新たな生活は着々と進んでいった。
魔導具作りの才能
クレイは勇者パーティーに加わったものの、当初は役に立てず、賢者テリタスから様々なことを学んでいた。その中で魔導具作りを教わり、特に魔法陣の描き写しに励んでいた。テリタスはクレイの描いた魔法陣を見て驚き、その出来栄えを高く評価した。学院の生徒でも一年はかかる技術を短期間で習得したクレイに対し、テリタスはその要因をスキルシード《模倣》と《鑑定》の組み合わせによるものではないかと推測した。
スキルシードの可能性
テリタスは、スキルシードの組み合わせによる相乗効果の可能性に興味を持ち、クレイに様々なスキルの習得を試みさせた。当初は基礎的な技術を学んでいたが、クレイの上達が早いことから、通常なら不可能とされる高度なスキルまで挑戦することになった。しかし、クレイはそれらをすべて習得し、結果として魔王討伐に貢献するまでの実力を身につけた。
魔導具作りの技術
辺獄から戻ったクレイは、魔導具の製作を開始した。《魔導コンロ》の魔法陣を描き、組み立てを進める。これはテリタスが開発したもので、彼がクレイに授けた最初の技術であった。テリタスは、クレイが魔王討伐後に生計を立てられるようにと、この技術を教え込んだのだった。クレイは教えを忠実に守り、《魔導コンロ》を完成させた後、《保存庫》の製作にも取りかかり、夕食前には両方を仕上げた。
辺獄の魔物と魔石の価値
クレイが食卓につくと、グランツは辺獄で魔物を倒したという話に驚きを示した。辺獄の魔物は強力であり、村では遭遇すれば森への立ち入りを禁じるほどだった。しかし、辺獄の魔物は村に出ると短期間で死んでしまうため、放置するのが常だったという。その一方で、辺獄の魔物の魔石は価値が高く、数年に一度のはぐれゴブリンから得られる魔石だけでも、村の経済を支えるほどの価値を持っていた。クレイは討伐したゴブリンの魔石を滞在費としてグランツに渡そうとしたが、グランツは受け取ることを躊躇した。
魔導具の提供
クレイは村に魔導具がほとんどないことを知り、自作した《魔導コンロ》と《保存庫》をグランツ家に提供した。リタとグランツは驚きながらも受け取り、キッチンに設置された魔導具の性能を確認した。クレイの作る魔導具には、異なる等級の魔石でも使用可能な調整機能が備わっており、これはテリタスとの共同研究の成果であった。
発明の価値
グランツとリタは、クレイの魔導具が王侯貴族でも入手困難な品であることに驚いた。しかし、クレイはこれが広まれば魔導具の価格が下がり、庶民でも扱えるようになると考えていた。また、魔導具には機密保持のための防御機構が組み込まれており、不正に解析しようとすれば自壊する仕組みになっていた。グランツはその技術の高さに感嘆しつつも、慎重に扱うことを決めた。
新たな生活の始まり
クレイの提供した魔導具は、グランツ家の生活を大きく向上させた。リタはすぐに使い方を覚え、グランツもその利便性を認めた。クレイは彼らが安心して使えるようにサポートを約束し、村での新たな生活を本格的に始める準備を整えていった。
第三章 少年、目撃する
キエザの疑念
キエザは、エメル村に突然現れたクレイに対し強い警戒心を抱いていた。特に、リタと親しくしていることが気に入らず、彼の正体を暴こうと考えていた。グランツに話を聞いたものの、クレイが命の恩人であることを知り、納得するしかなかった。しかし、その感情を整理できず、再びクレイに詰め寄ろうとする。
誤った選択
村の入り口でクレイを待ち伏せしたキエザは、冷静に対応されてしまい、ますます苛立ちを募らせた。そして衝動的にクレイを追いかけるが、無計画に森へと足を踏み入れてしまう。深く考えずに行動した結果、彼は危険な状況へと追い込まれることになる。
クレイの推測
一方、クレイはキエザの態度から彼の感情を察していた。キエザがリタに想いを寄せていることに気付き、誤解を解きたいと考えていたが、相手に冷静に話を聞く余裕がないため、時間をかけるしかないと判断した。その間、クレイは辺獄探索を進め、木材を確保しつつ、今後の開拓計画を練っていた。
村の異変
