どんな本?
『煤まみれの騎士 VI』は、美浜ヨシヒコ氏によるダークファンタジー小説シリーズの第6巻である。本作は、神に魔力を与えられなかった主人公ロルフが、差別や困難に立ち向かいながら成長していく物語である。
物語の概要
霊峰ドゥ・ツェリンの陥落により、ロルフ率いる魔族軍は王国軍を撤退させ、ロンドシウス王国に大きな動揺をもたらす。魔族軍は反体制派の傭兵らも合流し、大きな勢力となっていく。そんな中、王国の王女セラフィーナはロルフに講和を申し入れ、彼の元婚約者であるエミリーとの再会が実現する。歴史的な講和を目指す会談で、ロルフが下す決断とは──。
主要キャラクター
• ロルフ:神から魔力を授からなかった主人公。差別に屈せず、剣技と知識で困難に立ち向かう。
• エミリー:ロルフの元婚約者であり、騎士団長。講和会談で再会する。
• セラフィーナ・デメテル・ロンドシウス:ロンドシウス王国の王女。ロルフに講和を申し入れる。
物語の特徴
本シリーズは、魔力を持たない主人公が差別や困難に立ち向かう姿を描き、読者に深い感動を与える。複雑な人間関係や政治的陰謀が絡み合うストーリー展開が魅力である。
出版情報
• 出版社:KADOKAWA(電撃の新文芸)
• 発売日:2025年3月17日
• 形式:紙書籍、電子書籍
• ISBN:9784049159400
読んだ本のタイトル
煤まみれの騎士 VI
著者:美浜 ヨシヒコ 氏
イラスト:fame 氏
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あらすじ・内容
圧倒的人気のWebファンタジー小説、第6巻!
霊峰ドゥ・ツェリンの陥落。
“煤まみれ”だったロルフ、そして魔族軍が王国軍を撤退させたという報せは、ロンドシウス王国に大きな動揺をもたらした。
霊峰での戦いを経て、王国の反体制派だった傭兵らも合流し、魔族軍は連合として大きな勢力になっていく。
事態を危惧した王国の王女、セラフィーナ・デメテル・ロンドシウスは、ロルフの虚をつく一手に出る。
それは、講和の申し入れ。それも、ロルフ本人への。
迷いの末に、会談の場へ向かったロルフを待っていたのは──
「ロルフ……」
「……エミリー」
ロルフのかつての婚約者であり、騎士団長であるエミリーだった──。
歴史的講和を企図する会談で、ロルフが発する言葉とは。
「だから俺は、剣を取った」
しかし、その会談の先に待ち受けていたのは予想もしない事態で……。
圧倒的世界観で描かれるWEB戦記ファンタジー、2か月連続刊行の第6巻。
王都の危機と霊峰陥落
- 霊峰ドゥ・ツェリンの陥落
- 王都レーデルベルンで、王国重鎮たちが敗戦報告を受ける。
- 霊峰を守る第一騎士団・第二騎士団・ヨナ教団の済生軍が壊滅。
- イスフェルト侯爵が戦死、第二騎士団は壊滅状態。
- 王都の動揺
- 重要な拠点を喪失し、国民と騎士団は混乱。
- 英雄ステファン・クロンヘイムの死が伝わり、重鎮たちは絶望。
- 王女セラフィーナは敗戦を受け入れるが、責任を痛感。
- 反乱と王国の内部分裂
- 魔族と共闘する反体制派が各地で蜂起。
- 反乱を予測していたセラフィーナの布陣も戦況に追いつかず。
英雄の敗北と王国の混乱
- ロルフ・バックマンの台頭
- 追放されたはずのロルフがクロンヘイムを討ち取る。
- 重鎮たちはロルフを卑劣な敵と断定するも、宰相ルーデルスは冷静に彼の実力を認める。
- 魔族と反体制派の同盟
- 戦死者の慰霊式典が行われ、魔族と人間の連携が深まる。
- 旧王国三領の参事会が魔族側と協力し、新たな政治体制を形成。
- 王国騎士団の動揺
- ノルデン領駐屯の第五騎士団でも、ロルフの実力を認める声が上がる。
- 騎士エミリー・ヴァレニウスは、かつての婚約者ロルフの戦いを認めつつ、彼を討つべき存在と考える。
ロルフの帰還と新たな絆
- 孤児院の支援
- 戦災孤児が増加し、ロルフは孤児院への支援を続ける。
- マレーナら支援者が子供たちを保護し、希望を与える。
- 経済と貧困の議論
- 商会との協力により、反体制側の経済基盤が発展。
- ロルフは貧困を美徳とする考えを否定し、経済の安定化を目指す。
- 新たな仲間の加入
- アルフレッド・イスフェルトが軍に正式合流し、魔導士の訓練を担当。
- ロルフは魔導士たちに実戦的な戦い方を指導。
講和会談と戦場の策略
- 王国の講和申し入れ
- 王国はロルフ個人に講和を打診。
- 交渉の場としてメルクロフ学術院が指定され、王女セラフィーナが交渉代表に。
- 講和の条件と王国の狙い
- 王国側はロルフの帰順を求めるが、彼は拒否。
- 魔族奴隷の解放を要求するも、王国側は拒絶。
- 講和の崩壊と自爆攻撃
- 王国の武官ミルドが自爆し、会場が爆発。
- ロルフは爆風で建物外へ投げ出されるが、生存。
剣の奪還と戦場の混乱
- 煤の剣の捜索
- 瓦礫の中で剣を探すが、敵の監視が厳しい。
- 敵の動きを利用し、剣の所在を特定。
- 敵との戦闘と剣の奪還
- 陽動作戦を成功させ、敵の守備が緩んだ隙に剣を回収。
- 剣を手にしたロルフは戦闘力を取り戻し、敵陣を突破。
- 戦場の整理と撤退
- 瓦礫の中で孤立するが、冷静に状況を整理。
- 仲間との合流を目指し、慎重に移動を開始。
王国軍と反乱軍の再編
- 王女とエミリーの決断
- 王女とエミリーが学術院を脱出し、リーゼたちと合流。
- ロルフの行方を巡り、エミリーとリーゼが対立。
- 騎士団の分裂
- 王国騎士団内部でも主戦派と講和派が対立。
- 反乱軍との協力を進める動きが加速。
- フェリシアと第五騎士団
- フェリシアが騎士団の指揮を代行し、ロルフの不在を意識。
- 叙任候補リストからロルフの名が消え、彼の立場が明確にされる。
決戦に向けた布石
- ロルフの戦力回復
- 剣を取り戻し、再び戦う力を得る。
- ビョルンと一時的な共闘関係を築き、敵の動向を探る。
- 王国軍の動向
- 王国は待機部隊を学術院へ向かわせるが、内部の裏切り者の存在が疑われる。
- 王国側の対応次第で、戦局は大きく変化する可能性が高まる。
- 連合軍の準備
- ロルフの状況を知ったアルたちは、救援の準備を整える。
- 戦局の鍵を握る人物として、ロルフの行動が重要視される。
感想
戦場と和平交渉の交錯
物語は、王国が魔族との和平交渉を試みる中で始まる。だが、交渉の場で爆発が発生し、王女セラフィーナやロルフらが混乱に巻き込まれる。王国と連合の和平を阻もうとする者たちが暗躍し、特にヨナ教団の影が強く感じられる展開である。霊峰ドゥ・ツェリンの戦いを経て、王国は劣勢に立たされているが、交渉の背後で様々な思惑が交錯する。ロルフは爆発の衝撃で戦場から弾き出されるが、負傷しながらも剣を求めて行動を開始する。一方で王女セラフィーナとエミリーは混乱の中で生き延び、王国側の動向を探りながら脱出を図る。和平交渉は単なる話し合いではなく、戦場の延長であることを示す展開であった。
ロルフの孤独な戦い
ロルフは、煤の剣を失ったまま敵の包囲を突破しようとする。学術院内部に仕掛けられた陰謀の中で、彼は単独で戦い抜く決意を固める。剣を持たずに敵の猛攻をかわし、機転を利かせながら戦況を読み、利用できるものを探していく。剣を探しながらも、敵の行動を冷静に分析し、罠を仕掛ける姿が印象的である。特に、煤の剣を取り戻すための策略が巧妙であり、敵の心理を突いた動きが際立っていた。剣を手にするまでの緊張感は高く、再び剣を握った瞬間の描写には圧倒的な力強さがあった。戦場で生き延びるための知恵と冷静さが、彼の強さをより際立たせていた。
王女とエミリー、リーゼの対立
一方で、王女セラフィーナを巡る動きもまた大きな転換点を迎える。王国の命運を左右する彼女の決断が試される中、エミリーとリーゼの対立が深まる。エミリーはロルフを王国へ戻すことで未来を変えようとするが、リーゼはそれを否定する。二人の意見は真っ向からぶつかり、互いに譲らぬ姿勢が続く。剣を抜く寸前までの緊張感は、彼女たちの関係の複雑さを物語っていた。王国と連合、それぞれの立場の違いが、キャラクター同士の衝突を生み、物語に深みを与えていた。
