小説「冬期限定ボンボンショコラ事件 〈小市民〉シリーズ 最終巻」感想・ネタバレ

小説「冬期限定ボンボンショコラ事件 〈小市民〉シリーズ 最終巻」感想・ネタバレ

どんな本?

『冬期限定ボンボンショコラ事件』は、米澤穂信さんの〈小市民〉シリーズの最終巻。
このシリーズは、高校最後の冬の事件と、二人の出会いの事件を並行して語る構成で、小市民を志す主人公・小鳩君と小佐内のおかしな日常と推理が描かれている。
新刊『冬期限定ボンボンショコラ事件』では、小鳩が轢き逃げに遭い、病院に搬送されるという衝撃的な展開から物語が始まる。

読んだ本のタイトル

冬期限定ボンボンショコラ事件〈小市民〉シリーズ
著者:米澤 穂信 氏

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あらすじ・内容

小市民を志す小鳩君はある日轢き逃げに遭い、病院に搬送された。目を覚ました彼は、朦朧としながら自分が右足の骨を折っていることを聞かされる。翌日、手術後に警察の聴取を受け、昏々と眠る小鳩君の枕元には、同じく小市民を志す小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。小佐内さんは、どうやら犯人捜しをしているらしい……。冬の巻ついに刊行。

冬期限定ボンボンショコラ事件

序章  小市民空を飛ぶ

冬の風が吹く中、主人公は夕暮れ近い堤防道路を歩いている。
同じ船戸高校の制服を着た小佐内ゆきが横を歩き、二人は鯛焼きを食べながら進む。
彼らは高校入学前からの付き合いだが、再び交際を始めたばかりである。
お互いに助け合いながら高校三年生として過ごし、それぞれ異なる大学に進学することを希望している。
彼らは寒さをしのぐために〈おぐら庵〉本店で鯛焼きを購入し、小佐内が堤防道路の斜面によろめき空中に一瞬浮かぶ場面で序章は終わる。

第一部  狐の深き眠り

第一章  置き手紙によると小佐内さんは

主人公は事故により意識を失い、病院で治療を受ける。
手術が必要な大腿骨の骨幹部骨折と脳震盪を診断され、治療とリハビリに向けて心を整える。
病室で目を覚ました彼は、高校の同級生堂島健吾の見舞いを受け、事故についての情報を得る。
警察官二名の訪問を受け、交通事故の詳細を尋ねられる。
夜、主人公は枕元から見つけたメッセージカードに動揺するが、小佐内が無事であることに安心する。

第二章  わが中学時代の罪

学校の終業式の日、主人公は病院で過ごし、見舞い客の反応に失望しつつも医療スタッフの対応に感謝する。
事故現場を訪れ、単語帳を発見し、それが日坂くんのものか考える。
病院で日坂くんを見舞い、彼の事故の詳細を聞くが、犯人についての情報は得られない。
夕食後、過去の記憶に思いを馳せながら眠りにつく。

第三章  わたしたち本当に出会うべきだったのかな

主人公はリハビリを開始し、過去の記憶に思いを巡らせる。
小佐内からのメッセージカードに悩みながら、藤寺真を目撃者として特定する。
藤寺からの情報を得た後、女子生徒が事故に関与している可能性を探る。
日坂くんの同行者を見つけ出すことが重要だと考える。

第四章  小鳩くんと小佐内さん

学校で牛尾くんと会話し、日坂くんの人間関係やバドミントン部での存在感について知る。
牛尾くんが事故についての調査をサポートする意向を示し、日坂くんの行動の理由を探ることに注力する。
小佐内と協力して、事件の真相を解明するための計画を進める。

第五章  秘密さがしにうってつけの日

麻生野から防犯カメラの映像を確認し、犯人の車が映っていないことを再確認する。
事件の謎を解明するために、現場を再度探索し、新たな手がかりを探る。
日坂くんの同行者の存在が重要であることが明らかになる。

第二部  狼は忘れない
第六章  痛くもない腹

リハビリを続ける中で、主人公は過去の事件に対する思いを整理する。
小佐内と共に日坂くんの事故現場を調査し、犯人の車がどのようにして防犯カメラに映らなかったかを解明するために努力する。

第七章  乾いた花に、どうぞお水を

秋津屋で確認された情報から、目撃者を探すために黄葉高校の掲示板に張り紙をする。
日坂くんの父との会合で新たな情報を得るが、警察に対する不信感から、彼自身の調査が進むことになる。
主人公は引き続き事件の解明に向けて努力する。

第八章  幸運のお星さま

看護師の介助を受けながらリハビリを続ける。小佐内と共に情報を収集し、防犯カメラの映像を確認する中で、新たな手がかりを探る。
張り紙による目撃者の反応を待ちながら、調査を続ける。

第九章  好ましくない人物

張り紙からの情報が得られない中、日坂くんの父との対話で新たな視点がもたらされる。
藤寺に目撃者を見分けてもらう試みも失敗し、主人公は引き続き調査を進める。
金曜の夜に日坂くんの父からの電話を受け、状況が進展する。

第十章  黄金だと思っていた時代の終わり

日坂くんの父との会合を経て、事件の真相に近づく。
小佐内との協力で、防犯カメラの映像の改ざんを疑い、真相を解明するための手がかりを掴む。
日坂くんとの対話で、事件の背景にある家族関係の問題が明らかになる。

第十一章  報い
(ネタバレのため犯人の名前は伏せます)

小佐内と共に〇〇〇〇を追い詰め、〇〇が事件に関与していることを明らかにする。
最終的に警察が介入し、〇〇〇〇は逮捕される。
主人公は小佐内との関係を再確認し、今後の方向性を見据える。

終章  小市民は空を飛ばない

病院での生活に戻る主人公は、小佐内との対話を通じて自身の未来について考える。
彼は小佐内との関係を大切にしつつ、これからの道を歩む決意を固める。
最後に二人は、過去を振り返りながらも前向きに未来を見据えるシーンで物語は終わる。

感想

小鳩君と小佐内さんの互恵関係が物語の軸となる。
小鳩君が入院中、過去の轢き逃げ事件を思い出し、その時の被害者が自殺したことを知り、動揺する。
小佐内さんは彼を見舞いに来るが、彼が眠っているため会えない。
物語は、彼らが過去と現在を行き来しながら、事件の真相に迫っていく。

本書は、待望の小市民シリーズの続編であり、小鳩君と小佐内さんの初対面エピソードが明かされる。
まったりとした入院生活の雰囲気と、緊張感のある3年前の話との展開が交互に描かれ、読む者を物語に引き込む。
犯人や真相は思いもよらないところから現れ、ミステリーとしての魅力が詰まっている。
二人の関係が深まるシーンでは、青春の輝きを感じられる。

物語は、小佐内さんと小鳩君の過去の出会いが回想として描かれるが、現在のやり取りが少ないのは残念である。
シリーズの最後としてはやや物足りない部分もあるが、巻末の解説を読むことでキャラクターの深い部分が理解できた。
2024年7月からアニメ化も予定されており、そちらにも期待が持てる。

十五年にわたる二人の互恵関係に決着がつくのかと思われたが、そう簡単にはいかなかった。
物語の始まりは不穏で、現在と過去が交差しながら進む。
小鳩君がベッドで探偵役を務める一方で、小佐内さんは外で行動している。
しかし、二人はすれ違い続け、本質が見えてこないため、手に汗握る展開を追い続けることになる。
最終的には2つの物語が良い落としどころにたどり着くが、完全なすっきり感はない。

総じて、四部作のラスト「冬期限定」は、高校三年生の冬、受験を控えた二人の物語である。
小鳩君が轢き逃げに遭い、重傷を負う中で三年前の轢き逃げ事件を思い出す。
回想シーンでは二人の出会いや互恵関係の始まりが描かれ、シリーズの原点が明らかになる。
ミステリーとしても、視界外から飛び出す真相に驚かされる。
事件の後味は苦いが、二人の関係には甘さが感じられる。
個人的に大学生編が続くことを期待している。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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備忘録

