どんな本?
この本は、江戸時代の風情とファンタジー要素が融合した物語が好きな方に特におすすめ。
物語の中で描かれる人間ドラマや、鬼との対峙が非常に魅力的で、読者を引き込む力がある。
『鬼人幻燈抄』は、中西モトオ 氏による日本の小説。
この作品は、江戸時代から平成まで、刀を振るう意味を問い続けながら途方もない時間を旅する鬼人を描いた、和風ファンタジー巨編。
物語は、江戸時代に家出をした甚太と妹の鈴音が元治に助けられ、彼の故郷である葛野の村で新しい生活を送ることから始まる。
甚太は村の『いつきひめ』(葛野で信仰されている土着神に祈りを捧げる巫女)を護衛する巫女守という仕事をしていたが、ある日、村の近くに現れた鬼を討伐しに出かけた際に、その鬼から鬼の能力を受け継ぎ、甚太の体も鬼となってしまう。
その後、甚太は名前を甚夜と変え、鬼となった妹を止めるために、江戸時代、幕末、明治、大正、昭和と様々な時代を鬼討伐をしながら過ごし、力を身に着けていく。
また、この作品は「Arcadia」や「小説家になろう」で連載され、2019年6月から双葉社から単行本、2021年5月からは双葉文庫から文庫版が出版されている。
そして、2024年夏にはテレビアニメが放送予定となっている
読んだ本のタイトル
#鬼人幻燈抄 : 3 江戸編 残雪酔
著者:#中西モトオ 氏
イラスト:#Tamaki 氏
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あらすじ・内容
安政三年(1856年)の冬、江戸の町では銘酒「ゆきのなごり」が大流行していた。相変わらず鬼退治の仕事をし続けていた甚夜は、この酒をめぐる事件に巻き込まれてしまう。そして、その渦中、16年間行方知れずだった妹の影を発見するのだが……。武士と夜鷹の恋物語、鬼の噂を追っている付喪神を使う男の登場、消えない過去との対峙――物語がさらに深まるシリーズ第3巻!
鬼人幻燈抄 : 3 江戸編 残雪酔夢
第1章:夜桜の下
嘉永七年の春、甚夜は吉原の夜桜の下で鬼を討つ。
このとき、夜鷹と呼ばれる女が現れ、甚夜に怪異の調査を依頼する。
夜桜の下では男たちが殺されるという噂があり、その原因は鬼女であるとされる。
甚夜は調査を進める中で、吉原遊郭の厳しい現実と遊女たちの悲惨な運命に触れる。
彼は夜桜の怪異を解決するために動き出す。
第2章:花宵簪
甚夜は喜兵衛で奈津と再会し、彼女とともに浅草寺のほおずき市を訪れる。
そこで彼は夜鷹からの情報を得て、染吾郎という付喪神使いに出会う。
染吾郎は根付の職人であり、鬼を退治する甚夜と異なるアプローチで怪異に立ち向かう。
甚夜と染吾郎は共に「ゆきのなごり」という酒が原因で人々が鬼に変わる事件を調査することになる。
第3章:残雪酔夢
甚夜と染吾郎は「ゆきのなごり」が江戸の町で広がる中、その正体を探るために動く。
彼らは酒を飲んだ者が鬼に変わるという現象を確認し、その出所を調査する中で、善二が酒の影響で暴れ出す事件に遭遇する。
甚夜は善二を制しながらも、この酒の危険性を強く感じ、さらなる調査を進めることを決意する。
第4章:酒宴のあと
甚夜は染吾郎とともに「ゆきのなごり」の製造元を探し出し、その酒が人々を鬼に変える原因を突き止める。
彼らはその製造元が鬼の怨念によって作られたものであることを知る。
甚夜と染吾郎はこの問題を解決するために協力し、江戸の町を守るために奔走する。
最終的に甚夜は父親が鬼に変わるという悲劇に直面し、その父親を討つことになる。
感想
本書は、安政三年の江戸を舞台にした深い感動と切なさを伴う物語である。
江戸の町で鬼退治の仕事を続ける甚夜が、酒「ゆきのなごり」を巡る事件に巻き込まれ、16年間行方不明だった妹の影を発見するというストーリーが展開される。
武士と夜鷹の恋物語や鬼の噂を追う付喪神使いの登場、消えない過去との対峙など、物語はさらに深みを増している。
物語の中で、甚夜は試練に次ぐ試練を経験する。
特に中盤までは穏やかに進むかと思われたが、物語は甘くなく、甚夜にとって心締め付けられる別れが再び訪れる。
甚夜の成長と彼を取り巻くキャラクターたちとの関係が深く描かれ、一瞬の切なさと風情が交錯する描写が読者を引き込む。
書名の副題にある「雪」は、白く静かなイメージとともに、憎しみというシリーズの通奏低音を重ね合わせた技巧的な作りが感じられる。
結末は暗く、切なく、悲しいものとなっている。
甚夜と生涯の友(ライバル?)となる三代目秋津染吾郎との出会いが戦いから始まることに感慨を覚える。
退魔を生業としながら鬼を差別しない、飄々とした染吾郎のキャラクターは非常に魅力的である。
また、夜鷹の登場や、真面目な武士の直次とのロマンスの始まりも興味深い。
しかし、甚夜が鬼となった父親を討たなくてはならず、その後に慕われていた義理の妹から化け物と呼ばれる場面は非常に悲しい。
