どんな本?
下ネタなアホ本(褒め言葉)
現代から異世界へと転生し、理不尽な強さを手に入れた主人公クライヒハルトは、王国騎士団長として人類最強の英雄と称される。しかし、彼が騎士となった真の理由は、第二王女マリーに一目惚れし、彼女から虐められることを望んだからであった。戦時中の王国を守る見返りとして、マリーから“ご褒美”を受け取る日々を送るクライヒハルト。常識人のマリーは、彼を王国に留めるために“女王様”を演じ続け、周囲の国々も彼を懐柔しようと策を巡らせる。マゾ気質な最強騎士と彼に振り回される人々が織りなす、制御不能の英雄譚がここに始まる。
主要キャラクター
• クライヒハルト:異世界転生により圧倒的な力を得た王国騎士団長。人類最強の英雄と称されるが、実はマゾヒストであり、マリーからの“ご褒美”を生きがいとしている。
• マリー:王国の第二王女で、クライヒハルトが一目惚れした相手。常識的で責任感が強く、彼を王国に留めるために“女王様”を演じるが、その役割に苦労している。
物語の特徴
本作は、異世界転生とマゾヒズムという異色のテーマを融合させた作品である。主人公のクライヒハルトは、圧倒的な強さを持ちながらもマゾヒストという特異な性格を持ち、そのギャップが物語のユニークさを際立たせている。彼と周囲のキャラクターたちとの関係性や、彼の特異な性癖が引き起こす騒動が、読者に新鮮な驚きと笑いを提供する。
出版情報
• 著者:成間 饅頭
• イラスト:水龍 敬
• 出版社:KADOKAWA
• 発売日:2024年11月29日
• 判型:四六判/292ページ
• 定価:1,430円(本体1,300円+税)
• ISBN:9784048113984
読んだ本のタイトル
異世界転生したのでマゾ奴隷になる
著者:成間 饅頭 氏
イラスト:水龍 敬 氏
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あらすじ・内容
人類最強のマゾ騎士に異世界が振り回される!?
異世界転生で理不尽な強さを手に入れ、王国騎士団長の座に就いたクライヒハルト。人類最強の英雄とまで称された彼だが、実は一目惚れした第二王女マリーから虐めてもらうためだけに騎士になったトンデモない“マゾ”で!?
戦時中の王国を守る報酬として、マリーから“ご褒美”を与えられる。そんな充実した日々を気ままに送るクライヒハルトであったが、常識人のマリーは彼を王国に繋ぎ止めるべく“女王様”を演じて胃を痛める毎日。さらに周辺諸国の強者たちもクライヒハルトを懐柔しようと策を巡らせており――!?
マゾ気質な最強騎士と彼に振り回される人々が紡ぐ制御不能の英雄譚、開幕!!
【書籍版限定の書き下ろしエピソード2本収録】
・書き下ろし番外編『裏方の彼女たち』
・書き下ろし番外編『エピソードゼロ』
異世界に転生したクライヒハルトは、圧倒的な戦闘力を持つ英雄となる。しかし、彼の興味は名誉や権力ではなく、マゾヒズムにあった。理想の女王様に支配されることを夢見て、彼は王国騎士団の団長となり、王女マリーの忠実な臣下となる。
ワイバーンの異常発生を半月で殲滅したクライヒハルトは、王国の英雄として称えられるが、彼が真に求めるのは王女からの「ご褒美」であった。彼の異常な忠誠心は、王国の未来を左右するほどの影響を持ち、マリーは彼を管理することに苦悩する。もし彼が飽きれば、国を捨てて新たな「ご主人様」を探しに行く可能性すらあった。
英雄としての役割と個人的な嗜好の間で揺れ動くクライヒハルトは、戦いの後の余韻を楽しみ、騎士団長としての務めを果たしながらも、ひたすら王女の躾を待ち望んでいた。一方で、王国の未来を握るマリーは、彼を満足させつつ、国家の安定を図るために奔走する。やがて、彼らの関係は王国の外交にまで影響を及ぼし、帝国の皇帝リリカとの因縁や、新たな脅威との戦いへと発展していく。
クライヒハルトの忠誠は、個人的な欲望の延長でありながらも、結果的に王国を守る力となる。しかし、それは常に不安定なものであり、マリーは彼の管理に心を砕き続けるのであった。
感想
この物語は、下ネタ全開の異世界コメディーであり、国家存亡の危機を回避するために、王女がドMな英雄を躾けるという異常な構図が描かれる。読む際は、公共の場や食事中を避けた方がよい。笑いを堪えるのはほぼ不可能である。
異世界最強系の主人公は、その力ゆえに孤独になりがちだが、本作のクライヒハルトは違う。彼は自身の欲望を隠すことなく貫き、己の生き方を確立している。その異常さが、むしろ彼を魅力的なキャラクターにしている点が面白い。彼を取り巻く登場人物たちも、それぞれの立場や知識を基に行動し、物語が無駄なく進む点も好印象である。
王女マリーの苦悩もまた興味深い。彼女は、王族でありながら立場が弱く、貴族から冷遇される存在であった。しかし、クライヒハルトの忠誠を受けたことで、その地位は急上昇する。だが、それは彼女にとって負担であり、彼の扱いを誤れば国家が揺らぐという緊張感が物語にスパイスを加えている。
また、リリカという狂気の皇帝が登場し、クライヒハルトとの関係性が新たな問題を生む展開も見どころである。リリカの異常な思想と、クライヒハルトへの執着は、物語に独特の緊迫感を生み出し、王国と帝国の関係を複雑にしていく。単なるコメディーではなく、外交や戦略の要素も絡み、読み応えのある展開が続く。
全体として、ギャグとシリアスのバランスが絶妙であり、異世界転生ものとしても異色の作品である。マゾヒストな英雄と、それを管理する王女の関係は、もはや恋愛を超えた異常な主従関係でありながら、読者を惹きつける魅力を持つ。異世界ものの新たな切り口として、非常に面白い作品である。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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備忘録
番外編 エピソードゼロ
クライヒハルトとの邂逅
マリー・アストリアは、時折夢を見る。戦場で初めてクライヒハルトに出会った瞬間を。剣を振るい、魔物を斬り裂くその姿。あたかも陽光の下の絵画のように、すべてを解決してしまう英雄の姿を。その日が、彼女の運命を大きく変えた日であった。
撤退戦と死の予感
王国軍は帝国の圧倒的な物量に押され、戦況は悪化していた。帝国の新たな皇帝であり英雄でもあるリラトゥが前線に立ったことで、王国の勝機は完全に潰えた。士気向上のため王族が前線に立つという決定のもと、マリー・アストリアが送り込まれたが、状況は最悪であった。
帝国軍の魔物の猛攻を受け、王国軍は総崩れとなった。撤退の時間を稼ぐためには「捨て駒」が必要となり、その役目を自ら買って出たマリーは、しんがりを務めることとなった。しかし、計画は崩れ去り、魔物の大軍に追われながら必死に馬を駆ることしかできなかった。
絶望の中の奇跡
追ってくる魔物の鳴き声が近づき、もはや逃げ切ることは不可能と悟った時、轟音と共に魔物が粉砕された。振り返ると、無数の魔物が一瞬で斬り伏せられていた。
その瞬間、天候すらも彼を祝福するかのように、雲が切れ、一筋の光が差し込んだ。その光の下に立つのは、黄金の髪を持つ一人の男。彼こそがクライヒハルトであった。
英雄の登場
クライヒハルトは、救出の経緯を気軽に語った。戦場で助けを求める兵士を救い、次々と囮となっていた劇団員を拾い上げ、最終的にマリーのもとへと辿り着いたという。あまりにも都合が良すぎる展開に、マリーは自分が夢を見ているのではないかと疑った。
しかし、目の前の事実は疑いようがなかった。彼がいなければ、マリーは死んでいた。震えそうになる身体を抑え、彼に深く礼を述べた。
英雄を王国に引き入れる決意
マリーは即座に考えを巡らせた。クライヒハルトが王国に仕えてくれるなら、王国の滅亡を防ぐ可能性が生まれる。彼をどのような方法で引き入れるか、それが問題であった。