備忘録

序章  小市民空を飛ぶ

冬の風が川面を吹き渡り、枯れススキが揺れる中、主人公は夕暮れ近い堤防道路を歩んでいる。
道は溶けた雪で濡れており、主人公は車道のギリギリを歩かざるを得ない状況にある。
同じ船戸高校の制服を着た小佐内ゆきは彼の横を歩き、鯛焼きを食べながら進む。
二人は高校入学前からの付き合いだが、一度は別れ、再び交際を始めている。
互恵関係にある二人は、お互いを助け合っている。
彼らは高校三年生で、それぞれ異なる大学に進学することを希望しており、間もなく別々の道を歩むことになる。
この日、二人は寒さをしのぐために〈おぐら庵〉本店で鯛焼きを購入し、歩きながら食べている。
小佐内は鯛焼きをカイロ代わりにしているため、ゆっくりと食べている。この出来事は、彼らの関係が変化しており、便利な道具以上の存在として互いを認識し始めていることを示しているが、それが望ましい変化であるかどうかは不明だ。
その後、小佐内が堤防道路の斜面によろめき、空中に一瞬浮かんだ様子が描かれている。

第一部  狐の深き眠り

第一章  置き手紙によると小佐内さんは

主人公は夢の中で集中治療室にいると感じ、体は動かせず、目も開けることができなかった。
不安を感じながらも状況を理解することができず、誰かが耳元で「これは報いだ」と囁くが、その理由を理解できないでいた。
実際には、主人公は事故により意識を失い、病院で治療を受けていた。
MRI検査により脳内出血はなく、脳震盪が確認されたものの、大腿骨の骨幹部が折れており、手術が必要であった。
全身麻酔のもと手術が行われ、その後、意識を取り戻し、病室での治療が続けられた。
医師からは、大学受験が難しいと告げられ、入試を控えていた主人公にとって大きな打撃であった。
また、脳の損傷を考慮して足の手術も慎重に進められた。
主人公は自身の状況を受け入れつつ、痛みと向き合いながら、これからの治療とリハビリに向けて心を整えている。

主人公は病室で目を覚ますが、壊れた携帯と折れた大腿骨のために時間を知るすべがない。
そこに高校の同級生である堂島健吾が見舞いに来る。
健吾は果物の籘かごを持ち、主人公の意識が戻ったことを新聞で知ったと話す。
しかし、主人公は重体と報道されたことに驚く。
健吾は学校の同級生、吉口から救急車の情報を聞いており、その場にいた小佐内が主人公のことを救急隊員に伝えたという。
小佐内は無事だが、事故についての詳細は語られない。
会話の中で、健吾は以前の事故について言及し、それが主人公に衝撃を与える。
その事故で中学時代のクラスメートが轢かれたことを思い出し、それによって深い罪悪感を感じる。
また、そのクラスメートのライバルであった三笠という人物に関する話が出るが、三笠はそのクラスメートが自殺したと言及する。
この情報は主人公を動揺させ、真実を確かめることを強く望む。
しかし、健吾は受験を控えており、それ以上調査を進めることができない。このため、主人公は無力感とともに、深い心残りを感じて会話を終える。

健吾が病室を去った後、主人公は警察官二名の訪問を受ける。
彼らは交通事故の詳細を尋ね、主人公はその経緯を説明する。
質問は正確な事故の時刻や同行者について及び、主人公は可能な限りの回答を提供する。
警察はその情報を元に正式な事情聴取を行い、その後の手続きについても説明する。
その夜、看護師が食事を運んできて、主人公の飲み込む力や一般的な健康状態を確認する。
食事後、主人公は深く眠りにつく。

主人公は入院中の病室で、不意に枕元から異音を聞く。
調べてみると、そこにはメッセージカードが入った小さな封筒が見つかる。
封筒には差出人の名前がなく、開封をためらいながらも、中身を確認することにする。
カードには「ありがとうごめんなさいゆるさないから」と書かれており、犯人への告発の意味が含まれていることが示唆されている。
このカードは小佐内からのものであるが、その真意は不明である。
夜の病室で一人、カードを手にした主人公は、小佐内が本当に無事であることを確認し、ほっとする。
しかし、病室が静まり返っている中で、彼女がどのようにしてカードを届けたのか、その具体的な方法については疑問が残る。

第二章  わが中学時代の罪

主人公は入院中に学校の終業式が行われていた。
朝から血液検査を受け、診察は病室で行われた。
主治医の和倉による一連の認知機能テストの結果、問題がないことが確認された。
手術後の若い医師、宮室も訪れ、白血球が若干多いが問題ないことを伝えた。
その後、清掃員が部屋を掃除し、訪れた学校の担任とクラス委員からは消極的な見舞いの言葉が交わされた。
昼過ぎに訪れた看護師による体拭きの際には、体調を優しく配慮されたものの、主人公は見舞い客の反応に失望を感じている。
医療スタッフの対応には感謝しているが、孤立感も抱えており、その日を寂しく過ごした。
受験の延期により勉強の意欲も低下しており、気が滅入るような日々を送っていた。

放課後、主人公は図書室で事故の記事を確認していた。
記事には轢き逃げ事件の可能性があることが記されており、主人公は事件解決に対して憤りを感じていた。
待ち合わせ場所には、約束していた他のメンバーは現れず、牛尾くんのみが到着していた。
他のメンバーは部活や塾の都合で来られなかったとのこと。
牛尾くんと主人公は事故現場を訪れたが、大きな手がかりを見つけることはできなかった。
現場には明瞭なブレーキ痕があり、それから主人公は事故車がABS非搭載の車である可能性を推測した。
また、ブレーキ痕の分析から、事故車がセンターラインを越えて歩道に突っ込んできたことを示唆していた。
さらに、現場で単語帳を発見し、それが日坂くんのものかどうかを考えていたが、関連性は定かでないまま結論は出ていない。
主人公は単語帳を持ち帰り、これ以上の手がかりを探すことにした。

午後五時少し過ぎ、主人公は暮れゆく街を眺めながら堤防道路の歩道を歩いていた。
この時間はちょうど事故が起きた時間帯で、学生が下校している。
主人公はその場に留まるべきか、移動するか迷ったが、犯人の車が通るかもしれないと期待していた。
しかし、犯人の車を具体的に識別する手がかりがないため、この場に留まる意味がないと判断した。
主人公は日坂祥太郎が入院している木良市民病院へ向かい、病院に到着してから彼の見舞いに行った。
病院の受付で日坂くんの病室を尋ね、彼に会いに行く。
日坂くんは手に包帯を巻いており、少し驚いた様子で主人公を迎えた。
日坂くんは交通事故で肋骨を折り、手首を捻挫し、頭蓋骨にヒビが入ったが、命に別状はなかった。
彼は事故の瞬間、車が急ブレーキを踏んで停止したが、それでも彼に衝突してしまったと語った。
主人公は日坂くんに犯人を見たかどうか尋ねたが、日坂くんは何も見ておらず、車の色が青だったことしか覚えていなかった。
日坂くんは主人公に対して、学校のクラスメートたちが犯人を捕まえようとしていることについて心配し、警察に任せるべきだと説得した。
看護師が夕食を持って入ってきて、主人公は日坂くんにお大事にと言って病室を後にした。

日が暮れ、夕食の時間になると、主人公はノートを閉じ、ペンを置いた。
看護師が夕食のトレイを持ってきて、主人公は白ご飯、鶏肉の照り焼き、ほうれん草のおひたし、ごぼうとごまのマヨネーズ和え、豆腐の味噌汁をゆっくりと食べた。
食後、看護師の介助を受けて歯を磨く。
その夜、主人公は眠りに落ち、暗闇の中で目を覚ます。
未明の時間、部屋は暗いがカーテンの向こうは夜が白み始めている。
彼はカーテンをわずかに開け、街明かりと月明かりが射し込むのを見た。
テーブルの上には灰色の犬のぬいぐるみが置かれており、それは小佐内からのプレゼントであることがわかる。
ぬいぐるみの下には金色のリボンがかけられたチョコレートの箱があり、リボンに挟まれた小さな封筒からメッセージカードが出てきた。
メッセージには「メリークリスマス、子山羊を食べた悪いおおかみです」とあり、小佐内の子供っぽさと彼女が一番だと考えていることが表現されている。
リボンを解いて箱を開けると、ボンボンショコラが並んでいる。
小佐内からの心遣いを感じつつ、主人公は狼のぬいぐるみを見つめる。
このクリスマスがこんな形で迎えられるとは思ってもいなかったと感じる一方で、メッセージカードの裏には彼が轢かれた事件に関連する情報が記されており、小佐内がそれを気にかけていることが示されていた。