戦場の影と不穏な動き
騎士団内部でも動きがあり、王国軍の一部が教団と連携している可能性が示唆される。ラケルやイェルドの思惑が絡み合い、王国の内側から何かが変わりつつあることが感じられた。特にラケルの戦いへの執着が目立ち、彼女の内面の変化が今後の展開に影響を及ぼしそうであった。
総括
物語は、和平交渉という静的な場面から、一転して激しい戦闘と陰謀が交錯する展開へと進んだ。王国、魔族、教団、そして個々の思惑が絡み合い、緊迫した状況が続く。ロルフの剣を巡る戦い、王女を巡る駆け引き、そして騎士団内部の動きなど、どれも目が離せない展開であった。次巻への伏線も多く張られており、和平交渉の行方や王国の未来がどうなるのか、ますます興味を引かれる。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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備忘録
Ⅰ
王都の動揺と霊峰陥落の報
王都レーデルベルンでは、荘厳な王宮内で重鎮たちが集まり、王国の歴史上例を見ない凶報に直面していた。霊峰ドゥ・ツェリンの陥落という報告がもたらされ、多くの者が信じられず動揺した。第一騎士団と第二騎士団、さらにヨナ教団の精強なる済生軍までが投入され、要害たる霊峰での戦いは王国の勝利が確実視されていたにもかかわらず、現実は異なった。敗戦報告が次々にもたらされ、領主イスフェルト侯爵の敗死や第二騎士団の壊滅といった事実が否応なく突きつけられた。
重鎮たちの焦燥と混乱
報告が積み重なるごとに、重鎮たちの疑念は焦燥へ、やがて悲嘆へと変わった。さらに、英雄ステファン・クロンヘイムの戦死が伝えられると、彼らの動揺は叫喚へと変わる。バラステア砦陥落以降、王国は領地を失い続けており、ここに至り歴史が大きく動いていることを認めざるを得なかった。宰相ルーデルスは冷静に状況を説明しようとしたが、一部の官吏はなおも敗戦を認めず、戦略的撤退と捉えようとする。しかし、霊峰の喪失とイスフェルト侯爵の死は紛れもない事実であり、もはや覆せないものだった。
反乱と王女セラフィーナの決断
さらに、戦の最中に王国の人間が魔族軍と呼応し、反体制派として挙兵していたことが明らかになった。王女セラフィーナはその動きを予測し、万全の布陣を敷いていたにもかかわらず、戦況は彼女の想定を超えていた。セラフィーナは敗北の責任を自ら認めたが、宰相ルーデルスは彼女の決断と指導力を擁護した。彼女は可能な限りの戦力を動員したが、クロンヘイムすらも敗れたことで、敵の戦力を過小評価していたと痛感する。
英雄の敗北と王国の動揺
ルーデルスは、大逆犯とされたロルフ・バックマンがクロンヘイムを討ち取った事実を明かす。これにより、重鎮たちは怒号をあげ、王国の象徴的英雄が加護を持たない男に敗れたことを受け入れがたく思った。彼らはロルフが卑怯な手を使ったと信じたがるが、ルーデルスは冷静にそれを否定し、敵を過小評価することの危険性を示唆する。魔族軍の中には王国の最強の剣士を打ち破る存在がいたのだ。
霊峰陥落後の慰霊式典と同盟の調印
霊峰ドゥ・ツェリンの麓では、戦死した者たちの慰霊式典が執り行われていた。戦場で共に戦った魔族、反体制派の人々が集い、戦友としての絆を確かめる場となった。式典の中で、魔族と人間の連携が生まれ、デニスの演説によって戦いを通じた信頼が育まれた。さらに、戦後の動きとして、魔族側と旧王国領の反体制派の間で同盟調印が行われた。旧王国三領の参事会もこれに加わり、単なる軍事的勝利ではなく、今後の政治的な枠組みを形成するものとなった。
王国に広がる不安と騎士団の苦悩
一方、王国では敗戦の報が広がり、国民たちは女神の加護を信じながらも、霊峰を失った現実に動揺していた。王都近郊の酒場では、市民が敗戦について語り合い、騎士団に不安を投げかける。ノルデン領に駐屯する第五騎士団の幹部たちもまた、クロンヘイムの敗北に衝撃を受け、敵の戦力を軽視しようとするが、一部の騎士はロルフの実力を認める発言をしていた。
エミリーの葛藤と過去の選択
その場に現れたエミリー・ヴァレニウスは、騎士たちの意見を否定し、ロルフが正々堂々と戦ったことを認める。かつて彼の婚約者であった彼女は、敗北の責任を感じながらも、戦況の現実を受け入れるしかなかった。市民の一人が彼女にロルフとの関係について問いかけると、エミリーは明確な答えを出せず、複雑な思いに沈む。彼女は、かつての決断が現在の状況を生んだことを痛感しながらも、彼との再会が叶わぬことを嘆くのだった。
第五騎士団の焦燥と歴史の流れ
侯爵邸への道すがら、ラケルは民衆の反応に不満を漏らしていた。戦況が王国に不利になりつつある今、世論が急激に変化しつつあることを、イェルドも感じ取っていた。ラケルは、もし霊峰で第五騎士団が客員参謀として参加していれば結果は違っていたのではないかと考えていた。しかし、イェルドはそれを簡単な話ではないとしつつも、歴史の本流に自分たちがいないことへの口惜しさを隠せなかった。その本流にいるのは、かつて見下していた男だった。
エミリーの葛藤と過去への後悔
エミリーは、先ほど酒場で投げかけられた言葉が頭から離れずにいた。婚約者でありながら、ロルフに何もできなかったことへの後悔が心を苛んでいた。もし彼女に力があれば、もしあの頃の穏やかな日々が続いていれば、と考えずにはいられなかった。しかし、現実は無情であり、魔族軍の侵攻は王国の深部にまで及びつつあった。戦わねばならない。その相手には、かつて愛した男も含まれていた。
ロルフの帰還と過去の住処
霊峰での式典を終えたロルフは、帰路の途中、かつて暮らしたアーベルの官舎へ立ち寄った。懐かしさを感じながら部屋を見回していたところ、寝室のベッドに違和感を覚える。誰かが最近ここを使った形跡があった。不審に思い、家の中を慎重に探ると、突然白いシーツを被った「お化け」が現れる。それはミアの悪戯だった。彼女の元気な様子に、ロルフは安堵し、彼女が少しずつ心を取り戻していることを実感した。
ミアとの日常と未来への願い
ロルフは、ミアとともにカボチャのミルク粥を作りながら、彼女の成長を感じていた。彼女の背は伸び、精神的にも逞しくなりつつあった。しかし、彼女はまだ子供であり、未来に多くの可能性を秘めていた。彼は彼女がこれから歩む道が穏やかであることを願いながら、一緒に食事を楽しんだ。かつて心を閉ざしていた少女が、今は笑顔で食事をする姿に、ロルフは深い喜びを感じていた。
アルフレッドの軍合流と新たな戦力
アルフレッド・イスフェルトが軍に正式に合流した。彼は魔族と人間の垣根が取り払われつつある現在、スムーズに受け入れられた。彼の名がやや発音しづらいことから、「アル」と呼ぶことが決まり、本人もそれを気に入った様子だった。一方、ロルフは自らの渾名として「ロロ」を提案するも、リーゼに即座に却下されてしまった。
魔導士たちの鍛錬とアルフレッドの指導
アルフレッドは訓練の場で「雷招」の魔法を披露し、その威力に周囲は驚愕した。彼は魔力の効率的な運用について講義し、魔導士たちの意識を改革しようとしていた。魔力を持つことが当たり前の魔族たちは、その運用について深く考えたことが少なく、アルフレッドの理論的な指導は彼らにとって新鮮だった。彼の知見が軍全体の戦力向上に大きく寄与することが期待されていた。
剣士たちの疑問とロルフの戦い方
訓練の場では、若い剣士たちがロルフにアルフレッドと戦った際の戦法について質問していた。彼らは、強力な魔導士と対峙した際にどう戦えばよいのかイメージが湧かず、ロルフの戦い方に関心を持っていた。しかし、ロルフは「アルには勝っていない」と答え、戦闘にはそれぞれの戦い方があることを説いた。剣士たちはその言葉に納得し、訓練に身を投じることとなった。
孤児院の支援と戦災孤児たちの未来