しかし、彼は国に仕えることに消極的であり、通常の報酬では動きそうにない。そこで、マリーは自身の異能に頼ることとなった。彼女の異能は「長く話した相手の望みを察する」という、微妙な能力であった。
英雄の意外な望み
異能によって浮かび上がったのは、到底信じられないものであった。クライヒハルトの望みは、マリーに罵られ、踏まれることであった。彼の視線は幾度となくマリーの足元に向けられ、明らかに異常な期待を抱いていた。
この事実を理解した時、マリーの思考は混乱した。なぜこの状況でそんなことを望むのか。彼は英雄であり、自分の命の恩人であるはずだった。しかし、現実として、彼を動かす手段はそれしかなかった。
マリーの決断
マリーは意を決し、女王のように振る舞うことを選んだ。わざと脚を組み替え、視線を誘導し、最後には彼の足を踏みつけた。そして、冷たい声で彼を罵った。
クライヒハルトの反応は、期待通りであった。彼は否定の言葉を発しながらも、その態度には明らかな喜びが滲んでいた。マリーは更に追い打ちをかけ、彼をマゾであると断じた。
結果として、クライヒハルトは歓喜し、マリーの騎士となることを誓った。
王国に新たな力
こうして、クライヒハルトは王国の騎士となった。彼がもたらす戦力は計り知れないものであり、王国にとって大きな希望となった。
しかし、マリーはこの出来事の詳細を決して振り返りたくなかった。何よりも、その過程からは目を逸らし続けることを決意したのだった。
第一話 マゾ奴隷の凱旋
マゾ騎士団長の異世界転生
異世界での転生と騎士団長への道
クライヒハルトは異世界へと転生し、圧倒的な戦闘力を手に入れた。この世界では、力がすべてを決定するため、彼の強さは異常なまでに影響力を持つこととなった。しかし、彼の興味は戦闘や権力ではなく、マゾヒズムにあった。理想の女王様に支配されることを夢見た彼は、王国騎士団の団長となり、王女マリーの忠実な臣下となることで、その理想を追求しようとした。
英雄としての凱旋
ワイバーンの異常発生により、交易路が封鎖される事態が発生した。王国はクライヒハルトを討伐に派遣し、彼はわずか半月で群れを殲滅した。王都に帰還した彼は、英雄として凱旋パレードの主役となり、市民から称賛を受ける。しかし、彼の本心はその名誉に興味がなく、女王マリーからの“ご褒美”に心を躍らせていた。周囲の賛辞を浴びるたびに、彼は自らが堕ちる瞬間の快感を想像し、興奮を抑えきれなくなっていた。
王女マリーの苦悩
王国の第二王女マリーは、クライヒハルトが王国に仕える理由が、単なる忠誠ではなく、自分に虐げられることにあると理解していた。彼が忠誠を誓うのは国ではなく、彼女個人に対するものであり、王国の未来は彼のマゾヒズムにかかっていた。もし彼が満足しなければ、簡単に国を捨てて新たなご主人様を探す可能性すらあった。そのため、マリーは彼を飽きさせないために、日々新たな調教の計画を練ることを強いられていた。
異常な忠誠と国家の危機
クライヒハルトは単なる戦士ではなく、異常なまでに強大な力を持つ英雄であった。その影響力は王国内だけにとどまらず、周囲の国々も彼を引き抜こうと狙っていた。彼が王国に留まる唯一の理由は、マリーによる調教という極めて個人的なものであり、その均衡が崩れれば、王国の安全すら揺らぎかねなかった。マリーはクライヒハルトの本性を周囲に悟られないよう細心の注意を払いながら、彼を適切に管理しなければならなかった。
調教の計画と新たな試み
遠征から戻ったクライヒハルトは、王女からの新たな“ご褒美”を求めていた。マリーは彼の嗜好を分析し、彼が現在求めているプレイを探るため、彼の従者から報告を受けた。今回は「軽薄なギャルに弄ばれる」ことを望んでいると推測され、彼の欲求を満たすために劇団を動員し、王立学院の女生徒に扮した役者たちによる調教を計画した。国家の未来を守るために、王女はその役割を完璧に演じる覚悟を決めるのであった。
英雄ではなく、狂気の物語
クライヒハルトの物語は、単なる勇者譚ではなく、国家をも巻き込む異常な性癖を持つ英雄と、それに翻弄される人々の記録であった。彼の忠誠心は王国のためではなく、彼の個人的な欲求を満たすために存在しており、それが王国の運命を左右していた。王女マリーは、この異常な英雄を管理するために苦悩し続けるが、それが果たしてどこまで続くのか、誰にも分からなかった。
第二話 マゾ奴隷の休日
英雄と調教の余韻
調教の余韻と騎士団長の語り
クライヒハルトは、前日の調教の余韻に浸っていた。彼の興奮は窓ガラスを割るほどのオーラとなり、その圧倒的な高揚感を周囲に撒き散らしていた。マリー王女のサディスティックな才能は驚異的であり、予想外の王立学院の生徒を調教の一部に組み込むという発想は、彼の期待を遥かに上回るものだった。彼は彼女の才能を称賛し、ますます忠誠を深めていった。
騎士団の役割とクライヒハルトの地位
シグルド王国第一王国騎士団は、王国最強の軍事組織であり、王城の警備や大規模な脅威の排除を担う部隊であった。クライヒハルトはその団長として、絶対的な戦力を誇っていた。しかし、彼自身には日常的な業務がほとんどなく、マリー王女の配慮によって補佐官たちに仕事が割り振られたため、彼は実質的に自由な時間を持て余していた。
騎士団長の日常と時間の浪費
クライヒハルトは、騎士団員たちに稽古をつけることも考えたが、彼の強さがチートによるものであるため、伝授できる技術は皆無であった。結果として、騎士団全員と彼が戦う模擬戦を定期的に開催する程度に留まっていた。しかし、これも彼の圧倒的な力を前にしては一方的な戦いとなるため、彼にとっては退屈なものであった。彼はやることがなく、娯楽の少ない異世界での生活に悩んでいた。
英雄の自由と王国の管理
英雄であるクライヒハルトは、王国に対して絶大な影響力を持っていた。しかし、その自由を自らの意思で制限し、マリー王女の命令以外では行動しないことを決めていた。彼は、自分の力が国家転覆すら容易に成し得ることを理解しており、誤った判断を避けるために何もせず、必要とされる時のみ動くことを選んでいた。彼の存在は王国にとって計り知れない価値を持ちながらも、その扱いには慎重を要するものであった。
王女の苦悩と諜報機関の変化
一方、マリー王女は膨大な公務に追われていた。その多くが、クライヒハルトの調教に関わる後始末であり、王立学院からの礼状や中庭の使用申請の捏造、さらには諜報員への休暇措置まで、多岐にわたっていた。本来、彼女の私設諜報機関「劇団」は情報収集を目的としていたが、現在ではクライヒハルトの調教を円滑に進めるための裏方として機能するようになっていた。密偵たちは彼の調教に巻き込まれ、精神的な疲弊を強いられていた。
英雄の異質さと王国の存続
マリーは、クライヒハルトが王国にとってどれほど重要な存在であるかを再認識していた。他国の英雄たちは、国を乗っ取ったり、神を名乗ったり、浪費癖が酷かったりと、国の運命を大きく左右していた。その中で、クライヒハルトは比較的安定した存在であり、彼女自身が管理し続ける限り、王国に忠誠を誓ってくれるという点では破格の価値を持っていた。しかし、彼の忠誠心が王国ではなく彼女個人に向けられていることが、彼女にとって最大の負担となっていた。
王女の決断と英雄の訪問
クライヒハルトの存在が王国にとって必要不可欠であることを理解しながらも、マリーは彼を管理することの精神的負担に苦悩していた。そんな中、彼が執務室に訪れるという報告が入った。おそらく、彼は暇を持て余し、彼女のもとへとやってきたのだろう。マリーは冷静な態度を保ちながら、彼を迎え入れることを決めた。彼に何か仕事を与えるか、それとも調教を施すか――その判断を下すために、彼の顔を見ながら考えることにした。
第三話 マゾ奴隷の謁見
王宮での陰口と孤立