探索を終えて村へ戻ると、村人たちが慌ただしく動き回っていた。クレイが話を聞くと、キエザが行方不明になっていることが判明した。村では日没後に外へ出ることを禁じており、彼の不在は異常事態だった。クレイは直感的にキエザが自分を追いかけたのではないかと推測し、探知魔術を使って捜索を開始した。
危機に陥るキエザ
森の奥深く、キエザは洞窟に逃げ込み、巨大な魔物――レッドグリズリーに行く手を阻まれていた。森の魔物とは思えない強さを持ち、辺獄から迷い込んだ可能性が高かった。キエザは息を潜めていたが、逃げ出そうとした際に誤って音を立ててしまい、魔物に気づかれる。絶望の中、彼は圧倒的な力の前に追い詰められていった。
クレイの救援
探知魔術を駆使したクレイは、素早くキエザのもとへと向かい、間一髪のところでレッドグリズリーの攻撃を防いだ。圧倒的な剣技で魔物を瞬時に倒し、傷ついたキエザのもとへ駆け寄る。致命傷を負っていた彼を救うため、クレイは法術を用いて治癒を施し、キエザの命を繋ぎ止めた。
キエザの戸惑い
キエザは自分を助けたクレイに困惑し、これまでの態度を恥じた。クレイは気にする様子もなく、村に戻ることを優先した。村に帰還すると、村人たちはキエザの無事を心から喜び、彼を責めることはなかった。父であるアルザムだけが拳を落としたが、それも愛情の裏返しであった。
新たな関係
翌日、キエザはクレイを訪ね、感謝と謝罪を述べた。そして、彼の強さに憧れ、自分に戦い方を教えてほしいと願い出る。クレイはそれを受け入れ、キエザに訓練をつけることにした。ただし、彼の本来の師は父アルザムであり、クレイは補助的な立場として関わることにした。こうして、キエザとの関係は敵意から師弟へと変化し、新たな絆が生まれた。
第四章 辺獄からの視線
辺獄の開拓とアルザムの訪問
クレイが辺獄の端で作業をしていると、村の守人でありキエザの父であるアルザムが訪ねてきた。アルザムはキエザを村に残し、クレイの様子を見に来たという。彼はクレイが辺獄の開拓を本気で進めていることに驚き、家まで建てたことに呆れていた。クレイは魔術を駆使して木材を加工し、建築を短期間で完成させたと説明する。アルザムはその技術に感心しつつも、普通の人間には真似できないと嘆いた。
辺獄の樹木と魔力の関係
アルザムは、辺獄の樹木は伐採してもすぐに再生すると聞かされて育ってきたが、クレイは魔力の管理によってその再生を防いでいると説明した。魔力を散らすことで新たな樹木の成長を抑えられるという。アルザムは魔力を感じることができないため実感はなかったが、クレイの話に納得した様子を見せた。
キエザの未来と冒険者の道
アルザムは息子のキエザを将来的に村の守人にしたいと考えていたが、キエザ自身は冒険者を目指していた。しかし、最近は考えが変わりつつあるようだった。クレイは、キエザには魔力もあるため魔法剣士になれる可能性があると指摘した。アルザムは喜びつつも、息子が村を出てしまうのではないかと不安を抱いていた。クレイは、冒険者になった若者の多くは経験を積んだ後に故郷へ戻ることが多いと説明し、長い目で見るよう助言した。
未知の監視者
会話の途中、アルザムは辺獄の奥から何者かの視線を感じ取り、警戒した。しかし、クレイはそれが敵意のある存在ではないと説明し、ここ一週間ほど監視されているだけで実害はないことを伝えた。アルザムは疑念を抱いたが、クレイが対処できると確信し、警戒を解いた。
ハイエルフの監視者
その正体は、辺獄に住むハイエルフの少女シャーロットであった。彼女は辺獄を人間が開拓するなどあり得ないと考え、クレイの行動を監視していた。エルフの里では辺獄が安全な隠れ家となっており、人間に侵入されることを危惧していた。シャーロットは事態の重要性を認識し、里へ戻って相談することを決意した。
王立魔術学院での講義
一方、王都の王立魔術学院では賢者テリタスが難解な講義を行っていた。彼の授業は教授陣や高位魔術師も聴講するほど人気であったが、彼自身は義務的にこなしているだけだった。勇者パーティーの解散後、彼は学院の顧問という立場に収まり、自由に活動できる環境を維持していた。
