小説「神統記(テオゴニア) 3」感想・ネタバレ

小説「神統記(テオゴニア) 3」感想・ネタバレ

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どんな本?

『神統記(テオゴニア)3』は、異世界ファンタジー小説である。ラグ村の少年カイは、谷の神の加護を受け、諸族の帰依を集め、自らの国を築き始めた。彼は前世の記憶を持ち、魔法を使う能力を持つ。物語は、彼が新たな国を築く過程と、彼を取り巻く様々な種族との関係を描いている。

主要キャラクター

  • カイ:ラグ村の少年兵で、前世の記憶を持ち、谷の神の加護を受けた。強大な力を得て、新たな国を築く。
  • ジョゼ:ラグ村領主の娘で、加護持ち。アルビノで白髪赤目、肌も白く、通称は白姫様。カイが魔法を使えることを知り、訓練の相手をさせる。
  • ポレック:小人(コロル)族の長。カイに対して神同様に敬い、谷の淵に一族の仮の村を作る。

物語の特徴

本作は、異世界ファンタジーの中でもダークな要素を含む作品である。主人公カイが前世の記憶を持ち、異世界で新たな国を築くという独特の設定が魅力である。また、様々な種族との関係性や、過酷な世界での生き残りを描く点が、他の作品と差別化される要素である。

出版情報

  • 出版社:主婦と生活社
  • 発売日:2019年6月28日
  • ISBN:978-4391152791

本作は、PASH!ブックスより刊行されており、電子書籍版も同時に発売されている。また、コミカライズも展開されており、関連メディアとして注目されている。

読んだ本のタイトル

神統記(テオゴニア) 3
著者:谷舞司 氏
イラスト:河野紘  氏

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あらすじ・内容

谷の神の加護を得て、諸族の帰依を集め自らの国を築き始めたラグ村の少年カイ。
“守護者”としての使命を果たすため小人(コロル)族を引き連れ灰色猿(マカク)族の首都へ向かうと、王城の奥に座していたのは、地を腐らせ、触れるだけで生命を奪う呪われた存在…悪神(ディアボ)。
灰色猿たちが蹂躙されるなか、「大首領派」を率いる“賢姫”は、従えていた神狼(デウ・ロー)を悪神へと解き放つ。カイたちは種族の垣根を越え、この世界を生きる者としての戦いを始めるのであった。

そして人族の地では、州都・バルタヴィアにて、辺土領主が一堂に会する大祭「冬至の宴」が催されようとしていた…。

「小説家になろう」異色のダークファンタジー、著者渾身の大改稿による待望の第3弾!

神統記(テオゴニア)3

感想

この巻では、カイが異種族との接触を深め、戦いと政治の渦中に身を投じる様子が描かれていた。
戦場での目覚めから始まり、鹿人族の少女との出会い、村への帰還と巡察使との対立が続く。
さらに、村の支配構造の理解、神石を巡る決断、そして異種族間の紛争へと物語は展開する。
カイは己の力と立場を再認識しながら、戦闘だけでなく交渉の道を模索する。
物語の終盤では、灰猿人族の内乱と「悪神」討伐が描かれ、人族と亜人族の関係に新たな局面が生まれた。

本作の魅力は、単なる戦闘にとどまらず、種族間の政治や信仰が深く絡む点にある。
人族がかつて支配した土地は、異種族の勢力が台頭し、新たな秩序が生まれようとしていた。
カイは守護者として、神の加護を受けながらも、人の感情と理の間で葛藤する。
異種族の文化、土地神の概念、そして加護持ちの役割が複雑に絡み合い、世界観が緻密に構築されている点が特筆すべき部分である。

総括

物語は序盤から緊張感があり、気がつけば最後まで読み進めてしまった。
戦闘の迫力だけでなく、政治や信仰の駆け引きが濃密に描かれ、引き込む力がある。
世にあふれた「なろう系」とは異なり、単純な成り上がりではなく、世界の仕組みそのものが変化していく過程が描かれている点が興味深かった。

戦場の緊迫感、異種族との交渉、神の加護を持つ者たちの運命など、見どころは多い。特に、巡察使への制裁と灰猿人族の内紛の描写は印象的であった。カイの行動がただの復讐ではなく、戦略的な判断を伴うものである点が、物語に深みを与えている。

終盤では、「悪神」という存在が登場し、世界の理が少しずつ明かされていく。土地神や加護持ちの役割が徐々に判明し、人族の衰退と異種族の台頭というテーマがより強調されている。次巻への伏線も多く、続きが気になる展開である。

最後までお読み頂きありがとうございます。

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備忘録

第七章  鼎の守護者(後編)

神狼の出現と圧倒的な存在感

白い巨体を持つ神狼は、見る者を圧倒するほどの威厳を放っていた。その毛並みは美しくしなやかであったが、よく見ると無数の傷を負い、左後ろ脚を引きずっていた。さらに、黒衣の集団によって追い立てられ、何らかの手段で従わされている様子が伺えた。彼らは神狼に対し武器を振るい、痛みに吠えた神狼は反撃しながらも、彼らの命令に従わざるを得ない状況にあった。

悪神の脅威と神狼の反応

王の座所に潜む『悪神』が、賢姫の声に反応して動き出した。賢姫は仔狼を閉じ込めた檻を盾にしながら後退し、黒衣たちは神狼を従わせるために攻撃を仕掛けた。痛みに耐えかねた神狼は、周囲の黒衣たちを蹴散らし、戦況を一変させた。賢姫は檻の仔狼にナイフを突きつけ、神狼をさらに刺激した。その瞬間、神狼は猛烈な勢いで駆け出し、岩の段差を跳び越えながら黒衣たちを蹴散らしていった。

トルードの苦悩と神狼の背景

灰猿人族のネネム氏族長トルードは、神狼の扱いに強い動揺を見せた。カイが問い詰めると、彼は神狼が「北の守り神」として古くから存在していたことを語った。北限平原は人が生存できない極寒の地であり、そこを超えて侵攻してくる異形の存在《這いよるもの》と戦うために神狼たちは生まれたという。神狼は長年にわたり土地を守ってきたが、賢姫の手により仔がさらわれ、その存在が戦力として利用されることになった。

賢姫の策略と神狼の利用

賢姫は神狼を戦いの先鋒として使役し、その圧倒的な戦力によって多くの戦果を挙げた。彼女は獲得した土地神を下賜することで勢力を築き、現在では『狼使いの姫』や『北の賢姫』と呼ばれるようになっていた。黒衣の軍勢の中には、賢姫の与えた土地神に忠誠を誓う者たちも多く含まれていた。

悪神との戦闘と神狼の苦戦

神狼は『悪神』に果敢に挑み、その首に喰らいついた。しかし、悪神の圧倒的な力により吹き飛ばされ、岩の上から転落した。神狼の動きを観察していた小人族の兵士たちは、彼が慎重に隙を探っていたことに気づいたが、結果的に悪神の一撃で倒されてしまった。

悪神の異質な力と黒衣たちの混乱

悪神の体からは異様な煙が立ち上り、その皮膚が炭火のように燃えていた。これは単なる肉体的な強さではなく、世界そのものから拒絶された「化外の神」としての性質によるものであった。悪神の異常な存在感に恐れを抱いた黒衣たちは、神狼を救おうとするも混乱に陥った。

神狼の治療とカイの決断

神狼は戦闘によるダメージだけでなく、悪神の呪いによって動けなくなっていた。さらに、彼の口には沈静作用のある薬草が詰め込まれ、毒によって弱らされていた。カイはすぐにこの薬を取り除き、小人族の気付け薬を用いて神狼を覚醒させようと試みた。しかし、毒と呪いの影響は深刻で、神狼は依然として動くことができなかった。

神石の異変と覚醒の試み

カイは霊視を用いて神狼の内部を確認し、その胸部の霊気が著しく弱まっていることに気づいた。神狼が本来持つべき『神石』が正常に機能しておらず、悪神の影響で不活性化していると推測した。これを解決するため、カイは神石に強い霊力を送り込み、疑似的な電気ショックを与えることで神狼を覚醒させようとした。

神狼の復活と戦場への帰還

カイの試みが成功し、神狼は激しく咳き込みながら目を覚ました。立ち上がると、彼は周囲を見渡し、すぐに戦場へと向かった。その姿を見た黒衣たちは歓喜し、神狼の復活により戦況が一変した。

神狼の逆襲と悪神への猛攻

神狼は慎重に悪神の動きを観察しながら間合いを詰め、突如として急旋回し、敵の背後を取った。そして、賢姫の「焼き尽くせ」という命令と同時に、神狼は口から巨大な火柱を放ち、悪神に向けて熱線のような業火を叩きつけた。戦場は炎に包まれ、神狼の咆哮が洞窟内に響き渡った。

爆発音の正体と神狼の『ブレス』

大営巣の外で響いていた爆発音の原因は、神狼が吐いた強烈な炎であった。まるで『ドラゴン』のように口から放たれたその炎は、多くの灰猿人たちを焼き尽くした。カイはそれを『火魔法』の応用と理解したが、口内が熱に耐えられるのか疑問を抱いた。

悪神への攻撃と効果の欠如

猛火に包まれた悪神は、黒衣の者たちを食い荒らしていた動きを止め、神狼に向けて首をもたげた。しかし、その黒々とした巨体は炎の中でも動じず、まるで湿った炭のように燃え広がることがなかった。カイはこれを見て、通常の『魔法』では悪神に有効なダメージを与えられないことを確信した。

神狼の覚醒と新たな戦法

炎が通じないと悟った神狼は、素早く後退し、低い体勢を取った。その身体からは莫大な精気が放たれ、まるで『加護持ち』の力を宿したように見えた。次の瞬間、神狼は躊躇なく悪神に噛み付き、その鋭い牙で敵の喉元を深々とえぐった。さらに、驚異的な顎の力を用いて肉を引き裂き、触れるのも汚らわしいとばかりに吐き捨てた。

呪いを受けない神狼の謎

神狼が悪神に直接触れても呪いの影響を受けていないことに、カイは困惑した。これまで悪神に触れた者は即座に動けなくなっていたにも関わらず、神狼は躊躇なく攻撃を続けていた。トルードやポレックもこの異常な現象の理由を説明できず、ただ目の前の戦いを見守るしかなかった。

黒衣たちの反撃と悪神の呪いの証明

神狼の攻勢を見て勢いづいた黒衣たちは、斧を手にして悪神へと襲いかかった。しかし、その攻撃はわずかに肉を削る程度であり、悪神の圧倒的な耐久力の前では効果が薄かった。やがて悪神の触手による反撃が始まり、黒衣の戦士たちは呪いの影響を受け、次々に倒れていった。これにより、呪いが消えていないことが明らかとなった。

悪神の肉の再生と神狼の苦戦

神狼が噛み千切った悪神の肉片は、地面に落ちてもなお蠢き、本体へと戻ろうとしていた。これは悪神が驚異的な再生能力を持っていることを意味していた。カイはこの状況を見て、神狼がどれほど奮戦しても決定的な勝利を得るのは難しいと判断した。

カイの参戦と悪神への攻撃

カイは鉄製の手斧を手に取り、悪神へと攻撃を仕掛けた。驚異的な怪力を乗せた一撃であったが、悪神の体は異常に硬く、斧の刃が欠けてしまった。それでもカイは怯まず、悪神の触手を斬り払いつつ、次なる手を探った。

賢姫ゼイエナの視線と小人族への攻撃命令

戦いを見守っていた賢姫ゼイエナは、侵入者である小人族の存在に気づいた。王族としての誇りを傷つけられた彼女は、黒衣の戦士たちに命じて小人族を排除させようとした。しかし、カイが持つ異質な力を感じ取り、次第に不安を抱くようになった。

小人族と黒衣の戦士たちの対峙

黒衣の戦士セオドは、小人族たちを蹴散らそうとしたが、最後に残ったカイの攻撃を受け、逆に地面へと転落した。これを見た他の黒衣たちは、カイが『加護持ち』であることを悟り、恐怖に駆られて逃げ出した。ゼイエナはこの光景に舌打ちしながらも、カイの存在を無視できなくなった。

悪神との戦いの続行とカイの戦術

カイは小人族の兵士たちと共に戦いを続け、悪神に接近する機会を狙っていた。彼は鉄の斧が通用しないことを理解し、急所への攻撃に集中することを決意した。神狼の助けを借りながら、悪神に致命傷を与える策を模索し始めた。

ゼイエナの過去と決意

ゼイエナは王族の血を引く者としての誇りを持っていたが、過去に北限で権力を築くために数々の残虐な行為を行ってきた。彼女は己の選択を受け入れるしかないと悟り、悪神討伐を成功させるために動き出した。

カイの力とゼイエナの困惑

カイが悪神と互角に戦い、黒衣の戦士たちを圧倒する姿を見て、ゼイエナは言い知れぬ違和感を覚えた。彼女はカイを単なる小人族ではないと認識し、彼の存在が戦況を大きく左右することを悟った。こうして、カイと悪神、そしてゼイエナの思惑が交錯する戦場は、新たな局面へと突入した。