マリー王女は王宮へ登城していたが、周囲の貴族たちから冷たい視線を向けられていた。彼女が平民の母を持つ庶子であることが、その理由であった。彼女の母は国王に見初められ、王宮に迎え入れられたが、産後の肥立ちが悪くして亡くなった。それ以来、マリーは正当な王族と認められず、陰口を叩かれながら生きてきたのである。彼女の立場は、王国最強の英雄クライヒハルトが仕えるようになってから多少改善されたが、それでもなお、彼女に向けられる蔑みの視線は消えてはいなかった。
王宮の廊下では、貴族たちが彼女を遠回しに侮辱しつつ、クライヒハルトの功績を称えていた。その言葉の裏には、「主君である彼女には何の価値もない」という意図が込められていた。彼女はそれを理解しながらも冷静に振る舞い、貴族たちの言葉を受け流していた。
王女の孤独と回想
王族として生まれながら、マリーには騎士団も領地も与えられなかった。貴族たちは、平民の血を引く彼女に権力を持たせることを快く思わなかったのである。彼女が築き上げた私設の諜報機関「劇団」さえも、利用価値があると見なされるや否や、義兄に奪われそうになった。彼女が最も高く評価されているのは、皮肉にもクライヒハルトだけであった。
謁見の間で待たされる間、彼女はこの王宮での孤独を改めて実感していた。使用人すらも彼女に寄り添うことはなく、彼女はただ一人、静かにソファに座っていた。
クライヒハルトの突然の登場
そんな静寂を破ったのは、突如としてテーブルの下から現れたクライヒハルトであった。彼はマリーがここに来ることを察知し、王女の足元で待ち伏せていたのである。彼の狙いは明白で、彼女からの“ご褒美”を求めていた。マリーは驚きを押し隠し、冷静に対応しながらも、彼の異常な行動に呆れ果てていた。
彼女は彼の欲求を見透かしながらも、その場を収めるために足元で軽く弄ぶように振る舞った。しかし、王宮の控室という公的な場所でこのような行為を続けることは危険であった。そこで彼女は機転を利かせ、クライヒハルトを隠しつつ、召使いを呼び寄せた。この状況を利用して彼の興奮を煽り、かつ露見しないように調教を進めるという、高度な駆け引きを展開した。
謁見と論功行賞
その後、クライヒハルトとともに謁見の間に入ると、王は彼の功績を称え、領地の授与を申し出た。しかし、クライヒハルトはこれを断り、王国の民のためにその報酬を用いるよう進言した。彼の謙虚な態度は王や貴族たちを感動させたが、横にいたマリーはその言葉の裏の意図を理解し、内心で苦悶していた。
さらに、クライヒハルトは自身への報酬を辞退する代わりに、マリーに褒美を与えるよう提案した。彼の発言により、王はマリーの歳費を増額することを決定した。彼女はこれによって王宮での立場を強化できると理解しつつも、クライヒハルトの行動が自分の意志とは無関係に進んでしまうことに対し、複雑な思いを抱いていた。
英雄の満足と王女の苦悩
謁見を終えたクライヒハルトは、自らの計画が思い通りに進んだことに満足し、誇らしげな表情を浮かべていた。一方で、マリーはその結果に安堵しながらも、彼を制御し続けることの難しさを改めて痛感していた。
彼の忠誠心は国王ではなく、完全に彼女個人へと向けられていた。それは彼女にとって強力な武器であると同時に、常に王国の未来を左右する不安定な要素でもあった。彼の異常な忠誠をいかにして維持し続けるか――それが、彼女の尽きることのない悩みの種であった。
第四話 マゾ奴隷と書類
王宮での休日
クライヒハルトは、休日の大半をマリー王女の居室で過ごしていた。彼は自らを「犬系彼氏」と称し、王女の命令に忠実に従う姿勢を見せていた。しかし、その振る舞いが周囲に受け入れられることは少なく、王女の側近であるイザベラには露骨に舌打ちや唾を吐かれるほど嫌われていた。それにもかかわらず、彼はそれを“最高のプレイ”として受け入れ、喜んでいた。
一方、マリーは書類に追われていた。クライヒハルトは何か仕事を求めたが、王都の警備や戦闘任務は兵士や冒険者の役割であり、書類整理も宮廷の格式に則った表現が求められるため、彼の手に負えるものではなかった。そのため、彼は結局、王女の背後に立ち、彼女の執務を観察することにした。
ワイバーン騒動の影響
マリーの机には、先日のワイバーン騒動に関する報告書が積まれていた。本来、彼女の管轄外であるはずの文書だったが、彼女は独自の情報網を駆使し、騎士団の書類を入手していた。その内容を確認した結果、被害は極めて小規模に抑えられており、その理由はクライヒハルトの迅速な対応にあった。
王国最強の英雄である彼が即座に行動したことで、街道の封鎖が最小限に抑えられ、人的被害もほとんどなかった。マリーは、それこそが彼の功績であり、だからこそ彼女自身が最も理解していなければならないと考えていた。その姿勢に、クライヒハルトは深く感動し、彼女への忠誠心をさらに強めていた。
クライヒハルトの忠誠と王女の苦悩
クライヒハルトは、自らの功績を王女のものとし、彼女のために尽くすことを当然のように考えていた。彼の忠誠心は揺るがず、その報酬としてマリーに調教されることを望んでいた。しかし、彼の異常な忠誠は、宮廷の貴族たちにとって不安要素でしかなかった。
貴族たちは、王国の英雄であるクライヒハルトが、庶子の王女に仕えることを快く思っておらず、彼女を「悪女」として見なしていた。マリーの歳費がなかなか増額されないのも、彼女が「クライヒハルトを利用して私腹を肥やしている」と見なされているからであった。
イザベラは、そんな貴族たちに強い憎しみを抱いていた。彼女にとってマリーこそが王国を支える存在であり、彼女を軽んじる者たちを許すことはできなかった。しかし、マリーは冷静にその状況を理解し、貴族たちの不安にはそれなりの理由があると認識していた。
宮廷での立場と陰謀
貴族たちがマリーを危険視する理由は単純ではなかった。彼女が平民の血を引く庶子でありながら、王国最強の英雄を掌握していることが、その最大の要因であった。さらに、第一騎士団が王直属の組織であるにもかかわらず、クライヒハルトが王女の命を優先するという歪な構造も、貴族たちにとって大きな問題であった。
この状況を打破するため、貴族たちはマリーの悪評を流し、クライヒハルトを彼女から引き離そうと画策していた。しかし、マリーは彼らの動きを理解しつつも、それに動じることなく、王国のために動き続けていた。
王女と彼女を支える者たち
そんな中でも、マリーには信頼できる部下がいた。彼女の私設諜報機関である「劇団」は、陰ながら王国を支える役割を果たしていた。彼らの活動には多額の資金が必要だったが、クライヒハルトが功績と引き換えに歳費の増額を求めたことで、運営は以前よりも楽になっていた。
しかし、それでもマリーの宮廷内での立場は厳しく、陰口は絶えなかった。イザベラは貴族たちへの怒りを露わにし、彼らを皆殺しにすべきだと主張したが、マリーはそれを制した。彼女にとって、貴族たちの反発は理解できるものであり、力で押し切ることが得策ではないと考えていた。
そんな中、クライヒハルトは王女の足元で無防備に眠っていた。彼の無邪気な寝顔を見下ろしながら、マリーは彼の存在が自分にとってどれほど大きなものかを改めて実感していた。彼がいることで王国は守られ、彼女自身もまた、支えられていたのだ。
第五話 マゾ奴隷と皇帝
帝国との和平交渉
王宮の会談室において、帝国と王国の代表が向かい合い、和平交渉が行われていた。帝国の外務官は、戦争による被害の大きさを訴え、王国と手を取り合うべきだと主張した。一方、王国側はクライヒハルトの存在を背景に領土の回復を求めていた。両者の交渉は激しくぶつかり合い、条件の合意には至らなかった。
その膠着状態を崩したのは、一通の魔導通信であった。帝国の外務官は通信を受け取ると、表情を一変させ、狼狽しながら王国側に告げた。リラトゥ帝国の皇帝が、クライヒハルトとの会見を希望しているというのだ。
皇帝の訪問