聖女フローラの訪問
講義を終えたテリタスのもとに、聖女フローラが訪れた。彼女は教会の制約に縛られる日々に不満を募らせ、愚痴をこぼす。テリタスもまた、自らの立場に窮屈さを感じていたため、二人は互いに共感し合った。フローラはユークの件について相談するために来たのだった。
ユークの模擬戦と政治的影響
ユークは近々、S級冒険者三人と模擬戦を行う予定であり、それが政治的に大きな意味を持つことになるとフローラは懸念していた。テリタスもまた、ユークがコンラッド公爵派と対立し、宮廷闘争に巻き込まれていることを理解していた。フローラはユークの勝利が確実であると確信していたが、その後の名声の高まりが問題となることを恐れていた。
婚約問題と計画
模擬戦の結果、ユークの名声が高まれば、次期国王の婚約者としてフローラが推される可能性があった。彼女はその事態を避けるため、ある計画を考えていた。フローラはテリタスに協力を求め、クレイを巻き込むことで事態を回避しようと画策していた。テリタスはその方法に疑問を抱いたが、フローラはすでに覚悟を決めていた。彼女は教会からの離脱すら視野に入れ、行動を起こそうとしていた。
次なる動き
フローラはユークの模擬戦を見届けたいと考えており、その間の連絡をテリタスに依頼した。テリタスは魔術を使って連絡を取る方法を提案し、数日以内に魔導具を用意すると約束した。こうして、フローラは自身の計画を進めるべく、行動を開始した。
キエザの不満とクレイの決断
キエザは、クレイが辺獄に移ることに強く不満を抱いていた。彼は戦い方を学ぶことを楽しみにしていたが、クレイの拠点が村から離れたことで、その機会が減ると嘆いた。クレイは、村に戻るたびに稽古をつけていることを説明し、課題をこなすよう促したが、キエザは直接教わるほうが良いと主張した。クレイは、その状況を解決するための方法を模索し始めた。
街道開拓の提案
クレイは、辺境の森に街道を作ることを思いついた。そうすれば、村との往復が容易になり、キエザも安全に辺獄の拠点へ来られるようになる。夕食時にグランツへ相談すると、彼もこの案に賛成し、村長の許可と狩人・守人への相談が必要だと助言した。さらに、リタもクレイの不在を寂しく思っていたことが明かされ、街道の建設がより意義のあるものとなった。
村長の承認と旧道の発見
翌日、クレイは村長に街道開拓の提案を持ちかけた。村長は驚きつつも賛同し、かつて森には旧道が存在していたことを教えた。その道は長年の自然の影響で埋もれていたが、切り開けば再利用可能であると指摘した。クレイは狩人や守人に相談し、適切なルートを探ることになった。
旧道の発掘と街道の整備
アルザムの案内で森に入ると、旧道の痕跡が見つかった。クレイは魔術を駆使し、樹木の伐採、切り株の除去、地面の均一化を迅速に進めた。アルザムはその手際に驚嘆しつつ、道ができれば移動が格段に楽になると喜んだ。クレイは、最終的に石畳を敷く計画を立て、さらに開拓を進めることを決めた。
スキルシードの調査計画
街道が整備されたことで、アルザムはキエザを定期的に辺獄へ連れて行くことを決めた。クレイは、キエザの修行を次の段階に進めるため、スキルシードの適性を調べることを提案した。アルザムによれば、エメル村ではスキルシードを調べる習慣がなかったため、クレイが《スキルシードチェッカー》を作成し、村人たちにも調査の機会を提供することとなった。
村人のスキルシード判定
翌日、広場には村人が多数集まり、スキルシードの調査が行われた。村長のスキルシードは《統率者》であり、指揮や統率に適性があることが判明した。村人たちは自身のスキルシードを知ることを楽しみにしており、判定結果に一喜一憂していた。クレイは、スキルシードが人生を決定づけるものではなく、努力次第で道が開けることを説明した。
キエザとリタの適性
最後にキエザとリタのスキルシードが調査された。キエザは《魔導剣士》という希少な適性を持ち、魔法と剣技の両方に秀でる可能性が示された。リタは《上位魔導具師》という才能を持ち、魔導具製作において高い適性を持つことが判明した。クレイは、スキルシードは才能の指標であり、活用するには努力が必要であることを強調し、二人に今後の成長を促した。