第三章  わたしたち本当に出会うべきだったのかな

カーテンから差し込む朝日が目に痛く感じられる中、ベリーショートの看護師が入室し、検温と点滴の交換を行った。体温は少し高く、患者は足の痛みと頭痛を訴えたが、特に対応はなかった。その後、看護師が狼のぬいぐるみに気づき、患者が見舞いで誰かが訪れたかを尋ねたが、患者は眠っていたため訪問者は不明である。看護師はその日からリハビリが始まることを告げ、患者は驚いたが、体の状態を考慮してリハビリが必要であることを理解した。整形外科の宮室が診察に来た際、足の腫れと熱を確認し、痛み止めの薬を処方した。リハビリは理学療法士の馬渕によって行われ、基本的なストレッチが中心であった。リハビリの期間や具体的な回復プロセスについては、患者の個別の状態に依存するため、馬渕からは明確な答えが得られなかった。朝食後、患者は単調な病院生活を送りながら、過去の記憶に思いを馳せた。小佐内からもらったボンボンショコラを食べ、甘くて心地よい味に少しの間、現実を忘れた。痛みが戻ってくると、看護師からもらった薬を服用し、窓から冬の街を眺めながら過去への思いに浸った。

日坂が轢き逃げされた事件は、翌日にはもう過去の出来事として扱われ、誰も日坂の名前を口にすることはなかった。あるクラスメートが千羽鶴を作る提案をしたが、クラスの反応は乗り気ではなく、結局提案は取り下げられた。事件の目撃者を探し出すため、一年生の教室を訪ね、藤寺真が目撃者であることを突き止めた。藤寺は当初警戒していたが、事情を説明すると協力的になった。藤寺によると、轢いた車は軽自動車であり、事故現場での詳細を語った。藤寺は事件に関わりたくない様子だったが、事情を話すことには応じた。また、事故の際には別の女子生徒も関与している可能性があることが示唆された。この女子生徒は事故後に行方不明となっており、藤寺はそのことに罪悪感を抱いているようだった。

放課後、主人公は次の行動を考えながら帰り支度をしていた。日坂を轢いた車を見つけ出し、それに関わった人物を警察に通報する方法を考えていたが、事故の目撃者である藤寺によると車は一台のみだった。また、事故現場近くで発見された単語帳から、謎の女子が事故に関与していることが示唆されており、彼女を見つけ出すことが次の手がかりになると考えた。藤寺によると、その女子は学校の制服を着ており、一年生ではないかと言っていたが、単語帳には中学三年生が習う単語が記されていた。主人公は図書室で車に関する本を探していたとき、偶然、後ろにいた女子生徒と遭遇する。彼女は冬服を着ており、その理由について主人公は様々な仮説を立てた。結局、彼女が事故の日に転落して汚れたために夏服が洗濯中であるため冬服を着ているのではないかと考えた。女子生徒は小佐内ゆきと名乗り、主人公に「車に轢かれかけた女子?」と尋ねられた。彼女はそれを否定し、自分が求めているのは手に持っている「自動車のしくみ」という本であると答えた。彼女はその本を求めていた理由を、轢かれかけたときに残された車のブレーキ痕が普通かどうかを知るためだと説明した。

主人公は夜中に目を覚まし、その日の出来事を振り返っていた。夕食を食べ、看護師の手を借りて日常の作業を済ませた後、どのタイミングで眠りについたのかを思い出そうとしていたが、具体的な記憶はなかった。十時間近く眠ったため、少し頭がぼんやりとしていたが、医師の指示に反して体を動かすことで、不満を感じている体を慰めた。主人公は三年前の出来事、特に日坂や小佐内との出会いを思い出していた。図書室で偶然出会った二人は、互いの目的を知り、高校生活を共に過ごしてきた。もし小佐内と出会っていなければ、主人公は自身の失敗に打ちひしがれていたかもしれないと考えている。突然、柑橘の香りが漂い、その源を探るとデコポンを見つけた。デコポンの下には小佐内からのシンプルなメッセージカードが置かれており、「おいしいよ」と書かれていた。さらにカードの裏には「カメラにあたっています」という言葉が記されていた。この言葉は過去に防犯カメラに関連した出来事を彷彿とさせ、小佐内が関与していたことを思い出す。しかし、疲れていた主人公はこれ以上の回想を断念し、デコポンの香りが良い眠りをもたらすことを願いながら、再び眠りについた。第四章  小鳩くんと小佐内さん

第四章  小鳩くんと小佐内さん

朝食で焼き鮭を食べた後、デコポンをデザート代わりに食べた。看護師は栄養計算上、果物の摂取を控えるよう忠告したが、デコポンの味はとても甘く、一房ずつ手が止まらなかった。小佐内の好みを考えると、柑橘特有の酸味がある方がよいが、このデコポンは非常に甘かった。壊れた携帯電話のために小佐内に連絡が取れない状況だった。宮室が訪れ、手術後の経過は特に問題ないと報告した。足の痛みはあるが、少しの運動は許可された。その後、リハビリを開始し、右膝の運動を行ったが、思った以上に困難だった。和倉は認知能力に問題がないことを確認し、それ以降は姿を見せなかった。三年前の記憶に思いを馳せながら、カリブ産カカオを使ったボンボンショコラを食べ、そのビターな味わいが心地よかった。ペンのキャップを外す場面で文書は終わっている。

小佐内は、過去の事故において自らが轢かれそうになり、運転手が自己保護のために加速したことに怒りを感じている。運転手が故意にアクセルを踏み続け、ハンドルを切らずに彼女を避けようとしなかったことを許せないと語っている。彼女はその運転手に対する報いを求めており、犯人を見つけ出し償わせたいと願っている。小鳩もまた、同じ事件の真相を追求し、加害者を見つけ出すことに関心を持っている。彼は小佐内と協力することを提案し、互恵関係を結ぼうと話している。二人は情報を共有し、協力して事件の真相に迫ることを決め、静かな場所で話すために学校外の場所へ移動することに同意している。

まず、小佐内は図書室を出た後に一定の時間が経ってから、彼も後を追う。スニーカーに履き替えて校門に向かうが、小佐内の姿が見えないため、校内を再び探し回る。しかし、彼女を見つけられず、再度校門を出ると、小佐内が街路樹の陰から現れる。彼女は速足で歩き出し、彼も距離を保ちつつついていく。小佐内がある家の引き戸を開け、内部に入る。その家は外からはただの民家に見えるが、実は小佐内の自宅である可能性がある。店のような空間で、彼らは対話を開始する。店員が水を運んできた後、彼らは注文をし、小佐内はミルクソフトクリーム、彼は

ミルクコーヒーを頼む。情報共有のために集まった二人は、飲食を楽しんだ後、真剣な会話を交わす。彼らは学校での出来事や事件について話し合い、その後の行動計画についても議論する。最終的には小佐内の提案で、あるコンビニの防犯カメラ映像を入手する計画を立て、そのための準備を進めることになる。

目当てのコンビニ〈七ツ屋町店〉には、八時二分前に到着した。この店は四階建てマンションの一階に位置し、周囲には広い駐車場がある。小佐内と麻生野との間で緊張が走る会話が行われた。小佐内は、麻生野にコンビニの防犯カメラデータの提供を求めるが、麻生野はそのリスクを懸念している。最終的に、小佐内の要求に応じ、麻生野はノートパソコンを操作して、必要な映像データを提供する。彼らが求めたデータは、堤防道路と一般道が交わるT字交差点および駐車場を映したもので、小佐内が特に指示した時間帯の映像を2時間分保存することになった。この過程で、コンビニのバックヤードにある事務室を利用し、店内ではないが、人目につかないように行動する必要があった。データの提供が終わると、麻生野は彼らに迅速に去るよう促し、三人は事務室を離れた。