痛みを自分の成長のためと励ましてくれるおふうの一言に救われる場面も印象的である。
江戸の町で「ゆきのなごり」という酒が流行り出し、飲んだ者に異変が起き始める。
甚夜はその出所を探るために調査を進める。
付喪神使いの染吾郎や情報屋(?)の夜鷹という新キャラクターも登場し、物語に新たな風を吹き込む。
染吾郎の京言葉や甚夜とのやり取りが、重く暗い話を少し軽くしているのも魅力的である。
物語の終わりは悲しく切ないもので、甚夜がせっかく再会した父親を鬼として討たなければならず、慕われていた義理の妹から化け物と呼ばれるという運命が描かれる。
次巻ではまた新たな展開が期待されるが、甚夜の試練が続くことを予感させる結末である。
この作品は、甚夜の成長と彼を取り巻くキャラクターたちの魅力が際立っており、読者を引き込む力を持っている。
次の展開を楽しみに待ちたい。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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同シリーズ
その他フィクション
ニメ
PV
備忘録
夜桜の下
嘉永七年の春、男が刀を抜いて異形を斬り捨てる場面から始まる。
この男、甚夜は奇怪な浪人として知られ、噂になっている鬼を討つ夜叉である。
ある晩、彼が鬼を斬った後に、普段と違い、美しい夜鷹と呼ばれる女が現れる。
この女は、鬼を斬る場面を風流だと評し、甚夜に興味を示す。
夜鷹は街で体を売る最下層の女性であり、普段は顔に化粧もせず、安い衣服しか身に着けることができない。
その夜、彼女は甚夜に夜桜の下の怪異について話し、それを解決してほしいと頼む。
彼女はその怪異の調査費用を払うことを申し出る。
甚夜は夜桜の下の怪異について調査することに同意し、その翌日、蕎麦屋「喜兵衛」で奈津と会う。
そこで彼は前夜の出来事をぼかして話し、夜鷹からの依頼を受けたことを説明する。
夜桜の下で男たちが殺されているという話は、吉原の帰り道で起きており、醜い女によるものとされている。
話を聞いた奈津は、同じ女としてその怪異に引導を渡したいとの感情を示す。
夜桜にまつわる怪異とは、古い木に魂が宿り、精霊やあやかしが人を惑わすというものであることが店主からも語られる。
見返り柳が立ち並ぶ衣紋坂を過ぎた五十間の曲がった道の向こうに吉原大門がある。
明暦の大火後に浅草寺裏の日本堤に移転した吉原遊郭の出入り口である木造の門は、夢と現を隔てる境界のようだった。
新吉原は田舎ではないが、都市部からは遠く離れた町はずれの印象が拭えなかった。
件の桜は、吉原から離れた開けた通りの傍らにあり、昼間の姿は妖しげな風情は感じられなかった。
甚夜とおふうが桜の下を訪れた際には、その古びた佇まいに寂寥を覚えるものの、怪異の気配は感じ取れなかった。
おふうはこれを「夜桜心中」と評し、歌舞伎の心中物を連想させる風景と説明した。
心中物とは、恋人同士がこの世で結ばれない悲しみを描いた芸能の総称であり、吉原近くに咲く古桜と恋の約束は、その舞台設定にぴったり合うものだった。
この場面は、江戸時代の吉原遊郭を背景に、夢と現の境界にある古い桜の下で展開するドラマを描いている。
吉原遊郭は、美しい夜の街として知られながらも、その裏では多くの悲劇があったことを暗示している。
おふうの言葉によって、古い桜の下での悲しい恋の物語が想像され、その地に流れる妖しげな噂が一種の歌舞伎の情景として再現されることを示唆している。
吉原遊郭では、華やかな花魁が少数であり、多くの遊女は厳しい生活を送っていた。
彼女たちは粗末な食事を摂り、借金を増やしながら身を飾り、折檻を受けても逃げ場がないため逃げることはなかった。
特に恐れられていたのは梅毒であり、この病に冒された遊女は酷い身体的苦痛を伴う末期症状に苛まれ、最終的には何も分からなくなり死に至る。
梅毒により自然に流産が多くなり、孕まない遊女は高値で取引されたが、実際は梅毒は深刻な問題であり、治療法がなかったため、最終的には吉原を追い出される運命にあった。
遊女が梅毒で鼻が削げ落ちた場合、その女性を飼う意味がないとされ、放逐されることが一般的だった。
この厳しい現実を背景に、夜鷹は梅毒に苦しみ、形容の落ちた遊女が最終的に男たちを殺し続ける「夜桜の下の怪」という存在に変わる物語を語る。
夜鷹は自分もいつか同じ運命をたどるかもしれないと感じ、感傷から甚夜に依頼して夜桜の下の怪の引導を渡してもらった。
夜桜の下の怪が生まれた背景には、吉原の厳しい現実と男たちの自己中心的な行動があり、彼女たちは鬼女になってしまった理由を持っていた。
花宵簪
1
嘉永七年の夏、江戸の夏の風物詩である浅草寺の四万六千日に注目が集まる。
特に七月十日は「千日詣」と呼ばれ、四万六千日分の功徳が得られるとされているため、大勢の人々が前日から参拝する。