賢姫の視線と黒衣たちの動き

賢姫の眼差しには明確な悪意はなかったが、直後に黒衣たちが小人族を排除しようと動いたことで、それが決して友好的なものではないことが明らかとなった。カイは本来ならば賢姫の勢力と連携を望んでいたが、そうもいかない以上、彼らの動きを観察し、それを利用することに考えを改めた。

木盾の有用性と悪神への反撃

カイは灰猿人族の持つ無骨な木盾を手に入れた。これは人族にとって貴重なコーク材を使用したもので、頑丈さと重量を兼ね備えていた。カイはこの木盾を用いて悪神に体当たりし、その巨体を押しのけることに成功した。さらに『不可視の剣』によって悪神の触手の一本を切断し、神狼との挟撃体制を確立したことで、戦況を優位に運ぶきっかけを掴んだ。

神狼の変化と悪神の呪いへの耐性

神狼は悪神の呪いを一度受けた直後に変化を遂げた。精気を溢れさせ、まるで『加護持ち』としての守りを強化するかのように身を奮い立たせた。この現象を見たカイは、神狼が悪神の呪いに適応し、何らかの耐性を得たのではないかと推測した。過去の戦闘経験から、加護持ちの神は外部の脅威に応じて耐性を付与することがあると知っていたためである。

谷の神との交信と悪神の弱点

カイは谷の神に呼びかけ、悪神の討伐方法を問いかけた。しかし神は憎悪に満ちた呪詛を吐くだけで、明確な答えを示さなかった。カイは辛抱強く会話を続け、ついに『悪神の神石を破壊せよ』という決定的な情報を引き出した。悪神もまた元は加護持ちであり、その神石が存在する限り、この世界に定着し続けるのだと理解した。

悪神の神石の探索

カイは神石のありかを探るため、悪神の巨体を押し込み、その内部構造を観察しようと試みた。しかし、悪神の強力な霊気と腐臭により、精査が困難を極めた。通常、神石は心臓付近にあることが多いため、その周辺を狙ったが、確証を得るには至らなかった。

悪神への攻撃と神狼の助勢

神狼は執拗に悪神の喉を狙い続け、ついにその首を半ば千切ることに成功した。カイはこれに助勢し、全霊力を注ぎ込んだ『不可視の剣』で残る首を断ち切った。悪神の巨体から噴き出した体液を避けつつ、間一髪のところで着地に成功した。

悪神の首の再生と戦況の変化

首を落としたことで、戦いは終わったかに見えた。しかし、悪神の肉体は依然として蠢き、切断された首が再び胴体へと回帰し始めた。これにより、神狼の勝算は潰えた。カイはこの状況を冷静に見極め、次なる戦術を模索し始めた。

悪神の呪いとカイの失神

カイは悪神の肉体を攻撃し続ける中で、その体液を浴びてしまった。その瞬間、異常な冷感が襲いかかり、呪いが体を侵し始めた。カイは体内の霊力を総動員し、『神石』を守るための防御を展開したが、それでも意識を保つことはできなかった。

意識の混濁と過去の記憶

失神の中で、カイは過去の記憶を夢のように追体験した。彼は幼い頃に飢えに苦しみ、亜人の神石を食べることで生き延びるしかなかった。そして目の前に現れた『神石』の髄をむさぼるように食べたが、それが実は猛毒であることに気付き、絶望の中で目を覚ました。

戦線復帰と悪神への反撃

意識を取り戻したカイは、仲間たちの声を聞き、迫りくる悪神の足裏を視認した。彼は反射的に仲間たちを押しのけ、自らも身を翻して回避した。そして木盾を構え、それを叩きつけるようにして体当たりした。頑丈な木盾は砕け散ったが、その衝撃で悪神の巨体を大きく撥ね上げることに成功した。

呪いからの生還

カイは『悪神』の死の呪いに囚われることなく生還した。なぜ生き延びたのかは明確ではなかったが、霊力による防御が奏功した可能性や、谷の神が呪いを打ち消した可能性が考えられた。いずれにせよ、彼が生きているという事実だけが確かなものであった。

呪いの仕組みの考察

カイは、自らの霊力が急激に失われた経験から、呪いの仕組みを推測した。『悪神』の呪いは単なる霊力の喪失ではなく、接触した部位に対し強制的に霊力を消費させる作用を持つものであった。霊力の総量に比例してその影響が決まるのならば、神石を守るための霊力の集中は無駄ではなかったと確信した。

神狼との共闘と戦術の転換

カイは、自身が呪いに対する耐性を得たことを確かめつつ、戦術を再考した。『悪神』の身体を切り裂いても完全には滅ぼせないと理解し、再統合を阻止することに着目した。神狼との連携により、『悪神』の肉塊を分離し、それを別々に処理する方法を試みた。

『骨』の加護の獲得

カイは谷の神に呼びかけ、自らの身体を『骨』の加護で覆うことを求めた。すると、体表が硬化し、呪いの影響を受けずに触手を掴めるようになった。さらに、神狼との戦闘で連携を強化し、協力して『悪神』の胴体を引き裂くことに成功した。

『神石』の探索と戦略の決定

カイは『悪神』の神石のありかを探るため、肉塊の動きを観察した。再統合しようとする肉塊の習性を利用し、それを阻止することで、神石の位置を特定する手がかりを得た。そして、半身に分断された『悪神』を徹底的に押し込み、その行動を封じた。

最終決戦と『神石』の破壊

カイは神狼とともに『悪神』をさらに追い詰め、ついに神石を露出させることに成功した。その瞬間、彼は『不可視の剣』を用い、神石に穴を開けた。しかし、神石の内部には『目』があり、それがこちらを見つめていた。驚きながらも、カイはためらわずに神石を破壊した。

『悪神』の消滅と意外な結末

神石を破壊した瞬間、『悪神』の肉体は急激に崩壊を始め、各地に散らばった肉塊も一瞬にして消滅した。そして、その場には見知らぬ灰猿人の姿が残されていた。賢姫がその名を呼び、カイは新たな事態に直面することとなった。

灰猿人の王子の出現

『悪神』の消滅とともに現れたのは、長い毛を濡らした灰猿人の若いオス、ツェンドルであった。『賢姫』が彼の名を叫び、周囲の黒衣たちが守るように進み出たが、神狼がその動きを封じた。神狼の怒りは激しく、『賢姫』の命令がなければ襲いかかる勢いであった。しかし、彼女が「我が神よ」と一喝すると、神狼は渋々退いた。この支配の異様さにカイは舌打ちし、祭祀の力を盗んだことで神狼を従えている事実に納得した。

神狼の拘束とツェンドルの正体

『賢姫』は神狼の口を無理やり開かせ、薬液を飲ませて鎮静させた。側近たちがツェンドルを保護しようとしたが、カイは彼を足で押さえつけ、その身をいたわる意思がないことを示した。側近らは「王の子」と口にし、『賢姫』と同じ王族であることが明かされた。彼が祭祀の力を奪い、暴虐を尽くしたのは明白であった。『賢姫』は冷淡に彼を見下ろし、「好きにしろ」と言い残し、奥へと去った。ツェンドルは暴れたが、カイが一撃で昏倒させた。

新王の即位と混乱

『賢姫』は王神を手に入れ、新たな王となった。カイが彼女を追おうとしたが、トルードはすぐに撃退された。灰猿人族の王城には、王神の墓所があると考えられたが、カイは王位争いに興味を持たなかった。ツェンドルも役に立たないと見なされ、誰からも顧みられることなく、その場を去った。

勝利の宣言と混乱

カイの手によって『悪神』は討たれたが、灰猿人族の間では混乱が続いていた。小人族のポレックが「討ち取ったのは守護者様ぞ!」と叫び、それに続くように歓声が上がった。灰猿人たちは勝利を実感し、祭り騒ぎとなった。カイは彼らに囲まれ、嫌がる間もなく胴上げされた。

新王との会見と交渉

灰猿人族の新王となった『賢姫』がカイと対面し、不意打ちで剣を振るったが、カイの体皮がそれを弾いた。ゼイエナはカイの強さを試した後、「何か望むものはないか」と尋ねた。カイは神狼の解放を求めたが、ゼイエナは「すでに解き放たれた」と告げた。彼女は北の地で奪った加護を捨て、王神の加護を手に入れたため、神狼の制御ができなくなったのであった。

神狼の仔の保護

カイは解放された神狼が、弱った仔を忘れて去ったと聞き、その仔を褒美として求めた。ゼイエナは一瞬驚いたが、不満げに応じた。カイは檻を破り、ぐったりとした仔狼を抱え上げた。

宴の辞退と騒動

カイたちは祝宴に招かれたが、仔狼の世話を理由に辞退した。しかし、それを面白く思わない者たちが次々と決闘を挑んできた。カイは次々と灰猿人の戦士たちを倒し、守護者としての強さを示した。その後、彼は仔狼のための乳を要求し、谷へ帰還した。

谷への帰還と騒動

カイたちは灰猿人族の領域を出発し、谷へ帰還した。村人たちの歓迎を避け、急いで小屋へ戻った。仔狼は依然として衰弱しており、乳を受け付けなかったため、カイはアルゥエとニルンに「乳をやってくれ」と頼んだ。しかし、彼女たちは赤面して拒絶した。結局、鹿人族の女性から乳をもらうことになり、仔狼はようやく落ち着いた。

アルゥエとニルンの策謀

アルゥエとニルンは、カイに怪しげな丸薬を飲ませ、強引に「子作り」を迫った。カイは冷却魔法を用いて二人を退けたが、その後も執拗に迫られた。逃げ場を求めて宴の席に逃げ込むと、ポレックが「お預かりしていた人族の『質』」の存在を思い出させた。

人族の少女との遭遇

ポレックの指示でカイは、別棟に囚われていた少女と対面した。そばかすの目立つ彼女は不安げにカイを見つめ、「あなたは……誰?」と問いかけた。カイは仮面を付け直し、その言葉を聞きながら、薬の影響で彼女が妙に魅力的に見えることに気づいてしまったのだった。

ラグ村への帰還と違和感

カイはラグ村を発ってすでに十日以上が経過していた。亜人社会での生活に馴染んでいた彼にとって、人族の村へ戻ることはわずかな違和感を伴っていた。自らの変化に気づきつつ、帰還の必要性を認識していた。カイを追いかけてきたアルゥエとニルンは、谷を上がった先で待ち構えていた同族たちの視線に気圧され、恨みがましい言葉を残して撤退していった。周囲の目を気にするあたり、まだ初々しい少女であることを示していた。

人質ラーナの解放準備

ラグ村領主モロク・ヴェジンの次女ラーナは、人質としての役目を終え、村へ返されることとなった。しかし、谷の国の位置を秘匿するため、目隠しをされることになったラーナは、激しく抵抗した。家畜が屠殺前に恐怖を抱かないよう目を閉じさせるのと同じような状況に、カイは既視感を覚えた。結局、ポレック自らが手を下し、ラーナを制圧し後ろ手に縛りつけた。少女は泣き叫びながら、カイに担がれ、ついには失禁してしまった。

森を越えた解放

カイは濡れた服を気にしながらも、ラーナを肩に担ぎ、森を進んだ。彼女は恐怖のあまり命乞いをしながら暴れたが、移動が半刻ほど続くと観念したのか、静かになった。カイは道を欺くため蜥蜴人族の沼地を迂回し、ようやく適当な場所でラーナを降ろし、目隠しを外した。「帰れ」と短く命じると、ラーナは困惑したように彼を見つめ、「助けてくれたの?」と問いかけた。

奇妙な交流と誘惑

ラーナは、自らの小水で濡れたカイの服に気づくと、顔を赤らめながら抗議し、雪玉を投げつけた。カイが「くさい」と遠慮のない一言を発すると、さらに雪玉をぶつけられた。次第に彼女は冷静になり、夜の雪原を指差すカイに向かって「無理でしょ」と主張した。そこで彼女は謎の男に情を訴え、自らの色気を利用して助けを求めようとした。

しかし、カイはすでにアルゥエとニルンの仕掛けた薬の影響で敏感になっていた。ラーナの未熟な誘惑ですら、過剰に反応してしまい、彼の理性を揺さぶった。「あなた、どこの村の人?」と問いかけたラーナに、カイは「ハチャル村だ」と答えた。彼女はそれを人族の村だと誤解したまま、「宴」に行かなくても釣り合う相手を見つければ問題ないと独り言のように言い出した。

別れと再会の約束

カイは誘惑に耐えかね、「村まで送る」と決断し、ラーナを抱え上げて走り出した。耳元で悲鳴を上げる彼女も次第に大人しくなり、途中からは自らしがみついてきた。ラーナは時折、首元を甘噛みし、カイの理性をさらに揺さぶった。

ラグ村の近くに着くと、カイは彼女を降ろし、「行け」と告げた。しかし、ラーナは村を一瞥するだけで、カイに向けた視線を逸らさなかった。「父さまに会っていって」と勧めたが、カイは「いい。帰る」と断った。それでもラーナは執拗に引き止め、「お礼をする」と言いながら、彼の仮面を剥がそうとした。カイはそれを制し、無情にも突き放した。