マンションをまわり込み、小佐内と麻生野はコンビニ前で再会した。小佐内は、単なるプレッシャーをかけるために彼を同伴していたと認め、彼が黙っていられる人であることを評価した。この後、彼らはどのようにして防犯カメラの映像を確認するかを考え始める。しかし、夜遅くに行動するリスクを考え、翌日の午前中に再会して確認することを決めた。最終的に、小佐内は自宅に戻る前にチョコレートを買い、彼はコンビニから自転車で帰路についた。この出来事は彼にとっては一連の忘れられない経験の一部であり、病院での記憶を回顧しながら彼は再び深い眠りについた。

第五章  秘密さがしにうってつけの日

病院の規則に従い、定時に供される朝食中、彼は小佐内からのメッセージカードについて考え続けていた。カードには「何かが大きく間違っている」と書かれており、彼はそれがどういう意味なのか悩んでいた。特に、自分が轢かれた事件の車が防犯カメラに映っていないことが、なぜか彼を驚かせていなかった。リハビリを受けながら、この異常な事態についてさらに深く考え込んだ。その後、看護師による洗髪が行われ、彼はこの小さな楽しみに感謝した。洗髪が終わると、彼は一人になり、過去の出来事についてまた思考を巡らせた。彼はボンボンショコラを食べながら、その日の記録をノートに綴っていった。

麻生野から受け取った防犯カメラの録画データを見るため、二人は土曜日の学校で落ち合った。教室で映像データを見始めると、目標の事件が起きたとされる時間帯の映像を詳細に確認したが、犯人の車が映っていなかった。それにもかかわらず、小佐内は車が絶対に映っていると確信していた。しかし、映像を再生しても、犯人の車は一向に現れず、二人は困惑した。最終的に、小佐内は自分の観測が間違っていたかもしれないと認めたが、それに納得できず、隠れた抜け道があるのではないかと考えた。そこで、実際に現場を探索することを決意し、一緒に行動することにした。

渡河大橋から堤防道路に立ち、調査を始めた日は天気が良くなかったが、雨の気配はなく、調査に適した日だった。南へ進むと、日坂が轢かれた地点のブレーキ痕が残っており、小佐内はそれを確認していたが、何も見つからなかった。その後、上流側に戻り、特に何も残っていない場所を調査し、小佐内は街側の斜面を見下ろした。事故の日以来雨が降っていなかったため、ブレーキ痕は残っていたが、小佐内の単語帳を拾った場所では何も目立つものはなかった。二人は上流側を見つめ、9キロの検証が始まった。堤防道路に一般道が突き当たるT字交差点まで、川側と街側のどちらかの小段に下りる必要があった。学校からは禁止されていたが、犯人を捕まえるためには必要な措置だった。二人は携帯で連絡を取り合いながら、それぞれの小段を歩き始めた。

スロープは堤防道路から小段を横切り、河川敷へと延びていた。河川敷には草が生い茂っており、河川管理のための道であると考えられた。スロープの入口には鉄製のポールが設置され、太く錆びた鎖が南京錠で固定されていたため、車での通行は不可能だった。増水時閉鎖用の南京錠がかかっており、増水すると誰かが鍵をかけに来ることが確認された。もし河川管理事務所の鍵管理者が犯人であれば、このスロープを利用して警察の現場検証中にUターンして逃走した可能性があるが、そうである可能性は低いと考えられた。事件現場から九キロ歩いた結果、コンビニ前のT字交差点以外に堤防道路を出る方法がないことが確かめられ、犯人の車がカメラに映らない方法は存在しないことが明らかになった。

駐車場において、彼と小佐内は足を休めつつ、ミネラルウォーターを購入し、水分補給を行った。駐車場には夜間とは異なり、明るい日中には防犯カメラが見える位置にあることがわかった。小佐内によれば、あらゆるカメラの死角に隠れる位置は存在しなかったという。昼間の観察により、彼は青い軽ワゴンが消えた謎を解明できると考えていたが、小佐内の一言でその推測は否定された。彼は小佐内の発言の真実性を疑い、信用できるか自問したが、結局はカメラの配置と小佐内の説明に矛盾が見つからなかった。その後、彼らは駐車場から出てバス停に向かい、学校に戻るためのバスに乗ることにした。この日の検証は何も新しい発見がなく、無意味に思えたが、防犯カメラに死角がないことが再確認されただけであった。

彼は、日坂が歩道の端を歩いていた理由に気づいた。日坂は誰かと並んで歩いており、そのため車道側を歩いていた。つまり、日坂には同行者がいたのだ。これまで彼は、日坂が一人で歩いていると考えていたが、実際には車道に近い位置で同行者と並んで歩いていた。小佐内もその事実に気づいたが、そのときは日坂以外の人物に注意を払っておらず、誰かが隣にいたか確認できなかった。彼らは、その同行者が自転車を押していたために日坂が車道側に押し出されていたと推測する。この新たな発見により、日坂と藤寺の関係が再考され、彼らが何かを隠している可能性が浮かび上がった。日坂と藤寺が知り合いであり、何かを隠すために共謀している可能性が示唆された。日坂についてもっと知る必要があり、その同行者が犯人の車を詳しく見ていた可能性が高いため、その人物から事故の詳細を聞き出すことが重要だと考えられた。

病室で目が覚めた彼は、折れた肋骨の痛みにうめきながら、自分の性格や過去の行動について考え込む。堂島健吾や小佐内によって、彼の本質が暴かれ、彼はその指摘に深く思いを馳せる。自分が過去に間違いを認め、なぜそれを見逃してしまったのかと反省する。病床に横たわりながら、彼は日坂の現状や過去の出来事についても回想する。日坂が何を隠しているのか知ることが、す

べてを解明する鍵だと信じていたが、それが誤りだったかもしれないと感じる。そして、小佐内との未解決の関係や、彼女がどうしているのかについても考える。小佐内が防犯カメラを調べたこと、受験の準備をしていることを知り、彼は彼女に直接会いたいと強く願う。しかし、彼が目覚めることなく彼女は訪れ、メッセージカードを残していく。そのメッセージは、彼らの間に存在する距離感を示しているようで、彼はそれに対して深く思いを巡らせる。

第二部  狼は忘れない

第六章  痛くもない腹

看護師が朝食を運び、配膳は迅速かつ丁寧に行われる。看護師の顔に日焼けによる赤みが見えるが、余計なことは言わないことにする。食事を終えると、看護師は水を持ってくる。生活の大部分を看護師に依存しており、早く回復したいと願っている。食後、ボンボンショコラを一粒食べ、新しい食感を楽しむ。その甘みも食感も永続するものではなく、やがては消え、再び一人になる。入院生活の認識は、初日は命が助かればそれで良いと考え、二日目は検査結果が悪くないことを祈り、三日目には退院時期を考え、四日目からは退屈と不安が混じり合った感情に苛まれる。退屈に耐えかねて過去を思い出し始めるが、ノートとペンがあることに少し救われる。

堤防道路の九キロを調査した後、バスで学校に向かう。学校には小佐内さんのノートパソコンが置かれており、それを回収するためである。バス内では特に会話はなく、小佐内さんが何を考えていたのかは不明である。バスから降りた後、さらに十五分歩いて学校に到着する。途中で「おぐら庵」という店を見かけるが、まずはパソコンを取りに行くことに決める。学校に着くと、誰もいないグラウンドや静かな体育館を見て、小佐内さんは校舎内に入りパソコンを探す。その間、体育館でバドミントン部とバスケット部の練習を見る。バドミントン部の練習は男女混合で行われており、牛尾くんが練習を仕切っていることを知る。牛尾くんとの会話は練習の終わりに改めて行うことにし、その時間まで待つことになる。一方、小佐内さんは一時的に姿を消していたが、すぐに戻ってくる。彼女がどこにいたのか尋ねるが、知らない人が怖いという理由で隠れていたようだ。その後、二人は渡り廊下を歩きながら校舎へ戻り、牛尾くんとの会話を再開するために時間を待つことにする。