この日に合わせて「ほおずき市」が開催され、多くの参拝客が浅草寺の仲見世で市を楽しむ。
ある暑い日、善二は喜兵衛に入店し、熱心に翌日のほおずき市について語り始める。
彼はこのようなイベントが好きで、ほおずき市への参加を提案する。
しかし、店内の常連である直次や甚夜は、それぞれの理由で市に参加することに躊躇する。
直次は城に行かねばならず、甚夜は遠慮すると答えるが、善二は甚夜に参加を促す。
最終的には、善二と奈津、おふうの三人がほおずき市に行くことになる。
店主はおふうに楽しんで来るように促し、市の日は客が来ないと予想しているため、おふうも市に参加することを決める。
嘉永七年夏、善二は仕事のために参加できず、奈津とおふうの二人で浅草寺のほおずき市に出かけた。
彼女たちは仲見世で食べ歩きを楽しむなどして市を満喫し、最終的には金龍山浅草寺を訪れた。
この寺は、隅田川下流で漁をしていた兄弟が網にかかった観音像を発見し、草ぶきの堂に安置したことに始まるとされる。
歳の市やほおずき市などで賑わい、東国随一の盛り場として知られている。
二人はほおずきの露店で賑わう境内を歩きながら、夏の楽しみを共有した。
浅草が江戸でも随一の繁華街として発展した背景には、江戸幕府最大の米蔵である浅草御蔵があった。
この蔵は、年貢米の収納や幕臣団への俸禄米の管理などを行う重要な場所であり、多くの役人が近隣に住んでいた。
浅草御蔵の西側にある町は「蔵前」と呼ばれ、多くの米問屋が商いを営んでいる。
甚夜が訪れたのは、蔵前の一角から少し離れた場所にある酒屋「水城屋」である。
水城屋は裏手に二つの蔵を有する大きな商家で、甚夜はここで一匹の鬼を斬り伏せた。
この鬼は青白い肌と赤い目を持ち、怒りの形相をしていたが、幼い鬼で甚夜の半分程度の背丈しかなかった。
名を「菊夫」と聞いてから、甚夜は一太刀で鬼を斬り、白い蒸気とともに消えさせた。
水城屋の主人は大げさに感謝し、甚夜に約束の金二両を支払った。
主人は甚夜に自慢の酒も提供しようとしたが、甚夜はそれを断った。
甚夜はこの酒屋からこれ以上何も受け取るつもりはなかった。
甚夜が酒屋を出たところで、夜鷹という女性に声を掛けられた。
彼女は甚夜が情報を提供してくれたことに感謝し、報酬の一部を甚夜に渡した。甚夜はその金を半分受け取り、残りは夜鷹に返した。
夜鷹は情報屋として有能であり、甚夜は時折彼女から鬼の噂を探ってもらっていた。
夜鷹は最近、鬼を退治する男がいるという噂を耳にしており、甚夜にその話をした。
この男は式神を操る陰陽師という話であった。
夜鷹は甚夜に、商売敵に仕事を奪われないようにと忠告し、夜の町に消えていった。
甚夜は得られた情報を考えながら、喜兵衛に向かい、そこで奈津と再会した。
奈津は甚夜に親しみを見せ、突然彼に寄り添い、甘く囁いた。甚夜はこの突然の変化に驚き、立ち眩みを覚えた。
2
もしも雨の夜に家に戻っていたなら、家族という形を失わずに済んでいたかもしれない。
甚夜は、そう考えていた。
心底惚れた女性と出会わず、もう一人の妹ができていたかもしれないと思うのは、ある意味での後悔である。
甚夜は重蔵との縁を隠し、彼が父親に相応しいと考えたからであり、彼の家族が奈津だけであることを望んだ。
そのため、何も語るつもりはなかった。
奈津が突然「お兄様」と呼び始め、親しげに甚夜に寄り添うようになる。
これには簪が関係しているかもしれないと疑うが、簪を壊すことには慎重である。
奈津は甚夜の元に帰ってこれたことを幸せだと語り、甚夜はその変わり果てた態度に心を痛める。
簪の起源を探るため、奈津は甚夜と一緒に行動を共にしようとするが、彼女は異常なほど甚夜に依存している。
甚夜は奈津の異常な態度に戸惑いつつも、彼女が幸せそうに見えるので、問い詰めることはできなかった。
さらに調査を進めようとするが、簪を売った秋津染吾郎という人物が何十年も前に亡くなっている職人だと判明し、現在の秋津染吾郎が名を騙っている可能性が浮上する。
秋津染吾郎を探し出す試みは失敗に終わり、甚夜と奈津は再び問題に直面する。
この物語は、過去の選択と現在の結果、家族という絆のもろさと深さを描いている。
甚夜の内心の葛藤と奈津の異常な依存が絡み合い、複雑な感情が交錯する様が描かれている。
3
秋津染吾郎が目の前に現れるが、敵対的な状況が続く。
彼の式神である犬神が攻撃を仕掛ける。
甚夜はこれを一旦撃退するも、犬神は再生能力を持っており、倒してもすぐに復活する。
甚夜は犬神の再生能力を無視し、直接染吾郎を攻撃することに決める。
甚夜が使用する〈隠行〉という能力で染吾郎に接近し、拳で攻撃を加える。
染吾郎は驚愕するが、甚夜の攻撃を受けても立ち上がる。
この耐久力に甚夜は戸惑うが、戦いは続き、染吾郎は犬神を呼び戻す。
戦いが進む中で、甚夜は染吾郎の技術を理解し、自身も犬神を操る術を奪い取る。
これにより、戦況は一転し、甚夜が優位に立つ。