帝国皇帝の訪問が決まったことを、マリー王女はクライヒハルトに伝えた。彼は驚愕し、強く拒絶した。リリカ・リリラト・リラトゥはかつて王国と戦った帝国の英雄であり、その異常な嗜好で知られていた。彼女は国家の制度を改変し、食人行為を合法化することで罪人を処刑するという名目で人を喰っていた。その人物が王国に来るとなれば、不吉な未来しか想像できなかった。
クライヒハルトは執拗に反対したが、マリー王女は彼に厳しく命じた。彼の忠誠心を利用し、従順な態度を取るよう強制したのである。王国の存続のため、クライヒハルトは渋々ながら皇帝との会見を受け入れざるを得なかった。
リリカとの再会
クライヒハルトは、王都に到着したリリカ・リリラト・リラトゥと対面した。彼女は小柄で幼い少女の姿をしていたが、その瞳には人間離れした冷徹さが宿っていた。彼女は無表情のままクライヒハルトを歓迎し、彼との再会を喜んでいた。しかし、その目的は単なる親善ではなかった。
リリカは彼に告げた。彼を「食べたい」と。彼女の異能は、喰らったものを自身の従僕として使役する力を持つ。彼女はクライヒハルトの力を認め、彼を自らの一部にすることを望んでいた。その狂気に満ちた提案に、クライヒハルトは絶句するしかなかった。
和平と異常な交渉
リリカは和平の意思を表明し、交易の開始を提案した。王国の小麦と帝国の鉄を交換し、両国の発展を図るという建前を掲げていた。しかし、彼女の本心は別にあった。彼女はクライヒハルトとさらに親密になり、いつか彼を喰らう機会を得ようとしていたのである。
交渉の場で、彼女は「仲良し度」を上げようと試みた。王国に領地を与えたり、帝国の従僕を貸し出すといった取引を持ちかけたが、クライヒハルトは警戒心を拭えなかった。彼女の目的が、単なる国家間の友好ではないことは明らかだった。
狂気の提案とクライヒハルトの苦悩
リリカは最後に、彼に選択肢を提示した。彼が彼女を食べるか、彼女が彼を食べるか。彼女にとって、どちらも魅力的な選択であった。クライヒハルトはそれを全力で否定したが、彼女はまるで理解できないという表情を浮かべた。
その後、リリカは交渉が長引くことを理由に、王都にしばらく滞在すると告げた。そして、彼女の従僕を交えた共同作戦を提案し、さらなる関係の深化を求めた。クライヒハルトは拒絶したかったが、彼女の異常な思考には抗いがたかった。
その場を離れた後、彼はただ一つの願いを抱いていた。王女の元へ戻り、この狂気から解放されることを。
第六話 マゾ奴隷と祝宴
悪夢と過去の戦争
クライヒハルトは戦争の記憶に苛まれていた。夢の中で、リリカ・リリラト・リラトゥが帝国軍を囮にし、膨れ上がる腹から無数の化け物を解き放つ光景が蘇る。戦術や戦略を度外視し、ただクライヒハルトとの決着のために国を使い潰すという狂気の戦法であった。
かつて帝国はリラトゥを英雄として崇めたが、彼女は軍を壊滅させ、腐敗した者を「物理的に解体」し、魔物の軍団で帝国の治安を維持する体制を作り上げた。その結果、彼女が産み出す兵士によって統治される国家が誕生したのである。
帝国主催の友好パーティー
リラトゥは王国との友好を示すため、盛大なパーティーを主催した。クライヒハルトも王国の英雄として参加を余儀なくされた。会場でリラトゥは「過去の帝国の過ち」を強調し、あたかも自身は被害者のような態度でスピーチを行った。戦争の発端が彼女自身にあったことを完全に覆い隠し、すべての責任を前皇帝に押し付ける発言であった。
そこにシグルド王国国王、グラナト・アストリアが登壇し、リラトゥの言葉に同調した。王は戦争の傷を乗り越え、新たな帝国と手を取り合うことを宣言したのである。貴族たちは賛成もあれば、内心複雑な者もいたが、王の決定に公然と異を唱える者はいなかった。
リラトゥとの会話
パーティーの最中、クライヒハルトはリラトゥに話しかけられた。彼女はクライヒハルトを「友人」と呼び、親しくなろうと試みた。しかし、その言動には人間的な感情が欠けていた。彼女はまるで教本の指示に従うかのように、親しみを示す方法を機械的に実行しようとしていた。
さらに、リラトゥは王国の貴族たちの間で囁かれる噂を持ち出し、マリー・アストリアが英雄を私物化しているという情報を伝えた。そして、彼女は「困っていることを解決すれば仲良くなれる」と述べ、不穏な意図をほのめかした。クライヒハルトは強い怒りを覚え、マリーに何か仕掛けるつもりなら容赦しないと警告したが、リラトゥはただ笑みを浮かべるのみであった。
予想外の発表
クライヒハルトがリラトゥの言動に警戒を強めていたところ、マリー・アストリアが姿を現した。彼女の登場により、クライヒハルトは態度を即座に切り替え、臣下としての振る舞いを取り戻した。リラトゥとの不穏なやり取りが中断され、安心する間もなく、王の声が響いた。
グラナト王は壇上に立ち、歴史的な和平の調印を発表した。そして、次の瞬間、衝撃的な発表が行われた。
「シグルド王国第二王女、マリー・アストリアと、リラトゥ帝国軍統括長ヴェスパー・ガルドロックの婚約をここに宣言する。」
会場が万雷の拍手に包まれる中、クライヒハルトとマリーは茫然と立ち尽くした。隣ではリラトゥが相変わらずの無表情で手を合わせていた。
クライヒハルトの心に、ただ一つの言葉が浮かんだ。
「王国は終わりである。」
第七話 終わりだよ全部
婚約破棄の決意
マリー・アストリアは突如発表された婚約に憤慨し、即座に破棄を宣言した。彼女の相手は帝国軍統括長ヴェスパーであり、政略的な意味合いを持つものであった。しかし、この婚約が成立すれば、クライヒハルトが暴走する可能性が高く、最悪の場合、王国と帝国の両国が壊滅する恐れがあった。マリーは執務室に戻り、イザベラと共に婚約破棄の方法を模索するが、即座に有効な手段は見つからなかった。
婚約の背景とリラトゥの意図
劇団の情報によれば、婚約の発案者はリラトゥであり、和平条約の一環として交渉されていた。条約そのものは王国に有利な内容であり、帝国からの賠償金や魔物兵団の提供など、多くの譲歩が含まれていた。しかし、その見返りとして、マリーの降嫁と帝国への移住が条件とされていた。
イザベラの分析によれば、リラトゥは今回の戦争を「敗北」と見なしていた。なぜなら、王国がどれほど追い詰められようとも、クライヒハルトを討つことができなかったからである。軍勢は時間とともに回復するが、英雄同士の力関係は不変であり、次に戦えばクライヒハルトが勝つと確信していた。そこで、リラトゥはマリーを人質として帝国に迎え入れ、クライヒハルトの暴走を抑えようと考えたのである。
王国の無策とイザベラの提案
マリーは王国の対応の拙さに不満を覚えた。クライヒハルトの忠誠を過信し、婚約を決定するにあたり彼女に相談すらしなかった王国貴族たちへの怒りが募る。そんな中、イザベラは驚くべき提案をした。すなわち、「王国を捨て、帝国へ渡る」というものであった。
イザベラは、王国がマリーを冷遇し続けてきたことを指摘し、これ以上尽くす理由はないと主張した。彼女と劇団も同行し、新たな未来を築くことが可能であると説いた。しかし、マリーはその案を即座に却下した。王国を捨てたところで、安全が保証されるわけではなく、結局は他国の思惑に翻弄されるだけであると判断したのだ。
戦う決意とクライヒハルトの異能解放
マリーは逃げるのではなく、「戦って勝つ」と決意した。リラトゥや王国の貴族たちに対抗し、自らの意志を貫くために動くしかないと確信した。そして、その切り札こそがクライヒハルトであった。
彼女はクライヒハルトの顔を持ち上げ、提案を持ちかけた。これまでの約束である「三つのご褒美」を超える内容を考えており、それにクライヒハルトが同意するかどうかが鍵であった。そして、彼は満面の笑みで頷いた。
この瞬間、クライヒハルトの異能が解放され、すべての局面が大きく動き出すことが決定された。
第八話 怪物の腹の内