約束の時間に約束の場所に戻ると、小佐内さんが既に到着していた。バドミントン部の片付けが終わったことを確認し、話を聞く場所について話し合う。土曜日の学校に長居することができないため、外で話をすることになる。小佐内さんが提案した喫茶店「オモテダナ」ではなく、もっと馴染みのあるファミリーレストラン「メイルシュトロム」で会うことに決定する。

牛尾くんが体育館から出てきた際、部活に対する責任感を語っていたが、自身の役割や日坂くんについての見解も示していた。牛尾くんは日坂くんが轢かれた事故について、初めは調査を進める意志があったものの、途中で力尽きてしまったようだ。ぼくたちは話を聞くために「メイルシュトロム」へと向かう。「メイルシュトロム」での会話は、日坂くんのバドミントンに対する情熱や、彼がどれだけ部活動に貢献していたかに焦点を当てる。牛尾くんは日坂くんがストイックで、基礎練習に励む姿勢を高く評価していた。また、日坂くんが高校でのスポーツ推薦を目指していたが、事故がその計画を狂わせたことについても触れる。バドミントン部のキャプテンとしての牛尾くんの役割も語られ、彼がチームを支える重要な存在であることが強調される。

バドミントン部での日坂くんの存在感が確認された後、牛尾くんは日坂くんの人間関係について知ることはほとんどないと回答する。牛尾くんは日坂くんが大会に向かう際に母親に送ってもらっていたことを覚えているが、日坂くんの家族関係の詳細は不明だった。話を友人関係に移し、牛尾くんはバドミントン部に入部した現在の三年生男子部員が日坂くんの友人であることを説明する。また、日坂くんはバドミントン部の女子部員、岡橋真緒と付き合っていることが明らかになるが、日坂くんはこの関係を隠していなかった。牛尾くんは日坂くんが事故の目撃者を隠している可能性があることにも言及し、その理由について疑問を持っていた。この状況から、日坂くんが事故に関連して何かを隠しているのではないかとの疑念が生じる。事故によって日坂くんの家族が経済的な負担を強いられる可能性があるため、その背後に何か理由があるのではないかと推測される。牛尾くんは自身が事故調査を始めたことに責任を感じつつ、日坂くんの行動に何か意味があるのかを考え始める。最終的に、日坂くんが事故の目撃者を隠している可能性について深堀りし、その理由を探ることが重要視される。牛尾くんは事故調査をサポートする意向を示し、日坂くんの事故についてさらに詳細を探るための計画が進められる。

店を出た牛尾くんに続いて、他の人物も席を移動する。小

佐内さんと合流し、彼女が食べ終えたサンデーについて話が交わされる。会話の中で、日坂くんがなぜお守りを外したのかよりも、お守りを誰が渡したのかが重要な問題として挙げられる。小佐内さんはお守りの供与者が岡橋さんでないことを確信している。お守りは伊勢神宮のもので、それが日坂くんにとって特別な意味を持つかもしれないことが示唆される。日坂くんがお守りを外した理由として、岡橋さんとの関係が変化した可能性が考えられるが、大会での彼女の様子からはそのような兆候は見られなかった。牛尾くんとの会話からは、日坂くんが人目を避けてお守りを外した可能性があり、これが何か大きな秘密を隠している可能性があることを示している。最後に、牛尾くんとの関係についての考察がなされ、もし日坂くんが事実上死亡していたとしても、その事実が彼には伝わっていないことから、日坂くんがまだ生きているという結論に至る。しかし、実際には日坂くんの存在について多くの疑問が残されており、その真相は未だ明かされていない。

第七章  乾いた花に、どうぞお水を

看護師が朝食を運んできた際、配膳は迅速かつ丁寧に行われる。彼は看護師の顔の赤みに気づくが、それが日焼けによるものかと考える。しかし、余計なことは言わずにおくことにする。食事を終えると、看護師は水を持ってくる。彼は生活の大部分を看護師に依存しており、早く回復したいと願う。食後、ボンボンショコラを一粒食べ、その新しい食感を楽しむ。フィアンティーヌについての説明はないが、彼はその楽しさだけで満足する。しかし、その甘みも食感も永続するものではなく、やがては消えてしまい、彼は再び一人になる。入院生活についての彼の認識は、初日は命が助かればそれで良いと考え、二日目は検査結果が悪くないことを祈り、三日目には退院時期を考え、四日目からは退屈と不安が混じり合った感情に苛まれる。その退屈に耐えかねて、過去を思い出し始めるが、ノートとペンがあることに少し救われる。

堤防道路の九キロを調査した後、彼らはバスで学校に向かう。学校には小佐内のノートパソコンが置いてあり、それを回収するためだった。バス内では特に会話はなく、小佐内が何を考えていたのかは不明である。バスから降りた後、さらに十五分歩いて学校に到着する。途中で「おぐら庵」という店を見かけ、小佐内はそこが良い店かもしれないと感じるが、まずはパソコンを取りに行くことに決める。学校に着くと、誰もいないグラウンドや静かな体育館を見て、小佐内は校舎内に入りパソコンを探す。その間、彼は体育館でバドミントン部とバスケット部の練習を見る。バドミントン部の練習は男女混合で行われていた。彼は体育館の戸口で牛尾を見つけ、彼が練習を仕切っていることを知る。牛尾はバドミントン部のキャプテンであり、日坂についてはエースであることがわかる。牛尾との会話は練習の終わりに改めて行うことにし、その時間まで待つことになる。一方、小佐内は一時的に姿を消していたが、すぐに戻ってくる。彼は小佐内にどこにいたのか尋ねるが、彼女は知らない人が怖いという理由で隠れていたようだ。その後、二人は渡り廊下を歩きながら校舎へ戻り、牛尾との会話を再開するために時間を待つことにする。

約束の時間に約束の場所に戻ると、小佐内は既に到着していた。バドミントン部の片付けが終わったことを確認し、話を聞く場所について話し合う。土曜日の学校に長居することができないため、外で話をすることになる。小佐内が提案した喫茶店「オモテダナ」ではなく、もっと馴染みのあるファミリーレストラン「メイルシュトロム」で会うことに決定する。牛尾が体育館から出てきた際、部活に対する責任感を語っていたが、自身の役割や日坂についての見解も示していた。牛尾は日坂が轢かれた事故について、初めは調査を進める意志があったものの、途中で力尽きてしまったようだ。彼らは話を聞くために「メイルシュトロム」へと向かう。「メイルシュトロム」で、牛尾との話は日坂のバドミントンに対する情熱や、彼がどれだけ部活動に貢献していたかに焦点を当てる。牛尾は日坂がストイックで、基礎練習に励む姿勢を高く評価している。また、日坂が高校でのスポーツ推薦を目指していたが、事故がその計画を狂わせたことについても触れる。バドミントン部のキャプテンとしての牛尾の役割も語られ、彼がチームを支える重要な存在であることが強調される。

バドミントン部での日坂の存在感が確認された後、牛尾は日坂の人間関係について知ることはほとんどないと回答する。牛尾は日坂が大会に向かう際に母親に送ってもらっていたことを覚えているが、日坂の家族関係の詳細は不明である。話を友人関係に移し、牛尾はバドミントン部に入部した現在の三年生男子部員が日坂の友人であることを説明する。また、日坂はバドミントン部の女子部員、岡橋真緒と付き合っていることが明らかになるが、日坂はこの関係を隠していなかった。牛尾は日坂が事故の目撃者を隠している可能性があることにも言及し、その理由について疑問を持っていた。この状況から、日坂が事故に関連して何かを隠しているのではないかとの疑念が生じる。事故によって日坂の家族が経済的な負担を強いられる可能性があるため、その背後に何か理由があるのではないかと推測される。牛尾は自身が事故調査を始めたことに責任を感じつつ、日坂の行動に何か意味があるのかを考え始める。最終的に、日坂が事故の目撃者を隠している可能性について深堀りし、その理由を探ることが重要視される。牛尾は事故調査をサポートする意向を示し、日坂の事故についてさらに詳細を探るための計画が進められる。