染吾郎を追い詰めた甚夜は、彼から情報を引き出そうとする。
染吾郎は付喪神使いであり、物の魂を操る能力を持つことを明かす。
彼は第三代目秋津染吾郎であり、先祖から受け継がれた退魔の術ではなく、職人としての技を活かしたものであることを説明する。
甚夜との会話の中で、彼が犬張子から犬神を作り出すことが明らかになる。
染吾郎は甚夜に対して、女性に与えた簪が何か特別なものではなかったと述べ、それに対する責任を感じつつも、甚夜の要求に応じる姿勢を見せる。
その後、染吾郎は甚夜の問いに対して答えることを約束するが、その真意は不明のまま終わる。
4
夕暮れの立ち合いの後、甚夜は秋津染吾郎とともに深川の喜兵衛へ戻る途中で、染吾郎が突如消え去りながら、怪異を終わらせる方法を指示する。
甚夜はこの方法に疑問を持ちつつも、他に手段がないため従うことを決める。
途中で、悲しげな表情の奈津に再会し、彼女は甚夜を「お兄様」として迎える。
二人は夜の町を歩きながら、甚夜は兄としての自分の役割に苦悩する。
奈津は、どんな状況でも兄妹の繋がりは断たれないと述べ、甚夜に心の支えを提供する。
甚夜は、染吾郎が教えた方法に従い、笄を奈津に渡す。
この行動により、奈津は本来の自分を取り戻し、簪と笄が再び一緒になることで、彼女の中の怪異は解消される。
奈津が変貌し、ほととぎすの形になって空に消えていく。
その後、染吾郎が現れて、成功を確認し、退魔より職人としての彼の本分を優先していることを示す。
甚夜と染吾郎の会話からは、物に宿る想いとその力についての理解が深まり、簪と笄が想いを持って行動することが示される。
染吾郎は、甚夜が鬼であることにも寛容であり、彼の人間性を認めている。
最終的に染吾郎は甚夜に対して、鬼としての宿命を忘れないよう警告しながら去っていく。
翌日、奈津が元の状態に戻って安堵する善二の姿が描かれている。
奈津は怪異から解放されたが、その経験による記憶が残り、心中は複雑である。
行動が恥ずかしいと感じており、思い出す度に動揺している。
一方で、善二はその様子を誤解し、間違った発言をして奈津から憎々しい視線を受ける。
喜兵衛の店主は奈津を気遣い、食事を奢ることを申し出る。
奈津は、甚夜とのやりとりを思い出し、頬を熱くする。
そんな奈津におふうは優しく声をかけ、雰囲気を和らげる。
奈津は自分の感情を整理できずにいるが、それでも甚夜の常連の蕎麦屋を訪れることに意義を見出している。
浅草で甚夜は翌日に喜兵衛へ行くことをためらい、奈津との気まずさを避けるために数日間は訪問を控えると決める。
ほおずき市が終わり、人通りの少なくなった大通りを歩く中、甚夜は昼間に辻遊女を見つける。
彼女との会話は昼であっても普段通りに感じられるが、甚夜は現実を逃れるために話を持ち掛ける。
彼らの会話はほととぎすの声に遮られる。
ほととぎすが昼間に鳴いた理由を語る夜鷹と甚夜のやり取りの中で、甚夜は彼女の過去や簪の持ち主についての思いを巡らせるが、具体的な答えは見つからない。
最終的には、ほととぎすの声が普通の美しい鳴き声であると納得し、その音色に耳を傾ける。
余談 雨夜鷹
1
2009年5月、兵庫県立戻川高校では恒例の芸術鑑賞会が行われる。
この行事は毎年五月に市の文化ホールで実施され、一学年が全員で演劇を鑑賞する。
生徒の一部は授業が潰れることを喜んでおり、その中の一人であるみやかは、演劇には興味が薄いものの、授業がないことには満足している。
開演直前には中学時代からの親友である薫から話しかけられる。薫は演劇「雨夜鷹」について語り、そのヒロインは実在の人物で、手記に基づいて作られた劇だという。
しかし、みやかは字を書ける夜鷹の存在に疑問を抱く。
薫はそれについて、遊女の中には元々教養のある家庭から来た者もいると説明する。
舞台が始まると、生徒たちは静かになり、劇の開始を迎える。
その日、三浦直次は雨が降る中、酒を飲んだ帰りで顔が赤くなっていた。
浅草の煮売り酒屋で甚夜と善二と共に飲んでいたが、甚夜の酒量につられて自身もかなり飲んでしまい、酔いが回っていた。
季節は春で夜は冷えるが、雨が降り始めたため、商家の軒先で雨宿りをしていた。
甚夜は怪異を求めて去り、善二は吉原へ行くと言っていた。
直次は登城の予定があるため、ただちに帰宅しようと思っていたが、雨で足止めを食らっていた。
雨の中、直次はある女性と遭遇する。
女性は粗末な格好で顔を手拭で隠しており、雨に濡れていた。
女性は自らを夜鷹と名乗り、直次に声をかける。
直次は女性の職業を知っても蔑みはせず、誘いを断る。
女性はその反応を面白がり、直次は彼女の容姿に少し戸惑うが、互いに誠実に接し合う。
会話を交わした後、女性は雨が止む気配がない中を去っていく。
直次は彼女に名前を尋ねるが、「夜鷹の夜鷹」とだけ返され、彼女の名前を知ることはできない。
直次はその夜、女性のことを考えながら眠れず、翌日もその思いが頭から離れない状態で蕎麦屋『喜兵衛』を訪れる。