「わたしはいらないの!?」

ラーナの叫びに一瞬視線を向けてしまったカイは、彼女の勝ち誇ったような微笑みに気づいた。ラーナはさらに「村に来て」と誘ったが、カイはもう興味を失い、背を向けた。しかし、彼女は執拗に問い続け、「こっち見て!」と最後の呼びかけをした。仕方なく振り返ると、彼女は笑みを浮かべながら「助けてくれてありがとう!またね!」と告げ、仮面越しに口づけをしたのだった。

第八章  冬至の宴

姫の帰還と村の騒動

行方不明だった姫ラーナが自力で村へ戻った。その知らせは夜更けに広がり、村中を騒がせた。冬の厳しい寒さの中、何の備えもなく十日以上も生き延びるなど到底考えられず、誰もが何者かの介入を疑った。ラーナは「森の中で捕らえられていた」と語ったが、村人たちは彼女が受けたであろう仕打ちに思いを馳せ、沈痛な面持ちとなった。彼女が無事で帰還したことは奇跡とされたが、周囲は深く詮索することなく、姫を慎重に扱うようになった。

リリサの成長と想い

リリサは雪の中に横たわる黒い森の影を眺め、遠くへ去った男の無事を祈っていた。城勤めを始めたことで手が荒れ、母に「大人になった」と褒められたが、それが気恥ずかしかった。仲の良い幼馴染たちには「大人ぶっている」とからかわれながらも、仕事に追われる日々を過ごしていた。ある日、母に「好いた男でもできたの?」と冗談めかしく聞かれ、リリサは動揺した。彼女が大切にしている髪飾りの存在を母に見抜かれ、言葉に詰まった。

姫の帰還と男の行方

城勤めの朝、リリサは姫の帰還を知った。城では女たちが慌ただしく動き回り、リリサは遅刻していないにもかかわらず「遅い」と叱責された。姫が夜中に一人で戻ってきたという報せに、皆は驚愕した。領主家は何も公表しなかったが、誰もが彼女が家出した経緯を知っていたため、陰では「馬鹿姫」と揶揄された。リリサは急いで男の行方を尋ねたが、彼はまだ森の中をさまよっているらしく、理不尽な状況に憤りを感じた。

僧たちの動きと疑念

宿坊では二人の渡り僧が旅支度を整えていた。リリサが「この雪の中、出発されるのですか」と尋ねると、彼らは「夕方には戻る」と言った。しかし、彼らの態度にはどこか作り物めいた不自然さがあり、リリサは疑念を抱いた。彼らが雪の上に続く足跡を辿る姿を見て、彼女は思わず後を追った。その足跡は、間違いなくラーナのものであった。遠く森の奥には、あの男がいるのかもしれない――そう思うだけで胸が締め付けられた。

男の帰還と村の変化

男はようやく村へ戻った。兵士仲間に迎えられた彼は、姫がすでに帰還したと知らされ、へなへなと腰を抜かし泣き崩れたという。村人たちは彼をからかいながらも、その十日間の過酷な探索を評価し、特に女たちの間では彼の価値が急上昇した。辺土の女にとって、命を守り、食料を確保できる男こそが最も魅力的な存在であった。男を狙う女たちが増えることを悟ったリリサは、焦燥感を抱きながらも退く気はなかった。

城館での失望と誓い

リリサは男が城館から出てくるのを待ち続けた。しかし、彼は領主家の者たちと共に姿を現し、周囲の噂話から彼が貴族との縁組を考えられている可能性を聞かされた。女たちは次々と諦めて去っていったが、リリサは一人その場に残り、無力さを痛感した。「子供」と笑われたことが屈辱的で、恥ずかしさに身を震わせながら城館を後にした。

渡り僧の負傷と新たな疑念

城館を出る際、リリサは重傷を負った渡り僧とぶつかった。彼は負傷した仲間を背負いながら、ご領主に薬を求めに来たという。森で何があったのかを尋ねると、「手ごわい猿にやられた」と語った。僧たちは宿坊へ運ばれ、そこへ領主家と共に男が現れた。男は僧たちを静かに見つめていたが、その姿を見たリリサの胸には、得体の知れない痛みが広がっていた。

旅立ちと試練

ラグ村から州都バルタヴィアへ向かう旅が始まった。領主ヴェジン、その長子オルハ、一の姫ジョゼ、そして従者であるカイの四人が旅に出た。カイは大量の荷物を背負わされ、雪に足を取られながらも黙々と進んだ。途中、領主たちは《加護持ち》の力を解放し、猛烈な速度で移動したが、カイは重荷に苦しみながら後を追った。

加護持ちの試練と苦悩

旅の途中、カイは《加護持ち》特有の「郷愁」に襲われた。土地の神々は自身の守護する領地を離れることを嫌い、それに伴い《加護持ち》たちも強烈な帰巣本能を感じるのだった。特に白姫ジョゼの症状は重く、疲れ果てた彼女をヴェジンが背負う場面もあった。一方、カイはその影響が比較的少なく、自らの異質さを再認識することとなった。

州都バルタヴィアへの到着

旅の終盤、周囲の村々が次第に大きくなり、州都が近いことが実感された。ようやくバルタヴィアに到着した一行は、雪深い中、壮大な城門の前に立った。正門を通るためには領主らが加護の力を証明する必要があり、ヴェジンは見事に門を開けて通過した。しかし、オルハは試練に失敗し、悔しそうに引き返した。

従者としての証明

次にカイが正門の前に立った。小柄な彼が背負う大量の荷物を見た群衆は半信半疑だったが、彼はあっさりと門を押し開けてしまった。その驚異的な怪力を目の当たりにした見物人たちは騒然となり、モロク家の従者であることを知ると、一層の注目を集めた。こうして、モロク家の一行はついに州都バルタヴィアの中心へと足を踏み入れたのだった。

州城での朝と白姫の準備

カイは州城での最初の夜を過ごし、宴前の喧騒に心躍らせていたが、疲れのため一瞬のように朝を迎えた。物置部屋から這い出た直後、オルハに寝過ごしを咎められた。すでにヴェジンや白姫は起きており、見知らぬ侍女たちが部屋の片付けや白姫の身支度を手伝っていた。彼女たちは城付きの侍女で、白姫の婚約発表に備えて遣わされた者たちであった。

カイは身なりを整えようとしたが、田舎育ちの粗末な服装ではどうにもならず、侍女たちに部屋を出るよう促された。廊下を通る際、白姫の部屋を垣間見た。彼女は髪を梳かれ、香油を塗られながら、姫らしい扱いを受けていた。その様子に驚くカイの視線を察した侍女の一人が前に立ち、白姫を守るようにしたため、カイは気まずく廊下へと退散した。

祝賀の贈り物と貴族たちの思惑

廊下では祝いの品を携えた来客たちが列を成していた。ヴェジンとオルハは侍女たちと共に客の応対に追われていた。白姫の婚約は決まっていたが、辺土伯家との結びつきを求める者たちは少なくなかった。

贈られる品々は、中央の貴族からは豪華な反物や工芸品が、辺土の領主からは実用的な毛織物や青い『碧礫』など、白姫の嗜好に合うものが目立った。辺土の領主たちは形式的な挨拶のみで帰る者が多かったが、白姫の母方の実家であるボフォイ家は比較的長く滞在し、当主クワイナゼが白姫の様子を見届けてから帰っていった。

昼近くになり、伯家第六子アーシェナの母方一門が到着した。彼らの贈り物の規模は圧倒的で、結納品が廊下を埋め尽くした。使者として現れた初老の男、ハハンは辺土伯家の有力領主であり、ヴェジンとは顔見知りであった。彼はこの縁談を称賛し、祝電を手渡した。しかし、彼の言葉の途中で廊下の空気が変わる。

公子アドルの介入と縁談の破棄

廊下の奥から、一人の男が進み出た。赤い貴族法衣を纏い、堂々とした態度でヴェジンに向かう男は、辺土伯家の第一子アドルであった。彼の登場により、場は一瞬にして緊張した。ハハンが抗議しようとするも、アドルの従者に制される。カイはその従者を見覚えていた。先日、厨房で喧嘩を止めた青年であった。

アドルはヴェジンに対し、この縁談を破棄し、モロク家が領地に帰ることはできないかと提案した。彼は辺土伯家が中央との関係を断ち、自領の統治に重きを置こうとしていることを憂慮していた。この縁談は辺土回帰の象徴であり、中央の貴族たちの反発を招く恐れがあるため、阻止せねばならないと語った。

ヴェジンは慎重に言葉を選びながらも、縁談の辞退は不可能であると答えた。アドルはさらに、白姫を自らの側室として迎えるという案を提示したが、それが真意か冗談かは計り知れなかった。そして最後に、白姫が命を狙われていると告げ、場を去った。

家族会議と決意

アドルが去った後、ハハンは取り繕うように話を続けたが、ヴェジンは家族で話し合うとして彼を退けた。モロク家の者たちは、アドルの言葉が事実かどうかを議論した。中央の貴族が異なる姫を婚約者として送り込む計画があり、モロク家と辺土伯家の信頼関係を揺るがそうとしているのではないかと考えられた。

ヴェジンは白姫に「堪忍しろ」と告げ、状況に対処するため動き出した。白姫の護衛をオルハに任せ、自身は辺土伯のもとへ向かうことを決めた。カイも警護の一環として部屋の入口に立ち、侍女たちは静かに身支度を整えていた。

カイとガンド・ヨンナの対峙

カイはオルハに命じられ、盥に湯を汲みに厨房へ向かった。準備が整うまでの間、パンをかじっていたが、そこで声をかけられた。声の主は、辺土西端のガンド村の若き領主、ガンド・ヨンナであった。彼はカイを裏へ連れ出し、勝負を挑もうとしていた。

しかし、カイはこれを無視し、湯を運ぼうとする。そこへ、さらに三人の『加護持ち』が現れ、ヨンナと戦いたいと詰め寄った。彼らは全力で襲いかかったが、カイは素早く盥を避け、ヨンナの腹に肘を打ち込み、別の男の顎に頭突きを食らわせた。カイの動きは圧倒的で、周囲の者たちは驚嘆の声を漏らした。

その場を去ろうとしたカイだったが、ヨンナはなおも勝負を挑み続けた。彼は盥を蹴り、お湯をこぼすことでカイの時間を奪おうとした。周囲の者たちも「例の強い荷物持ち」だと噂し、戦いを期待していた。

奉納試合と僧侶の視線

カイは戦いを避けようと建物の奥へと向かったが、その先には奉納試合の大会場が広がっていた。会場に飛び出してしまったカイに、ヨンナが名乗りを上げ、挑戦を表明した。群衆はどよめき、カイの正体に注目が集まった。

その場にいた僧侶の一人、権僧都もまた、カイの姿を見て足を止めた。彼の視線の先には、青い霊光を纏ったカイの小さな背中があった。権僧都はそれを見て、ただならぬ力を感じ取り、思わず錫杖を鳴らしたのであった。

噂される存在

カイは自らの迂闊さに気づいた。目の前の大男だけでなく、その背後の者たちまでもが「例の荷物持ち」と指さし、噂していた。昨夜、喧嘩を仲裁しただけのつもりだったが、名乗りもしていないのに顔を覚えられていた。州城の雰囲気に呑まれ、油断していたことをようやく理解した。

この町も辺土の一部であり、武威を称える土地柄であった。さらに、群衆の中には何者かが霊力を扱っている気配があった。目を閉じて確認すると、三ノ宮の裏口近くにいた僧侶たちの中の一人、高僧の存在に気づいた。

真理探究官の監視

その高僧は、王国の強力な御柱を探し求める《僧会》派遣の真理探究官であった。彼の細められた双眸には術が込められ、カイの霊光を観察していた。周囲には数十人の『加護持ち』がいたが、カイの霊力は際立っていた。彼の力は魔法運用の余剰分として蓄えられ、それが常に体から溢れ出していた。

カイは谷の神の力を持つがゆえに、霊力を封じ込め、再循環させる術を身につけていた。しかし、静止していると余剰霊力が溜まり、霊光として見えてしまう。真理探究官がそれを見抜いている可能性がある以上、この場を離れねばならなかった。

逃走と捕縛

逃げるべく動き出そうとした瞬間、ガンド・ヨンナが隈取りを顕し、強引にカイを捕えた。カイは霊力を足に集中させ、跳躍しようとしたが、寸前で足首を摑まれ、そのまま石畳に叩きつけられた。

カイは瞬時に霊力を背面に集めて衝撃を軽減したものの、肺の空気が一気に吐き出され、次の一撃で喀血した。痛みをこらえながらも、カイの中に眠る谷の神は激怒し、全力で敵を倒すよう叫んだ。

反撃と計算

肺の修復を待つため、時間を稼ぐ必要があった。ガンド・ヨンナの踏み潰し攻撃を転がって回避し、カイは意識を定めた。逃げるか、勝つかを考えた末、適度に勝ち、最後に敗北することで場を収めることを決めた。