店を出た牛尾に続いて、他の人物も席を移動する。小佐内と合流し、彼女が食べ終えたサンデーについて話が交わされる。会話の中で、日坂がなぜお守りを外したのかよりも、お守りを誰が渡したのかが重要な問題として挙げられる。小佐内はお守りの供与者が岡橋でないことを確信している。お守りは伊勢神宮のもので、それが日坂にとって特別な意味を持つかもしれないことが示唆される。日坂がお守りを外した理由として、岡橋との関係が変化した可能性が考えられるが、大会での彼女の様子からはそのような兆候は見られなかった。牛尾との会話からは、日坂が人目を避けてお守りを外した可能性があり、これが何か大きな秘密を隠している可能性があることを示している。最後に、牛尾との関係についての考察がなされ、もし日坂が事実上死亡していたとしても、その事実が彼には伝わっていないことから、日坂がまだ生きているという結論に至る。しかし、実際には日坂の存在について多くの疑問が残されており、その真相は未だ明かされていない。

第八章  幸運のお星さま

看護師の介助の下、車椅子の使用が許可されたことで、馬渕のリハビリメニューが変更される。リハビリ中、馬渕は手術した右足への負担がかからないように支えながら、彼に左足を動かす運動を指導する。リハビリが進むにつれて、馬渕がどれだけ連続で働いているかについて話し、年末には人手不足のため多忙を極める状況を明かす。また、年始は休むが、リハビリメニューを渡し自己管理を促すと説明する。その後、看護師が散歩の提案をするが、病院外ではなく、屋上や中庭に限られていた。散歩が許可されると、彼は久しぶりに屋上で外気を感じることができ、その清々しさに心を動かされる。屋上庭園は広大ではなかったが、狭さを感じさせない工夫が施されている。彼が自由に屋上を利用できるのは、朝八時から夕方五時までで、その後は看護師の同伴が必要であることが説明される。この体験は、彼にとって非常に心地よく、日常の単調さからの解放を意味する。看護師の対応に感謝しながら、彼はこれからの回復と外出の可能性を前向きに考えるようになる。

秋津屋で確認された学生服は黄葉高校のものであり、その高校は私立で以前は女子高だったが、現在は普通科や商業科などが設けられている。通学には自転車で十分程度の距離に位置し、学生は約千人いる。小佐内と私はその後、学校の敷地へ向かい、学校の外にある掲示板にひき逃げ事件の目撃者を求める張り紙をする。この張り紙により、黄葉高校の生徒たちの間で噂が立ち、目撃者が出てくることが期待される。しかし、学校に通う生徒から直接的な情報は得られず、一時的に見つけた「エーコ」という生徒も事件とは関連がなかった。この結果、小佐内と私は、今後もこの方法で情報を求め続ける予定である。

病院での生活中、日付の感覚を失ってしまうことが多い。カレンダーがないため、日々は指を折りながら数えている。現在は十二月三十日で、新年を病院で迎えることになる。宮室によれば、回復は順調だが、自分で車椅子に乗ることができないまま年を越すことに焦りを感じている。食事は自分でできるようになっているものの、食後の介助は看護師に依存している。夜、ノートに何かを書き加えた後、眠りにつく。

第九章  好ましくない人物

大晦日に宮室による整形外科の診察が行われ、手術後初めてのレントゲン撮影と詳細な問診がなされる。彼は太腿の痛みがあるが、鎮痛剤で管理できていると報告する。宮室は彼の痛みの表現を褒め、外出許可について話し、来月の中旬から下旬に一時帰宅が可能になるかもしれないと伝える。清掃員の山里が診察後の部屋掃除に来て、年末の忙しさについて語り、彼と軽い会話を交わす。その日はリハビリが休みで、彼は軽度の運動を行いながら、過去を振り返る時間を過ごす。

張り紙をした日から四日後、勝木亜綾を含む三人組が情報を広めることを待ったが、反応はなかった。市役所で正式に掲示許可を得て、二週間の掲示期間を設けたが、連絡は途絶えたままだった。藤寺に「同行者」を見分けてもらう試みも失敗し、彼は協力を拒んだ。小佐内とも特に進展はなく、ただ待つだけの状態が続いた。金曜の夜、登録していない番号から電話がかかってきた。その電話の主は日坂くんの父であり、事故について話をするために翌日の会合を設定した。予期せぬ電話により、彼は事態が動き出したことに満足感を覚えた。

伊奈波川ホテルには小学生の時の記憶しかない。翌日、約束の一時間前に家を出たが、小佐内には連絡しなかった。主に自身での対面を選んだためであり、二人の関係を仕事上のものに留めたいという考えもあった。対面に緊張しつつも、黄葉高校の前でのビラ配りよりは有意義だと感じていた。ホテルに着いた時、ドアマンに自転車の置き場所を尋ね、地下駐車場へ向かった。服装は学校の夏服で、初夏の暑さを和らげるためにボタンを二つ外していた。ラウンジで日坂さんと会った。彼は黒髪を後ろに撫でつけた男性で、日坂くんの父だった。彼は警察が詳しく事情を話してくれなかったため、事故についての情報を求めていた。警察に対する不信感から、日坂さんは個人的に情報を集めようとしていたが、最終的には「これは警察の仕事だ」と結論づけ、彼からの協力を拒否された。その後、ホットミルクを注文し、日坂さんが支払いを済ませる間、会話は続いた。彼は息子の事故についての詳細を知りたがっており、その過程での彼の心配を感じさせる言葉が交わされた。

夕食にはベリーショートの看護師がトレイを持ってきた。献立にはご飯、鰤の照り焼き、根菜の炊き合わせ、そして年越しそばのきのこそばが含まれていた。看護師に感謝を伝え、水も頂いた。今日の夕食は例の如く六時に提供されたが、きのこそばは少し冷めていた。そのそばの味は普通で、塩気が薄い出汁が使われていた。病院食は普段は美味しいが、今回のそばは特別感が薄かった。しかし、特別な日に出されることに意味を見出し、嬉しさを感じた。根菜の炊き合わせは美味しかった。看護師がトレイを下げた後、食事の介助をしてくれた。その日の仕事が終わりと知り、新年の挨拶を交わした。その後、静かで暗い病室で眠る準備をしたが、寒さを感じていた。

第十章  黄金だと思っていた時代の終わり

明かりをつけず、過去の事件に思いを馳せることにした彼は、伊奈波川ホテルで事件から手を引けと言われた翌日、小佐内から電話があり、麻生野から話があるとのことだった。麻生野と会う約束をし、急いで準備を整え、自転車で学校へ向かった。以前、麻生野から防犯カメラのデータを受け取ったことがあったが、その時は犯人が映っていなかった。そのため、彼は麻生野を意識から遠ざけていたが、今回の連絡で事態が動くかもしれないと期待した。一方で、何も解決できない可能性を恐れていた。小佐内との待ち合わせは学校の校門前で、麻生野との会話は神社で行われることになった。麻生野は、警察が自身の店に来て防犯カメラのデータを要求したことを不満に思いつつも、その日のデータには何も特別なことが映っていないと説明した。小佐内は、犯人の車が防犯カメラに映っているはずだが映っていないことを説明し、それが解明されていないことを話した。麻生野は困惑し、議論の末に去って行った。その後、事件についての理解が進まず、小佐内も困惑している様子だった。

病室は静かで、その静けさの中で、どこかから紅白歌合戦が聞こえてきた。暗くてノートを開けず、書きたくないことばかりだったため、過去を思い出すことにした。特に日曜の夜は眠れず、最後に時計を見たのは午前四時で、麻生野さんが気づいた何かから意識が離れなかった。月曜日、夏服に着替えて学校へ行き、教室に遅れて入ったが、日坂くんが怪我の兆候もなく出席しているのに気づいた。日坂くんに向けられる様々な声を彼は総じて生返事で返していた。放課後、日坂くんが話があると言って接近し、ふたりは教室を出た。廊下を歩きながら、日坂くんが謎めいたことを口にし、彼が「退院おめでとう」と言うと、日坂くんは平手打ちをした。それは力がなく、ほとんど痛みは感じなかったが、日坂くんは、彼に何もしないでほしいと伝えた。日坂くんは、自分が轢き逃げ犯を捜していることについて、忘れたかと問うたが、日坂くんは、それを忘れていなかった。そして、放っておいてほしいと再度伝え、その場を去った。この出来事から、彼は自分が何をしたのかわかっていなかった。日坂くんがなぜ調べられることをこれほど拒んだのか、その理由は明らかではなかった。その後、日坂くんの姿を追うことはなく、ひとりで放課後の廊下を歩いていた。