そこで甚夜と再会し、彼からは鬼に関する話を聞かされる。
直次は再び夜の浅草に甚夜と共に向かうことを決意する。
2
最初から名前は必要なかった。父が武士であったため、彼女も武家の娘として生まれる。
彼女の人生は、名も知らぬ誰かの元に嫁ぐことで定められていた。
父から名前を尋ねられた彼女は、「武家の娘に御座います」と答える。
この答えは、家を存続させるためのものであり、個人の名前は重要ではなかった。
しかし、その答えが原因で婚約は破談になり、彼女の家は没落する。
父は失意のうちに死に、母は恨み言をぶつけたが、彼女には罪悪感はなかった。
彼女にとって、父母は彼女を道具としてしか見ておらず、役割が破綻すれば彼女は他人と同じであった。
兄だけが少し気にかかったが、もう会うことはないと諦めた。
結局、彼女を名で呼ぶ者は誰もおらず、役割さえあればそれでよいと教えられた。
つまり、彼女にとって名前は最初から必要なかったのである。
日が落ちてから、直次は再び浅草に向かった。
商家が立ち並ぶ大通りを歩き、途中で降り始めた雨を傘でしのぐ。
昨夜と同じ場所で雨宿りをすることにした。
ある女性との再会を待ち続けたが、明確な目的は持っていなかった。
女性が現れると、彼女の色香が漂い、傘の下で二人は話を交わす。
直次は緊張し、自分の意図をうまく伝えられない。
趣味は刀剣の収集であり、生真面目な性格から、夜鷹と渡り合うのに経験が足りなかった。
彼女の過去について言及したことで、下世話であると自覚し、謝罪する。
しかし、彼女は直次の素直さを評価し、和やかな時間が流れる。
再び現れた黒い影に対して、直次は彼女を守る姿勢を見せる。
その夜、彼女は直次の不器用な優しさに少しだけ体を預けた。
そして、雨に流されるように黒い影は消え去った。
甚夜は、浅草での事件の翌日も喜兵衛に訪れ、いつものかけ蕎麦を注文したが、食欲が進まなかった。
おふうに心配されながら、昨晩の出来事が頭から離れず、食事に手が付かなかった。昨夜、甚夜は怪異と戦い、動揺して勝機を逸した。
そのことを、親しいおふうに打ち明けた。この日の天気次第で、再び怪異と対峙するかもしれないと話していた。
そのとき、直次が店に入り、甚夜とおふうに相談を持ちかけた。
直次は、雨の夜に出会った夜鷹と名乗る女性に心惹かれ、そのことについて話し始めた。
話を聞いた甚夜は、直次が惹かれた女性が知っている街娼であることを認識し、善二やおふうも参加して、直次の恋愛相談が続いた。
善二は演出を提案したが、実現性が低いため、店主が積み重ねの大切さを説き、長い付き合いを通じて関係を築くことを勧めた。
直次はそれを受け入れ、蕎麦屋を満足そうに去った。
この解決には店主の経験が役立ち、おふうと甚夜はそれを感じつつ、奈津はやや不満気だった。
3
人の認識には限界がある。どれだけ聡明であっても、人は自分の見える範囲内のものしか知覚できない。
例えば、武士が数日間雨が降っていなかったことに気付かないように、鬼を討つ者も夜鷹が雨中で何を見ていたのか理解することはできない。
同様に、事件の外にいる者たちは、そこで何が起こったのかさえ把握できない。
各人が自身の視点で物事を見るため、自分の物語しか理解できない。
「見えない」と「存在しない」は同じではないため、見えない事象も実際には存在している。
激しい雨音に春の寒さを感じながら、夜鷹はぼろぼろの傘を使い、偶然立ち寄った昨日と同じ軒先で雨宿りをする。
彼女はもしかしたら昨日会った奇妙な武士が再び訪れるかもしれないと想像しているが、来なくても特に問題はないと考えている。
夜鷹は凍えるような夜に過去を思い返し、落ちぶれて娼婦となった自身の過去と、かつて家族のように扱ってくれた兄のことを思い出す。
雨の中には消えたはずの兄の影が見えるようで、彼女は恐怖を感じずにその影の元へと歩みを進める。夜はまだ冷たい雨が続く。
浅草の大通りで、夜が訪れ、周囲は静まり返り、雨音のみが響く中、甚夜は雨に打たれながら佇んでいる。
彼は異様な存在感を放つ黒い影を前にして、懐かしさと苦渋を感じつつ、刀を抜く。
甚夜は影との再遭遇を果たし、その心象は過去と重なり合う。
黒い影は甚夜にとって懐かしい人の姿をしており、それが彼の刃を鈍らせてしまう。
夜は雨が強くなり、視界が悪化するが、甚夜は再び影に挑み、一刀を振るう。
影に近付き、彼は再びその懐かしい人の存在に気付く。
夜半になり雨が強まる中、直次は店主からの助言を胸に夜鷹の元へ向かう。
彼女に会えるか分からないが、彼は会えれば知り合い、自分のことも知ってもらうことを願う。
雨足は強まる一方だが、その雨音さえも心地よく感じる。
しかし、目的地に到着すると、雨中を歩く夜鷹の姿に直次は驚き、彼女の肩を掴んで止めようとする。
夜鷹は黒い人影に向かっているが、直次にはその人影が正気を失った彼女にしか見えない。