ロルフは養護院を訪れ、子供たちのために肌着を届けた。戦災孤児の増加に伴い、この施設の役割はますます重要になっていた。ヘンセンの経済は徐々に発展しており、ローランド商会の支援によって物資の流通も安定しつつあった。孤児院の運営には多くの人々が関わっており、特にマレーナは子供たちの精神的な支えとなっていた。彼女の存在が、孤児たちの心の傷を癒し、新たな希望を与えていた。
貧困と繁栄に関するトーリとの議論
ロルフは、トーリと経済について語り合った。トーリは豊かさの分配がいかに難しいかを説明し、富が一部に集中しすぎないよう警戒していた。ロルフは、貧困を美徳とする考えを否定し、人々が豊かであるべきだという信念を持っていた。その意見にトーリは賛同し、今後の政策について協力し合うことを誓った。
子供たちの成長と新たな支え手
孤児たちは、ベルタを喪った悲しみを乗り越えつつあった。マレーナがその支えとなり、彼女の優しさが子供たちに安心感を与えていた。彼らは新しい環境に適応し、徐々に笑顔を取り戻していた。ロルフは、この養護院での光景を見て、子供たちが未来へ進む力を持っていることを実感した。彼らの成長を見守りながら、彼自身もまた戦いの中で歩み続ける決意を新たにした。
酒宴と新たな友情
リーゼの家で酒宴が開かれた。集まったのはロルフ、リーゼ、シグ、アル、マレーナの五人で、大神殿の戦いを共にした者たちであった。酒はリーゼが持ち寄り、その中にはアルバンの秘蔵酒も含まれていた。マレーナは酒席に慣れておらず、戸惑いながらも、仲間と盃を交わす喜びを知っていった。彼らはそれぞれの過去を語り合い、新たな友情を深めた。
マレーナの出生と迫害の歴史
マレーナは人間でありながら魔力を持って生まれた。それは先祖のどこかに魔族がいた証拠であり、ヨナ教の教義では異端とされた。幼少期から迫害を受け、孤独な道を歩んできた彼女にとって、この席での会話は新鮮だった。シグは彼女の血統について辛辣な意見を述べたが、リーゼはそれに反論した。ロルフは、マレーナの存在そのものが、魔族と人間の間に種としての隔たりがないことの証明であり、尊いものであると語った。その言葉に、マレーナは初めて心からの笑顔を見せた。
アルの過去と貴族の品性
酒宴が進む中、話題はアルの過去へと移った。彼は侯爵家の養子であり、元は商家の生まれだった。彼には少年期を共に過ごした友人がいたが、今は記憶の中にしか存在しないという。ロルフは、彼とは異なり、未だ会える友がいるにも関わらず、それを避けている自分に思いを馳せた。リーゼはアルの品性を称え、彼がこれまで出会った最も優れた女性について尋ねた。アルは即座にマレーナの名を挙げ、彼女の芯の強さを評価した。それに驚くマレーナの反応が、場をさらに和やかにした。
酔いと騒動の宴
酒が進むにつれ、宴席は騒がしくなった。リーゼは酒乱の気を見せ、双剣を振り回し始めた。シグが必死に制止し、ロルフも巻き込まれたが、最終的にはマレーナが優しく彼女を抑え、騒動を鎮めた。一方で、マレーナは圧倒的な酒豪ぶりを見せ、ロルフやアルが限界を迎える中、平然と酒を飲み続けていた。宴は深夜まで続き、彼らの間の絆をさらに強くした。
連合の形成と経済の発展
ローランド商会はヘンセンに支部を設立し、魔族と人間の経済的な交流が加速した。商会の現地スタッフとして魔族が雇われ、ノウハウが伝えられることで、新たな経済圏が形成されつつあった。また、軍事面でも連携が進み、旧王国三領の戦士たちが合流し、魔族軍との協力体制が整えられていった。反体制派の傭兵たちは正式に軍に編入され、「反乱軍」として再編された。彼らの指導者デニスの影響力は増し、軍全体の統率が強化されていった。
駐在武官フリーダの赴任
反乱軍からの駐在武官として、フリーダが派遣された。彼女は霊峰の戦いで活躍した実力者であり、魔族との縁も深かった。彼女は親友のアイナとカロラから離れることに迷いもあったが、この任務が未来にとって重要であると考え、赴任を決意した。ロルフは彼女を迎え、町を案内しながら連合内の現状を説明した。フリーダは新たな環境を楽しみつつも、軍事面での協力を進めるために必要な課題を冷静に見極めていた。
講和の申し入れ
王国から突然、講和の申し入れが届いた。しかし、相手は連合ではなく、ロルフ個人であった。これは、王国が魔族との正式な交渉を避けるための策であり、ロルフを通じて間接的な和平を模索していると考えられた。会談の場として指定されたのはメルクロフ学術院であり、王女セラフィーナが交渉の代表として出席することが明かされた。王国がこれまでの姿勢を覆し、魔族と同じテーブルにつくという事実は、彼らの焦りを示していた。
講和の意図と王国の変化
アルは王女セラフィーナについて、聡明だが決断力に欠ける人物であると評した。しかし、霊峰の陥落やクロンヘイムの死によって、彼女はもはや優柔不断でいることが許されない状況に追い込まれたと考えられた。講和自体が罠である可能性も指摘されたが、それでも王国の態度が大きく変化していることは明白であった。
会談の不穏な兆し
講和会談では、双方が帯剣を許可されるという異例の条件が提示された。これはロルフが無力化されることを避けるための措置であると同時に、王国側の警戒を示すものでもあった。剣を帯びた者たちが集う場で、何も起こらずに済むとは考えにくい。王国の意図が真の和平にあるのか、それとも策略が潜んでいるのか、誰もが疑念を抱いていた。ロルフはこの講和がもたらす可能性を考えつつも、事態の危うさを強く感じていた。
ラケルの鍛錬と復讐の念
第五騎士団本部の訓練場にて、ラケル・ニーホルムは汗を流していた。元より鍛錬を怠らぬ彼女であったが、ある日を境に、その訓練は一層苛烈なものとなった。その日とは、僚友シーラ・ラルセンが敗北を喫した時である。負けるはずのない戦いで、予想外の敗北を味わったことで、ラケルの行動原理には復讐の要素が加わった。ただし、その復讐が誰に向けられたものか、彼女自身も明確には理解していなかった。
講和会談への疑念
イェルドが訓練場に姿を見せると、ラケルは彼を迎えた。彼は講和会談が戦いにはならないと告げたが、ラケルはそれに否定的であった。彼女はどこであれ戦いは起こると考えており、むしろそれを待ち望んでいるようでもあった。シーラが敗れた以上、次は自分の番だとでも言わんばかりの姿勢であり、かつての戦いで逃げた相手に対する嫌悪を隠さなかった。イェルドはその執念に不安を覚えつつも、それ以上の言及は避けた。
エドガーの登場と神器の運搬
その時、参謀長エドガーが現れた。彼は騎士たちを従え、慎重に運ばれる豪奢な箱を手にしていた。イェルドが問いかけると、エドガーは誇らしげにそれが神器であることを明かした。神器は各地に分散して保管されることが決まり、第五騎士団でも一つを預かることとなっていた。
ラケルの力への渇望
神器の話を聞いたラケルの視線は、箱に釘付けとなった。イェルドはその様子に嫌な予感を覚えた。元々ラケルは力を求める気質であったが、シーラの敗北を経て、その渇望にはより暗い感情が混ざっているように思えた。だが、それは僅かな違和感に過ぎず、確信には至らなかった。
不安を抱くイェルド
エドガーは興奮した様子で神器の力を語ったが、イェルドはこれ以上の話がラケルの内面に悪影響を及ぼすことを危惧し、早々に話を切り上げるよう促した。エドガーは恐縮しつつ立ち去ったが、ラケルの目は依然として箱の行方を追っていた。
イェルドはふと、亡き父の言葉を思い出した。彼の父は悲観論者であり、かつて「嫌な予感は当たる。特に、嫌な時代においては」と口癖のように語っていた。その言葉が、今の彼の胸に重くのしかかっていた。
Ⅱ
ラーム領とメルクロフ学術院
旧アルテアン領の東側に位置するラーム領は、中央の高官たちから「乾燥領」と呼ばれていた。雨が少ないわけではなく、流通や軍事の要衝とならず、産業も乏しいため、そのように揶揄されていたのである。広大な綿畑が広がるこの地において唯一の特徴的な存在が、メルクロフ学術院であった。