しかし、坊主の監視がある以上、霊力の使い方には慎重を要した。『加護持ち』の霊力は通常、身体強化に全て注がれるが、カイは魔法として管理する能力を持っていた。そのため、意図的に霊力を解放し、一般的な『加護持ち』と同じように見せかけた。

勝利と新たな脅威

意識をそらした隙を突かれ、ガンド・ヨンナの鉄拳がカイの腹部を貫いた。体格差から一撃で吹き飛ばされたが、空中で相手の蹴り足を絡め取り、軸足にかかとを打ち込んで転倒させた。

さらに、『悪神』の技を応用し、神石に衝撃を与えることで相手の霊力を一時的に封じた。結果、大男は嘔吐し、戦闘不能となった。カイは勝利を収めたが、観衆の『加護持ち』たちは戦いたくてうずうずしており、次の挑戦者が名乗りを上げようとしていた。

その時、僧侶の一人がカイへ向かって駆け出した。さらに、高い屋根の上から強い視線を感じた。目を凝らすと、そこには鳥のような影があったが、一瞬で消えた。

カイは周囲の敵意を感じ、逃げ場がないことを悟った。囲まれた中で、もう逃げる選択肢はなかった。戦う覚悟を決め、次なる戦いに臨もうとしていた。

乱戦の渦

カイは逃げ場を失い、肉弾戦の嵐に呑み込まれた。霊力の局所運用も限界に達し、周囲からの注視を避けることはもはや不可能であった。敵意剥き出しの戦士たちが殺意を持って襲いかかるなか、カイは隈取りを顕さないことだけを意識し、ひたすら戦い続けた。

肉達磨たちを返り討ちにしながら、囲まれぬよう立ち回る。直線的に逃げれば即座に袋の鼠となるため、ズーラ流の『円の歩法』を駆使し、戦場の中心で位置取りを確保し続けた。しかし、完全に攻撃を避けることは不可能であり、顔はすでに腫れ上がっていた。周囲の戦士たちは殴られても笑い続ける狂気に満ちた者ばかりであった。

坊主への攻撃

乱戦の最中、カイは意図的に戦場を移動させ、高僧の近くへと誘導した。周囲を観察しながら細身の大男の攻撃をわざと受け流し、勢いのまま高僧へとぶつける。ぎりぎりで避けられたものの、さらに体当たりを加え、僧の集中を乱した。

その勢いのまま、カイは摑みかかってきた男の肩に飛び乗り、自らを砲弾と化して高僧に頭突きを見舞った。鼻血を噴き出した僧が倒れると、カイは容赦なく肘打ちを脇腹に叩き込んだ。霊力を手元に集めすぎた僧の防御は甘く、その一撃は深く突き刺さった。

さらに追撃を加えようとしたが、坊主たちが駆け寄ってくるのを見て、別の男を投げ飛ばして巻き込む。だが、その瞬間、ひげの大男に首を極められ、意識を失った。

目覚めと権僧都の尋問

気を失っていた時間は短かったようだが、目覚めたカイの隣には何人もの失神者が横たわっていた。意識を取り戻した瞬間、誰かがカイの呼吸を確認しようとした気配を感じた。目を開けると、例の高僧が脇に座していた。

高僧はカイの霊力の輝きに注目し、それが『聖貴色』であると断言した。霊力の色による神性の違いを説き、「貴殿は神格の高い霊力を持つ」と語った。さらに「隈取りを見せてほしい」と求めたが、カイは断固として否定し、その場を離れようとした。

真理探究官の退場

僧たちはカイを取り囲もうとしたが、権僧都は突然、時間を気にする素振りを見せ、手荷物の確認を始めた。どうやら予定があったらしく、これ以上の拘束は叶わなかったようだ。「また話し合いましょう」と言い残し、一団は去っていった。

彼らの退出後、辺土の戦士たちが僧たちについてあれこれと噂し始めた。真理探究官は州都にも入り込んでおり、伯家と何らかの関係があるらしい。その好奇の目が自然とカイへ向けられる前に、カイは素早くその場を後にした。

ヨンナとの再会と亜人の話

退場しようとするカイに、ガンド・ヨンナが親しげに声をかけた。最初は無視しようとしたが、彼の誘いに乗る形で再び厨房へ向かった。道中、ヨンナはガンド村が白牛人族の襲撃を受けている話をし、カイはその情報に興味を引かれた。白牛人族は西方の強力な種族であり、豚人族と並ぶ脅威である。

カイもまた、ラグ村での戦いを語り、ヨンナはその話に目を輝かせた。こうして二人はすっかり打ち解け、厨房で食料を確保した後、部屋へ戻ることにした。

異変と呪具

しかし、モロク家の部屋の前には人垣ができていた。人々は何かを囁き合い、不安な表情を浮かべていた。急いで部屋に入ると、白姫がぐったりと横たわり、オルハが剣を手にして警戒していた。「いままでなにをしていた!」と怒鳴られたカイは、ようやく異変の重大さを悟った。

床には赤黒く染まった小動物の死骸が転がっており、その横には血文字の書かれた文が添えられていた。カイには内容は読めなかったが、呪いの意図を感じ取った。侍女の一人が「呪具」と呟き、白姫がすでに呪いの影響を受けていることを示唆した。

カイの目には呪いの霊力の糸が見えた。それは白姫の体へと伸び、もう一方は呪具の送られた経路へと続いていた。糸を断ち切るだけでは根本的な解決にならないと判断し、呪いの発信元を突き止める決意を固めた。

「早く捨ててこい!」というオルハの命令に従い、カイは呪具を抱えて部屋を飛び出した。

アドルの思惑

アドルは側近の報告を受けながら、別の側近に目を向けていた。母アマリーシャの影響力は強大であり、州城での出来事は逐次伝えられてくる。母の背後にはスニール大伯侯の支援があり、辺土伯家の家人の多くは彼女の意向に従っていた。

中央の混乱が続くなか、アドルの父は距離を置き、辺土の力を温存しようとしているようだった。しかし、中央の要請を拒みすぎれば、討伐軍を招きかねない。父がなぜこれほどまでに中央から離れようとしているのか、その真意はアドルにも分からなかった。

父は現在、モロク侯と長時間の会談を続けている。モロク侯の娘の命が危険に晒されているため、容易には折れないだろう。その原因を作った者たちは、まさにアドルの前に座していた。

縁談を巡る対立

アドルの前には、絹織の衣をまとった少女と、その父である伯侯ヴァルマ・コルサルージュが座していた。ヴァルマは側近の囁きに耳を傾けたが、内容が気に入らなかったのか声を荒げ、相手を追い払った。

ヴァルマは、自らの娘フローリスと辺土伯家の縁談を確実なものにしようとしていた。しかし、アドルは「すでに王の名のもとに婚儀が定められている」と伝えた。

「そればかりではないか!」と憤るヴァルマの言葉をよそに、娘のフローリスは気ままに毛皮を弄りながら「このまま帰っても構わない」と言い放った。彼女は「向こう見ずで無類に強い殿方が好み」だと主張し、勝手に席を立ってしまった。

娘を溺愛するヴァルマ侯も、それに続いた。二人が去った後、アドルは疲れたように椅子に背を預け、ため息をついた。

伯家の未来

アドルは、中央門閥が辺土に干渉しようとする流れを警戒していた。父が中央を遠ざけるのは理解できるが、それによって辺土の領主たちの信頼を失うのは危険であった。もしヴァルマ侯が動く前に手を打つなら、方法はいくらでもあった。

例えば、白姫を誘拐して身柄を隠すか、他の男に手をつけさせて縁談を壊すなど、手荒な手段も選択肢に含まれていた。美しい姫を組み敷く想像がよぎるも、考えを振り払ったそのとき、新たな情報が飛び込んできた。

アドルは即座に「衛兵を集めよ!」と命じ、椅子を蹴って立ち上がる。「伯侯め、州城で好き勝手は許さぬ!」と怒気を含み、影守りであるミュラを伴い動き出した。

呪具の正体

呪具は、人を呪うための魔法であった。術者と白姫を霊的な糸で結び、悪意ある力を送り込んでいた。カイは糸を断ち切るのではなく、呪具を霊力で包み込み、流れを阻害しつつ術者を追跡した。

糸は三ノ宮を抜け、二ノ宮へと続いていた。カイは目立たぬように駆け抜け、術者の居場所を特定しようとした。しかし、糸が突然途切れた。術者が呪いを放棄したのだと察し、カイは急ぎ部屋へと飛び込んだ。

対峙する貴族

そこには、貴族らしき男と二人の従者がいた。男はカイの持つ木箱を見ても動じず、田舎者を嘲るような態度を取った。「呪いを仕掛けたのはお前だな」とカイが告げると、三人は揃って嘲笑した。

カイは証拠を示す必要を感じず、直接的な手段に出た。衛兵を呼ぼうとした従者を蹴り飛ばし、もう一人を物置に押し込める。そして、主犯である貴族に狙いを定めた。

貴族は短剣を抜いて襲いかかるが、カイは円の歩法で受け流し、打ち落とした。しかし、男は「炬火よいでませ!」と叫び、火魔法を発動した。カイは咄嗟に顔を覆うが、熱さを感じなかった。谷の神の加護が作用したのだろう。

体勢を立て直したカイは、貴族の逃走を阻止しようとしたが、そのとき突然、大きな拳が飛び込んできた。「兄弟、面白そうなことしてんじゃねえか!」と笑うのはヨンナだった。彼は火魔法をものともせず、貴族を殴り飛ばした。

カイも続いて飛びかかり、火掌を発動。灼熱の炎が貴族の胸を焼き、男は絶叫した。服は灰と化し、肉は焦げた。七転八倒する姿に、カイは足をどけた。

公子アドルの介入

そこへ、「どけ!」という声が響いた。公子アドルと影守りのミュラが現れ、血まみれの貴族を見て即座に名を呼んだ。「サラザール侯!  誰ぞ医官を!」

アドルは衛兵を呼び、廊下を封鎖した。カイを逃がさぬよう、万全の布陣を敷いた。カイは、完全に包囲された状況に身を置いていた。

呪いの告発

カイは、状況が悪化し自身が「狼藉者」と認定されかねないと察しつつも、言葉を発した。「モロク家の姫が、呪われた」と。仮面越しでもはっきりとした声が響き、さらに「呪ったのは、こいつだ」とサラザール侯を指差した。

サラザール侯は先ほどまでの醜態を忘れ、即座に反論した。「それがしは襲われただけだ!」と主張し、カイの告発を完全に否定した。カイは「呪いの元をたどってここへ来た」と言い放ち、「証拠がない? いや、オレが見た。それで十分だ」と続けた。サラザール侯は「むちゃくちゃだ! 気が触れている!」と公子アドルに助けを求めた。

呪いの証拠が消えてしまっている以上、公子アドルがカイを犯罪者と見なすのは時間の問題であった。カイは「加護持ち」として選ぶべき道を決めた。証拠がないなら、こちらも正体を隠したまま逃げるまでである。

脱出の試みと対決

カイの心の動きを読んでいたかのように、ミュラがバルコニーへの退路をふさぐ位置に回り込んだ。迷いが一瞬の遅れを生み、カイは戦闘を避けられないと判断した。

ミュラは「三齢」の隈取りを顕し、カイの動きを読んでいた。カイは踏み込んで拳を放つが、ミュラは軽く受け流し、カイの腕を袖摑みで巻き込んだ。熟練した技であったが、カイの腕が突然炎に包まれた。

想定外の熱に驚いたミュラはカイを手放し、素早く身を翻して距離を取った。その隙を突いてカイはバルコニーへ向かおうとしたが、「ミュラ!」と公子アドルの声が響いた。

アドルはカイの前に立ちはだかり、「五齢」の隈取りを顕した。両腕を広げ、手の中に短剣を出現させ、殺傷を前提とする構えを取った。その瞬間、カイは理解した。目の前の敵は自分よりも格上の「五齢」の加護持ちであると。

決着

アドルは短剣を構え、確実に仕留めるために突きを繰り出した。しかし、カイはその刃を甘んじて受けた。自身の体皮が貫かれないことを確信し、半身をひねりながら拳を突き出した。

アドルもまた、自分の腕の長さが優位に働くと信じ、前進していた。そのため、カイの一撃を避けることは不可能であった。

衝突の瞬間、アドルの身体は拳の衝撃をまともに受け、腹部が沈むように歪んだ。凄まじい衝撃が彼を弾き飛ばし、瓦礫を砕きながら二ノ宮の石壁に激突した。頑強な石壁はその一撃によって崩壊し、轟音を響かせながら崩れ落ちた。

カイは、これほどの攻撃でもアドルの体皮を貫けなかったことに少し驚いた。とはいえ、アドルが即死するはずもない。「加護持ち」が一撃で死ぬことはまずないと理解していた。しかし、周囲の反応は違った。