第五章 異変についての調査
辺獄の異常とクレイの調査
クレイは辺獄の異常について調査を始めた。特に問題視していたのは、辺境の森にレッドグリズリーが現れたことだった。本来、辺獄の魔物は強力な魔力のある環境でしか生きられず、外へ出ることはほとんどない。それにもかかわらず、一匹だけが辺境の森に現れたことは不可解だった。クレイは、辺獄で何らかの変化が起きている可能性を疑い、自らの目で確かめるため辺獄に入ることを決めた。
辺獄の静寂と異変の兆候
辺獄に入り、自宅周辺を確認したクレイは、異常な静けさを感じ取った。彼が拠点を建てた際、周囲の魔物を駆除し、安全を確保していたが、それでも魔物の痕跡がほとんど見られないことに疑問を抱いた。かつてゴブリンが巡回していた区域すら、今では誰もいなくなっていた。クレイは、辺獄全体に何かしらの影響が及んでいる可能性を考え、さらに調査を進めることを決めた。
監視する何者かへの呼びかけ
クレイは、自身が辺獄に入ると感じる視線の正体を突き止めるため、意図的に声を上げて呼びかけた。以前からその存在には気づいていたが、特に害がなかったため無視していた。しかし、辺獄の異変を調査するうえで、監視者が何を知っているのかを確かめる必要があると考えた。しばらく待つと、その監視者はついに姿を現した。
エルフの登場と意外な事実
クレイの前に現れたのは、青い瞳と水色の髪を持つエルフの女性、シャーロットであった。彼女は辺獄に住むエルフであり、クレイの動向を監視していたと明かした。彼女によると、辺獄にはエルフだけでなく、精霊、獣人、さらには魔族までもが住んでいるという。人族の視点では未開の地とされる辺獄で、彼らはそれぞれの方法で生き抜いていたのだった。
辺獄の開拓とエルフの対応
クレイは、辺獄を開拓し人が住める土地にするつもりであると率直に伝えた。この発言がエルフの怒りを買うかもしれないと警戒したが、シャーロットは冷静に受け止めた。エルフは辺獄全体を支配しているわけではなく、自分たちが管理できる範囲のみを領地と考えているため、クレイの開拓計画には干渉しないという立場を示した。
クレイの異質な存在と精霊の腕輪
シャーロットは、クレイの周囲に異常なほど多くの精霊が集まっていることを指摘した。彼女によれば、過去にも精霊に愛された《愛し子》と呼ばれる人物がいたが、彼女は感情の高まりとともに災害を引き起こしたという。クレイが同じような存在である可能性を危惧し、彼を監視していたのだった。そのうえで、シャーロットは「精霊の腕輪」を手渡し、精霊を制御できるようにすることを提案した。
辺獄の魔物の異常行動
クレイはシャーロットに、辺獄で何か異変が起きていないか尋ねた。シャーロットは、最近魔物の行動が活発化し、特にレッドグリズリー同士の争いが増えていると答えた。これは魔物の縄張りに、より強大な存在が現れたために起こる現象であるという。しかし、その強大な存在はまだ発見されていなかった。
今後の協力と新たな展開
クレイは、辺獄の異変を知るためにエルフとの連携が必要になると考え、今後の情報共有を提案した。シャーロットもこれに同意し、何かあれば彼女の方からクレイのもとへ知らせに来ると約束した。シャーロットが去った後、クレイは手元の精霊の腕輪を見つめ、エルフとの関係を深めながら辺獄の異変を探っていく決意を新たにした。
朝の訪問者
クレイは朝早く、家の扉を叩く音で目を覚ました。訪ねてきたのはアルザムとリタであった。二人によると、昨晩、村を訪れた客がクレイを探していたが不在だったため、村長宅に泊まっているという。その客は教会の神官のように見えたとアルザムが言う。クレイは訪問者の正体に心当たりがあり、村長宅へ向かうことを決めた。
再会した聖女