この学術院は王国最古の学府であり、多くの者が学問に励んでいた。近年、ある程度の独立性が認められ、中央への研究報告義務が緩和されるなど、王国では珍しい措置が取られていた。特にヨナ教団の教戒が行われていない点が注目に値する。しかし、依然として神学は教育の一環として組み込まれ、女神礼賛の支配構造から完全に自由であるわけではなかった。
このような環境を整えたのは王女セラフィーナの執政によるものであった。彼女が王国の意思と異なる方向を模索しているのではないかと推測される要素はいくつかあった。そして今回の講和会談も、彼女の主導によるものであった。
講和会談への準備と警戒
連合の先遣隊は会談の安全を確保するため、学術院周辺の索敵を行った。しかし、敵の潜伏は確認されず、周囲には広大な綿畑があるのみであった。また、学術院内の構造も事前に調査され、伏兵の可能性は低いと判断された。
王国側は真摯に会談に臨もうとしているように見えたが、警戒を怠ることはなかった。慎重に学術院構内へと進む中、ロルフは会談の目的とは別に、一人の人物のことを考えていた。彼の胸中には、かつての馴染み深い青い瞳と亜麻色の髪が浮かんでいた。
メルクロフ学術院の構造と王国の技術力
学術院の広さは圧倒的であり、一辺が二キロにも及ぶ広大な敷地には、複雑に入り組んだ建物が並んでいた。構造の複雑さは国力の誇示とも取れたが、それだけでなく、建築技術の高さも見せつけていた。アルバンは、建材の質の高さや精巧な造作に感嘆していた。
さらに、学術院内には大規模な食糧庫が備えられており、学徒や研究者のために食糧が十分に確保されていた。このような設備は、王国の経済力と安定した支配の象徴であった。これを目の当たりにしたアルバンは、王国の圧倒的な国力を改めて実感し、沈黙を保った。
講堂と尖塔への進入
学術院内を進み、講堂に到着すると、その一角から伸びる尖塔が会談の会場であることが確認された。この尖塔は、周囲よりも高く、死角が少ないため、会談の場として適していた。
講堂内では、王国側の随行員たちが待機していた。その中には第五騎士団のラケル・ニーホルムの姿もあった。彼女はロルフを強く睨みつけ、シーラの負傷の件を根に持っていることが明白であった。ロルフは彼女を挑発しつつ、第五騎士団の戦力を推し量るような発言をした。
その後、魔族側の兵士の案内で尖塔へと向かうこととなった。
会談の開始と王女の謝罪
尖塔の最上階に到着すると、王国側の代表者たちがロルフたちを迎え入れた。王女セラフィーナは、ロルフへ謝罪を申し入れた。彼の追放が不当であったことを認め、王国側の誤りを認識していることを示したのである。
しかし、ロルフはこれを拒否した。自らの追放に謝罪を求めるつもりはなく、王国が民間人を害したことへの責任を問うべきだと主張した。宰相フーゴ・ルーデルスは、戦争では人が死ぬことは避けられないと反論したが、ロルフは民間人への攻撃を正当化することはできないと譲らなかった。
価値観の違いと王国の未来
王女は、種族や国家が異なれば価値観も異なるのは当然だと述べた。しかし、ロルフは、価値観の違いを認識した上で、将来的に変えていくことを約束してほしいと求めた。王女は、それを確約することは難しいと苦悩したが、ロルフは譲らなかった。
そして、この議論の流れの中で、エミリーが発言を求めた。
エミリーの提案
エミリーは、ロルフに王国への帰順を求めた。彼が王国内部で変革を起こすべきだと主張し、そのために必要な権限を与えると約束した。さらに、騎士団内で彼を害する者がいれば、自ら処断すると断言した。
武官たちはこの発言に憤りを隠せなかったが、エミリーは彼らを睨みつけ、圧倒した。彼女は決して譲らない意志を持っていた。
そして、エミリーは最後に言った。「戦争を終わらせたいと本当に願うなら、そうするべきだ」と。
審問会の圧力とロルフの決断
審問会の場で、エミリーはロルフに問いかけた。騎士である以上、過ちを認め、責任を取るべきだと主張し、謝罪を求めた。しかし、ロルフは答えず、フェリシアを含む周囲の視線にも応じなかった。幹部たちは彼を罵倒し、騎士団長は威厳をもって謝罪を命じた。彼女はロルフの立場を守るためにそうしたが、彼はすでに決めていた。静寂の中、彼は明確に拒絶を示した。
約束を巡る対立
ロルフの拒絶に対し、エミリーは動揺を隠せなかった。彼は「約束がある」と述べたが、エミリーは彼との婚約も約束の一つであるはずだと指摘した。しかし、リーゼが口を挟み、その約束はすでに破棄されたものであると断じた。二人の視線がぶつかり、緊張が高まった。エミリーは、ロルフが魔族と約束を交わした相手なのかと問い、リーゼは「彼は魔族全体と約束をした」と答えた。
対立する価値観と過去の因縁
エミリーとリーゼは過去に戦場で対峙しており、その記憶が彼女たちの間に残っていた。エミリーは平和的な解決を望んでおり、ロルフが王国に戻ることで変革をもたらせると主張した。しかし、リーゼは王国がロルフの声を一切聞こうとしなかった過去を挙げ、今さら信用できないと一蹴した。二人の議論は感情的な応酬へと発展し、会談の本筋から逸れかけた。
アルバンの冷静な分析と王国の提案
アルバンは、王国側の提案の実現性を疑問視した。ロルフが戻ったところで、王国の国是を変えることは不可能であり、王国の意図は単なる戦力の分断にあると指摘した。宰相ルーデルスは、魔族側の具体的な和平案を求めたが、アルバンは特使を王都に常駐させ、意思決定に関与させる案を提示した。これに対し、ルーデルスは激昂し、王国の内政干渉を許すはずがないと強く反発した。
ロルフの帰順案を巡る論争
王国側は、ロルフの帰順こそが和平への道であると主張した。しかし、アルバンは王国がロルフを追放し、その誤りを認めたにもかかわらず、今さら「帰順」と呼ぶこと自体が不遜であると指摘した。ルーデルスはロルフを「辺境の戦いで寝返った男」と断じたが、アルバンは、それを言うなら王国が彼を裏切ったのだと強く反論した。王女は、ロルフに権限を与えるためにはエミリーの庇護が必要だと主張したが、リーゼはその考え自体を一蹴した。
エミリーの激昂と剣の危機
議論が進む中、エミリーの感情が抑えきれなくなり、ついに剣へ手を伸ばした。しかし、彼女は直前で踏みとどまり、代わりに近衛隊長のビョルンが激昂し、剣を抜こうとした。王女が彼を制止し、最終的に彼は退席を命じられたが、事態はさらに悪化した。
講和条件と王国の拒絶
魔族側は、最優先条件として魔族奴隷の即時解放を提示したが、王国側はこれを拒否した。宰相は奴隷制度が社会の基盤であり、撤廃は困難であると主張した。しかし、ロルフはその論理を否定し、民間人を捕らえておきながら「捕虜」と称する欺瞞を厳しく非難した。王女は沈黙し、唇を噛み締めていた。
王女の破格の提案とロルフの拒絶
王女は、ロルフをバックマン家の当主とし、エミリーとの婚約を履行させることで王国内での地位を保証すると提案した。しかし、ロルフはこれを拒否した。彼にとって重要なのは「共にあるべき人たちと平穏を分かち合うこと」であり、王国の提案はそれに適わなかった。エミリーは涙をこらえながら、彼に戻るよう懇願したが、ロルフの意志は変わらなかった。
軍人官僚ミルドの暴走
ミルドと呼ばれる王国の武官が、感情を爆発させ、ついに剣を抜いた。アルバンに斬りかかろうとしたその瞬間、ロルフが動き、彼の手首を斬り落とした。激痛に叫ぶミルドを王女が介抱しようとしたが、彼は突然、不気味な笑みを浮かべ、上着を開いた。そこには無数の竹筒が仕込まれていた。
爆発と混乱
ミルドは火薬を抱えたまま自爆を試みた。ロルフは王女を避難させ、リーゼが即座に彼の喉を斬り裂いた。しかし、それでも遅かった。ミルドは最後の力を振り絞り、哄笑を響かせながら爆発を引き起こした。その衝撃が尖塔を破壊し、会談の場は混乱の渦に包まれた。
爆発と落下
激しい爆風がロルフを襲い、瓦礫が全身を打ちつけた。彼は防御姿勢を取ったが、勢いを完全に防ぐことはできなかった。爆発の衝撃で空中へ投げ出され、激しい痛みに耐えながら落下していく。樹木に突っ込み、枝葉を突き破った後、地面へと叩きつけられた。視界はぼやけ、耳鳴りが響く中で彼は息を整えた。落下地点は講堂の外側であり、尖塔の半壊した姿が目に映った。