これは日坂祥太郎くんの轢き逃げ事件にまつわる顛末である。三年前の事件では、彼は防犯カメラに映らなかった犯人の車についての謎を解くことを避けた。その理由は、もし手掛かりが揃っても解けなければ、自身の能力の低さを証明することになるからであった。そして実際、そうなった。彼と同じ手掛かりしか持っていないはずの麻生野さんが犯人を見抜くことができ、その翌日に犯人が逮捕された。これは偶然ではないと思われる。加えて、彼は解けなかった謎に取り組むことをやめ、事件現場にいた〈同行者〉の特定に執心した。これは、解けない謎からの逃避であり、日坂くんのプライバシーを侵害したが、事件解決には役立たなかった。捜査は無惨な失敗に終わり、彼は自身のおろかさを認めざるを得なくなった。この事件の後、彼は新しい情報を知ることを拒否し、耳を塞いだ。だから、彼は犯人である永原匠真について新聞で読んだことしか知らない。小佐内さんもまた、この事件で傷を負った。彼女は麻生野さんに対する優位を失い、物理的な危機にさらされた。彼女は犯人の逮捕が報じられてから一週間、学校に来なかった。結局、彼たちは中学を卒業する前に、高校で自分たちのおろかしい性向を封じ込めようと誓い、お互いに助け合って小市民になろうと約束した。それから三年間、彼たちは自分たちが掲げたモットーのおこがましさに向き合うことになった。これはまた別の話である。

第十一章  報い

小佐内さんはクリーム色のダウンコートと灰色のマフラーを身につけ、寒さが苦手であるため冬場は暖かく包まれる傾向にある。フードを下ろすと、同色のイヤーマフを耳から外し、首にかけた。病室のドアが自然に閉まり、明かりも消える中で、小佐内さんは日常的な愚痴を話し始める。彼女は病院のベッドのそばで、ドライフラワーの花瓶を手に取り、その中の水を見て驚く。この水が意味するものについて、小佐内さんは普段なら気づいたはずだと述べる。実際には、夕食後に出される水を飲まずに花瓶に捨てるよう指示されていた。この水は睡眠を促す薬剤が混入されており、小佐内さんはそれに気づいていなかった。彼女は、以前、小鳩との事故の前に体をぶつけたことを後悔しており、小鳩がその際に受けたダメージについて心配している。小佐内さんは小鳩が助けてくれたことに感謝し、小鳩が生きていることを喜んでいる。小鳩はその瞬間、自己犠牲的な行動を取り、彼女を助けることができた。その後、小鳩は涙を隠すが、小佐内さんもそれを見たくないと思われる。

テレビの歌声が聞こえなくなった時、小佐内さんは病室に明かりをつけず、会話を続ける。彼女がボンボンショコラの箱を指し示し、その中身が一粒残っていることを確認する。その箱は二重底で、盗聴器ではなく発信専用の無線機が隠されていることがわかる。小佐内さんは無線機を用意する際に、医療機器に影響が出ない周波数のものを選ぶために専門家の助けを求めていた。彼女は事故が意図的だった可能性を疑っており、そのために無線機を病室に設置していた。さらに、事故の直後に無線機を用意したことから、小佐内さんが事件の意図的な側面を疑い、それを確認するための措置を講じていたことが示される。そして、病室での情報収集のために無線機を用いることが決定される。小佐内さんが無線機をボンボンショコラの箱に隠していたのは、事件が意図的な犯罪であるかもしれないという疑いからである。これは、小佐内さんが犯人に気づかれることなく、病室の監視を続けるための方法である。小佐内さんは病院でも安全ではないと感じており、そのために盗聴器ではなく無線機を選んだのである。

小佐内さんは車椅子を用意し、暗がりの中で車椅子に移る手伝いをする。移動中に明かりをつけるかどうかを検討し、最終的には明かりをつけることになる。移動に際し、車椅子が動かないように注意が払われる。ベッド上の生活で筋力が落ちているため、ベッドから車椅子への移動は注意が必要である。小佐内さんが車椅子を押し、彼がトイレの場所を確認する。エレベーターの隣にトイレがあり、その位置を小佐内さんに説明する。小佐内さんは、トイレへの道を尋ねるが、彼は実際にはトイレに行く意図がないことを示す。廊下を使ってナースステーションを避けるために遠回りをしていることを説明し、それが彼が睡眠薬を飲まされている理由だと推測する。小佐内さんがその理由を理解できないことに気付き、話は病室で続けられることになる。病室に戻ると、ベリーショートの看護師が現れ、車椅子の使用について注意を受ける。明かりをつけたことが問題だったと悟り、看護師に対し、なぜ睡眠薬を飲まされたのかを問いただす。看護師は、治療の一環として安静を保つために睡眠薬が使用されたと説明する。彼はその説明に疑問を持ち、看護師の名前を尋ねることで、看護師が特定の情報を隠している可能性を探る。看護師は名札を着用していないと説明し、彼はその状況に疑問を呈する。ナースステーションを避けるために遠回りをしていたことを明かし、看護師が連日出勤していることから、夜間の看護師の不在が疑われる。最終的に、看護師の名前が日坂エーコであると彼は断定し、その名前が重要な意味を持つことを示唆する。

エーコは黄葉高校で事故に遭ったという噂のある人物である。彼女は自転車がバイクに壊されたと述べていたが、これに対する裏付けはない。彼は、エーコの言葉を信じなかったが、このことから人は嘘をつくことがあるという教訓を得た。また、信じられない幸運に恵まれて得た情報を軽視することの危険性にも気づいた。エーコが衛生看護科に所属していたことから、「エーカンのエーコ」という呼称が意味するものは明らかになった。彼は、日坂エーコが三年前の歩道での轢き逃げ事

故の被害者と同じ日坂姓であること、そして今回の被害者の看護師も日坂であることから、偶然とは思えないと感じていた。日坂エーコは、彼が警察に名前を告げることを恐れていた。彼女は黄葉高校で一度目が合った際とは異なるイメージにするために髪型を変えた。そして、彼女が彼を轢いたという事実が明らかになることを最も恐れていた。警察が日坂エーコの車を捜索しているかどうかは不明だが、彼は彼女を動揺させるために警察がすでに彼女の車の手がかりを持っていると示唆した。日坂エーコは通勤中に日焼けしており、これが彼女が車でなく自転車や徒歩で通勤していることを示していた。最終的に、日坂エーコは犯罪を隠すために病室に来ていたことが明らかになる。彼女は、彼が看護師の名札を見ることなく、他の看護師と接触しないようにしていた。小佐内さんは、日坂エーコが自分の正体を隠して彼の看護を続けたのは、彼を監視し続けるためだと理解していた。

嫌悪感を向けられた経験はあるが、敵意や害意を向けられるのは初めての経験であった。彼が小さな金槌を目にしたとき、それが何かの医療器具である可能性を考えたが、そうではないと思った。その状況から、金槌は単なる暴力の道具として使用される意図があるとしか考えられなかった。この状況で、日坂さんは小佐内さんの挑発に乗り、金槌を取り出した。これにより、いかなる治療の一環としての言い訳もできなくなり、日坂さん自身が追い詰められた形となった。彼女は自暴自棄に陥り、攻撃する可能性が高まった。この緊迫した状況の中、小佐内さんは散布した何らかの粉で日坂さんを一時的に動揺させ、逃走を試みた。その後、彼女は車椅子を押して病院内を急いで移動し、最終的に屋上庭園にたどり着いた。ここで、再び日坂さんと対峙することになった。病院内の別の看護師が通行のルールを指摘している中で、小佐内さんは警察を呼ぶよう要請し、状況を説明した。日坂さんが迫る中、小佐内さんは通話を切り、現状を伝えた。日坂さんが最後の攻撃を試みたが、小佐内さんは冷静に対応し、状況をコントロールした。