彼は夜鷹を保護しようとし、その人影が人ではないことを確信する。
雨の中、人影に刀を向けるが、彼が刀を振り下ろす前に、人影は消滅する。
この出来事に直次は緊張し、その緊張はさらに高まるが、人影の向こうに見えたのは知り合いの友人だった。
雨が上がり、青白い月が顔を覗かせる中、夜鷹はその場を離れ、直次は夜鷹との未来について思いを馳せるが、その結末は不明である。
人は自分に見えるものしか見ることができないのかもしれない。
ゆらゆらと揺れる感覚と優しい声で目覚めると、劇が終わっていたことに気づく。
周りの生徒が席を立ち、ホールを出ようとしている中、薫が彼女を劇の終わりまで起こそうとしていた。
劇の内容をほとんど見ておらず、感想をどう書くか心配するが、薫が手伝ってくれることに感謝する。
教室では自習の時間に感想を書き、その後はクラスメイトと話すことに。
劇は彼女の興味を引かなかったが、薫と親しい男子との会話に少し参加する。
劇の一部を思い出し、それについて話を交わすが、詳細には参加できない。
結局、劇の内容をもう一度見直すことを考え、高校の図書室で文庫本を探すことにする。
興味深いシーンや演技を称賛する薫と男子の会話に笑いが交じり、五月の爽やかな風が教室に流れ込む。
夜鷹が去り際に直次の名を呼ぶシーンは、直次を驚かせた。
今まで名を呼ばなかった夜鷹が突然名を呼ぶことで、直次はその意図を知ろうとするが、明確な答えは得られなかった。
甚夜は直次の狼狽える様子を楽しみながらも、夜鷹の行動については「妙な女だ」と評し、彼女の優しさにいつか気づくかもしれないと考えるが、それがすぐには変わりそうにないと感じていた。
残雪酔夢
1
安政三年の冬、甚夜は鬼を討伐した後、屋敷の前で働いていた初老の男から報酬を受け取る。
この武家屋敷は主と住人が失踪し、鬼が出現した場所であった。
男は生き残り、甚夜を探し出して助けを求めた。
男は、亡くなった主を懐かしみながら、甚夜に感謝を述べて去る。
甚夜は人間離れした力を持ちながらも、人々の日常と交流することで平穏を感じていた。
彼は喜兵衛の店でおふうとともに祝いの準備をし、喜びを分かち合う。
善二が番頭に昇格したことを祝う宴が行われ、直次や奈津も参加する。
祝いの席で、話題の酒「ゆきのなごり」が振る舞われるが、味は期待外れで、善二や直次はその酒に失望する。
甚夜もその酒を試すが、彼には薄く感じられた。
この酒は懐かしさを感じさせるものの、美味しいとは言えなかった。
2
翌日、夕暮れ時、甚夜は隣の親娘の会話を聞きながら長屋を出る。
親娘の会話は、父親が酒をやめないという内容で、娘の心配を父は気にせず酒を楽しんでいる。
甚夜はこの会話を聞きつつ、夜の街を歩き、神田川と隅田川の合流点にある柳橋に到着する。
そこで夜鷹と名乗る女性と出会い、夜鷹から鬼に関する情報を買う。
その後、二人は酒について話し、最近流行っている酒「ゆきのなごり」についての話題が出る。
夜鷹はこの酒が極上の酒だと評されていることを伝えるが、甚夜はその味を薄いと感じている。
甚夜は夜鷹に、「ゆきのなごり」についての詳細な調査を依頼する。
この酒が巷でどのように受け入れられているか、なぜ彼には味が薄く感じられるのかを知りたがっている。
夜鷹が去った後、甚夜は孤独な夜空を見上げながら静かに雪が降り積もるのを感じている。
数日後、甚夜の長屋に奈津が訪れる。
奈津は、最近番頭になった善二が仕事をせず酒ばかり飲んでいることを悩んでおり、彼を説得するために甚夜に同行を依頼する。
甚夜は奈津の頼みを受け入れ、二人は善二を説得しようとする計画を立てる。
日本橋の煮売り酒屋に甚夜と奈津が訪れる。
昼間にもかかわらず店内は客で賑わい、二十人近い客がいた。
店の中で善二が見つかり、奈津に対して不適切な発言を繰り返す。善二は酔っており、激しい言葉を奈津に投げかける。
これに対し、甚夜が介入して善二をたしなめようとするが、善二は甚夜にも敵意を露わにし、攻撃しようとする。甚夜はこれをかわし、善二を制する。
その後、酒屋の他の客たちが甚夜と奈津を取り囲むが、甚夜は彼らを手際よく制圧する。
この一連の出来事はゆきのなごりという酒が関与していると疑い、甚夜はその酒についてさらに調査を進めることを決める。
最後に、三代目秋津染吾郎という人物が登場し、彼もこの事態に関与することとなる。
3
善二は須賀屋の共同寝床で目を覚ます。
何が起こったのか記憶を辿り、日本橋の煮売り酒屋で酒を浴びるように飲み、奈津を罵倒し、甚夜に殴りかかって返り討ちにあったことを思い出す。
彼は自分の無様な行動を思い返し、恥ずかしく感じる。奈津が現れ、善二は彼女に謝罪する。
奈津は優しく、過去の言葉が全てではないことを理解していると告げる。
その後、須賀屋主人の重蔵が現れ、善二に厳しく次はないと宣告する。
善二は反省し、真面目に働くことを決意する。
秋津染吾郎は、京の生まれで根付の職人兼付喪神使いである。
