どんな本?
物語の概要
『准教授・高槻彰良の推察11 夏の終わりに呼ぶ声』は、民俗学をテーマにしたミステリー小説である。本作では、高槻ゼミの一大イベントであるゼミ合宿が描かれ、9月初旬に尚哉と仲間たちが西湖を訪れる。先輩方の中間発表やBBQ、花火などのイベントをこなし、高槻の提案で青木ヶ原樹海へ足を運ぶことになる。そこで意外な人物と出会うなど、青春と異界が交錯する物語が展開される。 
主要キャラクター
• 高槻 彰良(たかつき あきら):民俗学を専門とする准教授で、ゼミ生たちを率いる。
• 深町 尚哉(ふかまち なおや):高槻ゼミに所属する学生で、物語の中心人物。
• 難波(なんば):ゼミの先輩で、中間発表を行う。
• 派手めな女子大生:ドッペルゲンガーが現れるという相談を持ちかける。
物語の特徴
本作は、民俗学的な視点から日本の伝承や怪異を探求しつつ、青春群像劇としての側面も持つ。ゼミ合宿や青木ヶ原樹海での出来事を通じて、登場人物たちの成長や人間関係の深化が描かれる。また、ドッペルゲンガーの出現や高槻の因縁の場所への訪問など、ミステリー要素も豊富である。 
出版情報
• 出版社:KADOKAWA
• 発売日:2024年11月25日
• ISBN:978-4-04-115417-5
• 価格:792円(税込)
• ページ数:320ページ
• 判型:文庫判
• 電子書籍版:Kindle版が同時発売 
本作は、シリーズ第11弾として、既存のファンはもちろん、新たな読者にも楽しめる内容となっている。
読んだ本のタイトル
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あらすじ・内容
ゼミ合宿開催! 隣り合わせの青春と異界を描く民俗学ミステリ第11弾!
高槻ゼミの一大イベント、それはゼミ合宿。
9月の初め、尚哉は仲間たちと西湖に赴く。
先輩方の中間発表、BBQに花火と様々なイベントをこなし、高槻の発案で、尚哉たちは青木ヶ原樹海へ行くことに。
そこには意外なあの人がいて……!?
ほか、派手めな女子大生からの「ドッペルゲンガーが現れる」という相談や、
高槻の因縁の場所を訪れる決意をした尚哉など盛りだくさん。
隣り合わせの青春と異界を描く民俗学ミステリ第11弾!
感想
青春と異界が交差する物語
本作は、一章はテニスサークルの派手な女子生徒のドッケンベルガー騒動の物語。
この話は異界とは関係なく事件として終わる。
二章は、高槻ゼミの合宿という青春らしいイベントを舞台にしながらも、異界との境界が曖昧になる不思議な雰囲気を持つ民俗学ミステリであった。
尚哉たちが青木ヶ原樹海で体験する出来事は、民俗学ならではの奥深い恐怖感を伴って描かれており。
ゼミの仲間たちとの交流やイベントが描かれる中で、異界との繋がりが徐々に明らかになって行った。
三章は事件では無く高槻の過去の謎に言及する。
主要なテーマと展開
本作は三つの章に分かれ、それぞれが異なるテーマを扱っている。
第一章ではドッペルゲンガーという怪異が描かれ、尚哉と高槻がその謎に挑み。
第二章ではゼミ合宿を通じて青木ヶ原樹海を訪れる中、異界に触れる体験が強調される。
そして、第三章では前巻に引き続き高槻の祖父が登場し、彼の過去に迫る重要な展開が描かれていた。
これまで点と点だった情報が線として繋がり、物語の全貌が徐々に明らかになる構成であった。
キャラクターの成長と関係性の深化
尚哉の嘘を感じる力や、高槻が抱える因縁が物語の軸となっている。
尚哉は物語を通じて危うさを見せつつも、重要な決意を固め、高槻との関係性がさらに深まっていく。
また、脇役である沙絵やゼミの仲間たちが物語に彩りを加え、青春群像劇としての側面を強めていた。
ラストの驚きと次巻への期待
物語のラストは衝撃的で、今後の展開への伏線を多くを断ち切られた気分になった。
高槻の祖父の事業成功の考察や、尚哉がもう1人の高槻と交わした約束が、どのように物語を動かすのか、期待を高める内容であった。