ミュラが叫び、衛兵たちは混乱し、侍女は悲鳴を上げた。ヨンナですら驚愕し、何も言えずにいた。カイは、ようやく自分が「やりすぎた」と気付いた。

妖精の登場

そのとき、ふわりと舞い降りた白い影が、崩れた壁の大穴から現れた。「このぼんぼんはオイラが引き取るから。そういうことでー」

その姿はカイよりも小さく、透き通る翅を持っていた。鳥のようなふわふわの毛を首にまとい、青い瞳でカイを見つめた。その存在が発した言葉は、カイにしか聞こえていないようであった。

(…おまえ、やりすぎだかんな)

カイが驚いて無言でいると、その妖精のような存在は続けた。(谷の。なんかしゃべれよー。分かってんだろー)

カイは、その存在が「谷の神様」に語りかけていることを悟った。さらにその亜人は言った。(…ここいらはおいらの縄張りだぞ。谷の)

その白い存在は、「守護者」だった。

守護者の介入

幼げな姿をした守護者は、素早く動き、アドルを守ろうとしていたミュラを一撃で昏倒させた。カイは、その技量に警戒心を抱いた。そして、アドルとミュラの姿が突然「虚空」に消えた。

周囲の衛兵たちは「アドル様が消えた!」と騒ぎ、カイはその守護者の力を改めて理解した。(こいつらは、こっちでどうにかしといてやる。だから、おいらのことも周りにしゃべんじゃねーぞー)

カイは守護者に、「オレはどうすればいい?」と尋ねた。しかし、返答は冷たかった。(てめえで何とかしろー。甘えんなー)

不穏な会話

カイは、守護者の背中を見送りながら、「お前も守護者なのか」と問うた。しかし、答えはそっけなかった。(どうでもいいだろー、そんなことはよー)

さらに、カイは「今、お前は何をしているんだ?」と聞いた。守護者の動きには何か目的があるように思えたからである。その問いに、守護者は沈黙した。そして、冷たく警告した。(余計な気とか起こすなよー。邪魔したらてめえ、ぶち殺すからなー)

カイはその剣呑な言葉に目を剥いた。しかし、次の瞬間には守護者の姿は消えていた。

冬至の宴と謁見の列

そのころ、一ノ宮の奥では、冬至の宴を控えた人々が、辺土伯への謁見を待っていた。多くの中央貴族が列を成し、辺土の重要性を再確認しながら情報を交換していた。

噂話のなかには、「ヴァルマ侯がアドルへ接近している」というものもあった。また、次の縁談候補として「第4子フリュー公子」が浮上し、貴族たちは競って養女の手配を画策していた。

そのとき、扉が開かれ、衛兵たちが巨大な男を運び出した。辺土伯との会談中に倒れたモロク侯ヴェジンであった。

「…あれは死んでいるのか?」

「いや、寝ているだけでは?」

「辺土伯様との話の最中に寝入るとは、豪胆な御方だな」

貴族たちは囁き合いながら、謁見の列が進むのを見送った。そのなかで、一人の白い影が、気づかれることなく執務室の中へと忍び込んでいった。扉は静かに閉ざされ、誰もその存在に気付かなかった。

州城の暗闇での探索

二ノ宮で騒動が起こるなか、州城の別の場所でも密かな動きがあった。僧形をした一団が、衛兵を静かに昏倒させ、解錠された鉄扉を開いた。彼らは『火魔法』を灯し、辺土伯家の大霊廟へと足を踏み入れた。

この霊廟には、辺土二百余柱の土地神が祭られ、本尊である『バアルリトリガ』が中央に祀られていた。権僧都セルーガ率いる一団は、辺土伯家の「罪」を暴くのではなく、この地に潜む「異端」を発見し、「再教化」することを目的としていた。

セルーガは『バアルリトリガ』の墓石に手を触れ、神紋に不自然な乱れがあることを確認した。「禁忌」が犯されていることは明らかであった。

僧会の密命と辺土の異変

《大僧院》の名のもと、僧侶たちは辺土伯家領内を調査していたが、決定的な手がかりは得られていなかった。しかし、「預言」によると「荒神」が顕れる地が特定されつつあった。辺土西北か東部境界域がその候補とされていた。

報告によれば、小人族から昇った新たな『加護持ち』が北方大森林に秩序を築き始めていた。調査に向かった探究官は交戦し、大きな損害を被って撤退を余儀なくされていた。その影響か、辺土では異変が次々と発生していた。

セルーガは、かつて聖貴色を宿していた不思議な子供のことを思い出していた。その子供はラグ村出身であり、モロク家の従者として連れてこられたという情報があった。

「辺土で何かが起ころうとしているのか」

セルーガは自身に残された時間が少ないことを悟り、碑文の解読に取りかかった。

夜の騒動とカイの決意

宴を前にして州城は活気に満ちていた。酒の勢いで口論や乱闘が絶えず、二ノ宮での貴族襲撃騒動すらも混乱の中に紛れてしまった。カイも追っ手を警戒して身を潜めていたが、騒動が収束すると平然と廊下を歩いて部屋へと戻った。

白姫の回復を確認し安堵するも、オルハから「仕事が遅い」と叱責され、晩飯抜きを宣告された。カイは空腹を抱えながらも受け入れるしかなかった。

そのころ、モロク家の主ヴェジンが辺土伯との交渉中に倒れ、診療院に運び込まれた。医官の説明では「興奮しすぎたため」とのことだったが、カイは疑念を抱いた。

「『加護持ち』を眠らせる薬があるのか?」

慎重にヴェジンの体を調べると、霊力が胸のあたりでわずかに弱まっていることに気づいた。これは呪いに近いものであり、辺土伯家には『加護持ち』を制する何らかの秘技があると考えられた。

そして、カイの脳裏には、あの白い守護者ネヴィンの顔が浮かんだ。もし彼の仕業であれば、治療すれば「邪魔」したとみなされる可能性があった。

「殺し合いになっても仕方ないか…」

カイは覚悟を決め、モロク家の家人たちを守ることを決意した。

冬至の宴の始まり

夜明け前、モロク家の郎党は診療院で一夜を明かした。カイは侵入者を何度か排除しつつ、朝を迎えた。夜明け前に祭儀が始まると、城中の者たちが目を覚まし、慌ただしく宴の場へと向かった。

『冬至の宴』は、日の出前の闇のなかで厳かに執り行われた。各領主家の者たちは、一ノ宮の大広間へと集まり、巨大な『バアルリトリガ』像の前で祈りを捧げた。祈りの際に立ち上る霊力が天井へと昇り、まるで神へと捧げられているかのように見えた。

儀式が終わると、客人たちは酒宴の輪に加わっていった。モロク家の定位置があったが、ヴェジンはそちらには向かわず、辺土伯のもとへと歩みを進めた。

「目覚めはよさそうだな、鉄牛」

バルター辺土伯が、ヴェジンに向けて声をかけた。

主賓の宴への招待

辺土伯と中央貴族らが集う酒宴の輪に、モロク家の一行も加わった。辺土伯は豪奢な法衣を纏った貴族たちと酒盃を交わし、モロク家を歓待する様子を見せた。カイは警戒しつつも、周囲の視線を感じ取った。そこには祝福する者と、冷ややかに見下す者がいた。辺土中央の領主たちは、中央貴族に近い礼装を身に着けながらも、彼らにも不満を抱いているようだった。

縁談の成立と白姫の絶望

ご当主ヴェジンは、辺土伯に娘の扱いについて詰め寄ったが、辺土伯の決意は揺るがなかった。中央貴族たちは、そのやりとりを冷ややかに見つめる。特にヴァルマ家の当主は、表向き祝福しつつも、内心では何かを企んでいる様子だった。ついに縁談が成立し、辺土伯は祝いの言葉を周囲に広めた。その光景に白姫ジョゼは絶望し、兄オルハに支えられながら控室へ向かうこととなった。

守護者ネヴィンの存在

カイは、この縁談の裏で糸を引いているのが守護者ネヴィンではないかと疑った。もし彼の意向が変われば、縁談は破談となるかもしれない。そこでカイは霊廟の天井付近を見上げ、そこにネヴィンの姿を見つけた。彼はカイの視線を受け、意味深な微笑みを浮かべた。

花嫁たちの対峙

ジョゼは控室で婚礼の衣装に着替えた。彼女の衣装は村の女たちが丹精込めて仕立てた空色の晴れ着であったが、対するヴァルマ伯の娘フローリスは、華やかな中央貴族の装いをまとっていた。フローリスはジョゼの衣装を嘲るような態度を見せたが、ジョゼは毅然とした姿勢を保った。

第六公子アーシェナの登場

そこへ、第六公子アーシェナが現れた。彼は無遠慮にジョゼとフローリスを値踏みし、特にジョゼに対して下卑た視線を送った。その様子を見たカイは、内心で強い不快感を抱いた。白姫を守るべきだと改めて決意し、独自に動くことを決めた。

霊廟の異変と刻まれた文字

カイは霊廟の天井にネヴィンを追って上ることを決意し、鎖を伝って登り始めた。しかし、ヨンナに見つかり、騒ぎが広がった。それでもカイは機を逃さず、天井の通気口へと到達した。そこで彼は、天井一面にびっしりと刻まれた文字を目にし、戦慄した。それらの文字が霊力を集める役割を果たしており、霊廟そのものが魔術的な装置であることを悟った。

不穏な声と嘲笑

カイが天井に到達すると、かすかに「我が同胞が孵る」という声が聞こえた。それは、歓喜に震えるような響きを帯びていた。そして、遠くで誰かの嘲るような笑い声が響き渡った。カイは、霊廟で何かが起ころうとしていることを確信したのであった。

滅びゆく世界の兆し

北辺原野の守護者であった存在は、人族の神が衰え始めたことに気づいていた。『バルター』と呼ばれる一族が支配するこの土地は、かつて彼らが『バアルリトリガ』を下し、その恩寵を奪ったことで成立した。時が流れ、北辺の守りは手薄になり、亜人種が台頭し始めていた。さらに、人族の戦争によって重要な神すらも失われ、『バルター』の勢力は陰りを見せていた。

『八翅の王』との接触

当代の『バルター』であるアタルクシュは、神力の衰えに苦悩し、霊廟に施された呪詛を解除しようとしていた。その行為を面白がった守護者は、彼に姿を現し、からかいながら導きを提案した。アタルクシュは最初こそ疑ったが、次第にその存在を認め、《八翅の王》として受け入れるようになった。

霊廟の天井と異変

カイは霊廟の天井を辿り、州城の尖塔に至った。そこには霊力の流れを制御する仕掛けがあり、祈りの霊気が吸い上げられていた。ネヴィンはそれを指して「外の神々の餌」と語り、祭祀の本質を明かした。彼の霊力の捧げ物に応じるように、空に漂う巨大な光の存在が州城へと降下してきた。

神降ろしの儀式と祭壇の崩壊

州城は神々の降臨に揺れた。辺土伯はその影響で霊気に包まれ、異変を察知したカイは急いで戻った。すると祭壇では、白姫ジョゼとフローリスが儀式の一環として捧げられようとしていた。カイは間一髪でそれを阻止しようと飛び込んだが、祭壇に突如現れた『魔法の落とし穴』に二人の姫が吸い込まれた。

落とし穴の先にあるもの

カイもまた穴へと飛び込み、底へと降り立った。そこには擂鉢状の地形が広がり、散乱した人骨が不気味に転がっていた。さらに奥には巨大な『頭骨』が横たわり、その闇の奥から何かが蠢いていた。アーシェナが怯える中、白姫もまたカイの名を呼び、彼の腕を掴んだ。そのとき、擂鉢の底から這い出そうとする未知の存在が姿を現したのだった。

地下に現れた『悪神』

カイは擂鉢状の地形の底に見えた異形を目にし、それが外側の神々に属する『悪神』であると直感した。黒い肉の塊は青い熾火に焼かれながらも這い上がろうとしており、周囲には悪臭が広がっていた。擂鉢の中心には巨大な頭骨が半ば埋もれており、その人型の形状から、かつて神であった存在の遺骸である可能性が高かった。

逃げ道の確保

白姫と中央貴族の姫を守るため、カイは地面に穴を掘り始めた。壁の一部が柔らかいことを確認し、迅速に掘り進めたことで簡易的な避難所が完成した。白姫や中央貴族の姫も協力し、掘削を進める中、アーシェナは恐慌状態に陥りながらも穴に潜り込んだ。カイは3人を穴の奥へと押し込み、外側から護る体勢を取った。

『悪神』との対峙

カイは『悪神』の青い炎に対抗するため、自身の体を耐性のある状態へと変化させた。襲いかかる触手を斬り払いつつ、『火魔法』を使って応戦した。『悪神』の肉体は高温の炎にはある程度耐性を持つが、内部の組織は燃えやすいことが判明した。白姫らに『悪神』の肉に触れないよう警告しつつ、カイは攻撃を続けた。

『土魔法』による防御

カイは背後の避難所を守るため『土魔法』を発動し、穴の入り口を封鎖した。しかし、完全に思い通りにはならず、意図せず土砂崩れを引き起こしてしまった。とはいえ、結果的に避難所の存在を隠すことに成功し、白姫たちを危険から遠ざけることができた。