村長宅で待っていたのは、聖女フローラであった。彼女は以前と変わらぬ姿で、見慣れない神官服を纏っていた。クレイが王都で別れた時のままであることに安堵しつつ、なぜここへ来たのか尋ねる。フローラは、教会での仕事が形式的なものばかりになり、やる気を失っていたと話す。さらに、周囲に自身の身分を知られたくないらしく、クレイの口を塞ぎながら聖女であることを隠すよう求めた。
聖女の目的
村長の許可を得て、クレイはフローラを自宅へ案内した。辺獄の畔に建てた家を見て、フローラは驚きながらも、その場所が開拓されるのは時間の問題だと評した。辺獄の探索中、エルフが住んでいることを知ったとクレイが話すと、フローラは驚愕する。彼女は、この事実を国に報告するのか尋ねるが、クレイはエルフたちの事情を考え、黙っておく意向を示した。フローラもその判断に賛成し、国軍の介入を避けるべきだと考えた。
王都の情勢
フローラは王都での動向についても語った。コンラッド公爵がユークの名声を汚そうと画策し、王都の闘技場でS級冒険者三人と戦わせようとしているという。ユークはそれを受けるつもりであるが、完膚なきまでに叩き潰せば貴族たちの反発を招く可能性があるとフローラは危惧した。一方で、クレイはその戦いを観戦できるか尋ね、フローラは席を確保すると約束した。
滞在の理由
フローラはクレイに、自分がここにどれほど滞在するつもりか問われると、特に決めていないと答えた。教会の仕事に執着がないため、王都に戻らなくても問題はないと考えている様子であった。クレイは、自由のために全てを捨てた自分がフローラに戻るよう言う資格はないと納得し、彼女の滞在を受け入れた。
新たな学び
その後、フローラはリタやアルザム、キエザと打ち解け、クレイの家での会話に参加した。リタは自身のスキルシードが《上位魔導具師》であることを明かし、フローラは驚きを隠せなかった。クレイは村人たちのスキルシードが優れている理由について、辺獄から流れ込む魔力が影響している可能性を示唆した。フローラはその仮説に納得しつつ、教会がこの事実を知れば動き出すかもしれないと警戒を示した。
魔導具作りの訓練
クレイはリタ、キエザ、アルザムに魔導具作りを教えることにした。彼は特別な魔導ペンを用意し、基礎的な《点火》の魔導具を作る手順を説明した。リタは才能を発揮し、見本を一度で正確に描いた。キエザとアルザムは苦戦しながらもなんとか作業を進めた。フローラも興味を持ち、自分も学ぶと言い出した。
新たな展望
訓練を終えた後、リタは魔導具作りへの興味を深め、正式に学ぶことを決意した。キエザとアルザムも、それぞれの目的に応じて魔導具作りの技術を身につけることを望んだ。フローラは冗談めかしながら、教会を辞めた後の収入源として魔導具師を考え始めているようであった。クレイはそんな彼女の言葉に苦笑しつつ、辺獄開拓の夢を再確認したのだった。
第六章 辺獄、蹂躙される
魔導具作りの習得と村への貢献
数日間、リタ、キエザ、アルザムの三人に魔導具作りを教えた結果、彼らはクレイ特製の魔導ペンを使った基本技術を習得した。アルザムはまだ独力での製作には至らなかったが、リタとキエザは一般的な魔導ペンを使える段階に進んだ。特に《上位魔導具師》と《魔導剣士》のスキルシードを持つ二人の成長速度は驚異的であり、魔力操作を短期間で習得した。この期間に作成した魔導具は村人に配布され、特に《点火》や《光灯》のような実用的なものが喜ばれた。当初は遠慮されていたが、リタやキエザが作ったと説明すると受け取られるようになった。クレイは、今後も彼らの成長を促しながら、村人へスキルシードの価値と危険性を徐々に伝えていくことを決めた。
魔物除けの街灯設置
魔導具配布を終えた後、クレイとフローラは辺獄の家へ戻る道すがら、作成していた魔物除けの街灯を設置していった。この街灯は夜間の視界確保と魔物の接近を防ぐ効果を持つ、王都でも希少な魔導具であった。クレイは、安全のために短い間隔で設置していたが、フローラはその贅沢な使用方法に驚いた。クレイは将来的にこの道をより多くの人が利用するようになることを見越しての措置であると説明し、辺獄開拓の意志を示した。しかし、彼が急ピッチで開拓を進めない理由にフローラは疑問を抱いた。
呪いの腕輪の正体