彼は、甚夜と異なり、鬼の討伐よりも職人としての自己を重視する。
染吾郎は江戸で甚夜に再会し、ある事件について話をする。
京で起こった兄が弟を殺害した事件をきっかけに、彼は似たような事件が多発していることに気づく。
これらの事件は、全て酒に関連しており、特に「ゆきのなごり」という酒が関与していると染吾郎は考える。
この酒は江戸から供給され、飲むと人が豹変する。
二人はこの酒の存在について探ることになる。
酒屋で甚夜と染吾郎は、売り切れとなった「ゆきのなごり」を探すが、店内で店主の死体を発見する。
事件の痕跡から、彼らはこの酒が何らかの悪影響を与えていると推測し、さらなる調査を続けることを決意する。
4
秋津染吾郎は、甚夜の部屋に泊まり込んだが、二人の関係は特に親しくはない。
朝食がないため、甚夜と染吾郎は外で食事をすることにする。
江戸の町は夜からの雪で覆われ、二人は喜兵衛の茶屋へ向かう。
そこで、おふうが客の怒りにさらされている場面に遭遇する。
甚夜は介入して事態を収めるが、この過程で男達が酒に酔って乱暴になっていることに気付く。
染吾郎はこの状況を利用して蛤の付喪神の力で蜃気楼を作り出し、男達を外へと誘導する。
その後、甚夜と染吾郎は食事を取りながら奈津から善二の近況を聞く。
善二は真面目に働いているが、甚夜は、ゆきのなごりが江戸の町にどのような影響をもたらすかを懸念している。
最後に甚夜は奈津に対して、重蔵に他の酒を飲むよう伝えるよう頼む。
柳橋にて夜鷹に遭遇した甚夜と染吾郎は、ある情報を聞かされる。
夜鷹から、ゆきのなごりという酒がどこで作られ、どのように江戸に入って来たのかについての情報が不明であること、ただし仕入れている酒屋は蔵前にあることが分かったと告げられる。
さらに、その酒屋は以前、菊夫という鬼を討つ依頼を出したことがあり、酒屋の店主はゆきのなごりを神仏の導きによるものと説明している。
染吾郎と甚夜は、明日その酒屋を訪れる計画を立てる。
翌朝、甚夜と染吾郎は、隣の親娘が喧嘩する声で起こされる。
父親は酒乱で暴れており、甚夜と染吾郎は、異変を感じた隣の部屋に急行する。
そこでは、父親が鬼に変貌しており、娘を殺害していた。
甚夜は鬼を討ち、鬼化した父親の死によって状況が一段落する。
二人は、この事件がゆきのなごりと関連があることを疑い、酒屋の店主に詳しい話を聞くべきだと決意する。
5
その日、雪が降り続け江戸の町は真っ白に覆われていた。
重蔵はいつものように部屋で一人酒を呑んでいたが、最近は穏やかではなく、苦々しい様子で杯を空けていた。
これはおそらく、番頭になったばかりの善二の失態によるものだ。
奈津が訪ねると、重蔵は一時的に視線を彼女に向けたが、すぐに手酌で酒を注ぎ続けた。
奈津は善二が反省していると伝え、和解を促そうと土産を用意していたが、酒ではなく茶菓子を選んだ。
重蔵はそれに興味を示しながらも、再び酒を呷り続けた。
奈津は健康を心配して酒を控えるよう優しく注意したが、重蔵は今は酔いたい気分だと言って、酒を呑み続けた。
床に置かれた酒瓶には、「ゆきのなごり」と記されていた。
江戸の蔵前にある酒屋、水城屋の店主は、帳簿をめくりながら自らの儲けをにやりと笑っていた。
店の売上は尋常ではなく、見目麗しい女性によって紹介された「ゆきのなごり」という酒のおかげであった。
女性は店主に対し、この酒を販売するよう勧め、店主はその言葉に従った。
その結果、酒は非常によく売れており、一度飲み始めると止まらない性質のものであった。
店主は帳簿を置き、蔵へ向かった。
そこには大量のゆきのなごりが保管されており、すぐに売り切れると確信していた。
ある日、店主が蔵を訪れた際、浪人とその連れが突然現れた。
浪人は以前、鬼を退治してくれた人物であったが、この日はゆきのなごりを求めていた。
店主は浪人の要求に応じざるを得ず、蔵内にあるゆきのなごりを認めた。
浪人とその連れは、この酒が欲しいことを明かし、店主は緊張した状態で対応した。
奈津が父である重蔵に誘われ、躊躇しつつもゆきのなごりという酒を呑んだ。
その後、重蔵は娘に酒を注がせ続け、不機嫌そうに酒を飲んだ。
一方、水城屋の店主は、甚夜とその連れに問い詰められた。
店主は、ゆきのなごりが人を鬼へと変える酒であること、金髪の女からその酒を渡されたことを話した。
しかし、それ以上のことは知らないと主張した。
店主は甚夜によって尋問され、鬼への変貌を始めた。
甚夜と染吾郎は、酒が人を鬼に変えることを確認し、重蔵も同じ運命を辿る可能性を懸念した。
重蔵が深酒の後、異常な状態に陥っていた。
彼は体を震わせ、唸り声を上げており、奈津は医師を呼ぼうとしたが、重蔵はそれを拒んだ。
その後、彼の体は急速に変化し、人の形を失っていった。
奈津は、かつては素直に向き合えなかった重蔵との関係が改善され、血のつながりがないにも関わらず親子としての絆を深めていた。