尚哉視点から見るの青春の爽やかさと、異界の恐怖感が絶妙に混ざり合い、読後に深い余韻を残す一冊であった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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その他フィクション
備忘録
第一章 影の病
黄昏の世界とドミノの列
深町尚哉は、黄昏に包まれたどことも知れない場所で目を覚ました。目の前には終わりが見えないほど続くドミノ倒しの列が並んでおり、静寂の中、背後からドミノが倒れる音が迫ってきた。振り返ると、高槻彰良が列の途中でドミノを手に取り、崩壊を止めていた。彼は「倒れるドミノを抜くだけ」と説明したが、尚哉の手には血の染みたドミノが握られていた。それを見て尚哉は「簡単ではない」と感じた。
日常への目覚めと回想
尚哉は目覚まし時計のアラームで起こされ、遅刻したと思い慌てて起きたが、バイトが前日に終了したことを思い出した。大学三年の夏休みは充実しており、百物語の会やバイト、さらには殺人事件への巻き込まれも経験した。昨夜はバイトの打ち上げで和食屋に行き、日本酒を少し飲んだせいか奇妙な夢を見たが、その内容を覚えていなかった。
大学図書館での民俗学の調査
尚哉は行動を起こすべきだと感じ、大学図書館に向かった。民俗学関連の本棚で「天狗」について調べようとしたが、高槻の過去の事件に関連する内容を知ることが怖く、これまで避けていた本だった。それでも棚の前に立ち、手を伸ばす決意をした。
図書館での再会と誘い
本を手に取ろうとした瞬間、高槻と鉢合わせた。高槻は「研究室に来てコーヒーを飲もう」と尚哉を誘い、彼を伴って研究室へ向かった。尚哉は、天狗について調べる本を一旦棚に戻し、高槻の後を追った。彼は「まだ時間はある」と自分に言い聞かせた。
研究室の日常と高槻のコーヒー
高槻は研究室で尚哉にコーヒーを淹れ、和やかな空気が漂っていた。高槻の甘いココアに驚きつつも、尚哉は彼が事件後も変わらず健康であることに安堵していた。榊春郎の事件がまだ世間を騒がせる中、尚哉は高槻が無事でいることに感謝していた。
「もう一人の高槻」とその行動
榊の事件を振り返り、高槻は「もう一人」が現れなかった理由を説明した。「もう一人」は高槻を守るために現れるが、相手が「本物」でなければ反応しないという理論を提示した。尚哉はその行動原理を理解し、高槻の中に潜む「もう一人」が異界の存在に対抗する力を持つことを改めて認識した。
影の怪談とその考察
瑠衣子が持ち込んだ「影取り」の話をきっかけに、影をテーマとした怪談について議論が始まった。高槻は影にまつわる俗信や類感呪術の背景を解説し、影が魂や命と繋がるという古代からの信仰に基づいていることを説明した。尚哉は影が持つ象徴的な意味を学び、怪異の奥深さを感じ取った。
岡本綺堂『影を踏まれた女』の紹介
高槻は岡本綺堂の『影を踏まれた女』を取り上げ、影にまつわる恐怖の物語を解説した。尚哉はその内容に引き込まれ、影が人間の心に与える不安と呪術的な要素に興味を抱いた。この話を通じて、高槻は怪異が現代にも通じるテーマであることを示した。
進学の決意と研究室での議論
尚哉は大学院への進学を決意しており、研究室での議論を通じてその選択に自信を深めていた。瑠衣子の熱意や高槻の丁寧な解説が、尚哉の学びへの意欲をさらに高めていた。
突然の訪問者とドッペルゲンガーの話題
派手な雰囲気の女子二人が研究室を訪れ、「ドッペルゲンガー」に関する質問を投げかけた。彼女たちは実際に「野上さんのドッペルゲンガー」が現れたと告げ、高槻と尚哉の興味を引いた。高槻は詳しい話を聞くため、二人を座らせて本格的な聞き取りを始める準備を整えた。
野上一華と橘麻美子の登場
ロングヘアの野上一華とショートボブの橘麻美子は文学科の二年生であった。二人は研究室を訪れ、高槻にドッペルゲンガーの相談を持ちかけた。彼女たちは尚哉と瑠衣子に対し、当初は不審そうな態度を見せたが、高槻が二人を紹介して場を和ませた。
ドッペルゲンガーの目撃談