『悪神』との決戦

『悪神』はカイを捉え、擂鉢の底へと引きずり込もうとした。カイは『不可視の剣』を使い触手を切り落としながら抵抗したが、次第に追い詰められ、ついには『悪神』の上に落下した。触手に絡め取られながらもカイは必死に反撃し、肉体を斬り裂いて脱出を試みた。

地下に蠢く幼虫

戦いの最中、カイは擂鉢の底で白い幼虫の群れを目にした。彼らは糸を吐き、繭を作りながら地底を覆っていた。『悪神』の肉塊が燃え尽きるなか、幼虫たちはその存在を恐れることなく活動を続けていた。カイの意識が混濁する中、ネヴィンの声が微かに響いた。

『悪神』の誕生と人族の策略

地下の底では数百の白い繭玉が形成され、まるで新たな生命が羽化しようとしているかのようであった。ネヴィンの姿が鳥よりも虫に近いことを思い出したカイは、彼の種族が何かを成そうとしていることを察した。これは『祭祀』の一環なのか、なぜ人族の儀式に異形の虫人たちが関わるのかという疑問が浮かんだ。そして最大の疑問は、この『悪神』を生み出した人族が、その後どのように処理するつもりでいたのかという点であった。

人族は外側の神々を降ろし、その力を掠め取る。しかし、力を奪われた神々は災いとなってこの世界に受肉し、『悪神』として生まれ落ちる。それを最終的に倒さねばならないのは誰なのか――答えは明白であった。墓の外には辺土中から集められた『加護持ち』たちが待機し、さらに『祭祀』によって強大な祝福を受けた辺土伯侯がいた。恐るべき災厄が地上を襲い、それを英雄が討ち果たす。この壮大な劇を見せつけられれば、辺土の領主たちは娘を人身御供にされたモロク家に同情するよりも、新たな英雄を称えることを選ぶだろう。力こそが正義とされるこの地では、すべては『強き者』のための仕組みであった。

『悪神』の神石を狙う

カイは、『悪神』が3体の神々から形成されたならば、その肉体のどこかに3つの『神石』があると推測した。それを破壊すれば、理が崩れ、存在そのものが消滅するはずである。襲い来る触手を避けながら手当たり次第に剣を突き立てたが、『悪神』はまるで遊びのようにカイと戯れ続けた。相手は手数も圧倒的で、巨大な体躯と異常な力を有していた。しかも『悪神』が上へと進むにつれ、カイの立っている場所も急速に傾斜を増し、足場は悪化していった。

カイは『悪神』の外皮を貫くため、腰のナイフを手に取った。それを突き刺し、同時に手の中で練り上げた霊力を『電撃』に変えて叩き込んだ。高電圧の衝撃が『悪神』の体内に走ると、突如として四半分の肉体が麻痺し、動きを停止した。驚くべきことに、青い熾火が勢いを増し、焼かれた部位が崩れ始めた。麻痺した箇所の神気が薄れたことで、隠されていた『神石』の存在が露わになった。カイはすかさずその一点を貫き、確実に仕留めた。

『悪神』の崩壊とネヴィンの怒り

『悪神』の肉体は一部が裏返り、取り込んでいた物質を吐き出しながら急速に崩壊していった。すると、もう一体の『悪神』がその異変を察し、急速に登坂を開始した。カイが止めを刺そうとしたその時、不意に強烈な衝撃が彼を襲った。何が起きたのか理解する間もなく、カイは地面に叩きつけられ、転がり落ちた。

見上げると、そこには翅を広げたネヴィンが怒りを露わにして拳を握り締めていた。カイは何が起こったのかを悟り、ふてくされたように拳で地面を叩いた。

「…言ったろ。ぶっ殺すって」
「…やるってんなら、こっちもやってやるぞ」

互いの目的が衝突すれば、あとは力比べで決めるしかない。カイは唾を吐き、戦闘態勢を整えた。

ネヴィンとの激突

ネヴィンの戦い方は、蝶のような外見とは裏腹に恐ろしく攻撃的であった。空中を自在に飛び回り、驚異的な速度でカイの視界の外から襲いかかってきた。打撃は異常なほど重く、ただの空中戦では到底説明がつかない力が加わっていた。

カイは応戦し、機を見て水魔法を使い、霧を発生させた。視界を奪われたネヴィンの隙を突き、足を掴んで『悪神』の肉体に叩きつけた。しかし、ネヴィンの体はまるでクッションのように柔らかく衝撃を吸収し、すぐに反撃してきた。カイは目潰しを仕掛けられ、一瞬の隙を突かれて倒されたが、すぐに意識を取り戻し戦闘を続けた。

ネヴィンの動きの異常さを観察し、彼が『風魔法』を駆使していることに気付いた。単なる羽ばたきではなく、風の力を利用して急激な機動や攻撃を行っていたのだ。カイはそれに対抗するため、自身の魔法の使用を解禁しようと決意した。

崩壊する地下と繭の羽化

その時、擂鉢の底で新たな異変が起きた。『悪神』が底から這い上がる中、白い繭玉が潰され、中の幼虫たちが無残に食われていった。孵化を急いだ幼虫たちが繭を破り、混乱の中で次々と飛び立っていく。

ネヴィンは「まだ出口が開いていない!」と叫び、仲間たちに待つように訴えた。しかし、白い蝶の群れは彼の言葉を聞くことなく、地下の天井を目指して飛び立っていった。そして、『悪神』が天井を破ると、巨大な岩とレンガが崩れ落ち、飛び立とうとする蝶たちは次々と瓦礫に潰された。

ネヴィンは呆然とその光景を見つめ、ただ祈るように天井を仰ぎ続けた。

ネヴィンの悲しみと種族の衰亡

「…おまえの一族は、『人』じゃないのか」

カイの問いに、ネヴィンはぼんやりと答えた。

「おいらたちが『人』だったのは、もうずっと、はるか昔さ」

彼らはかつて人族と盟友であり、誇り高い種族であった。しかし、敗北を喫し、地下へと追いやられたことで知恵を失い、次第に退化していった。そして、今では本能だけで生きる虫のような存在になり果てたのだ。

「…おまえらが飼って肉にしてる家畜らもなー。…もともと『人』だったんだぜ」

ネヴィンは静かに涙を流した。カイは彼を見つめながら、その言葉の重さを噛み締めていた。

妹の失踪とオルハの動揺

オルハは、妹ジョゼが突然結婚すると聞いた時は特に感慨もなく受け止めていた。しかし、その妹が儀式の場から忽然と姿を消した瞬間、怒りにも似た感情が込み上げた。

ジョゼの婚姻は、辺土伯家からの申し出によるものであり、モロク家にとって断ることができない縁談であった。火消しを望む父ヴェジンは、その申し出を受け入れるしかなかった。しかし、オルハはこの婚姻が妹の幸せに繋がるとは思えず、むしろ身分差が彼女の人生を阻むことになるのではないかと危惧していた。

それにもかかわらず、妹は婚礼の場でまるで人身御供のように消え去ってしまった。その光景が脳裏に焼き付き、オルハは叫びながら駆け出した。

祭壇へと向かうも阻まれる

オルハは混乱する宴の場を駆け抜け、祭壇へと向かった。しかし、僧侶たちが行く手を阻み、無理やり押さえつけられてしまう。彼らの力は侮れず、地面に倒されたオルハは、自身がすでに以前のような力を持たないことを痛感した。

父ヴェジンもまた祭壇へ向かおうとしていたが、赤髪の女傑に組み伏せられていた。オルハは、なぜ被害者であるはずの父が止められねばならないのか理解できず、怒りを募らせた。しかし、父はオルハに「行け」と命じ、彼自身は抑え込まれながらも娘を取り戻す意思を示した。

祭壇の前では、権僧都が慎重に穴を調べ、僧侶たちが縄を投げ入れた。彼は地下の様子を『百眼』で確認しているようであり、やがて何者かを救い上げるための準備を始めた。

辺土伯の覚醒

その時、辺土伯バルターが祭壇のさらに上に立ち、全身から異様な神気を発していた。彼の体は筋肉が膨れ上がり、鋼のように変化していった。その光景に、周囲の『加護持ち』たちは言葉を失った。

辺土伯は高らかに哄笑し、「祖霊よ! 後裔の取り戻せし光、ご照覧あれ!」と宣言した。そして彼の顔に浮かぶ神紋は、尋常ならざる稠密さを持ち、それはまるで『王紋』のようにすら見えた。

人々はその変化に歓喜し、狂乱したかのように辺土伯の名を連呼した。妹の消失も忘れ去られ、大霊廟の空気は祝祭のような熱狂に包まれた。

大地の鳴動と『悪神』の到来

突如として、州城全体が激しく揺れた。鳴動は地下深くから這い上がり、神像の裏側を登り、ついには天井に達した。そして次の瞬間、州城の屋根が大きく揺れ、多くの建材が崩れ落ちた。

辺土伯は群衆の先頭に立ち、外へと飛び出した。「辺土伯様に続け!」の声とともに、領主たちが雪崩のように大霊廟から駆け出していった。

しかし、祭壇の穴から姿を現したのは、地底から這い上がってきた『殻付き』だった。彼は姫二人を抱えて縄を登り、無事に地上へ戻ってきた。その姿を見たジョゼとヴァルマ家の姫フローリスは、彼に深い信頼と親愛の情を示した。

『悪神』と僧会の預言

権僧都は『殻付き』に問いかけた。「あれはなんなのですか?」

『殻付き』は、僧会の預言が示していた通りの事態を確信し、静かに答えた。「…『悪神』だと思う」

その言葉を聞いたオルハは驚愕した。『悪神』の存在は、長年語り継がれてきたが、実際に目にする者はほとんどいなかった。それを『殻付き』が断言できる理由が理解できなかった。

戦場への疾走

その時、大霊廟の扉が開き、逃げ込んできた領主たちが息を荒げながら叫んだ。「間違いねえ! 『悪神』だ、ありゃあ!」

『悪神』は触れた土地を腐らせ、辺土の加護持ちですら命を脅かす存在であった。恐怖に満ちた声が広がる中、突如として『殻付き』が駆け出した。

権僧都も彼の動きを止められず、父ヴェジンでさえ驚きに目を見開いた。そして、ジョゼとフローリスが同時に叫んだ。「カイ!」

オルハは、その名がジョゼの口から発せられたことに、言いようのない苛立ちを覚えた。彼は見た。フローリスが、無言で「ご武運を」と呟くのを。

『殻付き』は、ただ一人、戦場へと走り去っていった。

『悪神』の解放とカイの覚悟

『悪神』が地上に解き放たれた。討伐に失敗した悔しさを抱えながらも、カイは自らの使命を再確認した。『悪神』を滅ぼせるのはこの場で自分しかいない。焦燥と高揚が入り混じる中、彼の鼓動は速まり、吐息は熱を帯びた。谷の神の恩寵が明るみに出る危険すら顧みず、『悪神』を倒す決意を固めた。

かつて灰猿人の領域で見た『悪神』の力は、広大な土地を腐敗させ、無数の命を奪った。もし州都バルタヴィアで同じ事態が起これば、被害は計り知れない。人族の『加護持ち』が束になったとしても、『悪神』の頑丈な体皮を貫くことは容易ではない。致命傷を与えるには、体内に隠された『神石』を破壊しなければならない。それを実行するため、カイは自らの手で『悪神』と対峙することを決意した。

戦場への突入

カイは迷いなく走り出した。白姫が名を呼び、もう一人の中央の姫が気遣いながら送り出してくれたことが、彼にさらなる力を与えた。戦場に向かう途中、他の『加護持ち』たちから「止まれ」「死ぬぞ」と警告されたが、彼は一切耳を貸さなかった。混雑する大扉をかき分け、ついに朝焼けの光が差し込む外へ飛び出した。

冷たい冬の空気が肌を引き締める中、戦場の広場には多くの『加護持ち』が武器を振るっていた。瓦礫が散乱し、戦いの激しさを物語っていた。『悪神』の攻撃に触れた者たちは次々と命を落とし、辺土の領主たちは足をすくませていた。カイは倒れた者を叱咤し、蘇生方法を伝えながら、戦場へと進んだ。

『悪神』との対決

広場には、機動戦を展開する者たちや、猛者たちがいた。とりわけ『四齢』領主エンテス侯は、鉄塊のような戦鎚を振るい、『悪神』の体皮を砕いていた。他にも、斧や拳で奮戦する者たちがいたが、彼らがどれほど善戦しようとも、『悪神』は傷を負いながらも再生を続けた。

そのとき、辺土伯が現れた。強化された身体で触手を切り裂き、領主たちの士気を高めた。彼の武器は『加護持ち』をも殺せる特殊な大剣であり、『悪神』の肉を次々と切り裂いていった。しかし、それでも決定的な打撃には至らなかった。『悪神』の肉片は再生を続け、完全な撃破には『神石』の破壊が必要だった。