冷たい風が一陣だけ吹く中、日坂さんは金槌をぶら下げながら、「違うよ」と答えた。庭園は静寂に包まれていた。日坂さんは、自分の家庭が仲良かったことを話し、学校では親を悪く言う同級生がいたが、自分は理解できなかったと語った。中学三年の夏の大会は「最後の大会」と言われていたが、実際には「日坂祥太郎の最後の大会」だったのかもしれない。彼は自分の足元を見つめながら、生きていくことには波があり、悪い時もあるがそれが仲の悪さを意味しないと話した。父親の日坂和虎は、息子の日坂祥太郎の退院を知らなかった。三年前の彼は和虎が偽者だと思っていたが、今ではそんなふうには考えない。牛尾は、日坂が中学一年の頃は笑顔が多かったが、二年の秋ごろから変わったと語った。その頃、日坂の家庭は「悪い時」だったのではないかと推測される。彼は、日坂が大会の前にお守りを

外したことを話し、それを見られたくない人がいたのだと述べた。日坂は修学旅行のお土産としてお守りを渡していた。大会の日には、日坂の母親が送り迎えをしていたという。日坂祥太郎の姓は、夏の大会後に変わる予定があった。日坂和虎は三年前の事故の時点で祥太郎と一緒に住んでいなかった。祥太郎はお守りを母親に見られないように外した。事故後、祥太郎は英子を現場から立ち去らせ、目撃者に口止めをした。彼は日坂が家族と仲が悪いと考えたが、そうではなかった。彼は、自分の知恵を誇示するためではなく、警察が来るまでの時間を稼ぐために、言いたくないことを言わざるを得なかった。日坂さんは彼を黙らせようと叫び、金槌を振り回した。日坂は、家族を立て直そうと相談していたが、彼がそれを突き止めたことで全てが終わったと非難した。英子は、日坂が飛び降りたのは彼のせいだと責めた。彼の視界に小佐内が立ちはだかり、日坂さんに言い返した。小佐内は、日坂さんが彼を轢く理由があったと言っているが、自分も轢こうとしたことを指摘した。小佐内の言葉に日坂さんは動揺し、叫んだ。警察が来たと思い込んでいたが、小佐内は違うと述べ、日坂祥太郎が現れた。祥太郎は三年前よりも痩せており、英子に近づきながら、「小鳩が悪いわけではない」と言った。英子は、自分が人を殺そうとしたことを祥太郎に知られ、ショックを受けた。祥太郎は、英子がそんなことをしてほしくなかったと語り、英子は座り込んだ。風が吹き始め、サイレンの音が聞こえた。

日坂英子は事情聴取のため連行された。彼、小佐内、日坂祥太郎も事情を訊かれたが、警察署への同行は求められず、市外に出ないようにと言われただけであった。消灯時間が過ぎた病院ロビーで、彼は日坂と向かい合った。日坂は杖をつきながら、少し笑いながら話し始めた。「久しぶりだな」と。彼は「久しぶり。会えると思わなかった」と返し、日坂は小佐内が話してくれたことや、自分がここに来た理由を説明した。日坂が来てくれなければ、英子を止められなかったかもしれない。日坂は、姉がひどいことをしたと謝罪した。彼も三年前のことを謝り、互いに過去の言動を反省した。日坂は、彼が自分の治療費を心配してくれていたことを知り、感謝しているが、殴ってしまったことを謝罪した。彼も、自分の過ちを認めて謝罪した。日坂は、生きていてよかったと彼が言うと、「ある意味おまえのせいかもな」と言いながらも、自分が死のうとしたのは自分の意志だと説明した。彼は、日坂が生きていることに安堵し、力になれることがあれば言ってほしいと伝えた。日坂は人間関係の悩みについて語り、彼に早く大人になりたいと思ったことはないかと尋ねた。彼はまともになりたいと願ったことがあったように思う。暗い廊下の奥から看護師が来ると、日坂は時計を見て「バスがない」と呟きながら出口に向かった。彼はその後ろ姿に手を振り、「よいお年を」と声をかけた。日坂は振り向かずに去っていった。

終章  小市民は空を飛ばない

暗い病室に戻る。日坂英子がいなくなり、明日から誰が来てくれるのか不安である。看護師の逮捕を引き起こしたことで、今後も治療を受けられるのか心配だ。屋上庭園で寒さに耐えたこともあり、疲労が重なっていた。病室でベッドを見て、彼は車椅子からベッドに戻れないことに気づく。助けを求めるためにナースコールをしようと思ったその時、小佐内がベッドに座っているのに気づいた。小佐内の助けを受けてベッドに戻ると、その温かさが冷え切った体には心地よかった。テーブルには水の入った花瓶と書き綴っていたノートが置かれていた。彼は小佐内がノートを読んだことを察し、謝意を伝えた。小佐内は日坂を見つけてくれたことを感謝し、そのことを堂島にも伝えるように頼む。三年前の轢き逃げ事件について、彼らは話をした。日坂を轢いた永原匠真の車が防犯カメラに映っていなかった理由が、映像の改ざんであることに気づいた。事件の謎はこれで解けた。小佐内は盗聴器を取り出し、もう必要ないことを示した。彼は胡椒を撒いた理由を尋ね、小佐内は警戒のためだったと答えた。その備えが功を奏し、彼らは危険を逃れたのだ。小佐内は、犯人が最悪の結末を迎えたことに満足しているようだったが、彼は彼女が仕組んだのではないかと疑った。小佐内はその疑いを一笑に付し、彼も笑った。二人はしばし笑い合った。

小佐内に頼んで窓を開けてもらった。外の空気を吸いたかったからである。どこからか鐘の音が聞こえてきた。「彼はさ」と、彼は話し始めた。「日坂が彼を殺さなかったのは、臆病だからじゃない。看護師として職業意識があり、患者には手を下せなかったのだろう」と。小佐内はベッドの端に腰掛け、窓の外を見ながら「今の気持ちはストックホルム症候群だと思う」と言った。彼は苦笑したが、日坂が彼を轢いた翌朝、出勤してきたと聞いた時のことを思い出した。事故後の昏迷の中で「これは報いだ」という言葉を聞いたのは日坂ではない。あれは誰の声だったのか。日坂の将来について考えた。彼女は警察にすべてを告白せず、できる限りの言い逃れをするだろう。彼は事情聴取で日坂の

殺意を否定しないが、自らそのことを言い出すことはないだろう。彼に彼女の罪を問う資格はないと思うからである。冷たい風が心地よく感じた。小佐内は「治ったら行きたいところはある?」と訊いてきた。彼は考え、「〈アリス〉のいちごタルトを買いたい」と答えた。小佐内は驚いたが、いちごタルトはおいしいと言った。彼はさらに「〈セシリア〉のパフェにも挑戦したい」と続けた。小佐内は「パフェ、大丈夫なの?」と心配したが、彼は「きっとね」と答えた。彼は治ったら行きたい場所を次々に挙げていった。小佐内は「いろいろあったね」と言い、「高校生ももう終わりだね」とつぶやいた。彼らは高校生活を通じて互恵関係を築いたが、それももう終わりを迎えようとしていた。小佐内は「三年間でいちばん忘れられない瞬間は?」と訊いた。彼はすぐに答えられなかったが、小佐内は「今だと思う」と言った。鐘の音が響き、眠気が襲ってきた。小佐内は時計を見て「行くね」と言い、「ありがとう」と彼に言った。彼女は彼の受験が残念だったことを気にかけ、「ゆっくり勉強するよ」と彼は答えた。小佐内は「京都の大学を受けるから、彼も来てほしい」と言った。彼女は彼に報いとして、京都に迷路を作って待つと言った。小佐内は最後に残されたボンボンショコラの一粒を取って口に運び、「おやすみ、小鳩くん」と言って去った。彼の目は閉じていき、夜の底から鐘の音が聞こえてきた。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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