爆発の余波と負傷
尖塔の崩壊による瓦礫が周囲に散乱し、火の手が上がっていた。彼の周囲には誰もいないようだったが、近くにもう一つの落下物を確認した。それは千切れた足と、転がる竹筒であった。焼け焦げた衣服から、その足が武官ミルドのものであると推測できた。ロルフは痛みをこらえながら上体を起こし、骨が折れていないことを確認した。しかし、腹部には深く刺さった木片があり、血が滲んでいた。彼は木片を抜くことを避け、出血を最小限に抑えながら移動を開始した。
負傷の処置と再起
傷の痛みに耐えながらも、ロルフは講堂の裏手に移動し、安全な場所を確保した。彼は脇腹の木片を慎重に抜き、流れ出す血を圧迫して抑えた。そして竹筒から火薬を取り出し、傷口へ振りかけた後、燃える木片で焼灼止血を施した。激痛が全身を貫き、体は震えたが、彼は耐え抜いた。応急処置を終えた彼は、敵が迫っていることを察知し、戦闘態勢を整える必要性を認識した。
敵の出現と教団の影
尖塔の近くに、法衣を纏った複数の人影が現れた。彼らの装いから騎士団や近衛ではなく、教団の関係者であることが推測された。中には戦棍を携えた者もおり、済生軍の僧兵である可能性が高い。彼らの袖口には銀の帷子が覗いており、単なる僧侶ではないことが分かった。ロルフは彼らと交戦しても勝機がないと判断し、状況を冷静に分析した。
教団の関与と疑念
ミルドの自爆が狂信によるものであれば、ヨナ教団がこの事件に関与している可能性が高い。しかし、彼らは王女セラフィーナすら排除しようとしていた。これは単なる主戦論者の暴走ではなく、より大きな意図が絡んでいるように思えた。だが、今はその真相を追求する時ではない。まずは戦う力を取り戻すことが先決であった。
剣の喪失と孤独
ロルフは腰に手をやり、あるべきものがないことに気づいた。彼は愛用の煤の剣を失っていた。傷を負い、孤立した状況の中で、武器すら持たないという事実は、彼に久々の孤独感をもたらした。だが、彼は前進しなければならなかった。敵の手が迫る中、彼は生き延びるために行動を開始した。
Ⅲ
煤の剣の行方
ロルフは失われた煤の剣の所在を考えた。剣は比類なき重さと折れぬ強度を誇り、遠くに吹き飛ばされることは考えにくかった。講堂内に落ちた可能性が高いが、そこは瓦礫で埋もれ、敵の監視下にあるため、回収は困難を極めるであろう。敵に先んじられる可能性もあり、迅速に行動する必要があった。
剣の声と過去の記憶
ロルフは過去に煤の剣の声を聞いたような気がした。初めて剣を手にした時、視線を向けられたかのような感覚があり、バラステア砦でミアを救出した際にも剣が導いたように思えた。剣士が刃の声を聞くのは比喩的表現であるが、彼にはそれが現実のものとして感じられた。しかし、今は剣に導きを求める状況ではない。ただ探し出すしかなかった。
敵の索敵と学術院の状況
講堂周辺には四、五人の哨戒班が複数展開していた。王女と会談を妨害しようとする勢力の監視が厳しく、敵は既に動き出している。剣の回収は必要だが、まずは策を練り、敵の配置を見極めるべきであった。学術院の門は確実に封鎖されており、正攻法での脱出は困難だった。仲間たちとの合流も急務であるが、彼らを信じて動くことが最善策であった。
敵の警戒と策謀
敵の哨戒部隊は学術院内を巡回し、学術院東側には武装した男たちがいた。彼らは王女の兵とは異なり、謀略の一端を担う勢力であった。哨戒を担当する四人は、僅かな異変も見逃さぬよう警戒を強めていた。その視線の先には、黒い外套がかかった箒があった。彼らは慎重に接近し、罠であることに気づいたが、その瞬間には既に遅かった。
敵の捕縛と尋問
ロルフは敵の一人を背後から襲い、素早く頸動脈を締め上げた。男は必死に抵抗したが、やがて意識を失った。彼を拘束し、装備を剥ぎ取ったうえで尋問を開始した。敵は王国軍の一部であり、済生軍も加わっていることが明らかになった。さらに、計画の指導者として複数の高位聖職者が関与していることも判明した。ロルフは敵の発言から罠を察知し、利用することを決めた。
陽動と剣の捜索
ロルフは尋問した男を利用し、敵の注意を南東の詰所へ向けさせるよう仕向けた。結果として、敵はそちらへ人員を割き、講堂周辺の哨戒網が薄くなった。これを好機と捉えたロルフは、慎重に講堂へと潜入し、剣の捜索を開始した。講堂内には戦闘の痕跡があり、複数の遺体が散乱していたが、味方の姿はなかった。彼は煤の剣の鞘を見つけたものの、肝心の剣の所在は不明であった。
敵の急襲と即応策
講堂の外から敵の声が聞こえ、一団が接近していることに気づいた。柱の陰に身を潜めたものの、哨戒部隊は慎重に索敵を進めており、いずれ発見される危険が高まった。ロルフは自ら柱の影から姿を現し、敵に圧をかけながら前進した。剣を持たない状況にも関わらず、冷静な態度を崩さず、相手を揺さぶった。
ステンドグラスの崩落
ロルフは足元の板を踏みつけ、跳ね上がった石片をステンドグラスへと直撃させた。女神ヨナの姿を描いたガラスが砕け、鋭利な破片が敵の頭上に降り注いだ。半数の敵はこれにより戦闘不能となり、上位兵のみが魔力障壁で防いだものの、混乱に陥った。その隙を突き、ロルフは講堂の出口へと突進し、敵の包囲を突破した。
脱出と次なる行動
講堂を脱したロルフは、敵の追撃をかわしつつ移動を続けた。剣を取り戻すことが最優先課題であることに変わりはないが、敵の警戒が強まる中、慎重な行動が求められた。戦況は依然として厳しく、武器を持たない状態での戦闘は避けるべきであった。敵の配置を利用しながら、ロルフは次なる行動を決断しようとしていた。
追跡と策略
ロルフは倉庫の陰に隠れ、敵の動きを窺っていた。追手たちは彼を見失い、深追いせずに撤退することを選択した。彼らは、ロルフが剣を失い、それを取り戻しに講堂へ戻ったことに気づいていた。煤の剣は敵にとっても重要であり、回収しようとするのは確実であった。そこでロルフは、敵の手を借りて剣を見つけさせ、それを奪い返すという策を立てた。
渡り廊下での待ち伏せ
敵が煤の剣を発見した後、それをどこへ運ぶのかを知る必要があった。ロルフは敵の動線を観察し、渡り廊下が必ず通過点となることを突き止めた。彼は梁の上に身を潜め、適切な相手を待った。そして、奇襲をかけるにふさわしい二人組が通った瞬間、素早く飛び降りて襲撃し、一人を昏倒させた。もう一人にはステンドグラスの破片を突きつけ、恐怖を利用して情報を引き出した。
煤の剣の運搬先
尋問の結果、煤の剣は複合研究棟へ運ばれることが判明した。その場所は学術院内でも特に防備が固く、指揮所として機能しているらしい。敵の警戒は強まっていたが、ロルフは慎重に移動し、最も安全なルートを選択した。敵の行動パターンが把握できてきたことで、巡回を避けながら研究棟へと近づいた。
敵の囮作戦
移動中、ロルフは剣を運搬していると思しき一団を目撃した。四人が板に何かを乗せ、護衛が先導していた。しかし、それがあまりに目立ちすぎていること、護衛の数が少なすぎることから、彼はこれが囮であると判断した。さらに、先導する男の両手に火傷の痕があることを見て、実際に煤の剣を触った際に負傷した可能性が高いと推測した。そのため、本物の剣は別のルートで慎重に運ばれていると確信し、複合研究棟へ向かうことを決めた。
複合研究棟への潜入
ロルフは敵の警戒網を潜り抜け、一階の窓から研究棟内へ侵入した。周囲に敵の気配はなく、慎重に内部を探索しながら、剣が運び込まれるルートを予測した。敵の会話を盗み聞きし、煤の剣が三十分後に到着し、上階へ運び込まれる予定であることを確認した。
食糧庫での準備
ロルフは研究棟内の食糧庫を見つけ、そこに潜入した。食糧庫には大量の食糧と備品が揃っており、彼はオリーブオイルを手に入れて傷の手当てを行った。さらに、木片、釘、ロープ、火打ち金などを集め、戦いに備えた。食糧庫の物資を利用して即席の爆弾を作り、導火線として油紙を用いた。火薬を仕掛け、適切なタイミングで爆発するよう調整を行った。
煤の剣の発見