リラトゥの過去と帝国の誕生
リリカ・リリラト・リラトゥは、かつて法国から追放された邪教の末裔であった。彼らの教義では、食人こそが魂を現世に繋ぎ留める手段とされ、家族や友人を食べることが信仰の中心にあった。しかし、その信仰は歴史が浅く、追放された一族は各国に拒まれ、静かに消滅する運命にあった。
その流れを狂わせたのが、リラトゥの誕生であった。彼女は生まれながらにして共感性を欠いた怪物であり、人間の感情を学習することはできても理解することはなかった。そして、彼女は成長するにつれ、一族全員を喰らい尽くしたのだった。やがて帝国皇族に目をつけられたリラトゥは、彼らの期待を裏切り、国全体を喰らい尽くし、新たな帝国の皇帝として君臨することとなった。
マリーの決意とクライヒハルトとの関係
シグルド王国の第二王女マリー・アストリアは、王国最高の英雄であるクライヒハルトの主として彼を従えていた。しかし、主従関係は極めて歪であり、実際にはクライヒハルトの方が圧倒的な力を持ち、彼女の意思によってかろうじて均衡が保たれている状態であった。
クライヒハルトの存在によって王国は繁栄し、未開拓領域をも切り拓く力を手に入れた。その見返りとして、マリーは彼に尽くし続けてきた。彼女の中では、それは恩義によるものであり、報いるべきものと認識していた。
その思いを胸に、マリーはリラトゥとの直接交渉に臨んだ。リラトゥが帝国軍人との政略結婚を進めた背景を探るため、二人きりで対峙することとなった。
リラトゥの異常な執着
リラトゥは、社交辞令を必要とせず、無機質な表情のまま率直に目的を語った。彼女が望んでいるのは、クライヒハルトを「食べる」ことであった。単なる食欲ではなく、彼を自らの体に取り込み、再生させることで「家族」となろうとしていたのだ。
さらに、リラトゥはマリーの婚約が、王国との友好を築くための方便に過ぎないと説明した。しかし、その言葉の裏には別の意図が隠されていた。マリーはその違和感を鋭く見抜き、彼女に真の目的を問うた。リラトゥは、その問いに対してわずかに敵意を見せ、王国の事情を詳細に把握していることを明らかにした。
そして、彼女は本当の狙いを告げた。それは、マリーを帝国に連れ去り、クライヒハルトの目が届かない場所で始末することであった。リラトゥは、自らの異能の力でマリーを食らい、その存在を取り込むことでクライヒハルトとの「共存」を果たそうとしていたのだ。
ヴェスパー・ガルドロックの襲撃
リラトゥの命令を受け、彼女の最も忠実な魔物ヴェスパー・ガルドロックが姿を現した。ヴェスパーは、クライヒハルトの血を元に作り出された魔物であり、その姿はクライヒハルトと酷似していた。彼は透明化してマリーの背後に潜み、一撃で彼女を貫いた。
マリーは致命傷を負い倒れたが、その異常な再生能力によって即座に復活した。リラトゥは彼女の異常な耐久力に驚きを見せる間もなく、突如として壁を破壊しながらクライヒハルトが乱入した。
決戦の幕開け
クライヒハルトは激怒し、リラトゥに襲いかかろうとしたが、ヴェスパーがそれを阻んだ。彼は即座にヴェスパーを蹴り飛ばし、リラトゥに迫る。しかし、マリーは彼を制し、ヴェスパーの討伐を優先するよう指示を出した。
クライヒハルトは命令に従い、ヴェスパーを追って窓から飛び降りた。そして、残されたマリーとリラトゥは、静かに対峙することとなった。
その間にも、クライヒハルトとヴェスパーの戦いが始まり、二国の運命を決定づける戦いの幕が上がったのである。
第九話 【対話】
英雄同士の激突
リラトゥとマリーの戦いは、もはや英雄同士の戦いとしては異常な規模であった。二人が拳を振るうたびに地面が裂け、大気が震えた。応接室では到底収まりきらず、戦場は屋敷の外へと広がっていた。
リラトゥは自身の異能【餓食礼餐】を駆使し、多種多様な魔物を呼び出した。光を操る狐や、寄生能力を持つ蛹が次々と襲い掛かったが、それらはマリーの拳一撃で粉砕された。理不尽なまでの膂力と防御力、さらに驚異的な再生能力を兼ね備えたマリーに対し、リラトゥは理解を超えた恐怖を抱いた。
彼女は改めてマリーを解析しようとし、魔力を識別する昆虫を用いて観察したが、その肉体には異常な強化が施されていた。技術も未熟で、攻撃の度に目を瞑るほどの素人であるにも関わらず、リラトゥの戦略が全て通じない。その違和感の正体に、彼女は気づいた。
クライヒハルトの異能の真実
リラトゥが導き出した結論は、クライヒハルトの異能が単なる自己強化ではないという事実であった。彼は、自らの力を”主人”と認めた相手に捧げる能力を持っていたのだ。これは、従来の英雄が持つ強化系の異能とは真逆の、自己弱体化を伴う異能であった。
この能力により、マリーはクライヒハルトの膂力、防御力、再生力のすべてを享受し、完全無欠の英雄へと押し上げられていた。そして、この事実を知ったリラトゥの心には、怒りと嫉妬が渦巻いた。
リラトゥの執着と暴走
リラトゥの異能は、食らったものを取り込み、自らのものとする力であった。彼女は再び【餓食礼餐】を発動し、魔物たちを次々と召喚しながら、マリーに猛攻を仕掛けた。しかし、そのすべてが拳一つで薙ぎ払われ、戦局は変わらなかった。
リラトゥは次第に感情を抑えられなくなった。彼女が持つクライヒハルトの血から、彼の心情を読み取った結果、そこにはただ一つ、マリーへの強い愛情があった。彼女はそれを認めたくなかった。しかし、それは疑いようのない事実だった。
彼女は叫ぶ。
「なぜあなたはそんなにも愛されているのか!」
彼女はただ、家族が欲しかった。クライヒハルトに愛されたかった。しかし、クライヒハルトの想いはすべてマリーに向けられていた。それが許せなかった。彼女にとって、愛することは食らうこと。クライヒハルトの愛を手に入れるために、マリーを消し去らねばならなかった。
怪物の変貌
リラトゥは、己の異能をさらなる段階へと進化させた。自身の肉体に魔物の因子を組み込み、異形へと変貌していく。複眼を持ち、巨人の筋力を持ち、鋭い牙を備えた新たな姿を手に入れた彼女は、狂気に満ちた笑みを浮かべながら再びマリーへと襲い掛かった。
対するマリーは、クライヒハルトから与えられた力を最大限に引き出し、一撃必殺の構えを取る。光が剣に収束し、クライヒハルトの異能が最高潮に達する。
リラトゥの魔物の大軍と、マリーの放つ黄金の光が激突した。
その瞬間、辺り一帯が爆発し、人々は後にこう語る。
「まるで星が墜ちてきたようだった」と。
戦いの終結と和解
戦いが終わると、マリーは疲れを感じながらも、倒れ伏すリラトゥに目を向けた。
リラトゥは静かに負けを認めたが、マリーに問うた。
「なぜ殺さないのか」と。
マリーは淡々と答える。
「完全に勝ったから」
「もう私を殺せないと分かったから」
「そして、怒る気になれないから」
リラトゥは、ただクライヒハルトに愛されたかっただけの少女であった。彼女の行動は間違っていたが、根底にあったのは人間としての願望であった。そのことを理解したマリーは、彼女を殺す必要を感じなかった。
それどころか、マリーはリラトゥを利用することを決めた。リラトゥ帝国初代皇帝を手駒にできるならば、王国のためにも自身の劇団のためにも大いに役立つ。
「まずは、この屋敷の修繕費をどうするか、考えましょうか」
そう言いながら、二人の間に奇妙な理解が生まれ始めていた。
ヴェスパー・ガルドロックの最期
一方、クライヒハルトはヴェスパー・ガルドロックと対峙していた。リラトゥがクライヒハルトの血を用いて生み出した最強の魔物であったが、クライヒハルトの敵ではなかった。彼は軽く手刀を振るい、ヴェスパーの四肢を容赦なく切断した。
ヴェスパーはなおも抵抗を試みたが、彼の攻撃はクライヒハルトには一切通じなかった。英雄の肉体は、ただの剣では傷つけることすらできないのだ。
「来世はもうちょい幸せになれるといいな」