しかし、目の前に異形となった重蔵の姿があり、奈津は深い悲しみと共に小さな悲鳴を漏らした。
6
寒々とした蔵内で、七尺を超える鬼が急激な肉体変化を遂げていた。
着物は破れ、灰色の皮膚が露わになる。
甚夜は、かつてこの蔵で斬った鬼を思い出しながら、鬼に向けて切っ先を揺らす。
鬼は、店主がゆきのなごりを知っていて鬼になる可能性があると知りながら販売したことが明らかになる。
甚夜は、鬼が急激に突進してくると、駆け出した瞬間に蔵の地面が陥没するほどの力を感じ取る。
しかし、甚夜は退かず、鬼の脇をすり抜けながら攻撃を仕掛けるが、鬼の反撃も凄まじく、予想以上に強靭だった。
甚夜の攻撃が肉に食い込むも鬼を倒すには至らず、さらに拳が甚夜の胸に突き刺さるが、想定以上にダメージは少ない。
状況を染吾郎が注意しながら見守る中、鬼は再び立ち上がり、甚夜へと拳を振るう。
甚夜は、攻撃を避けながら剣で反撃し、鬼の体を裂いていく。
かみつばめは元々、紙で燕の形を作り紐をつけて遊ぶおもちゃである。
犬神とともに、かみつばめを使用して鬼を攻撃する染吾郎は、これら軽量で持ち運びやすい紙製の付喪神を好んでいる。
燕は敵を切り裂き、犬は噛みつく。
染吾郎は付喪神を使い鬼を牽制しつつ戦うが、鬼は巨体でありながら高速で動き、容易には倒せなかった。
犬神やかみつばめにはそれぞれ特有の能力があるものの、直接的な威力には欠けるため、鬼を討つには不十分だった。
戦況は鬼の体力と速度が優勢で、染吾郎は敵を牽制しつつも位置を変えて戦う必要があった。
甚夜が去った後、染吾郎は自身の最終手段である短剣を用いることに決める。
この短剣は、鍾馗という疫病除けの神に関連し、彼の人形が持つものと同じデザインである。
鬼は鍾馗の圧倒的な存在感に直面し、攻撃を仕掛けるも効果はなかった。
鬼を迅速に討つには、染吾郎の戦術と鍾馗の強力な剣技が必要であった。
敵は強くなく、先の鬼と比べると速さや力も劣る。
しかし、甚夜は彼には避けられない。
鬼の強力な拳が甚夜の左腕に当たり、肉を抉り骨を軋ませた。
甚夜は反撃を試みるも、その攻撃は遅く、効果はなかった。
既に数度の攻防を繰り返し、甚夜は傷だらけで、鬼には一切のダメージを与えられていなかった。
その一方的な戦いの中で、鬼の攻撃は止まらず、甚夜は反応することができるが、攻撃を受け続ける。
最終的には、鬼の拳が甚夜の腹部を強打し、内臓を損傷させた。
甚夜は酒瓶に触れたが、それを手に取る力さえ残っていなかった。
重蔵についての思い出や家族に対する感情が彼の心をかき乱し、戦意を鈍らせた。
結局、甚夜は鬼に倒され、意識を失いながらも、自らの無力さを痛感する。
彼の闘争は、内面の葛藤と外敵との戦いの両方であり、最終的には自己との戦いであることが明らかになった。
7
甚夜は彼女が殺されるのを見ていられなかったため、自分の正体を晒した。
彼は鬼の左右非対称の姿を見て、自身との類似性を感じ、皮肉だと思った。
その後、甚夜は強い決意を口にし、鬼との戦いを開始した。
躊躇いなく鬼の頭を掴み、床へと叩きつけたが、床が壊れてしまい、鬼は壁を突き破り庭へ飛んだ。
甚夜は追い詰められ、鬼との一騎打ちを決意。
彼の左腕は異形に変形し、拳を振り下ろして鬼を倒した。
奈津は恐怖のない眼で甚夜を化け物呼ばわりし、彼はその言葉に打ちのめされた。
甚夜は結局何も守れず、愚かな男の役を果たしてしまった。
終幕はいつも通り、彼は自己の失敗と向き合った。
大山は美しい山容を持ち、庶民の山岳信仰の対象となっている。
山頂には阿夫利神社本社があり、中腹には阿夫利神社下社、その下には大山寺がある。
この地は「雨降山」とも呼ばれ、雨乞いの神の住まう地として農民から信仰を集めていた。
染吾郎と甚夜は雪の中を歩いていて、酒の泉に向かっていた。
染吾郎は疲れを訴えるが、甚夜は黙って進めようとした。
二人は、ゆきのなごりの正体について話し合い、それが人を鬼に変える酒であることを話し合っていた。
その酒は、死者の無念でできており、その想いが水に溶け出している可能性があるという話をしている。
江戸編終章 酒宴のあと
堺町で夜な夜な現れる血塗れの鬼を討伐した甚夜は、その依頼を浮世絵師である嵯峨道舟から受け、僅かな銭を得て仕事を終える。
道舟の茶の誘いを断り、冬の寒さを感じながら長屋を後にする。
その後、いつもの食事処でかけ蕎麦を啜り、奈津や善二の姿がないことに気づく。
甚夜は以前と変わらぬ日々を送りながらも、鬼の騒動が増えていることを感じる。
江戸の町の暮らしが難しくなり、物価の上昇や治安の悪化が庶民に影響を与えていることを客の会話から知る。
食事を終え、看板娘と冬の夜道を歩きながら、最近の依頼の多さについて話し合う。
甚夜は彼女からの心配を感じつつ、自分の役割と江戸の厳しい冬について考える。
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