ロルフは内庭に潜み、敵の動きを観察していた。そして、ついに煤の剣が運ばれてくるのを目撃した。剣は布で覆われ、幾重にも縛り付けられていた。護衛の数は多く、厳重に守られていたが、その布の隙間から煤の跡が見えた。確信を持ったロルフは、敵が剣を上階へ運び込むのを見届けた。そして、剣の運搬が完了する直前、仕掛けた爆薬が爆発した。
爆発と敵の混乱
食糧庫での爆発は、棟内にいる敵たちを混乱に陥れた。煙と火が立ち上る様子を見た敵たちは警戒しながら内部を確認し、異変に気づくと次々と集まってきた。ロルフはその様子を内庭から観察し、彼らの動きを冷静に見極めた。
仕掛けた油が時間差で燃え上がり、火勢が強まったことで敵の混乱は増した。逃げ惑う者、消火に奔走する者が入り乱れる中、炎に包まれた一人の男が井戸へ向かう。そこに仕掛けられた罠が作動し、彼は油を浴びてさらに炎を広げた。騒ぎが拡大し、敵は制御不能に陥った。
敵の注意を引く
混乱の最中、ロルフは姿を現し、敵の目を引いた。大逆犯の存在を確認した敵たちは即座に彼を追おうとするが、内庭に掘られた罠によって次々と転倒し、負傷する。焦った敵たちは追撃を試みるも、火の手と負傷者の処理で指揮系統が乱れていた。
ロルフは混乱を利用し、二階へ移動。敵の追撃が鈍る間に潜伏し、状況を見極めた。棟内は複雑な構造のため、敵の動きに乱れが生じている。ロルフはこの状況を利用し、別の侵入経路を探った。
外壁を登る決断
棟内の階段を使えば敵の目に留まるため、ロルフは外壁を登ることを選択した。雨樋を頼りに慎重に上へ向かうが、負傷した体には大きな負担がかかる。壁を蹴り、三階の窓へ飛び移ろうとするが、内部に敵がいることに気づき、一旦静止。
息を潜め、敵の会話を盗み聞くと、煤の剣が最上階で厳重に保管されていることが判明した。敵は剣を押さえればロルフを無力化できると考えていたが、彼にとっては逆に奪い返す絶好の機会でもあった。
陽動作戦の実行
ロルフは棟外の別部隊と棟内の敵同士を戦わせる計画を立てた。弓を利用した罠を設置し、敵を誘導。狙いどおり、敵同士が攻撃を始め、陽動が成功する。
混乱の中、ロルフは再び建物内に侵入し、内庭の階段を駆け上がる。そして、敵の防備が手薄になったタイミングを狙い、煤の剣があると確信する部屋へ向かった。
剣を求める激戦
ロルフが突入すると、敵たちは剣を守るため必死に応戦する。魔法攻撃を避けながら板に縛られた剣へと接触し、縄を切断。だがその直後、敵の魔導士が火球を放ち、爆発の衝撃でロルフは建物の外へ吹き飛ばされた。
窮地での決断
外壁にぶら下がるロルフは、煤の剣が今にも落ちそうになっているのを見上げる。しかし、剣はギリギリのところで四階の縁に留まった。敵の追撃は厳しく、雷撃が放たれ、衝撃に耐えながらロルフは壁にしがみつく。
地上の敵たちは矢や魔法で攻撃を続け、魔導士が再び火球を放つ。爆風に巻き込まれたロルフは、煤の剣へと向かって吹き飛ばされる。その瞬間、剣も重力に引かれ落下。
ロルフは咄嗟に手を伸ばし、黒い剣を掴んだ。そして、そのまま四階の建物内へ突入し、敵のど真ん中に降り立つ。
剣との再会、そして反撃
剣を手にした瞬間、ロルフは剣が放つ怒気を感じ取った。剣が猛り、彼の体に熱を伝える。敵の火球が飛んできたが、剣はそれを容易く斬り裂いた。
怒りに燃える剣と共鳴しながら、ロルフは敵の中心へと突撃した。圧倒的な力が彼の身体に漲り、空中から敵へと斬りかかった。彼の咆哮が響き、激しい戦闘が始まるのだった。
煤の剣の一撃と戦場の混乱
煤の剣が地面に突き刺さると、その周囲に深いクレーターが生じた。剣の直撃を受けた魔導士は、血肉もろとも砕け散り、完全に消滅していた。その爆散の衝撃を緩衝材とし、ロルフは無傷のまま着地した。
敵たちは一瞬のうちに数を減らし、残る者たちは動揺の色を見せた。ロルフは迷わず剣を抜き、横薙ぎの斬撃を放つ。風を切る音とともに、敵の胸が深く裂け、戦棍を振り上げたまま崩れ落ちた。
戦況を読む敵との対峙
戦場の混乱の中、一人の敵が他の者とは異なる動きを見せた。彼は恐慌に駆られることなく、適切な距離を取り、戦局を見極めていた。ロルフはその技量の高さを察し、最優先で排除すべきと判断した。
足と腰に力を溜め、一気に踏み込む。四メートルの距離を一瞬で詰め、突きを放つと、相手も迎撃の構えに入った。戦棍が振り下ろされるよりも早く、黒い刃が喉を貫いた。
その間にも、他の敵たちは動きを止めない。だが、彼らの間合いの甘さを見抜いたロルフは、冷静に次の一手を考えていた。
敵の動揺と情報の探求
残る三人は、じりじりと距離を詰めていた。だが、彼らの構えからは経験の浅さが見て取れた。ロルフはその場で剣を振るうことをせず、代わりに問いかける。
「首謀者は誰か」
先ほどの会話から、敵の中に特別な存在がいることは明らかだった。だが、敵たちは沈黙を貫く。表情を細かく観察すれば、彼らの理性は怒りに支配され、冷静さを欠いていた。
ロルフはさらに追及する。「西棟に居るのか?」 その問いに、二人は一瞬目を逸らした。問い詰められたくない話題に触れられたことで、無意識のうちに反応したのだ。
隠れ場所についても尋ねると、彼らの表情に僅かな変化が生じる。西棟に関する話題が終わったことに、安堵の色を見せた。つまり、核心を突かれたことを示していた。
最後の戦闘と敵の最期
問いを続けるロルフに、敵たちは怒りを露わにし、戦棍を構えた。彼らにとって、ロルフを討つことは命に優先する使命だった。
一人が叫びながら襲いかかるが、ロルフは半身をずらして回避。次に攻撃しようとしたもう一人を、下段から斬り上げた。血を吐きながら男は倒れ、その間にもう一人も肩口から斬られ、崩れ落ちた。
残されたのは、静寂と倒れた法衣の男たち。彼らの信仰に殉じた姿が、戦場に虚しく横たわった。
煤の剣との再会、そして撤退
背後で短剣が落ちる音が響いた。ロルフはそれを拾い、念のため持ち歩くことにした。そして、懐から黒革の鞘を取り出し、煤の剣を収める。腰に剣を差した瞬間、圧倒的な安心感が戻ってきた。
視線を上げると、四階の壁に開いた穴から、敵たちが呆然と彼を見下ろしていた。彼らが動き出す前に、この場を離れなければならない。ロルフはその場を後にし、静かに歩みを進めた。
だが、あの怒りは何だったのか。煤の剣が放った激情を、彼は確かに感じ取っていた。あの時、確かに声も聞こえた気がする。
しかし、今は振り返る余裕は無い。戦いはまだ続いている。ロルフは思考を振り払い、複合研究棟を後にするのだった。
Ⅳ
戦力の回復と合流への思案
ロルフは煤の剣を取り戻し、再び戦う力を得た。しかし、敵の規模や首魁の正体はいまだ不明であり、慎重な行動が求められていた。最優先事項はリーゼたちとの合流であったが、彼女たちの所在は不明であった。
敵の中に強者が潜んでいる可能性を考えるうちに、ロルフはラケル・ニーホルムの存在を思い出した。彼女は梟鶴部隊に属し、第五騎士団の幹部でもある戦士であった。戦闘力ではエミリーに次ぐ実力を持ち、一対一なら現隊長のイェルドよりも強い可能性があった。しかし、ラケルが今回の陰謀に関わっている可能性は低いとロルフは考えた。なぜなら、それはすなわちエミリーへの裏切りを意味するからである。
敵と味方の境界が曖昧な状況において、ロルフはまず確実に味方である連合側と合流する必要があった。だが、それにはまず敵から情報を引き出すことが求められた。
近衛兵ビョルンとの遭遇
慎重に移動を続ける中、ロルフは北側で戦闘の気配を察知した。視線の先では、教会の者たちと王国の近衛兵が交戦していた。近衛兵は剣を使わず素手で戦っており、熟練した体捌きで戦棍の攻撃を巧みにかわしていた。
彼は戦棍を持つ敵の腕を制し、前腕で首を圧迫することで相手の動きを封じた。しかし、捕らえられた敵は頑なに口を閉ざし、王女の身に危害が及んでいないことを示唆するような言葉を残して気絶した。
そこへロルフの存在に気づいた近衛兵が振り向く。その男はビョルンであった。王女の近衛であり、会談の場でもロルフと顔を合わせていた男である。