フローラは、クレイの腕につけられた腕輪が辺獄開拓を妨げる要因ではないかと指摘した。クレイはそれを否定せず、エルフのシャーロットから譲り受けた「精霊の腕輪」であることを明かした。本来、精霊を集める役割を持つはずが、クレイに対しては逆に精霊を遠ざける効果を発揮していた。また、この腕輪には辺獄を離れたくなる作用があり、彼の行動を無意識に抑制していた。フローラはその意図を疑問視し、クレイもエルフたちの真意を探るため、再びシャーロットと接触することを決意した。
辺獄探索とエルフの捜索
クレイは、より奥深くへ踏み込み、エルフの集落を見つけることを決意した。フローラも同行を希望し、二人で辺獄の探索を開始した。進む中で彼らは辺獄特有の強化された魔物と遭遇し、大豚鬼との激戦を繰り広げた。フローラの聖結界が攻撃を防ぎ、クレイがその隙を突いて斬撃を加え、大豚鬼を討伐した。探索を続ける中で、辺獄の魔物は魔王城周辺の魔族とは異なる性質を持つと考察しつつ、エルフの気配を辿った。しばらくの間、エルフとは出会えなかったが、魔力の痕跡が残っていることを確認し、二人はさらに奥へ進むことを決めた。
シャーロットの後悔と長老の助言
シャーロットはエルフの集落ヴェーダフォンスの自室に籠もり、クレイとの出会いを思い返していた。彼女は膝を抱えながら、精霊の腕輪を渡したことに対してわずかな後悔を抱いていた。そこへ、祖父であり長老でもあるメルヴィルが訪れ、クレイに精霊の腕輪を与えたことは悪い判断ではなかったと諭した。メルヴィルは、クレイの深層心理に「辺獄から遠ざかる」意識を植え付けるために軽い呪いをかけたことを明かした。これは、辺獄が極めて危険であるため、人間が不用意に踏み込まないようにするためであった。ヴェーダフォンスのエルフたちは長年にわたり、人間を辺獄へ入らせないようにしていたが、近年は状況が変わりつつあった。
世界樹と黒竜の脅威
シャーロットはメルヴィルに呼ばれ、世界樹へ向かった。ヴェーダフォンスの集落は泉を中心に構築され、エルフたちは植物魔術と精霊術を用いてツリーハウスを形成していた。しかし、住民の表情には不安が漂い、その原因は世界樹に張りついた漆黒の竜にあった。この黒竜は五年前に現れ、世界樹の葉や枝を食べ続けていた。エルフたちは当初、黒竜を排除しようとしたが、多くの戦士が命を落とし、最終的には撤退を余儀なくされた。世界樹に近づくことも難しくなり、若く機敏なエルフのみが魔力を捧げられる状況となった。
黒竜への怒りと無力感
シャーロットは世界樹の根元で魔力を捧げながら、黒竜の存在に苛立ちを募らせた。そして、ついに怒りが爆発し、強力な雷撃を放った。しかし、黒竜はそれを軽く避け、面倒そうな表情でシャーロットを一瞥すると、どこかへ飛び去った。その無力感に、シャーロットは涙を流し、誰かに助けを求めた。しかし、そんな都合のよい救いが訪れることはないと理解していた。
エルフの気配と黒竜との遭遇
一方、クレイとフローラはエルフの気配を感じ取り、ヴェーダフォンスへ向かっていた。途中、大豚鬼を討伐し、その肉を保存していた。そんな中、二人は突如として強大な竜の気配を察知し、警戒を強めた。ほどなくして、黒竜が急降下し、フローラの張った聖結界に激突した。結界は衝撃を受けたが、破られることはなかった。クレイはこの黒竜が比較的上位の種であると見抜き、討伐を決意した。
黒竜討伐と新たな戦術
黒竜は闇属性の吐息を放ったが、クレイは自身のスキルシード《鑑定》と《模倣》を用い、その吐息を完全に再現した。二つの吐息がぶつかり合い、最終的にクレイの魔力量が勝り、黒竜の肺を内部から焼き尽くした。黒竜は抵抗する間もなく力尽き、クレイはその首を切り落とした。黒竜の持つ瘴気から、多くの命を奪ってきた邪竜であると判断し、これで多くの人々が救われたことを確信した。
黒竜の肉と旅の余韻
討伐を終えたクレイとフローラは、黒竜の肉を切り分け、焚き火で焼いて食べた。黒竜の肉は今まで味わった竜肉の中でも最高の美味だった。フローラは満足げに感想を述べ、再び探索を続ける準備を整えた。辺獄の奥地にはまだ未知の脅威が潜んでいたが、二人はそれを恐れず、エルフの集落へと歩みを進めた。