麻美子によれば、一華のドッペルゲンガーは複数の場所で何度も目撃されていた。表参道や渋谷などで、髪型や服装が完全に一致する一華の姿が確認され、目撃者たちはそれが「本人だ」と断言していた。特に麻美子は渋谷で直接その姿を目撃し、声をかけたものの無視され、速い速度で走り去る様子に違和感を覚えたという。
高槻の興奮と考察
話を聞いた高槻は興奮し、ドッペルゲンガーの典型例に該当する事象だと分析した。彼はエミリー・サジェなどの有名なドッペルゲンガーの事例を挙げ、魂が抜け出る幽体離脱現象の一種である可能性を説明した。しかし一華は健康に問題がなく、幽体離脱に該当する体験もしていなかったため、原因の特定は難航した。
影踏みと怪異への繋がり
一華が「妹から影踏みに関する話を聞いた」と何気なく語ると、瑠衣子は激しい関心を示し、一華の妹への聞き取りを懇願した。この異常な熱意は一華を怯えさせたが、瑠衣子の執着は影踏みとドッペルゲンガーの関連性に対する研究者としての探究心から来るものであった。
サークルでの聞き取り提案
麻美子はサークルの練習場所でさらに目撃者の話を聞くことを提案した。高槻はこの案を受け入れ、一華と麻美子の案内で現場に向かう準備を整えた。ドッペルゲンガーの謎を解くための新たな一歩が始まろうとしていた。
青和大テニスサークルの活動
青和大には複数のテニスサークルが存在し、その活動場所は外部のスポーツ施設であった。一華たちのサークルも、炎天下の屋外コートで練習をしていた。部員たちは熱心にラリーを続けており、コーチ役を務める背の高い女子が的確な指導を行っていた。一方で、一華と麻美子は練習には参加せず、サークルの飲み会に出席する予定であった。
江藤冬樹との再会
尚哉たちはテニスコートで、知り合いの江藤冬樹と再会した。江藤もまたテニスサークルに所属しており、高槻の訪問理由を知ると、彼の調査に協力する姿勢を見せた。江藤の案内でサークル内の部員たちに接触し、一華のドッペルゲンガーに関する目撃情報を集めることとなった。
目撃情報の収集
目撃者たちからは、一華が渋谷や原宿など繁華街で目撃されていたという証言が得られた。彼らは一華を至近距離で目撃しておらず、全員が「見た瞬間に逃げられた」と口を揃えていた。目撃場所や時間帯は多岐にわたるが、どの証言にも共通するのは、一華がその場からすぐに立ち去っている点であった。
サークル内の対立と一華の立場
一華と麻美子の練習不参加に対して、一部の部員からは不満の声が上がっていた。特に熱心に練習を続ける部員たちにとって、彼女たちの態度は苛立ちの原因となっていた。しかし、一華たちは飲み会などで積極的に周囲と関わり、練習には参加しないものの、マネージャー的な役割を果たしていた。そのため、彼女たちに対する評価は分かれていた。
弓香の不可解な行動
サークル代表の弓香が一華に話しかけた後、突然足元を地団太のように踏みつける奇妙な動作を見せた。尚哉がその場を確認すると、地面には何もなかったが、気になった高槻がそこを見下ろした。そして、一華の影が不自然に動く様子を観察し、高槻は何かを悟ったように微笑んだ。
一華の影の異変
尚哉たちは一華の動きに合わせて変化する影を目にした。高槻は影の動きを観察し、何か重大な手がかりを掴んだ様子であった。この異様な現象は、一華のドッペルゲンガーに関連する新たな謎として浮上した。
テニスサークルでの調査終了
高槻たちはテニスサークルでの調査を終え、一華たちに「再度ドッペルゲンガーが出現したら連絡してほしい」と伝えて現場を後にした。一華や麻美子は特に深刻な様子もなく、高槻に感謝の言葉を述べて見送った。帰り道、瑠衣子は一華たちが相談というより、高槻と過ごすことを目的としていたのではないかと推測したが、高槻は「困っていないならそれで良い」と軽く受け流した。
ドッペルゲンガーの本質についての議論
帰り道、高槻はドッペルゲンガーの「恐怖」の本質について瑠衣子と尚哉に問うた。瑠衣子は「自分にそっくりな存在がいる恐怖」、尚哉は「死への不安」を挙げたが、高槻は「自我を脅かされること」が根源的な恐怖だと語った。続けて一華については、「彼女の自我は揺るがない」とし、ドッペルゲンガーの存在も彼女にとって深刻な脅威ではないと結論付けた。