カイの反撃と『悪神』の恐怖

カイは戦況を見極めながら、『悪神』の霊気を観察した。彼の直感が、『神石』の位置を探る手がかりとなる。『悪神』はその視線を嫌がるように身をよじらせ、ついにはカイを脅威と見なし始めた。

突如、『悪神』は火を吹いた。『悪神』が魔法を使うという予想外の展開に、戦場の誰もが驚愕した。炎をまとった触手が襲いかかる中、カイは『風魔法』を用いて熱を逃がし、攻撃を無効化していった。

その様子に恐れを抱いたのか、『悪神』はカイとの距離を取ろうとした。しかし、カイは触手を掴み、逃がさぬように引き寄せた。槍を叩きつけると、それが破損したため、素手での戦いに切り替えた。指先の極小『不可視剣』で体皮を切り裂き、内部の黒い体液を露出させた。

『悪神』の体内への浸透

カイは『土魔法』を応用し、『悪神』の血を支配しようと試みた。『悪神』の体液は単なる液体ではなく、その存在そのものだったため、強い抵抗があった。それでも力を振り絞り、黒い血に限定して浸透すると、体内に無数の黒い結晶が発生し、『悪神』を内側から串刺しにした。

その瞬間、『悪神』は苦痛の咆哮を上げ、黒い体液が四方に飛び散った。カイは思わず後ずさり、その光景を見て呟いた。「まるでウニだな」

こうして、カイは『悪神』に致命傷を与え、戦いの流れを大きく変えたのだった。

『悪神』との戦闘と領主たちの動き

カイの圧倒的優勢を目の当たりにした領主たちは、死に体となった『悪神』に一太刀でも浴びせようと近づいてきた。その結果、広場の空間がさらに狭まり、身動きが取りづらくなった。

その中にはヨンナもいた。彼は覆面をしているカイを即座に『ラグ村のカイ』だと見抜き、誇らしげに知り合いらに紹介し始めた。カイは彼の馴れ馴れしさを煩わしく思い、軽やかに距離を取った。しかし、ヨンナは執拗に絡んできたため、カイは首に回されそうになった腕を打ち払った。

そんな中、『悪神』は再び霊気を放ち、反撃の兆しを見せた。カイは「退け!」と叫びながら、領主たちを押しのけたが、言うことを聞かぬ者も多く、結局彼らは『悪神』の触手に薙ぎ払われることとなった。意識を失った者たちはすぐに回収され、奥へと運ばれたものの、戦場は混乱を極めた。

『悪神』の適応と突進

そのとき、『悪神』の霊気が一際強く輝いた。どうやら、カイによる体液の結晶化を打破する方法を見出したようだった。瞬く間に、体内の結晶は本来の液体の状態へと戻り、『悪神』は自由を取り戻した。そして、興奮のあまりカイに狙いを定め、突進を開始した。

カイが素早く身をかわすと、『悪神』は勢いのままに領主たちの囲みへと突っ込み、幾人かを押し潰した。そのまま州城の壁へと激突し、建物全体を揺るがせた。窓ガラスは砕け、化粧石が剥がれ落ちる。『悪神』は体勢を立て直すと、再びカイへと突進してきた。

しかし、カイはすでに決着をつける準備を終えていた。

『神石』への攻撃と『悪神』の消滅

カイは戦場の状況を見極めながら、戦いの終わらせ方を考えていた。そして、右側の奥まった肉のこぶの中に『神石』の存在を直感した。『不可視の剣』では届かないと判断し、自ら距離を詰めることを決めた。

次々と触手が襲いかかる中、彼はその一本を利用して跳躍し、『悪神』の体表へと到達した。そして、目の端に突き立っている一本の鉄剣を見つける。不可視の剣を使うより、この剣で倒したほうが分かりやすいと判断し、カイはそれを手に取った。

剣を引き抜き、『神石』があると見た箇所へと突き立てる。なまくらの剣ではあったが、カイの力によって貫通し、内部の『神石』を捉えた。そして、さらに霊力を注ぎ込むことで剣を媒介にして『神石』を両断した。その瞬間、『悪神』は激しく収縮し、爆発するように四散した。

領主たち、従卒、城勤めの者たちは、その光景を目にして歓喜の声を上げた。しかし、カイはまだ残るもう一体の『悪神』に目を向けていた。

最後の『悪神』とカイの決断

外側の神は三柱。この場にはまだ一体の『悪神』が残っていた。その身体は先ほどよりも縮小し、神格の劣る存在であることが明白だった。カイが近づくと、それは恐れるように後退した。

カイは適当な武器を探し、広場を見回した。すると、『四齢』領主エンテス侯が巨大な戦鎚を投げ渡してきた。カイは軽々とそれを持ち上げ、その様子を見た他の領主たちも次々に武器を投げ始めた。あまりに無造作に投げ込まれるため、彼は呆れつつも、彼らの気概を感じ取った。そして、戦鎚を肩に担ぎながら、最後の『悪神』へと歩み寄った。

その瞬間、頭上から鋭い声が響いた。「待て! やるな!」

ネヴィンの介入と神々の視線

カイはその声の主が誰なのかを即座に理解し、上空を見上げた。そこには、広場に集う人々の目にはまだ明かされていない、衝撃的な光景が広がっていた。

雲の間から、無数の巨大な『目』がこちらを見つめていた。

それらは、外側の神々だった。彼らはこの世界に入り込んだ神々を羨望し、その行く末を見守っていた。ネヴィンは、それを「運よく入り込んだ神々のための『祭祀』」だと説明した。そして、「これはバルターの祭祀だ。あいつに倒させてやってくれ」とカイに告げた。

カイは、神々の視線の中で、人族の代表として戦う意味を問い直した。自分は人族なのか、それとも異なる存在なのか。人族が支配種としての地位を失いつつある中、この戦いが持つ意味を考えた。

ネヴィンはカイに言った。「負けるのなら、戦って死ぬがいい」

その言葉に、カイは辺土伯の方へと歩を進めた。彼の霊力が衰えていることを察し、手をかざして力を送り込んだ。辺土伯は血を吐いた後、呼吸を整えた。

ネヴィンは改めて宣言した。「ここからが『祭祀』の本番だ。バルターの後裔よ、立て!」

辺土伯はゆっくりと立ち上がった。その姿を見つめながら、カイは完全に人族とは異なる存在として、そこに立っていた。

辺土伯の回復とネヴィンとの対話

辺土伯は体調が回復し、ゆっくりと起き上がった。自身を治療したであろうカイを呆然と見つめ、次いでネヴィンの姿を確認した。その異形を衆目に晒していることに気付き、周囲を慌てたように見回した。

ネヴィンは「もう気にするな」と静かに言い、封じていた卵がすべて孵ったこと、そしてそれが『余禄』のおかげであったことを告げた。辺土伯はその言葉を受けて瞑目し、短い沈黙の後に介助の手を振り払い、まっすぐ立ち上がった。

ふたりの会話には長年の馴染みのような空気があった。ネヴィンは辺土伯家と共生の関係にあり、その成り立ちには人族の侵攻による旧種の苦難が関係していたのかもしれない。もしかすると、ネヴィンは自身をバルター一族に差し出していたのではないかとカイは推測した。

辺土伯はわずかに視線をカイへ向けた後、大剣を手にした。そして「見届けられよ」と言わんばかりに目礼を送り、カイもまた無言のままその背を見送った。

辺土伯と『悪神』の戦い

カイが戦場を譲ると、周囲の者たちはこれが人族の力を示す戦いであると理解したのか、広場は沈黙に包まれた。しかし、辺土伯の初撃が『悪神』を切り裂いた瞬間、その静寂は歓声に変わった。

「辺土伯様!」「やれぇ!」「人族に栄光あれ!」と、領主たちや城勤めの者たちが叫び、戦いは『祭祀』としての意味を帯びた。辺土伯は大剣を振るい、着実に『悪神』の肉片を削ぎ落としていった。脇に控える塞市領主たちはその肉塊を叩き退け、『悪神』の受肉体は確実に削がれていった。

しかし、『悪神』の体液を浴びた辺土伯は次第に動きが鈍くなり、苦しみの色を濃くした。ネヴィンは『骨質耐性』のことを教えていないのかもしれない。カイはその理由を考えたが、もしそれが復讐の意図を持つものならば、すぐに露見するはずだった。

辺土伯が神と対話をしていない可能性に思い至ったカイは、その重要性を理解した。神の『加護持ち』である以上、霊力の増大と肉体改変がなされるが、特殊な耐性は神との対話を通じて得るものだった。「バルター! 臆する心がお前を殺すぞ!」とネヴィンが叫び、辺土伯は再び奮起した。

戦いの終盤と『神石』への誘導

カイは辺土伯の動きを見極め、「『神石』はいま少し左だ!」と声を張り上げた。『悪神』はその位置を自在に変えられるため、正確な誘導が必要だった。塞市領主たちが『悪神』の触手を打ち据える中、辺土伯はカイの導きを信じて大剣を振るった。

次第に『悪神』の触手は減り、残されたのはあとわずかだった。辺土伯が最後の一撃を放とうとした瞬間、権僧都と従僧たちが広場に現れ、何かを企てていた。

カイは彼らの動きを察し、「『祭祀』の途中だ。控えろ」と権僧都の前に立ち塞がった。権僧都は「これは大マヌの教えに背く邪法だ」と言い、人族が統治する神群の秩序を乱してはならないと主張した。しかし、カイはその言葉を一蹴し、厳かに告げた。「守護者として命じる。黙れ」

決着と権僧都の妨害

辺土伯が『悪神』の『神石』を突き刺した瞬間、歓声が広がった。しかし、次の瞬間、異変が生じた。『悪神』が消滅しない。カイは即座に察し、「その剣では『神石』は割れない! とどめは鉄剣だ!」と叫んだ。

辺土伯は忠実な家臣の剣を拾い、最後の突きを放った。ついに『神石』が砕かれ、『悪神』は崩壊した。人族の勝利が確定したその瞬間、カイは背後に殺気を感じた。

権僧都が『加護持ち』殺しの『密具』を手に、カイの背を狙っていた。しかし、『骨質耐性』を持つカイには効果がなく、「お前の仲間に痛い目に遭わされたからな。やると思ったぞ」と冷ややかに言い放った。

権僧都は最後の手段として、呪法を用いてカイの呼吸を止めようとした。しかし、カイはすぐに対応し、権僧都を組み伏せ、地面へと叩きつけた。気を失った権僧都を見下ろしながら、カイは深く息をついた。

その時、白姫が人混みをかき分けてカイの名を呼んだ。カイは手を振って応じたが、その直線上にいた中央貴族の姫君と目が合い、なぜか微笑まれた。なぜ正体が分かったのかと疑問に思いつつ、カイは静かに戦場を見つめていた。

ネヴィンの沈黙と辺土伯の危機

カイは権僧都を沈黙させ、辺土伯の戦いを見守っていた。しかし、ふとネヴィンに心話で呼びかけても返答がなく、不安を覚えた。「ネヴィン……おい」と再び呼びかけても応答はない。

周囲が驚くほどの大声で名を呼ぶと、カイの視線の先にただ立ち尽くすネヴィンの小さな姿があった。ネヴィンの目は、鉄剣を杖のようにして立つ辺土伯と、その周囲に迫る従僧たちを見つめていた。しかし、守護者であるはずのネヴィンは動こうとしない。

カイが「助けてやれ!」と叫んでも、ネヴィンは微動だにせず、乾いた眼差しで辺土伯を見つめ続けた。やがて辺土伯はわずかに瞑目し、全身の力を抜いた。ネヴィンは「これは同族内の争いだ」と冷たく告げ、それがこの傍観の理由であるとカイに突きつけた。

辺土伯の孤独な戦い

辺土伯の手には、もはや異形の大剣はなく、ただの鉄剣のみが握られていた。襲いかかる従僧を迎え撃つものの、辺土伯の動きは鈍く、次第に劣勢に立たされていった。

カイが投げ飛ばした権僧都は、すでに広場へ向かって駆け出しており、従僧たちも辺土伯への殺意を隠さずに迫っていた。しかし、領主たちは動こうとせず、ただ成り行きを見守るばかりだった。

ネヴィンは「こいつは求めてねー」と心話で言い放ち、辺土伯と交差する視線には、諦観と穏やかさがあった。「生き残りたきゃ、死ぬ気で足掻け」と突き放すネヴィンに、辺土伯は「もとより、手助けはいらぬ」と静かに応じた。

辺土伯は執拗な攻撃を避けながら応戦したが、すでに限界が近かった。カイはその様子を見て歯噛みしながら「いかん! 伯を守れ!」と叫び、ようやく領主たちが動き出した。

辺土領主たちの参戦と乱戦の勃発

気骨ある領主たちが次々に広場へ駆け出し、従僧らに立ち向かった。『尖石頭』エンテス侯は従僧のひとりを引き倒し、『首狩り』バハール侯は「辺土万歳!」と叫びながら戦場へと走った。