黒竜の不在とエルフの困惑
黒竜が世界樹から去った後、しばらく戻ってこないことにヴェーダフォンスのエルフたちは困惑していた。五年間、黒竜は世界樹に執着し、どんな方法を用いても離れることはなかった。それが突如として消え去ったのだ。シャーロットと長老メルヴィルは世界樹を見つめながら、この異変について話し合ったが、原因は不明のままだった。
集落に訪れた人間
その時、集落の入り口を守るザイールが駆け込んできた。彼は、人間が二人、集落に現れたことを報告した。ヴェーダフォンスには強力な幻惑結界が張られており、正しい手順を踏まなければ辿り着くことは不可能だった。にもかかわらず、二人はここまで到達していた。しかも、そのうちの一人は、シャーロットが以前に渡した精霊の腕輪を身につけていた。これを聞いたシャーロットは、メルヴィルの許可を得て自ら出迎えることにした。
クレイとフローラの来訪
案内された先には、クレイと彼に同行する女性、フローラがいた。フローラは創造教会の神官であり、神聖な力を感じさせる人物だった。彼女は丁寧に挨拶し、シャーロットもそれに応じた。二人がどのようにして結界を突破したのかを問うと、クレイは「幻惑結界のパズルを解いてきた」と答えた。シャーロットは驚愕した。結界は五十以上のチェックポイントを通過しなければならず、その上、罠が随所に仕掛けられていた。それを突破できたということは、彼らの知識と能力が常軌を逸していることを意味していた。
黒竜討伐の事実
シャーロットは集落に滞在を希望する二人に対し、黒竜が世界樹に住み着いているため危険であると説明した。しかし、クレイとフローラは奇妙な表情を浮かべた。そして、クレイは「もしかして、その黒竜って俺たちが倒したやつか?」と呟いた。彼らは森で突如襲いかかってきた黒竜を、食材として狩ったのだと言う。
黒竜の死骸とエルフの涙
クレイの話を聞いたシャーロットとメルヴィルは、世界樹の前へ案内された。そこには、首を切り落とされた黒竜の死骸が横たわっていた。目の前の光景を理解できず、メルヴィルはシャーロットに自分の頬をつねるように頼み、彼女も自身の頬をつねって確かめた。これは夢ではなく、現実だった。黒竜を倒したのは、間違いなくクレイだった。シャーロットは驚きと感動で涙を流し、他のエルフたちもそれに続いた。彼らにとって黒竜は、長年の絶望の象徴だった。それが今、完全に消え去ったのだ。
エルフたちの感謝と新たな協定
その後、クレイとフローラは長老の家に招かれた。メルヴィルは二人に深く感謝し、何か報酬を渡したいと申し出た。クレイは遠慮しつつも、辺獄の開拓の許可を求めた。メルヴィルは、かつてヴェーダフォンスのエルフたちが辺獄への人間の立ち入りを阻んできた理由を説明した。そこには強力な魔物や未知の危険が潜んでおり、人間の侵入は世界の均衡を崩す可能性があった。しかし、クレイの実力を認め、開拓の許可を与えた。
ハイエルフの秘密と世界樹の恵み
さらに、メルヴィルはシャーロットと自分がハイエルフであることを明かした。ハイエルフは聖樹国で滅んだとされていたが、この集落ではいまだにその血が受け継がれていた。また、世界樹と聖樹は同じものであり、世界樹の恵みは聖水や薬の材料として非常に貴重なものであった。メルヴィルは、これらをクレイたちに提供し、今後の開拓の支援を申し出た。クレイは深く感謝し、エルフたちと共に未来を築くことを誓った。
黒竜討伐の祝宴
その夜、集落では盛大な宴が開かれた。エルフたちは黒竜の肉を料理し、喜びを分かち合った。クレイとフローラは何度も感謝され、称えられた。二人は照れながらも満足そうな表情を浮かべていた。彼らにとって、魔物を倒すことは日常だった。しかし、その行為が誰かを救い、真に感謝される経験はそう多くなかった。クレイは、この旅がただの開拓ではなく、多くの命を救うものになるかもしれないと、改めて実感したのだった。
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