ビョルンはロルフを「大逆犯」と呼び、敵意を隠さなかった。彼は王女を守るため、会談場で武装を解除していたが、その信念に揺らぎはなかった。ロルフは彼の動きを観察し、陰謀には加担していないと判断したが、敵意の強さは変わらぬものであった。
王女の安否とビョルンの誓い
ロルフは王女の安否を問うたが、ビョルンは苛立ちながらも答えた。王女はヴァレニウス団長と共に講堂を離れ、ビョルンは彼女を逃がすために戦ったが、敵の戦棍を受け昏倒したのだという。
彼の語る内容に嘘はなく、王女への忠誠が揺るぎないものであることが伝わった。ロルフは、彼の忠義を認めつつ、なおも慎重に探りを入れた。
その最中、敵の一団が接近した。ビョルンは丸腰のまま迎え撃とうとしたが、ロルフは武器を持つよう促した。彼が倒した教会兵の戦棍は不得手だと断ると、ロルフは短剣を差し出した。
ビョルンは激しく憤慨し、背教者からの施しを拒絶した。しかし、戦場においては剣が必要だとロルフは説得を続けた。彼は王女の近衛として、剣を持つべき存在なのだと。
最終的に、ビョルンは誓いを破る決断を下した。戦いの中で誇りを汚すことがあろうとも、今は戦うしかないと悟ったのである。
共闘と不本意な協力関係
敵の攻撃が迫る中、ビョルンはついに短剣を手にした。瞬時に動き、敵の喉を斬り裂く。続けて、戦棍を振り上げた敵の胸へ鋭い一撃を突き刺した。
一方、ロルフも煤の剣を振るい、敵の意識がビョルンに向いた隙を突いた。次々と斬撃を浴びせ、瞬く間に敵を殲滅した。
戦いが終わると、ビョルンは短剣の使いづらさを口にした。ロルフは皮肉混じりにそれを受け流し、ビョルンもまた不機嫌なまま短剣を腰に収めた。
ビョルンは、ロルフが意図的に自分を囮にしたことに不満を露わにしたが、ロルフはそれを謝罪しつつも、戦場での判断だったと説明した。
二人は歩き出し、行き先は北へと向かった。王女を探すため、そして敵の陰謀の核心へ近づくために。
倉庫での戦闘と人質救出
北へ進むと、小さな倉庫が目に入った。敵が警戒していることから、人質が捕らえられている可能性が高いとロルフは推測した。
王女がその中にいるとは考えにくい。敵は王女を生け捕りにするつもりはなく、むしろ殺害を狙っていたため、人質は別の目的に利用されていると判断された。
ビョルンは、人質を救う余裕は無いと主張した。しかし、ロルフはそれが王女の心を乱す要因になり得ると説得し、さらに戦略上の観点からも人質の救出が有効であることを示した。
最終的に、ビョルンは渋々ながらも作戦に同意した。
倉庫への奇襲と敵の殲滅
ロルフは正面から倉庫へ近づき、敵の注意を引いた。一方、ビョルンは倉庫の側面へ回り込み、奇襲の準備を整えた。
ロルフが煤の剣を見せつけ、敵の前衛を倉庫の外へ引き出すと、ビョルンが茂みから飛び出し、石を投げつけた。その隙を突き、ロルフは二人の敵を瞬時に斬り伏せた。
ビョルンも素早く動き、敵のリーダーに短剣を突き刺した。続く一撃で、残る前衛の敵も倒れた。
このわずか数秒の間に、倉庫の敵は全滅した。二人の連携は即席とは思えぬほど見事なものだった。
戦闘が終わると、ビョルンは不機嫌なまま「このレベルの連携は、本来即席では出来ん」と指摘した。ロルフはそれを皮肉として受け取りつつも、共闘が成功したことを実感した。
不本意ながらも協力関係を築いた二人は、なおも北へ進んでいった。そこに待つのは、さらなる戦いと陰謀の核心であった。
人質の救出と近衛兵の兄妹
倉庫内には二人の人質が捕らわれていた。そのうちの一人は近衛兵であり、もう一人は王女の侍女であった。侍女は近衛兵の妹であり、王女の計らいで兄妹ともに宮廷に仕えていた。王女セラフィーナは、有能な者であれば身分に関係なく取り立て、その家族の生活にも配慮をしていたという。
しかし、近衛兵の男はロルフに対して強い警戒心を抱いていた。彼の視線には明らかな敵意が宿り、妹の侍女も怯えた表情を浮かべていた。ロルフは彼女の怪我に気づき、添え木をするよう助言したが、兄はそれに対して不快感を示し、ロルフの親切を拒絶した。
ビョルンは、この救出がロルフの提案によるものだったことを伝えた。彼自身は兄妹を見捨てようとしていたため、その事実を誤解されることが耐えがたかったのだ。結果として、近衛兵の男もまた屈辱を味わうこととなった。
爆発時の状況と王女の無事
人質を救出した後、ロルフは兄妹に爆発時の状況を尋ねた。近衛兵の男によると、尖塔の爆発が発生した際、講堂は混乱に陥った。土煙が立ち込め、視界が遮られる中で敵が襲撃を仕掛けてきたという。しかし、王女セラフィーナはヴァレニウス団長と共に無事に講堂を離れていた。
ロルフは、爆発の被害が中途半端だった理由について考察した。爆破の実行犯である武官ミルドは、直前にリーゼの攻撃を受け、それでも自爆を試みた。しかしロルフは彼を壁際まで蹴り飛ばし、王女を守るために即座に行動していた。その結果、爆発の威力は抑えられ、王女とその周囲の者たちは命を取り留めたのだった。
リーゼたちの行方と西側への移動
侍女の証言によると、講堂を脱出した者の中に魔族が含まれていた可能性が高かった。また、その一団には異様な速度で動く者がいたため、ロルフはそれがリーゼであると推測した。さらに、彼らは学術院の南側へ移動していたことが判明した。
ロルフはリーゼたちを追うのではなく、西側へ向かうことを決めた。敵の動きを考えれば、リーゼたちは複合研究棟を避けて移動している可能性が高い。西棟には敵にとって重要な何かがあると考えられ、そこを目指すのが最良の選択だった。
ロルフはビョルンに同行を求めた。しかし、ビョルンは王女を盾にとるような発言をしたロルフに激しい怒りをぶつけた。彼の忠誠心を利用するような言動に対し、ビョルンは強い不快感を示したが、最終的には同行することを受け入れた。
エミリーと王女の脱出
その頃、エミリーたちは王女セラフィーナを護衛しながら慎重に移動していた。爆発の影響で講堂内は混乱しており、敵と味方の識別が困難な状況だった。エミリー、ラケル、王女、宰相ルーデルスの四人が合流し、行動を共にしていた。
王女の安全を最優先とし、彼らは学術院の外へ脱出する道を探った。しかし、門は封鎖されており、外へ逃れることは困難だった。そのため、構内を移動しながら安全な場所を探すことになった。
王女はロルフの動向について問い、エミリーは彼を味方と見なしていることを明言した。ロルフは王女を爆発から守り、結果としてエミリー自身も彼に救われていた。しかし、彼女の内心には、自らがロルフを疑ったことへの後悔が残っていた。
リーゼとの再会
エミリーたちが移動を続ける中、複数の足音が近づいてきた。慎重に警戒しながら進むと、生け垣の向こうから現れたのはリーゼであった。
リーゼもまた武器を構え、エミリーと向かい合った。互いに敵意を滲ませつつ、再会の瞬間が訪れた。
王女とアルバンの合流
王女セラフィーナは、無事に生還したことを盟主アルバンに報告した。アルバンは王女の無事を喜び、彼女の臣下を称賛した。しかし、王女が最も感謝すべき相手であるロルフの姿は、その場にはなかった。リーゼによれば、ロルフは爆発の影響で塔の外壁へ落下した可能性が高いという。
王女を救ったにもかかわらず、その命運すら分からないロルフの不在に、王女は表情を沈ませた。一方、リーゼは冷静であり、いずれ合流出来ると断言した。その根拠を問われると、彼女は「何となく」と曖昧な言葉を返した。その態度がエミリーの怒りを誘い、両者の間に激しい口論が勃発した。
ロルフの優先順位を巡る対立
エミリーは、リーゼがロルフを保護しようとしなかったことを非難した。しかし、リーゼは王女の安全を最優先に考えた結果であり、ロルフを助ける余裕はなかったと主張した。さらに、ロルフが優先すべき対象であるとするエミリーに対し、リーゼは彼ならそんなことは言わないと反論した。
その発言がエミリーをさらに怒らせた。リーゼはロルフのことを理解していると言わんばかりの態度を取り、エミリーはそれを否定しようとした。過去にロルフを守れなかったと批判されたこともあり、エミリーはこの議論を引くに引けなくなった。