尚哉の買い物と渋谷での遭遇
翌日、尚哉は佐々倉への誕生日プレゼントを買うため渋谷を訪れた。プレゼント選びに迷う中、偶然一華の姿を発見する。声をかけると、一華は驚いた様子で即座に走り去った。尚哉は彼女を追いかけながら高槻に報告し、高槻も現場に向かうことを約束した。
公園通りでの追跡と見張り
尚哉は渋谷の公園通りにあるコーヒーショップで一華を追い詰めた。彼女は店内に入り、尚哉は外から見張りを続けることにした。高槻との合流を試みたが、高槻が道に迷ってしまい、尚哉はやむを得ず迎えに行くことを決意した。一華を見失うリスクがあったが、高槻を無事に案内することを優先した。
コーヒーショップでの遭遇
高槻と尚哉は、一華に似た人物が入ったコーヒーショップに戻った。店内にいた人物は明らかに一華ではないと高槻が断言した。二人はその人物が店を出るのを待ち、確認を試みることにした。一華にそっくりな外見の彼女を観察しながら、高槻は「瓜二つの者が現れる」現象について語り、古い日本の怪談や解釈について話を広げた。
一華の正体と捕獲
店を出た彼女に接触した高槻は、彼女の正体がサークルの代表である小松弓香だと看破した。彼女は逃げようとしたが、高槻に制止され、観念して自らの行動を語り始めた。弓香は一華への嫉妬と劣等感から、メイクやウィッグで一華の姿に変装し、街を歩き回っていたことを認めた。
弓香の告白と動機
弓香は、自分の彼氏を一華に奪われたことをきっかけに、彼女に対する嫌悪感と羨望を抱いていたと語った。さらに、友人からの助言で一華と同じメイクや服装を試し、自分もその姿になれることに高揚感を覚えたという。しかし、その行為はやがて自分自身の内面をさらに揺さぶり、彼女を苦しめるものとなった。
高槻の慰めと弓香の決意
高槻は弓香に対し、「素顔でテニスを楽しむ君の方がずっと素敵だ」と伝え、彼女を励ました。その言葉に心を動かされた弓香は、サークル代表として一華たちと向き合い、練習に参加する意思を確認すると決意した。そして彼女は変装に使用していたウィッグを捨てるよう尚哉に託し、晴れやかな表情でその場を去った。
ドッペルゲンガーの幕引きと次の目的
一華のドッペルゲンガーの正体が解明され、尚哉と高槻は騒動が終結したことを確認した。その後、尚哉は当初の目的である佐々倉への誕生日プレゼントを選ぶため、高槻と共にリカーショップへ向かった。二人は賑やかな渋谷の街を歩きながら、次の予定について会話を楽しんだ。
誕生日会の開催
佐々倉の誕生日会は、高槻の家で予定通り行われた。尚哉が用意した巨大クラッカーが鳴り響き、佐々倉に𠮟られる一幕もあったが、盛大な祝福で場は賑わった。「本日の主役」のタスキは佐々倉に渋々ながら着用してもらうことができた。
ワインの贈呈と宴の盛り上がり
尚哉が贈ったワインはその場で開けられ、佐々倉がほとんどを一人で飲んだ。「美味かった」という佐々倉の言葉に、尚哉は大いに喜び、さらに高槻が用意した別のワインも続けて開けた。この一連の流れで宴はさらに盛り上がりを見せた。
宴の余波と翌朝の反省
盛り上がりの最中、尚哉は調子に乗りすぎて大量に飲み、ある時点で記憶を失った。気づけば翌朝を迎えており、深い反省とともに、次回は同じ失敗を繰り返すまいと固く心に誓った。
第二章 入ってはならない場所
ゼミ合宿の提案と計画
五月のゼミにおいて、高槻は夏休みに予定されたゼミ合宿について説明を始めた。毎年恒例の二泊三日の合宿で、全ての準備はゼミ代表が担当するとされた。難波が代表に指名され、尚哉も副代表として半ば強引に引き受けることになった。また、四年生との合同開催であることが発表され、ゼミ生たちはそれぞれに思うところを抱えながら計画が進んだ。
合宿準備と高槻の同行問題