そう呟きながら、クライヒハルトはヴェスパーを完全に葬り去った。そして、彼はマリーの助太刀を禁じられているため、森へと果物を探しに向かったのだった。
第十話 マゾ奴隷と人生の絶頂
リラトゥの調教とクライヒハルトの歓喜
リラトゥとの戦いから数日後、クライヒハルトは彼女に踏まれていた。マリーの手ほどきを受けたリラトゥは、彼の嗜好を理解し、戸惑いながらも的確に踏みつける。その様子をマリーが微笑みながら見守り、クライヒハルトの歓喜は最高潮に達していた。
彼にとって、それは至福の時間であった。リラトゥの小さな足が顔を踏む感触、汗の仄かな匂い、そして何より、マリーの指示のもとで行われるこの”しつけ”。英雄でありながら、最も求めていた関係がそこにあった。
マリーは冷静に状況を観察していた。帝国の皇帝をここまで巻き込むとは、もはや交渉の域を超えている。しかし、クライヒハルトがどこまでも順応し、リラトゥもまたその世界に染まりつつあるのを見て、彼女は新たな問題が生まれつつあることを察していた。
イザベラの詰問とマリーの言い訳
リラトゥとの戦いが終わり、すべてを隠蔽した後、マリーはイザベラに詰問されていた。問題は、リラトゥにクライヒハルトの嗜好を伝えたことである。
イザベラは冷静に指摘した。リラトゥにクライヒハルトの被虐嗜好を教えたことで、彼の忠誠が揺らぐ可能性がある。マリーは即座に否定したが、イザベラの理路整然とした追及に、ただ謝罪するしかなかった。
「違うのよ!」とマリーは主張する。彼女が教えたわけではなく、リラトゥはすでにその情報を知っていた。彼女はクライヒハルトの血を通じて、彼の感情を読み取っていたのである。その結果、クライヒハルトがどれほどマリーを慕っているのかを知り、彼女に嫉妬したリラトゥが、彼を独占しようと行動を起こしたのだった。
結果として、マリーはリラトゥを取り込むことで、事態を収束させた。しかし、それが新たな問題を生むことになるとは、まだ気づいていなかった。
リラトゥの新たな覚醒
しばらくして、リラトゥがマリーを訪れた。彼女の目的は、感謝を伝えることだった。
「マリーのおかげで、クライヒハルトと仲良くなれた」と満足そうに語るリラトゥ。その表情には、確かな変化があった。かつての無機質な雰囲気は薄れ、感情が芽生え始めていた。
しかし、次に発した言葉が、マリーを困惑させた。「わたし、負けないから」と。
リラトゥは、自分がクライヒハルトを深く愛していることを認識し、マリーをライバルとして意識し始めたのだった。彼女は、マリーの調教技術に敬意を払いながらも、自分こそがクライヒハルトにふさわしい存在であると証明することを誓った。
そして最後に、彼女はマリーの腹に手を当て、「負けたら、わたしを可愛く産んでね」と微笑んだ。
マリーは呆然とし、イザベラは冷静に「やはり……」と頷いた。
英雄たちの異常性
リラトゥの言葉が残した余韻は、恐怖そのものであった。彼女の言葉には冗談の要素はなく、純粋な執着と愛情が込められていた。
マリーは絶句し、イザベラは「ラブコメですね」と冷静に評した。
しかし、マリーは叫ぶ。「どこにあんのよこんなラブコメが!!」
この異常な三角関係は、国の存亡すら左右しかねないものであった。
第十一話 マゾ奴隷と和解
騎士団の異変とクライヒハルトの困惑
最近、クライヒハルトの周囲で騎士団員たちの態度が変わりつつあった。彼らは異様に畏敬の念を示し、団長と呼ぶ声が妙に重々しくなっていた。魔導具を献上する者、話しかける資格がないと畏れる者まで現れ、クライヒハルトは困惑する。
自らの行動を振り返るも、特に思い当たる節はなかった。ワイバーンの件が話題になった可能性も考えたが、それほど特筆すべき出来事ではなかった。「まあいいか」と結論づけ、王宮を歩いていると、新たなご主人様であるリラトゥと遭遇した。
リラトゥとの交流と共通の話題
リラトゥとの関係は、婚約騒動を経て大幅に改善されていた。その理由の一つは、クライヒハルトの極端な被虐嗜好が彼女にとって扱いやすかったこと。そしてもう一つの理由が、二人に共通する最大の関心事であるマリー王女の存在だった。
「今日のマリー様」について語り合う時間は、二人にとってかけがえのないひとときであった。マリーの美しさ、威厳、そして何より英雄に対しても動じない度胸を賞賛し合う。彼女が持つ気高さと冷静さは、英雄という異端の存在にとっても稀有なものだった。
リラトゥはクライヒハルトと過ごすうちに、英雄の持つ威圧感に耐性をつけてきたことを実感していた。彼の覇気は常人にとって異常であり、通りかかっただけで人々が震え上がるほどの影響を持っていた。しかし、長く接することでその影響は薄れ、結果的にマリーもリラトゥと普通に話せるようになったのだという。
リラトゥの新たな異能の応用
リラトゥは自らの異能を駆使し、さらなる進化を遂げていた。彼女は「餓食礼餐」の応用によって、自分自身を複製することが可能になっていた。
目の前でリラトゥが二人に分かれ、さらに四人へと増える光景を見せつけられたマリーは、驚愕の声を上げた。リラトゥ曰く、自分の一部を異能の対象として扱うことで、無限に自身を増やすことができるという。ただし、長時間の維持は難しく、負担も大きいらしい。
マリーは、この異能の危険性を即座に理解した。もし戦争が続いていれば、数十人のリラトゥが戦場に現れ、王国を蹂躙していた可能性すらあった。改めて停戦が成立したことに安堵し、リラトゥの肩を優しく揉む。
リラトゥは、これまで誰にもそういったことをしてもらったことがないと口にし、穏やかな表情を浮かべた。マリーは、その一言に少しだけ心を痛めるのだった。
グリゴール王子からの使者
そんな平穏な時間も、長くは続かなかった。
シグルド王国第一王子であり、マリーの兄であるグリゴール・アストリアからの密使が、彼女のもとに訪れたのだった。
王国の情勢が再び動き始めようとしていた。
第十二話 人柱の王女と才人の王子
クライヒハルトの恩賞と貴族たちの反応
クライヒハルトが王国に来て間もない頃、帝国との戦争で決定的な勝利をもたらした彼に対し、王国は論功行賞を行うこととなった。しかし、一部の貴族は財政難を理由に彼への褒賞の減額と延期を主張した。
彼がいなければ王国は敗北していたことは明白であり、報酬を値切るなど到底容認される行為ではなかった。しかし、その貴族たちはすでに領地を荒らされ、支援なしでは冬を越せぬ状態にあった。彼らにとって、この主張は死に物狂いの足掻きでしかなかった。結局、彼らの意見は棄却され、王国は彼らを切り捨てる決断を下した。
だが、クライヒハルトは違った。王家から受け取った恩賞を、一文残らず戦争で被害を受けた家々へと分配したのだ。貴族たちの前で戦死者の名前を暗唱し、彼らの勇敢さを語り、膝をついて感謝を示した。そうして、領地を失った貴族たちに最低限の補填を施し、最後には自身の財産すら使い果たしたのだった。
王国の次代を担う第一王子
第一王子グリゴール・アストリアは、王位継承権第一位の立場にありながら、王国の政治を巧みに操る人物であった。帝国との開戦を引き延ばし、領地経営でも成果を上げ、貴族派閥を掌握していた彼は、まさに盤石の王位候補だった。
ある日、マリー・アストリアは彼の招集を受け、人払いがなされた一室で対峙することとなった。兄は穏やかな世間話を続けたが、彼の真意を読み取ることはできなかった。彼が何を望んでいるのか、マリーにはまったく分からなかったのである。
ついに業を煮やしたマリーが問い詰めると、グリゴールは核心に触れた。帝国との交渉失敗の責を負い、王位継承権を放棄することになったと語ったのだ。さらに、弟ドレイクも軍の失策の責任を取って継承権を放棄し、姉たちは貴族へ嫁ぐため、結果として王位継承権第一位はマリーへと移ることとなった。
兄の平然とした態度に、マリーは強く動揺した。王国の次期国王はグリゴールで決まりきったものだったはずなのに、なぜ突然このような決断を下したのか。