両者の口論は次第に激化し、互いの価値観や信念まで否定し合う展開となった。エミリーはロルフの安否が不明な以上、最悪の事態を考えるべきだと主張し、リーゼは無駄な心配をしても意味がないと突き放した。
剣を抜かぬ対峙
やがて二人の言い争いは頂点に達し、互いに剣へ手をかけた。だが、どちらも抜刀することはなかった。睨み合いながらも、剣を振るうには至らなかったのだ。しかし、リーゼは「本気でやり合えば私が勝つ」と言い放ち、エミリーも負けじと言葉を返した。
二人の対立は周囲の者たちにも緊張をもたらした。王女がエミリーを諫め、アルバンがリーゼをたしなめることで、ようやく争いは収まった。しかし、完全に感情を抑えきれたわけではなく、互いの怒りは残ったままだった。
敵の襲撃と戦闘
その時、リーゼが敵の接近に気づいた。彼女の視線が向いた先には、戦棍を構えた四人の男たちがいた。エミリーは即座に剣を抜き、雷迅剣を発動した。一撃で三人を仕留め、残る一人は逃走を試みたが、ラケルが容赦なく仕留めた。
ラケルの戦い方は、敵に恐怖を植えつけるほど残虐であった。エミリーもまた、初めて人間の命を奪ったことに一瞬の動揺を覚えたが、それを押し殺して剣を収めた。リーゼは戦闘には参加せず、王女たちを守る立場に徹していた。その判断は的確であり、エミリーは無意識のうちに彼女との連携を取っていた。
救援の可能性と不安
戦闘を終えた一行は、学術院から脱出するために再び移動を開始した。王女は王国軍の救援が来るかをエミリーに尋ねた。エミリーは「伝わっているはず」と答えたが、確信はなかった。一方、アルバンも魔族側の救援が向かっていることを確認した。
しかし、宰相ルーデルスは、王国の待機部隊が本当に味方であるか疑問を呈した。敵の陰謀はここまで周到であり、王国軍の内部にも裏切り者がいる可能性は高い。エミリーもその可能性を考えざるを得なかった。
彼女の脳裏には、再びロルフの姿が浮かんだ。彼がここにいれば、どれほど心強いことか。だが、それを考えるたびに、リーゼの言葉が突き刺さった。「たぶんそれ、ロルフが聞いたらキレるわよ」。その言葉の意味を、エミリーはまだ受け入れることが出来ずにいた。
ラケルの変化
移動を続ける中で、ラケルがエミリーに「大丈夫か?」と声をかけた。エミリーは礼を述べると、逆にラケルの様子を気にかけた。先ほどの戦闘で、彼女は逃げる敵を徹底的に叩き潰していた。それは単なる戦術ではなく、強い感情が込められた攻撃に見えた。
ラケルは「問題ない」と答えたが、その目の奥には何かが燻っていた。エミリーはそれ以上追及しなかったが、後にこの判断を悔やむことになるとは、この時はまだ知る由もなかった。
第五騎士団本部の執務
第五騎士団本部では、団長エミリーをはじめとする幹部の多くが不在となっていた。しかし、団の運営は滞らせることが出来ず、定常任務は続行される。特に、団長の承認が必要な案件も少なくなく、その代行を務めるのは高級幹部の役割であった。
現在、その役目を担っているのはフェリシアであった。彼女は執務卓で書類に目を通し、承認作業を進めていた。疲労の色が濃く、羽ペンを投げ出しそうになったが、結局は行儀良くペン立てに戻した。その直後、執務室の扉がノックされ、入室を許可すると、イェルド・クランツが現れた。
フェリシアとイェルドの対話
イェルドは予定より早く戻り、フェリシアへ労いの言葉をかけた。彼は本来、エミリー不在時の代行者として適任であったが、この日は視察の任務で不在だったため、フェリシアが承認業務を引き受けていた。イェルドは業務を引き継ぐ意志を示したが、フェリシアは「中途半端にするわけにはいかない」と述べ、自ら継続する意向を示した。
沈黙が流れた後、イェルドはフェリシアの様子を案じ、「調子はどうか」と問いかけた。それに対し、フェリシアは反問した。彼女が何に悩んでいるのか、イェルドならば分かるはずであると。彼は即座に「加護なしのことだろう」と答えた。
ロルフのことを未だに「加護なし」と呼ぶイェルドに、フェリシアは険しい視線を向けた。しかし、イェルドは「昔からそう呼んでいた」と述べ、自分の態度を変えるつもりはないことを示した。そして、ロルフは王国の戦いにおいて味方になり得なかったのだと語った。
フェリシアは、「ではなぜ講和しようとしているのか」と反論したが、イェルドは「講和が成立しても味方ではない」と冷静に返した。フェリシアはそれに納得出来ず、結局のところ、彼女の問いは「兄がなぜここに居ないのか」に帰結した。
彼女は、兄とエミリー、そして自分が共に歩む未来を何度も想像していた。その未来が実現しなかった理由を探し続けていた。しかし、現実にはロルフは戻らず、彼女自身が戦場で彼と刃を交えることになった。そして今も、どこで間違えたのかを考え続けていた。
叙任候補リストとロルフの不在
フェリシアが思考に沈んでいると、騎士が執務室に現れ、叙任候補者のリストを提出した。騎士の叙任は半年ごとに行われ、その候補者をノルデン侯爵へ提出することになっている。
イェルドは「明日、自分が目を通す」と申し出たが、フェリシアは自ら確認すると主張した。彼女は、エミリーが過去にロルフの名を候補者リストへ入れていたことを知っている。だが、今回は当然ながら彼の名は無かった。その事実を目の当たりにし、彼女はしばらく沈黙した。
イェルドは「あるはずの無い名を探しても仕方がない」と言った。フェリシアは「そんなことは分かっている」と返したが、その言葉には感情がにじんでいた。イェルドはそれ以上何も言わず、部屋を後にした。
扉が閉まると、イェルド自身もまた物思いに囚われた。フェリシアの内面には、元々の弱さが垣間見えていた。彼女は戦う者としての力を与えられたが、それが必ずしも彼女を強くするとは限らない。イェルドは、自らの信じる価値観を崩さぬために「力には意味がある」と思い込もうとしていた。
連合軍駐屯地の会話
一方、メルクロフ学術院から十数キロ離れた連合軍の駐屯地では、シグが暇を持て余していた。彼は地面に置いた木のカップへ石を投げ込む遊びをしていたが、一投目で成功してしまい、不満げな表情を浮かべた。それを見たアルが「入ると良くないのか?」と問うと、シグは「ツレの無事を占うものだから、入ってしまうと何も起こらないことになる」と説明した。
そこへマレーナが現れ、「咲いた」と言いながら葉牡丹を指さした。彼女は花の美しさを語り、アルもまた「葉牡丹は中心の色合いが美しい」と同意した。マレーナは、彼が花に詳しいことに驚き、アルは「花に詳しい友がいたのだ」と説明した。
しかし、シグが「で、食えるのか?」と尋ねたことで、マレーナは落胆した。軍隊の中では食糧が重要であり、花を愛でることなど無意味に思えたのだ。自分が場違いな存在であると感じ、彼女は悲しげに肩を落とした。
だが、シグは「んなことねえだろ」と一蹴した。アルも「戦う者だからこそ、花を愛でる心が大切だ」と語った。命をかける戦場において、何も感じなくなることこそ危険なのだという。マレーナは、それを理解しようとしつつも、今までの経験にない感覚に戸惑った。
戦場の直感
最後に、シグは「学術院では何事かが起きるのか?」とアルに尋ねた。アルは「起こるだろう」と答えた。そして、マレーナは「何か起きても、きっとみんな大丈夫だ」と呟いた。アルもまた、「ロルフは傑物だから無事だろう」と言葉を添えた。
しかし、シグは「どうかね」と短く言い残し、その場を後にした。マレーナは彼の言葉の意味を考え、シグが「ロルフは他者の傷を受け持つ」と言いたかったのだと気づいた。彼は人々を救うが、その分、自らの傷を深く負ってしまう。
その言葉に、アルもロルフの姿を思い浮かべた。もし彼が傷ついているなら、自分たちは駆けつけなければならない。そう考えたアルは、指揮官フォルカーのもとへ向かった。おそらく、今こそ動く時が来たのだと感じていた。
同シリーズ
煤まみれの騎士





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