尚哉と難波は、歴代ゼミ代表から引き継がれたマニュアルに従い、スムーズに準備を進めた。その中で、宿泊先にはバスルーム付きの部屋を選ぶことや、かつての問題行動を踏まえた注意点が盛り込まれていた。一方、高槻の迷子癖を懸念した尚哉が同行を申し出た結果、高槻は少々不満ながらも了承した。
合宿初日と中間発表の開始
九月四日、尚哉はゼミ生たちと共に合宿地へ向かった。合宿の初日は四年生による中間発表が行われ、様々なテーマが提示された。中でも四年生の河合は「禁足地」をテーマに取り上げ、具体例として「八幡の藪知らず」を中心に発表を進めた。その内容は歴史的背景や宗教的要素を交えながら、現代の禁足地の特性を探求するものだった。
議論と高槻の指摘
河合の発表後、高槻は禁足地の歴史的な祭祀形態の変遷や「禁足」の語源について指摘した。また、現代の禁足地における「存在」の有無について議論を深めるよう提案した。高槻の発言により、現代的な禁足地が持つ神秘性や秘密の意義が再考される機会となった。
今後への示唆と次の展開
高槻は最後に、禁足地を調べる際には言葉の意味や歴史的背景に立ち返るべきだと述べた。ゼミ生たちはその指摘に耳を傾けつつ、夕食の時間を迎えた。こうして、ゼミ合宿の初日は学術的な刺激と共に穏やかに幕を閉じた。
バーベキューの開始と賑やかな夕食
ゼミ合宿初日の夕食は、ホテルのバーベキューハウスで行われた。各自好きな食材を焼きながら、グループごとに談笑する賑やかな場となった。男子グループでは、尚哉が難波の軽率な肉の焼き方をたしなめつつ、自身のインターン体験を語った。一方で、福本がインターン先で恋人を作ったことが話題となり、軽い笑いに包まれた。
花火大会の提案と準備
夕食が終わる頃、難波が事前に購入しておいた花火を披露し、バーベキューハウスの隣の空き地で花火大会を行うことを提案した。ホテルの許可も得ており、全員が歓声を上げながら賛同した。手持ち花火から打ち上げ花火まで多様な種類が揃い、火花の光が夜空を鮮やかに染めた。
線香花火での静かな競争
花火の締めくくりには線香花火を使い、最後まで火が落ちない者が勝ちという勝負が行われた。蚊に刺されながらも、全員が集中して火の玉を見つめたが、最終的には池内が敗者となり、全員分のドリンクを奢る罰が決まった。軽快なやり取りが続き、最後の花火が静かに燃え尽きた。
尚哉の内なる葛藤と冷えた心
花火が終わった後、尚哉は自身が蚊に刺されていないことに気づき、黄泉比良坂を下った経験が体にどのような影響を与えているのかを考え始めた。虫に刺されない自分を異質だと感じ、胸中に冷たい不安を抱えつつも、それを表に出さず仲間たちと振る舞った。この小さな異変が尚哉の心を深く揺るがしたまま、その夜は更けていった。
中間発表と自由行動の決定
翌日午前中、高槻のゼミでは四年生の中間発表が行われた。発表後、高槻が午後の自由行動について案内すると、多くのゼミ生が観光地を提案する中で、高槻自身は青木ヶ原樹海に行きたいと述べた。これにゼミ生のほぼ全員が賛同し、午後の予定は樹海散策に決まった。
樹海への散策と高槻の説明
昼食後、ゼミ生たちはホテルから徒歩で青木ヶ原樹海へ向かった。道中、高槻が樹海の成り立ちや特徴を説明した。溶岩流が固まった地形とその上に形成された森、倒木や苔が見せる独特の景観について語られた。遊歩道は整備されており、迷う心配はないが、自然の中に潜む危険についても触れられた。
樹海の神秘と現実的な一面
散策中、高槻は樹海にまつわる都市伝説や怪談の真偽を解説した。コンパスが狂うという噂は誤りであるが、自殺者が多いという事実も語られた。これにより、樹海が観光地である一方で、心霊スポットや自殺の名所としての負の側面を持つことが示された。高槻は噂や怪談がもたらす風評被害について考慮するべきだとゼミ生たちに述べた。
竜宮洞穴への立ち寄りと異変の兆し
樹海散策の終盤、ゼミ生たちは竜宮洞穴に立ち寄った。洞穴自体は崩落の危険があり中には入れなかったが、その自然のままの姿に興味を示す者もいた。その帰り道で、ゼミ生の女子数名が木立の奥に異様な女の姿を見つけ、悲鳴を上げた。高槻と尚哉が確認に向かうと、その女性は過去に出会った海野沙絵であり、単なる悪戯であることが判明した。