王国貴族たちの失策と謝罪
グリゴールは淡々と説明を続けた。まず、帝国の重鎮ヴェスパー・ガルドロックとの婚約を強引に進めたことをはじめ、マリーを長年不当に扱ってきたことが王国貴族の過ちであったと認め、深く頭を下げた。
そもそも、王族や貴族にとって血統は何よりも重要であり、平民の血を取り込むことは許されない禁忌であった。そのため、平民の血を引くマリーは王宮で冷遇される運命にあった。しかし、クライヒハルトの登場により、その状況は一変した。
彼女が英雄の忠誠を受ける立場となったことで、王国の権力構造に歪みが生じたのだ。王国貴族たちはその変化に対応しきれず、無謀な謀略を重ねた。そして、最後に持ち出したのが帝国との婚約話であった。
彼らはそれが最善策だと信じていた。マリーが帝国に行けば、王国の問題はすべて解決し、クライヒハルトも帝国へ赴く口実ができる。だが、その考えは完全に誤っていた。クライヒハルトはこの婚約に対し、初めて明確な拒絶を示したのだ。
英雄の忠誠と王国の未来
王国貴族たちは決定的な失策を犯した。彼らの思惑とは裏腹に、クライヒハルトはマリー個人に対し、強い忠誠を抱いていた。そして、リラトゥとの戦闘を経た後、さらなる異変が発覚した。
粉々になった別荘の跡地から、もう一つの戦闘痕が見つかったのである。その破壊の痕跡は、単なる戦士の力では説明がつかず、まるで怪物が空間ごと捩じ切ったような異常なものだった。
王国貴族たちは恐れた。マリーは二人目の英雄を抱えているのではないかと。もしそれが事実ならば、王国は完全に彼女の掌中に収まることになる。
王位の譲渡と新たな決断
グリゴールは、その状況を鑑みたうえで結論を下した。英雄を従えるマリーこそが王国を率いるべきだと。
彼は王位に執着していなかった。元々、王位は彼が引き受けざるを得ないからこそ継ぐ予定だったに過ぎない。だが、クライヒハルトの忠誠がマリーにある以上、彼女が王座に就く方が王国の安定につながると判断したのである。
マリーは困惑し、難しい顔をした。これまで王宮で冷遇されてきた自分が、いきなり国の頂点に立つなど到底納得できるものではなかった。しかし、グリゴールの決断は揺るがず、王国貴族たちもすでに彼女を新たな王として迎え入れる準備を進めていた。
「貴族たちも貴女に謝罪したいと申し出ています。明日にでも廊下に並ばせ、一斉に土下座させましょうか」
兄の言葉に、マリーはさらに険しい表情を浮かべた。
王国の未来は、すでに彼女の手に委ねられつつあった。
第十三話 未開拓領域
王国の誤解とマリーの困惑
イザベラは、マリーが王国の頂点に立つことになった経緯を聞き、異様にテンションを上げていた。妄言を吐きながら奇妙なダンスを踊る彼女に対し、マリーは沈んだ表情を浮かべていた。
兄グリゴールが誤った推測のもと、マリーが二人の英雄を従えていると考えた結果、王位継承権が彼女に移ることになった。しかし、その認識は完全な誤解であった。マリーの側にいる英雄はクライヒハルトのみであり、二人目の英雄など存在しなかった。
虚像が積み重なった結果
王国貴族たちは、マリーが英雄を統率する特異な存在であると信じ込んでいた。実際には、クライヒハルトが異常な性癖を持ち、それが彼の忠誠心と結びついているだけだった。
しかし、この虚像が結果として王国を強固にし、マリーに権力を集中させる形となった。イザベラはその状況を楽しんでいたが、マリーは重圧に耐えかねていた。彼女が最も恐れていたのは、クライヒハルトが新たな主を見つけ、王国を捨ててしまう可能性だった。
兄グリゴールの計算
グリゴールは、王国の安定を考え、マリーを正式に国王に据えることで問題を解決しようとした。もし王国が「マリーの国」となれば、クライヒハルトにとってこの国はご主人様の所有物となる。その結果、彼は国を守ることに対してより強い動機を持つようになると考えたのだ。
マリーはその理屈を理解しつつも、責任の重さに苦悩していた。彼女の理想の女王様ロールプレイに、王国全体が依存するという状況は、いくらなんでも不安定すぎた。
未開拓領域の開拓計画
マリーは王位を継ぐ前に、領地経営の経験を積む必要があった。そのため、王国東の未開拓領域の開発を計画し、クライヒハルトとリラトゥにその任務を託した。貴族たちと関わるのを避けるため、直轄領や貴族領ではなく未開拓地を選んだのである。
イザベラはこれを喜び、自分たちにも領地が与えられることに興奮していた。一方、マリーはクライヒハルトとリラトゥが必要以上に親しくなりすぎることを懸念していた。
未開拓領域での異変
クライヒハルトとリラトゥは、王都から離れた未開拓領域に到着した。そこは魔物の巣窟であり、さらに奥には巨人の集落が存在するとされる危険地帯だった。
リラトゥは自身の魔獣を使って探索を開始したが、しばらくすると一部の魔獣の反応が消失した。何者かに殺されたのだ。さらに強力な魔獣を投入したものの、それも同じ運命を辿った。
魔人の影
リラトゥは魔獣の残留魔力から、森の奥に魔人が潜んでいる可能性を察知した。クライヒハルトはこの展開に呆れつつも、英雄としての役割を果たすべく動き出した。
彼とリラトゥは協力し、魔人討伐へと向かった。こうして、未開拓領域の開発は思わぬ脅威と対峙することになったのである。
第十四話 魔人
未開拓領域の異変
クライヒハルトとリラトゥは、未開拓領域の暗い森に魔物を討伐するため足を踏み入れた。しかし、森の中は異様な静けさに包まれており、報告されていたはずの魔物の姿が見当たらなかった。
不気味な気配が漂う中、リラトゥの探査によって魔人の存在がほぼ確実視された。騎士団をこのまま同行させるのは危険と判断し、野営地の設営後すぐに撤退させることを決めた。マリーの部下の中には反発する者もいたが、最終的にはマリーの判断を信じ、撤退を受け入れた。
魔人の出現と北大陸の動向
森の奥へ進みながら、クライヒハルトとリラトゥは魔族の動きが活発になっている可能性について考察した。魔人とは、魔族の中でもごく一部の英雄的存在であり、通常は人間の英雄三人と互角の力を持つ。
北大陸は世界最大の未開拓領域であり、そこから魔人が次々と生まれるのは異例の事態だった。何か大きな動きがあるのか、それとも単なる偶然なのか。二人はその可能性を探りながら、魔物の反応が消えた地点へ向かった。
骸の塔と巨人の滅亡
二人がたどり着いた先には、無数の魔物の死骸が積み重なった塔がそびえ立っていた。その中には巨人の遺骸も含まれており、森の奥にあったとされる巨人の集落は滅亡した可能性が高かった。
巨人たちは人間を「二足鶏」と呼び、食料としか認識していなかったため、クライヒハルトにとっては同情の念を抱く対象ではなかった。それよりも、何者かがこの塔を意図的に築き上げた理由の方が気がかりだった。
リラトゥは塔の一部に魔族の文字が刻まれた痕跡を発見した。何らかの儀式に使われた可能性が高く、敵の目的を探る手がかりとなるはずだった。
謎の男と精神支配
塔を調査する中、クライヒハルトとリラトゥの前に褐色肌の男が現れた。彼は友人のように自然に会話に加わり、リラトゥも違和感なく応じた。しかし、クライヒハルトだけは彼の正体を疑い、次第に警戒を強めた。
男はザジと名乗り、リラトゥに自らの死を受け入れるよう説得した。異常な展開にクライヒハルトが介入し、ザジを蹴り飛ばしたことで、リラトゥが精神支配を受けていたことが明らかになった。
ザジの異能【鬱心失調】は、強力な精神操作を行うものだった。彼はクライヒハルトを抑えるため、リラトゥに自害を命じたが、クライヒハルトにはその支配が効かなかった。
異能の解放とリラトゥの進化
クライヒハルトは窮地を脱するため、自身の異能【王権 ■授説】を発動し、リラトゥに新たな力を与えた。これにより、彼女の異能【餓食礼餐】は変質し、より強大なものへと進化した。