しかし、従僧たちもただ倒されるわけではなかった。権僧都は「殉ぜよ!」と叫び、何かを噛み砕くと、従僧たちもそれに倣って丸薬のようなものを嚥下し、戦意を高めた。

辺土領主たちの数は 100を超え、僧侶たちは 10人にも満たない。結果は火を見るよりも明らかだと思われた。しかし、中央と関係を持つ領主たちや中央貴族の一部が僧侶側についたことで、広場は混乱し、乱戦の様相を呈した。

中央貴族の反発と辺土の動揺

伯侯ヴァルマ・コルサルージュが怒りをあらわにし、「身の程もわきまえず天元を称すとは!」と叫んだ。彼は娘を辺土伯に嫁がせようとしていたが、それが『悪神』への供物となりかけたことに激怒し、領主たちを押しのけながら突き進んだ。

彼の周囲には中央貴族たちが集い、それぞれが隈取りを顕しながら叫んだ。「認めぬぞ辺土伯よ!」「統合王国に弓引く裏切り者め!」

その瞬間、辺土が揺れた。

辺土領主たちを繋いでいた神の連環が砕け、音もなく、しかし確かに大気が震えた。カイは身の毛がよだつのを感じ、これがただの戦いではなく、もっと根本的な変化をもたらす危機であることを悟った。

天に昇る燐光と辺土の崩壊

カイは異変を察し、空を見上げた。そこには依然として異形の神々が存在し、人族の混乱を眺めて身をもだえしていた。まるで戦場を興奮して見守る雑兵のように、彼らは地上を見下ろしていた。

そして、辺土の大地から燐光が天へと舞い上がっていた。最初は雪が舞い上がっているのかと思ったが、それは土地神の神気が揮発しているのだとカイは直感した。

権僧都はそれを見て悪鬼のような形相になり、「背教者どもめ!」と叫んだ。土地神の連環が砕け、辺土の神気が失われていく。その影響で人々は混迷し、殺意が膨らんでいった。

人族の衰退と辺土の価値

カイは辺土の荒廃を見つめながら考えた。人族は土地神を統べることで辺土をかろうじて維持していた。しかし、それが崩れた今、この地は再び荒野へと戻るかもしれなかった。

人族の衰退が進めば、亜人たちが動き出し、谷の国にも影響が及ぶ可能性がある。カイは辺土が安定しなければ、谷の護りを固める必要があると考えた。

そして、辺土の秩序を取り戻すために介入することを決意した。

辺土伯を救うための決断

カイは谷の国と人族の関係を強化するため、辺土伯を救うことを決めた。その恩を売ることで、谷の国は辺土との協力関係を築くことができる。

しかし、その決意を実行しようとした瞬間、モロク・ヴェジンがカイの肩を掴んだ。「『守護者』とはなんなのだ」と問いただし、その表情には責める色はなかった。ただ、領主としての責任感から知るべきことを知ろうとしていた。

カイは短く「オレは『谷の守護者』だ。それだけ覚えておけ」とだけ答え、乱戦の広場へと飛び込んでいった。

ネヴィンとの交戦と辺土伯の最期

カイが辺土伯を救うために駆け出すと、ネヴィンが立ちはだかった。「『守護者』は同族同士の争いには介入しない」と言い放ち、拳を繰り出した。

カイはネヴィンの攻撃をかろうじて受け流しながら、ついにその動きを見極めた。しかし、ネヴィンの風魔法による爆発的な動きに翻弄され、顔面を蹴り飛ばされた。

その時、辺土伯の声が響いた。「ネヴィン!」

カイは拳を握りしめ、最後の力を振り絞ってネヴィンに立ち向かおうとした。しかし、その間に辺土伯のもとに駆け寄ったのは彼の息子、アドルだった。

次の瞬間、アドルの短剣が父の背に突き刺さった。

その後、四方から僧侶たちの武器が降り注ぎ、辺土伯の体を貫いた。カイはその光景を目の当たりにし、呆然と立ち尽くしていた。

辺土伯の死と世界の変動

凍てついた冬の空気を震わせるように、辺土の地が揺れた。その瞬間、人々の悲鳴が響いたが、それが辺土伯の死に対するものなのか、地揺れに驚いたものなのかは判然としなかった。しかし、因果は明白であった。辺土を統べる者の死により、この広大な土地は統率を失い、数百の土地神が分断され、人族の支配力は大きく後退した。

谷の神様の声が響いた。「抗ぜよ!」その言葉の意味はすぐに理解された。天上から膨れ上がる無形の圧力が世界を縮め、境界が狭まった。神々の存在が近づいたのではなく、世界の枠組みそのものが揺らぎ、縮小したのだと認識せざるを得なかった。

辺土伯家の後継争い

辺土伯の死を受け、第1公子アドルがその勝利を喧伝した。彼に従う郎党たちは武器を掲げ、中央貴族らの歓声が響いた。しかし、それを覆うように辺土領主たちの怒号が響き渡った。

権僧都が声高に宣した。「人族百万の『王神』はただ一柱なり!」僧侶たちもそれに続き、「悪しき枝は払われた」「大樹神は善き若枝を寿ぎ、伸ばしあそばしたもう!」と唱和し、辺土領主たちの反発を封じ込めた。

しかし、辺土伯家の後継を巡る争いはすでに火がついていた。アドルが父殺しの正当性を主張する一方、ほかの公子たちの夫人や郎党らもそれぞれの『正当性』を掲げ、王都での官職や中央との関係の強さを訴えた。

特に、第6公子アーシェナは人垣を割って現れ、長兄アドルを「人でなし」と罵った。彼は父を背後から刺した行為を「卑怯」と非難し、辺土伯家の後継問題は瞬く間に泥沼へと突き進んでいった。

カイとアドルの対峙

カイは人混みを搔き分け、辺土伯の亡骸へと近づいた。その遺体はすでに縮んでおり、『王神』としての威厳を失っていた。周囲の者たちは、突如現れた守護者を警戒し、「まつろわぬ荒神が」とつぶやく者もいた。

アドルを見据えたカイは、短く言い放った。「…なんか、おまえは気に入らない」

カイの言葉が放たれた瞬間、辺土の『加護持ち』たちは静まり返った。アドルは狼狽しながらも父殺しへの弁明を試みた。「辺土を独立させるなど、けっして認めるわけには…」

しかし、カイはその言葉に興味を示さず、「継ぎたいのなら好きにすればいい。ただし、大変なことになるけどな」とだけ答えた。辺土伯の死による影響は計り知れず、土地神の連環が切れた今、領主たちの帰依を一つずつ拾い集めねばならない。アドルがそれを成し遂げられるのか、カイは静かに見極めようとしていた。

権僧都の挑発

アドルが手にする父の『神石』を見つめていたとき、権僧都が錫杖を鳴らしながらカイの前に立ちはだかった。「…その『侵攻』を唆しにゆくか、亜人の神よ」

カイを『亜人の神』と呼ぶことで、人族の敵として認識させようとする意図が明白であった。権僧都は両手を広げ、まるで殉教者のように立ちはだかった。

しかし、カイは動じなかった。「させぬぞ! この身に代えても行かせぬ!」と叫ぶ権僧都の声を背に、風魔法を弾けさせ、わずかな隙を突いてその場を立ち去った。

ネヴィンの行方と守護者の想い

カイはネヴィンの姿を探した。しかし、その小さな白い姿はどこにも見当たらなかった。不安が胸をよぎり、カイは何度も心話でネヴィンの名を呼んだ。しかし、返答はなかった。

ふと、カイの脳裡に『先代』の記憶が蘇った。長命ゆえに、生きる理由を見失った者の最後。戦いの中で死ぬことを望んだ『先代』の姿が浮かび上がった。カイは悟った。ネヴィンもまた、同じ道を歩もうとしているのではないかと。

三ノ宮の屋根での再会

カイは霊眼の力を使い、ネヴィンのいる場所を探り当てた。辿り着いたのは、三ノ宮の屋根。その主柱の上に、ネヴィンはいた。

「…くんなよ、ばーか」

怪我はすでに癒えているようだったが、ネヴィンはまるで抜け殻のように椅子に身を預け、冬空を見上げていた。「昔はもっと雪が深かったんだぜー。邑が全部埋まっちまうくらいだったんだぞー」

カイは黙ってその言葉を聞き、同じ空を見上げた。

「…見たかねーよなー。そんなところ」

ネヴィンはまるで消えてしまいそうなほどに、その存在感を薄れさせていた。そして静かに、「おいらの『石』を貰ってくれ」と告げた。

カイは叫んだ。「くわねえぞ!」

「…じゃあ、そうしろー」

その言葉を聞いた瞬間、カイは無我夢中でネヴィンを抱きしめた。そして、涙が止まらなかった。

ネヴィンは驚いたように一瞬動きを止めたが、やがてゆっくりとカイの背中に手を回し、親愛の情を示した。

「…あったけーなー、おまえ」

ネヴィンは、そうつぶやいたのだった。

八翅の王

雪の降る夜の飛翔

ネヴィンは雪洞から顔を出し、雪を払いながら背中の翅を広げて飛び立った。眷属たちが邑の位置がばれるとたしなめるが、久しぶりの自由を満喫し、高く舞い上がった。降りしきる雪の中、白い毛をまとった彼の姿は目立たず、眷属たちも巣穴から顔を覗かせた。この深い雪の下に数百の族人が暮らしているとは、外部の者には知る由もなかった。

人族の脅威

冬の荒野において、人族が燐翅族の邑を見つけることは難しかった。しかし、それでも彼らは巣を探し出し、襲撃を繰り返していた。巣篭もりで動きの鈍った燐翅族は、人族にとって格好の獲物であった。毛皮を剝ぎ、着込むことで寒さをしのぐ人族は、冬の厳しさをものともせず行軍する。

ある邑が潰され、仲間たちが攫われたという報せが入った。人族は敗者の身体の一部を戦利品とする習性を持ち、特に燐翅族はその小柄な体格と美しい翅ゆえに標的とされることが多かった。慰み者にされた後、翅を剝がれ、無惨に殺されることもあった。ネヴィンは、捕まった仲間を救い出し、邑が発見される前に手を打つ必要があると感じた。

丘の神と人族の戦い

日が落ち、ネヴィンが人族の気配を探ると、彼らが何者かと戦っている現場に遭遇した。それは、燐翅族の邑のすぐ近くであった。ネヴィンはすぐに理解した。彼らは邑へ向かう途中で、丘の神と遭遇したのだ。

丘の神は、燐翅族にとって天敵であると同時に、外敵から守ってくれる存在でもあった。巨大な蛇のような姿を持ち、三つの頭と二つの尻尾を持つその神は、巣を荒らす者を決して許さなかった。人族の軍勢は、その神に襲いかかっていた。鉄製の武器を持ち、雪の中でなお戦える彼らは、圧倒的な数を誇っていた。

初めは丘の神が優勢であった。だが、やがて人族の『加護持ち』が前線に立ち、戦況は急速に変化した。百を超える『加護持ち』が揃うという異常な布陣のもと、人族は全力でこの戦に挑んでいた。丘の神は次第に追い詰められ、ついには苦しげな悲鳴を上げた。

囚われた仲間の救出

ネヴィンは人族の後方陣地に忍び込み、捕らえられた燐翅族を発見した。仲間たちは檻に閉じ込められ、鎖で拘束されていた。手荒く扱われた痕跡があり、彼らは疲弊していた。ネヴィンは急ぎ鎖を断ち切り、檻を壊した。

仲間たちを逃がした後、丘の神の叫びが響いた。人族の歓声がそれに重なり、彼らの勝利が確定したことが伝わった。戦士たちは雪中に踊り、丘の神の亡骸を戦利品として剝ぎ取っていた。その光景を目にし、ネヴィンは怒りを覚えた。

囮となる決意

人族の注意を邑から逸らすため、ネヴィンは意図的に姿を晒した。美しい翅を持つ彼の姿は人族の目を惹きつけ、多くが興奮しながら追いかけてきた。しかし、計画は早々に崩れた。逃げた眷属たちが発見され、人族の軍勢が巣へ向かって押し寄せたのである。

巣穴はもはや安全ではなかった。トゲ草が切り払われ、巣の中へと人族が侵入していった。空を飛ぶ燐翅族も、狭い巣穴の中では無力であった。かつて平和だった巣穴は、仲間たちの流した体液で赤く染まっていく。

ネヴィンは激しい怒りに駆られた。人族をできるだけ食い止めようと、次々と殺していった。しかし、人族の中に『加護持ち』が現れた。彼らとの戦いは熾烈を極め、ネヴィンは全力で抗った。そして、ついに人族の最高の戦士が姿を現した。

バルターとの対峙

「尋常に参ろうか」

その声とともに現れたのは、人族の将、最初のバルターであった。彼は丘の神の血にまみれ、薄く笑みを浮かべながら、ネヴィンを見据えていた。

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こも

いつクビになるかビクビクと怯えている会社員(営業)。 自身が無能だと自覚しおり、最近の不安定な情勢でウツ状態になりました。

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