佐々倉の登場と不穏な気配
さらに進むと、沙絵とともに異捜査案件で現地を訪れていた佐々倉と遭遇した。佐々倉は近くの洞穴が危険で封鎖されていると説明したが、尚哉はその奥に異様な気配を感じ取った。沙絵が尚哉を諭すようにしつつ、場を離れることを提案したが、ゼミ生の一人、河合が「誰かに呼ばれている」と話し始めた。
河合の異変と緊張感の中の撤退
河合の発言に場が緊張する中、沙絵が河合をなだめる形で場を収めた。尚哉たちはその後も不安を抱えつつも全員でホテルへの帰路についた。木立の奥に潜む気配が消えたかのように見えたが、尚哉は最後までその場に何かが存在している感覚を拭いきれなかった。
竜宮洞穴後のホテル移動と沙絵の提案
竜宮洞穴から戻る途中、佐々倉と沙絵は車で先にホテルに向かった。尚哉たちは徒歩でホテルへ戻り、その間、難波が佐々倉と沙絵の素性について尚哉に尋ねた。尚哉は、佐々倉が高槻の幼馴染で刑事であること、沙絵が高槻の知り合いであることを説明した。
夕食会場での再会と沙絵の存在感
ホテルの夕食はバイキング形式で行われ、ゼミ生たちが料理を楽しむ中、沙絵は自然とゼミ生たちの輪に溶け込んだ。沙絵とゼミ生たちの会話は盛り上がり、高槻との関係について尋ねられると、沙絵は曖昧な表現を用いて誤解を誘う発言を繰り返した。その様子を見た尚哉は困惑しつつも、料理を取りながら高槻と佐々倉が話し込んでいる様子を横目で確認した。
沙絵の告白と失踪事件の背景
沙絵は尚哉に向かい、竜宮洞穴周辺で起きた失踪事件について語り始めた。失踪した同僚「よっちゃん」が直前に竜宮洞穴を訪れていたこと、そして過去にも同様の事例があったことを明かした。沙絵は、洞窟の奥に「何か」が棲みついていると話し、それが目覚めることで失踪事件が起きていると推測した。
禁足地の存在とその対策
沙絵は、その「何か」が土地に根付いた存在であり、退治や移動が不可能であることを述べた。そのため、洞窟周辺にロープを張り、安全圏を設けることで対処していたが、誰かが侵入してしまったことで事態が悪化したと説明した。また、河合がその影響を受けていた可能性を指摘し、尚哉に河合の行動に注意を払うよう頼んだ。
佐々倉との風呂場での会話
その後、佐々倉は尚哉を風呂場に連行し、沙絵が今夜行動を起こすため、高槻を部屋から出さないよう警告した。また、尚哉が高槻の「神隠し」の真相を探るために鞍馬を訪れる計画を明かすと、佐々倉は慎重に進めるよう助言した。会話の最後には、佐々倉の不意打ちで尚哉が湯船に倒される一幕があり、二人の関係性の一端が垣間見えた。
高槻からの連絡と合宿最後の怪談会
風呂上がりにスマホを確認した尚哉は、高槻からのメールを見つけた。内容は自身の部屋に来るよう指示するものだった。直後、ゼミ仲間の難波から怪談会の招待が届き、怪談会の場で高槻が姿を見せることを確認した。尚哉も会議室に向かい、怪談会はゼミ生たちの語りで順調に進行していった。
河合の失踪と高槻の行動
怪談会の終盤、一人の女子学生が高槻に耳打ちをし、河合が突然姿を消したことを告げた。尚哉は佐々倉に連絡を取り、河合の失踪を報告。高槻は佐々倉の制止を振り切り、河合を探しに行くことを決意した。尚哉もこれに同行し、昼間の竜宮洞穴を目指して樹海を進んだ。
樹海の異様な光景と沙絵の行動
樹海を抜けた先で沙絵と再会した高槻一行は、彼女が洞窟に進む姿を目撃した。沙絵は青い光に包まれながら洞窟へと姿を消し、その背後では地面が震え、異様な気配が漂っていた。沙絵が語ったように、洞窟の中には何か得体の知れない存在が潜んでいるようであった。
河合の救出と謎の男性の登場
河合は謎の男性によって保護されていた。その男性は河合の記憶を部分的に消去したと説明し、高槻に異議を唱えられるも、河合の安定を優先したと主張した。彼の正体は明かされず、高槻も追及を断念するしかなかった。
帰還と残る不安