異能を受けたリラトゥは、ザジの支配を振り払い、魔物の群れを無力化した。しかし、新たな力を得たことで、彼女自身がその膨大なエネルギーに飲み込まれる危険性も生まれていた。
魔人の最期と証拠の消滅
ザジは完全に不利を悟り、撤退を試みたが、クライヒハルトによって両手足を斬り落とされた。彼は自らを対象に異能を発動し、完全に崩壊することで情報を残さずに消滅した。
同時に、塔を構成していた死体も崩れ落ち、証拠はほとんど消滅してしまった。しかし、リラトゥは魔族の文字を記憶しており、王国へ持ち帰って解析すれば手がかりが得られる可能性があった。
新たな関係とクライヒハルトの困惑
戦闘を終えたリラトゥは、クライヒハルトの異能を受けたことで自分も彼の「ご主人様」になったのではないかと微笑んだ。その言葉に、クライヒハルトは内心焦りつつも、マリーへの言い訳を考えながら野営地へ戻るのだった。
第十五話 澄みわたるような青空の下で
領地開拓とクライヒハルトの謝罪
未開拓領域の開拓が進み、オーガやトロル、巨人までもが工事を手伝う中、リラトゥが指揮を執っていた。彼女は戦闘後しばらく体調を崩していたが、今ではすっかり回復し、魔物を操りながら効率的に作業を進めていた。
その場に、首から「私はマリー殿下との約束を破りリラトゥに異能を発現させました」と書かれた板を下げたクライヒハルトが現れ、地面に頭を擦り付けながら謝罪した。リラトゥの異能は進化し、非物質的なものまで捕食対象に加わったが、これはクライヒハルトの異能による影響だった。
マリーは厳しく追及したが、彼が命を救うための行動だったことを理解し、最終的には許すことにした。ただし、今後は異能の扱いに慎重を期すよう釘を刺し、リラトゥにも口外しないよう指示した。
クライヒハルトへのご褒美
怒りを鎮めたマリーは、クライヒハルトを自分の隣に呼び、膝枕を施した。彼は最初こそ戸惑っていたが、すぐに顔を赤らめながら身を委ねた。
マリーは彼の頭を優しく撫でながら、これまでの功績を称えた。魔人を倒し、リラトゥを救い、貴重な情報を持ち帰ったことを評価し、クライヒハルトに十分なご褒美を与えるべきと考えていた。クライヒハルトは幸せそうに甘え、まるで忠実な犬のように喜びを示した。
しかし、マリーの胸中には不安がよぎった。クライヒハルトは英雄として圧倒的な力を持ち、どの国でも歓迎される存在である。そんな彼を従える自分は、本当に彼の望む主人でいられているのか。
彼女は何も言わずに誤魔化したが、クライヒハルトはまるでその心情を察したかのように「マリー様と一緒にいられて幸せです」と微笑んだ。その言葉にマリーは内心安堵しながらも、彼の忠誠をより確実なものにするため、一つの「躾」を施すことにした。
主従関係の再確認
マリーはクライヒハルトの顎を摑み、冷ややかな視線で見下ろした。そして、彼が自分の犬であることを再確認させるように、言い聞かせた。
クライヒハルトは大喜びし、尻尾を振るような(幻覚)反応を見せた。彼は誰にでも尻尾を振る駄犬ではなく、ただ一人の主人に忠誠を誓う存在でなければならなかった。マリーは彼の反応を見て満足しながら、今後もこの主従関係を維持する方法を考え始めた。
公国時代の過ち
クライヒハルトはふと過去を思い出した。かつて彼が仕えていた公国では、今と同じように英雄として振る舞いながらも、本心を明かすことはなかった。その結果、彼の力を恐れた主によって毒を盛られ、命を狙われた。
その時、彼は自分の異能を隠し、相手との信頼関係を築く努力を怠ったことを痛感した。英雄であることは怪物であることと同義であり、相手が恐れを抱くのも無理はなかった。彼はその教訓を経て、今は素直にマリーのもとで犬として仕える道を選んでいた。
マリーのもとでの幸福
クライヒハルトは今の自分の立場に満足していた。マリーのもとで忠実な犬として仕えることこそが、自分にとっての幸せだった。
マリーはそんな彼に呆れながらも、彼の忠誠心を受け入れた。クライヒハルトは彼女の膝の上で甘えながら、英雄ではなく一匹の犬として安心して眠ることができるのだった。
番外編 裏方の彼女たち
クライヒハルトの圧倒的な存在感
マリー・アストリア直属の隠密部隊「劇団」の劇団員たちは、過酷な任務の末に完全に力尽きていた。彼女たちは英雄クライヒハルト卿の「調教」を受けたばかりであり、まるで生死の境をさまようかのような状態でベッドに横たわっていた。
彼の存在感は異常だった。普通の騎士であれば多少の威圧感を持ち、準英雄ならばそれが増し、英雄ともなれば近寄りがたいほどのものとなる。しかし、クライヒハルト卿のそれは別格だった。ただ視線を向けられただけで死の確信を抱かせるほどの武威を持ち、その力は神の域にすら届くかのようであった。
劇団員たちは彼を単なる異端ではなく、ある種の崇高な存在として見ていた。彼はただの人間ではない。彼を間近で見た者は、皆そのように考えざるを得なかった。
劇団員たちの信仰と恐怖
クライヒハルト卿に対する感情は単なる恐怖だけではなかった。彼女たちは彼を救国の英雄として深く信奉していた。戦場において彼の姿を見たとき、その剣さばきや圧倒的な武力に光を見出し、その存在に魅せられた者も少なくなかった。
にもかかわらず、彼の「調教」を受けることは、常人には耐えがたい試練であった。彼の足蹴にされるという異常な状況に耐えうるのは、彼に対する敬意と畏怖があるからこそだった。しかし、劇団員たちは気づいていた。この状況がいつまでも続くとは限らない。クライヒハルト卿の「趣味」は一時的なものであり、それが終わった時、自分たちがどうなるのかを考えると、恐怖は尽きることがなかった。
マリー・アストリアへの尊敬
彼女たちが恐怖を抱く一方で、最も驚嘆すべき存在は、クライヒハルト卿を支配するマリー・アストリアだった。彼女は劇団員たちと共に訓練を行い、全体を指揮し、負傷した者たちの後始末まですべてこなしながら、今もなお執務に励んでいた。
クライヒハルト卿の異常な覇気を受けながらも平然と対応し、劇団員たちを支え続ける姿は、もはや人間離れしていた。王族の血の持つ威厳と、鍛え抜かれた精神力が彼女を支えていたのかもしれない。劇団員たちは口々に彼女を英雄と同等、あるいはそれ以上の存在と称え、敬意を新たにした。
仲間たちの支え
そんな彼女たちを支えたのは、同じ「劇団」に属する仲間たちだった。クライヒハルト卿の調教を受けた者が倒れた際には、他の劇団員たちが世話をするのが通例だった。今回も、彼女たちがまともに動けないことを察し、仲間が部屋に押し寄せて温かい食事や着替えを用意していた。
劇団員たちは過酷な環境に置かれながらも、互いを支え合うことで強い絆を育んでいた。庶民出身の彼女たちにとって、劇団は家族同然の存在であり、彼女たちはそこで生き抜くことを誇りとしていた。
変わりゆく人生と未来への期待
劇団員たちは、己の運命の不思議さに思いを馳せた。貧しさから逃れるために奉公に出され、劇団に拾われ、今や王族に仕える身となり、さらには英雄クライヒハルト卿と関わるまでになった。
彼女たちの未来がどうなるのかは分からない。しかし、マリー・アストリアとクライヒハルト卿がこの時代を作り、歴史に名を残すことだけは確信していた。もし二人が結ばれるようなことがあれば、自分たちは側近として仕えることができるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、彼女たちは疲れ切った身体を休めた。
悪夢と現実
しかし、現実は甘くはなかった。眠りについた二人は、どちらも悪夢を見た。一人は終わりのない奈落に落ち続ける夢を、一人は異形の存在に押し潰される夢を。それはまるで、クライヒハルト卿の圧倒的な存在が彼女たちの精神に深く刻まれているかのようだった。
劇団員たちの心身が完全に回復するには、まだ時間が必要であった。
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