高槻と尚哉は佐々倉に促され、ホテルへ戻ることとなった。帰路で尚哉は、自身が異界と現実の狭間にいることを再認識し、不安と焦燥感に囚われながらも、現実世界への帰還を強く望んだ。振り返ると、沙絵が戻るまで立ち尽くす林原と男性の姿が見えたが、沙絵が戻るかは不明であった。
ホテルへの帰還と部屋での会話
尚哉がホテルに戻ると、佐々倉は林原を待つため自室に向かい、高槻は河合を四年女子の部屋に運んだ。尚哉が三年男子の部屋に入ると、難波が起きて待っており、尚哉のために空けたベッドを示した。難波は風呂や状況を尋ねつつ、尚哉の疲労を気遣っていたが、尚哉は曖昧に応じた。布団に入った尚哉は、心の疲れからなかなか眠れなかった。
尚哉の不安と難波の言葉
尚哉は青い光や沙絵の行動、異界の男性を思い出しながら、自分の存在が人間であるかどうかに疑念を抱いた。そんな尚哉に難波は普通の言葉で気遣い、「お疲れ」と声をかけた。それに安堵した尚哉は、日常に戻ったことを少しずつ実感した。
朝食の席での再会
翌朝、食堂では四年女子に囲まれた河合が明るい表情で談笑していた。高槻が河合の失踪について適当な説明をしたおかげで、皆それを信じていた。沙絵も無事な様子で食堂に現れ、尚哉と高槻に笑顔を見せた。沙絵は、洞窟で亡くなったバイト仲間・よっちゃんのブレスレットを拾ってきたことを明かし、それを遺族に渡すべきか尋ねたが、佐々倉は黙認した。
沙絵との別れ
食堂を出る際、高槻は沙絵に「もっと自分を大切にしてほしい」と伝えたが、沙絵は「もう痛みを感じることはない」と答えた。その瞳には深い漆黒が宿っており、人であることをすでに諦めた者の言葉であった。沙絵は「またね」と言い残し、その場を去った。
帰りの電車での会話
帰りの電車の中で、高槻と尚哉はゼミ合宿を振り返った。尚哉は樹海近くの宿泊先をゼミの合宿マニュアルから外すべきだと提案し、高槻は笑ってそれに応じた。二人はまた会えると信じながら沙絵の話をした後、高槻が次の予定として親戚宅での食事会を提案した。尚哉もそれに参加することを了承し、電車は普段の日常へと戻るため東京へ向かって走り続けた。
第三章 夜との約束
食事会への到着
高槻と尚哉は港区にある優斗と未華子のマンションを訪れた。駅で優斗と合流し、新居へ向かうと、未華子が快活な笑顔で二人を迎えた。未華子は過去の事件で高槻に助けられたことを感謝し、そのお礼として今回の食事会を開いたと語った。
双子の姉妹と未華子の言葉
未華子の外見は、事件を起こした双子の妹・百合子と瓜二つであった。しかし、明るく優しい雰囲気を持つ未華子は百合子とは全く異なり、高槻もその違いを感じ取っていた。未華子は百合子が最近仕事を始めたことや手術を控えていることを伝え、さらに百合子からの謝罪の言葉を高槻に伝えた。高槻も百合子に幸せを祈る言葉を託した。
賑やかな食事と夫婦の関係
食卓には豪華な料理が並び、特に未華子が作ったスペイン料理が評判であった。優斗と未華子の仲睦まじい様子が垣間見え、尚哉はその幸福感に感慨を覚えた。一方で、尚哉自身は結婚を遠い存在として感じていた。
高槻家の話題と祖父への疑問
食事後、高槻と優斗は高槻家の状況について話を始めた。高槻の祖父が彼に対して「なぜ戻ってきた」と言った言葉を巡り、祖父が高槻の「神隠し」の真相を知っている可能性が浮上した。高槻は祖父に会う決意を固め、優斗もそれに協力することを申し出た。
別荘での接触計画
祖父が箱根の別荘を頻繁に訪れるという情報を得た高槻は、そのタイミングで偶然を装い祖父に接触する計画を立てた。優斗はその計画に同席することを条件に協力を約束した。
食事会の余韻と尚哉の疑念
高槻が祖父に会うことで「神隠し」の真実に迫ると考えられる一方、尚哉はその結果高槻が大きく傷つく可能性を案じていた。さらに、尚哉の中には高槻の「神隠し」の背景について新たな仮説が浮かび上がり、それが真実であるかどうか確かめる必要を感じていた。
デザートの後の帰路
高槻と尚哉は優斗と未華子の家を後にし、二人で駅に向かった。優斗の申し出を断り、歩く道中で高槻は感謝の言葉を述べつつ、自分が周囲を巻き込んでいることへの自責を漏らした。尚哉は、そんな高槻の気持ちを理解しつつ、自分も祖父との対話に同行する意志を改めて伝えた。
尚哉の鞍馬行き計画の発覚
高槻は尚哉が鞍馬に行こうとしていることを佐々倉から聞き出していた。尚哉が図書館で天狗に関する本を調べていたことも見抜いており、軽い指摘を交えながら彼を問い詰めた。尚哉は言い逃れできず、高槻に計画の一部を明かした。
鞍馬への同行の決定
高槻は、尚哉が一人で鞍馬に行くことを許さず、自分も同行すると即断した。さらに、佐々倉も二人の行動を案じて同行を決めた。こうして三人は鞍馬へ向かう準備を整えた。
鞍馬への道中と天狗の歴史
京都に着いた三人は電車を乗り継ぎ、鞍馬に到着した。天狗の像を前に、尚哉は天狗の歴史やその象徴について学んだことを話し始めた。天狗が最初に記述されたのは『日本書紀』で、流星や隕石を指していたことや、後に山岳信仰や修験道と結びついて今の姿になったことを説明した。高槻は尚哉の知識を補足しながら、天狗という存在が持つ多面的な意味を語った。
高槻が発見された場所の訪問
三人は高槻が発見された場所に向かった。高槻は淡々と、当時の状況や発見時の詳細を語った。そこはただの道端で、彼は綺麗な服を着せられたまま放置されていたという。尚哉はその場で、高槻が受けた理不尽な出来事を思い、胸が締めつけられる思いを抱いた。
観光の提案と次の目的地
高槻は暗い過去を振り返った後、尚哉に観光を提案した。三人は食事をとった後、鞍馬寺を訪れ、貴船側に下る計画を立てた。この提案に尚哉は賛同したが、内心でこれが新たな困難を招く予感に駆られていた。
鞍馬寺参道と金剛床への挑戦
昼食後、高槻、佐々倉、尚哉の三人は鞍馬寺へ向かった。石段を登り、九十九折参道に差し掛かると、その険しさに尚哉は体力の限界を感じた。佐々倉と高槻は体力自慢らしく軽快に進んでいったが、尚哉はその背中を睨むばかりであった。本殿前では「金剛床」に立つ人々の行列を見かけ、高槻の提案で三人も並んだ。尚哉は宇宙のエネルギーを得るという触れ込みに半信半疑ながらも、自分の呼びかけに何かが応えるかもしれないと期待したが、結果は何も感じられなかった。
奥の院と貴船への道
三人は奥の院を経由し、源義経ゆかりの僧正ヶ谷を通った。山道の上り下りを繰り返しながら、尚哉は異界の気配を探したが、明確な手がかりは得られなかった。山を下ると貴船神社に到着した。そこでは観光客が多く、写真撮影や縁結びの絵馬が目立ち、尚哉はその俗世的な雰囲気に少し違和感を覚えた。
高槻の発作と旅館での休息
奥宮を訪れる途中、鴉の飛来によって高槻が発作を起こし、その場で倒れた。佐々倉と尚哉は近くの旅館に助けを求め、高槻を運び込んで休ませた。その後、佐々倉が宿泊の手続きを済ませ、高槻の回復を待つことになった。佐々倉は高槻の過去への執着に触れ、その原因が高槻自身の不安や焦りにあるのではないかと尚哉に語った。
尚哉の夜の行動と『もう一人』との対話
尚哉は結び文を書くため夜の結社に向かったが、そこに高槻の『もう一人』が現れた。『もう一人』は尚哉に「一人で出歩くな」と警告し、高槻を異界に引き戻す計画を仄めかした。尚哉は「高槻先生は渡さない」と言い切り、自分も高槻と共に行く覚悟を示した。この発言に『もう一人』は満足げに消え、高槻が意識を取り戻した。
尚哉の決意と高槻の返答
高槻の意識が戻った後、尚哉は『もう一人』の意図を説明し、高槻に調査をやめるよう懇願した。しかし、高槻は尚哉の気持ちに感謝しつつも、自分の過去と向き合う意志を示した。さらに、高槻は尚哉が持つ「本物」を感じ取る力について問いかけ、尚哉がその力を得た経緯を語らせた。二人の間には信頼と絆が深まった。
結び文と最後の電話
尚哉が結び文を奉納した後、佐々倉から電話が入り、高槻がいないことを怒られた。さらにその直後、高槻の携帯に優斗から電話が入り、祖父が急逝したという知らせを受けた。その報せに高槻は立ち尽くし、尚哉もまた状況を受け止めきれない様子で佇んでいた。
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